家に戻り着替えてから米子市の繁華街の一角と聞いている角盤町へ行くこととした。
角盤町の路地には夕暮れに家路へと急ぐ人達に混じり、
もうだいぶアルコールが入った様子の数人もいる。
町の様子を見ながら少し細めの路地へ目を移した。
小さな看板で『さざなみ』と板書された小料理屋が目に入った。
暖色系のライトに照らされ、
さざなみの四文字を抜き取った水色地の新しい暖簾が下がっている。
暖簾から中を覗くともまだお客さんは居らず静かだった。
あまり変な店でもなさそうなので、
新規開拓に自分用の店として入ってみることとした。
「ガラッ、すみません、店空いてます?」
『はーい、いらっしゃい。今開けたところですので少々お待ち下さい』
とカウンターの奥の厨房から聞こえてくる。
女将さんの姿は見えなかった。
慎一はどこに座ろうかと考えて小料理屋の中を見回した時に、
突然、激しい頭痛に襲われた。
激しいフラッシュバックが起こり目も開けていられないくらいだった。
そして意識が混濁していく。
慎一は頭を押さえながら小上がりの畳間へ倒れこんだ。
静香は大きな音がしたので驚いて奥の厨房から顔を出した。
お客さんが小上がりに倒れている。
「お客さん、大丈夫ですか・・・あっ」
お客さんの顔を見て、今度は静香が立ちすくんでしまっている。
予想もしていなかったことに静香もしばらく動けずにいたが、
急いで店の扉を閉めて、『本日閉店』の札を下げた。
静香は火元を全て止めて
小上がりに座り
彼を膝枕し
彼の髪や背中や肩をそっと撫でている。
そっと撫でられるたびに痛みが引いていく。
『この不思議な感覚は何だろう』と目を開けると静香さんがいた。
慎一は、一瞬で全てを思い出し・・・心が理解した。
『この縁(えにし)を大切にした先には幸せがあるはず・・・』
「静香さん、ただいま」
「慎一さん、お帰りなさい。もうじき美波もくるわ」
(つづく)