はっちゃんZのブログ小説

スマホの方は『PC版』『横』の方が読みやすいです。ブログトップから掲載されています作品のもくじの章の青文字をクリックすればそこへ飛びます。

12.姉弟との戦い3(第1章:記憶喪失の男)

失神している萌斗男と梨奈はリビングルームの真ん中で並べられている。
生霊が二人の上空で身体に入れずにウロウロしている。
「じゃあ、真美、始めようか」
「はい、遼真様、行きます。自縛印」
と真美の両てのひらを自分へ向けて
親指と人差し指で象られた逆三角形から二人に向かって放たれた。
宮尾と小橋には見えない何かが後藤姉弟二人を包んだ様に感じた。
「真美、ありがとう。じゃあ、行くよ。昇霊印」
遼真の両てのひらを二人へ向けて、
人差し指と親指で象られた正三角形から二人に向かって放たれた。
宮尾警部や小橋刑事には見えていないが、
霊能力者が見ると
最初に横たわっている二人の床に大きな白い逆三角形が現れ、
次に二人の上空の生霊がいる場所も含めて大きな白い正三角形が現れる。
そして、二つの三角形が上下で重なり合い六芒星が出来上がる。
その六芒星が回り始めて二人を包む大きな白い円柱となる。

遼真の口から
「観自在菩薩様、もう一度、お力をお貸しください。
 この世を憎むこの哀れな魂をお救い下さい」
その言葉に応えるかのように、
白い円柱の中に観自在菩薩様が現れた。
その掌から優しき光を二人の魂へ当てて行く。
遼真と真美には、後藤姉弟の一生が見えてくる。
二人の母親絵里奈は、結婚してすぐに事故で亡くなった夫との子供二人を抱えて生きるために必死な毎日だった。そんな母親の寂しい心の隙間にスルリと入り込んだ男と再婚する。実はその男は、絵里奈は知らなかったが、昔から絵里奈を好きで最初の夫を事故に見せかけて殺した男だった。
姉が4歳、弟2歳の時、泥酔して包丁で子供達を殺そうとする夫から子供達を守ろうとして、二人の目の前で刺された母親が、最後の力を振り絞って夫を刺し殺した。その光景は子供達の心に深い傷を残した。
命が消える最後の瞬間まで、
二人の行く末を心配する母親の声が聞こえてくる。
「ごめんね。弱いお母さんで、あんな男に騙されてごめんね。
 お前達のお父さんを殺した男だったのに、ごめんね。
 お前達を傷つけようとするあの男は許せなかった。
 でも安心して、もうあの男はこの世にはいない。
 お前達を殺そうとしたあの男はもういない。
 お前達は二人で力を合わせてがんばって強く生きるのよ。
 お母さんはあなた達をずっと愛しているわ」

この姉弟の養育は、親戚にも断られ
養護施設で育ったこの世で二人だけの姉弟となった。
「私を殺しお前達を殺そうとした男は今、
 |大焦熱《だいしょうねつ》地獄に堕とされています。
 残したお前達に事が気がかりで成仏できませんでした。
 そんな私の心を哀れに思われた菩薩様のお慈悲でこの場所に居ます。
 お前達が施設でお互いを庇い合い助け合って生きているのを
 お母さんはずっと見ていました。
 そんな優しい二人をお母さんは愛しています。
 萌斗男が運動場で転んだ時、梨奈が絆創膏を貼って
 『痛いの痛いの飛んで行け』と慰めてたのも見てたわ。
 良いお姉ちゃんだったわよ。
 梨奈が同級生に虐められてた時、身体ではかなわないのに萌斗男が
 『僕のお姉ちゃんに何をする』とぶつかって行った時も見ていたわ。
 強い男の子だったわよ。
 お母さんは、お前達が苦しい思いをして今まで生きて来たのを知ってます。
 本当に申し訳なく思っています」
「お母さん、
 施設を出ても保証人も居ないから家も借りれないし、
 何とか住み込みを探したら、
 今度はそこの家の主人に犯されるし、
 あげくにおかみさんに『泥棒猫』と言われて追い出されるし、
 結局どんな時でもお金が必要だったから
 お金になるものなら何でもしたわ。
 お母さん、世間って酷かったよ。
 私達には地獄だったよ。
 私達はお金以外は信じないし、二人以外は誰も信じない」
「お母さん、僕は2歳だったからお母さんの事はあまり覚えていない。
 ずっとお姉ちゃんが僕のお母さんだったよ。
 でもお姉ちゃんは可哀想だったよ。
 毎日泣いていたよ。
 でも・・・
 僕がもっとしっかりしていたら
 お姉ちゃんは泣かなくて良かったのかも。
 きっと僕が悪かったんだよね。
 この事件も僕が悪かったんだ」
「萌斗男、そうじゃないわ。
 私が悪かったのよ。
 簡単にお金を貰える道ばかり探していたからこんな苦しいのよ。
 お日様の下で汗水流して働けば良かったのよ。
 安い給料だから嫌だ、
 贅沢できないから嫌だ、
 もっともっと高い物が欲しいから、
 と心の声とは違う仕事ばかりしていたから
 こんな風になったのかも。
 お母さん、萌斗男、ごめんね、こんなお姉ちゃんで」
「お姉ちゃん、そんなことないよ。
 僕はお姉ちゃんの苦しみを知りながら
 結局、お姉ちゃんを苦しめたんだね。
 僕は男だったのに、しっかりしなかったせいだ。
 このたびの事件で佐々木を殺したのは僕だから、
 菩薩様、お姉ちゃんは許してあげて下さい。
 罰するなら僕だけにして下さい」
「いえ、菩薩様、弟だけは許してください。
 私が悪かったのです。
 私を地獄でもどこでも送ってください」
「菩薩様はお前達の魂の声をお聞きくださいます。
 お前達の苦しむ姿を見ているだけしかできなかったのは母です。
 そして、母は今度地獄へ行きます」
「なぜ、お母さんが地獄に?」
「あの男を殺したからです。
 ただただあなた達の行く末が心配だったから菩薩様にお願いしたのです」
「そんな・・・お母さんは悪くないよ。
 僕達のためにお母さんはあの男を殺したのに」
「どんなことがあっても人の命を奪う事はいけないことなのです」
「そんな、僕はあの男を殺してしまった。
 あの男が自首しようなどと言い始めたから
 一瞬、カッとなって殺してしまった」
「私もあなたを止められなかったわ」
「彼は彼の前世からの約束事で死ぬ定めだった。
 あなた達のこの世の苦しみも前世からのカルマなの。
 今ここにあなた達の魂の一部は、生霊となってずっと彷徨っているわ。
 お前達が心から悪いと思うなら今から警察へ行きなさい。
 この世でこの世の罪は清算しなさい。
 あなた達が作り出した罪の魂は、
 今から私が一緒に地獄へ連れて行きます」
「そんな・・・
 私達は死んだお母さんにまでそんな事をさせてしまうの?」
「それが私の罪なの。
 この魂の一部も可愛いお前達だもの・・・
 今度こそ母はお前達を救えそうです。
 もう他人を羨んだり憎んだりしてはいけませんよ」
二人の身体の上で漂っていた二つの生霊は、
白い小さな光となってフワフワと嬉しそうに母へと漂っていく。
母は優しい眼差しで慈しむように
そっと二つの光を両手で包むと頬へ愛おしそうに持って行った。
やがて母の姿は菩薩様の姿と共に光の中へ消えて行った。

ふと後藤姉弟の目が開かれた。
二人の目から止めどなく涙が流れている。
その目つきは以前とは異なり、無垢な子供の様に澄み切った様子だった。
二人の目が宮尾警部と小橋刑事へ向けられる。
「私達が強盗し佐々木さんを殺しました。自首します」
「わかった。では今から我々と一緒に警察へ行こう」
その後、後藤姉弟は全てを自供し、殺人犯として立件され服役した。
服役中も模倣犯で心から反省し刑期を務めた。
将来のこととはなるが、出所後の二人の就職先は桐生一族系列の会社で働く事となる。