はっちゃんZのブログ小説

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2.おみや課刑事登場(第1章:記憶喪失の男)

宮尾徳蔵(みやおとくぞう)警部とその部下小橋光晴刑事は、とあるマンションの前に来ていた。
大きな目、下がった眉、胡坐をかいた鼻という愛嬌のある顔の宮尾警部が
「ふう、しかし今日も暑いな」
二人は額や首筋を伝い流れる汗を
クシャクシャのタオルでごしごし拭きながら正午の太陽を見上げた。
若い時に『刑事の基本は現場100回』と叩き込まれた習性で
もう何回この場所へ足を運んだことだろう。
「宮さん、何度来ても同じじゃないですか?
 だいぶ前に起こった事件だし、目撃情報も新しいものは何もないし」
「そうだな。でもヤマは解決していないし、
 ホンボシらしき男は死んだが盗られたお金は見つかっていない。
 我々がこのヤマを挙げるしかもう方法はないのさ」
「はい、我々が最後の砦とは思いますが・・・」
「じゃあ、文句を言わずヤマを挙げるぞ」
宮尾警部には小橋刑事の嘆きもわかっていた。
現在、二人は警視庁迷宮事件課に所属していて、通称|038《おみや》課と言われ、
警察内部関係者の間では閑職の部署として有名であった。

若手の小橋刑事は、細面で奥二重の目に高い鼻、分厚い唇で
真っ黒に日焼けしてややウェーブのかかった短い髪だった。
筋肉を鍛えるのが趣味で常に高負荷のトレーニングをしている。
綺麗な逆三角形の体形で既製服では合わないため、
大型外国人専用のTシャツに革ジャンとジーンズという格好で一年中過ごしている。
ある事件で「ビースト」と呼ばれるプロレスラー崩れと戦った時、
相手からボディースラムを仕掛けられるところを
力で優った小橋刑事が反対にボディースラムで返して相手を失神させた。
『怪力と耐久力で売るプロレスラー』をプロレス技で返した刑事の事は有名になり
大いにマスコミが騒いだため、小橋は不本意ながら現在の部署へ飛ばされた。

「あの二人、気になるな」
「どの二人?ああ、あの二人?
 男は大学生くらい、女は高校生かな?
 あんな可愛い高校生を彼女にしやがって、
 何か腹立つのでちょっと職質でもしますか?」
「あのねえ、焼き餅焼いて職質なんて考えるな。
 違うよ。あの二人の視線の先はあの部屋じゃないか?」
「うーん、そうですかねえ。偶然じゃないですか?
 今、事故物件が分かるとかで騒がれているネット情報もありますし、
 きっと怖いものみたさに来て彼女を怖がらせてとか考えてるのじゃないですか?
 もしそんな不届きな奴なら、あの子が可哀想なのでやはり職質しますか」
「あのねえ、もうその職質の話は止めろ。
 あんな若い二人があの事件に関係する筈ないだろ、
 何年前の事件と思っているんだ。
 なぜあの部屋を見ているのかが気になる。
 俗に言う刑事の勘だな」
「ならやはり職質じゃないですか」
「違うと言ってるだろ、
 何か気になるのであの二人を少し見張ろう」

若い二人は、あの部屋を見上げマンションの周辺を何度も回り何かを調べている。
しばらくするとマンションの管理人も出て来て三人で大きな紙を広げて見ている。
そのうち三人はマンションの玄関へ入りエレベーターに乗った。
三人は警部達が監視している204号室へ入って行った。
あの部屋は、事件後こそしばらく空いていたが、
駅近で家賃が安いせいもあり、
好んで事故物件に住む人間もいて、
何人も住む人が変わりながらも現在に至っている。
現在は空きの状態だった筈だった。
宮尾刑事は、彼らの様子をじっと見つめる存在に気がついた。
それは304号室、昼にも関わらず締め切られたカーテンの陰から
そっと彼らを見ているように感じた。
そしてこちらを見て急いでカーテンを閉め直した様に感じた。
宮尾警部は、遠くからだが、その一瞬見えた顔をどこかで見た様に思ったが
いくら考えても思い出せなかった。

「野郎、あの子と良い事するために借りようってか?
 許せねえ。不純異性交遊、いや青少年育成条例違反で逮捕しますか」
「お前ねえ、勝手に妄想して勝手に犯罪者に仕立て上げて興奮するんじゃない。
 あの若い二人の雰囲気にそんな色気付いたものはない」
「そうですか・・・じゃあどんな雰囲気と言うのですか?」
「まあ、強いて言えば仕事へ取り組んでる様な雰囲気だな」
「ふーん、そうですかねえ。よくわかりませんが・・・」
「お前ももう少し身体ではなく、頭を鍛えればどうだ?」
「いやあ、昔から考えるのは不得意でしたからいいです」
「だからこんなところに配属されたんだろ?
 もっとよく見て、そして真剣に考えろ」

同じ頃、この物語の主人公である桐生涼真と桐生真美は、マンション管理人と204号室内に居た。
「この部屋で殺人が起こったのですね。どんな状況だったのですか?」
「はい、だいぶん前の事ですが、今もたまにその時の夢を見ます。
 この部屋の中で男が殺されていたのです。
 後でわかった事ですが、

 銀行への現金輸送車強盗の首魁らしいと報道されていました。
 朝早く『ドーン』と大きな音がしたと下の部屋の住人から連絡があって
 声を掛けても返事がないので、仕方なく合鍵で入りましたら、
 このお風呂で水を出しっぱなしで、湯船につかって死んでいたのです。
 偶然、脱いでいたジャンバーが風呂の洗い場の排水口に詰まって、
 そのため台所の床まで水が溢れてきていて、後で乾かすのが大変でした。
 警察の話では、解剖しても水を飲んでいなかったので溺れたのではなく、
 心臓発作か何かで死んだのではないかとの話で、
 全く苦しい顔はしていなくて穏やかな顔をしていたのは不思議でした」
「死んだ男は上下や左右の部屋との人間関係はどうだったのですか?」
「ええ、きちんと隣近所にも挨拶はするし、
 元大工で隣り近所の困った事とか修理なども只でしていたみたいで
 事件が起こった時は、みんなが『あの人に限って』と驚いたようです。
 もちろん私もそんな事件を起こした犯人とは思えなくて驚いたものです。
 あれから結構時間が経つけど一向に解決したとは聞いていないし
 どうなっているのかなあと思ってるのですが・・・」
「まだお金も犯人も出て来ていないと言われていますね」
「しかし、なぜ会社はあなた達のようなお若い人をここに送ったのでしょうなあ」
「私たちは、除霊関係の仕事をしていている人間なんです」
「えっ?
 あなた達のようなお若く可愛い人が除霊?
 普通はテレビではもっと高齢で怖い顔をした女の人とかが
 『ここに居ます』とか『身体が引っ張られる』とか叫んでいるじゃないですか」
「ははは、そんな人ばかりじゃないですよ」
「彼または彼女達は、普通は成仏したがっているから、
 我々はそのお手伝いをするだけですよ」
「そんなに軽く言われてもねえ。そんなものですかねえ。
 まあ頼みます。みんなが気持ち悪がってオーナーも困ってるんです」
「はい、わかりました。大体わかったので今日はこれで帰ります。
 今日は急な話にも関わらずご案内頂きありがとうございました」
「ええ、またいつでも声を掛けて下さいね。ではお疲れ様です」
「じゃあ、失礼します」

(つづく)