はっちゃんZのブログ小説

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60.旭山動物園1

翌日は旭川市にある有名な「旭山動物園」へと出発した。
この動物園は、テレビでもよく紹介されており、日本一有名な動物園である。

ホームページ(注:作者抜粋・編集)では
旭山動物園の理念「伝えるのは、命」
動物園で、ありのままの動物たちの生活や行動、しぐさの中に「凄さ、美しさ、尊さ」を見つけ、「たくさんの命あふれる空間の居心地の良さ」を感じてほしい。
家畜・ペット種との触れ合いを通じて「命の温もり、命の尊さ」を感じてほしい。
そして、野生動物の保護や環境問題を考えるとき、動物たちは私たちと対等な生き物なんだと思うきっかけになれる、そのような動物園でありたいと言う理念。
②敷地面積:151,998.56平方メートル(東京ドームに換算して3個強)
旭山動物園の特徴
<行動展示>
旭山動物園には珍しい動物はいません。動物園に当たり前にいる動物や北海道に身近にいる動物です。全ての動物にはそれぞれ本来持つ素晴らしさを伝えるため、本園ではその特徴的な能力や行動、感性を発揮できる環境を作り、それを見せる展示方法を目指しています。
<展示施設>
飼育動物にとって居心地が良く、それぞれが本来持っている能力や行動、感性を引き出すことを主眼に考えて施設の設計・建築をしており、珍しさではない全ての動物を平等に、人と動物が近く同じ空間にいる居心地の良さを感じられるヨーロッパの動物園らしさと傾斜地に立地する旭山の特性を生かし、限られた空間を有効活用する日本の動物園らしさを融合した新たな価値観を生み出した展示施設です。
④日本最北の旭山動物園が誕生するまでの歴史
最初は旭川市で昭和30年代(1955年頃)から動物園を作ろうという動きが始まり、具体化したのは1964年でした。候補地は、旭山、神楽岡、神居、春光台などたくさんありましたが、桜の名勝地である旭山公園に隣接し、市内や大雪の山々が一望できる場所として旭山が選ばれました。
当時の建設テーマは「日本のどこにも見られない北方特有の動物園に」そして「北国の短い夏を動物と楽しみながら存分に満喫できる開放感のある動物園に」であったが、厳しい市財政のなかのことで、議会でも一票差でのぎりぎりの可決という状況だった。同じ頃、多くの市民の熱い思いから旭川市動物園建設協力会、動物園アイディア協力会などが生まれ市民ぐるみの運動が盛んになり、旭山動物園はやっと1967年に北海道3番目の動物園として開園となった。
④廃園危機から日本一そして現在までの歩み
市民とともに歩み、市民のためにと始まった旭山動物園は、パンダなど珍しい動物が喜ばれる時代、遊具ブームの時代等、様々なニーズに応えるため時代の流れとともに様々な取組を行ってきましたが、遊具ブームも落ち着いた1994年には園内でエキノコックスが発生し、年度途中で一時閉園となり、それに続き1996年には来園者数も当時全盛の約60万人(1983年)の半分以下の26万人まで減り、廃園の噂も流れました。
しかし、開園当時から旭山動物園の飼育スタッフが理想の動物園の思いや夢について、夜遅くまで話し合い、この頃に描かれた夢の動物園のスケッチが、その後実現していくことになります。
多くのスケッチのうち、現存するものがいつしか「14枚のスケッチ」と呼ばれるようになり、1997年からは14枚のスケッチに描いた施設が現実となっていくことになりました。
その後、入園者数は回復し、2003年に北海道で一番の入園者数、2004年には、月間(7・8月)で日本一の入園者となり、2007年・2008年には年間入園者数300万人を突破しました。
300万人から10年以上が過ぎた現在でも、市民の皆様のほか、市外や外国の方を合わせて毎年140万人前後のお客様にお越しいただいています。来ていただき、支えていただいている皆様のおかげで、地方動物園のひとつだった旭山動物園の取り組みにも大きな注目をしていただけるようになりました。旭山動物園ではいつの時代も動物園として伝えられることは何かを考えてきました。
今後とも旭山動物園らしさを追求し、動物の「凄さ、美しさ、尊さ」、北海道の身近な野生動物と人の関わり、そして地球全体の環境保全を感じてもらえるよう展示方法、ガイド、教育活動等、様々な分野で活動していきます。旭山動物園は歩み続けていきます。

このホームページを読むだけで慎一の心は踊った。
子供達の驚く顔、喜ぶ顔が浮かんでくるかのようだった。
日曜日のせいか観光バスの台数も多く、駐車場がもう満杯近くになっている。
今後何回もこの動物園には来るだろうとは思いながらも
子供達にどのような順番で動物を見せようかと考えていた。
正門から入ると右側にある「フラミンゴ舎」と「ととりの村」を越えて、
最初はまっすぐに進んで「ペンギン館」を目指した。

「ぺんぎん館」は、4種類のペンギン、キングペンギン、ジェンツーペンギン、フンボルトペンギンイワトビペンギンが飼育されている。
子供たちは入館までの待ち時間は暇そうにしていたが、列が少しずつ入り口に近づいていくとペンギンの絵が見えてきて奥を覗き込むようにし始めた。
館内に入るとそこには360度見渡せる水中トンネルがあり、
そのトンネルを上から下へ、下から上へと元気にペンギンが飛んでいるように泳ぐ姿が見える。
入館者の歩いていく横や頭の上を飛ぶように泳ぐ姿を見て観客からは歓声が漏れている。
子供たちは口をポカンと開けて上を向いたり下へ顔を向けたりしていた。
慎一が「ペンギンさんだよ」と教えると雄樹と夏姫は「ペンギンさん」と笑っている。
奥へ進んで行くとガラス越しに目の前でペンギン達が岩場で立ち上がったり、餌を啄んだりしている姿が見えた。
子供ペンギンも親ペンギンの近くで安心して遊んでおり、
彼らが巣の中ではこんな風に暮らしているのだとよくわかった。
通路の壁側にはペンギンについての様々な生態についての掲示板があり非常に興味深かった。
館の外からは柵越しに岩場と海で暮らす彼らの群れ全体の姿が良く見えた。
雪が降り積もった時期には「ペンギンの散歩」が行われるらしいので、冬にも来てみようと考えた。

次は「ほっきょくぐま館」へ向かう。
展示場所は2カ所あって、
その1つは、巨大プールを設置し、分厚い大きなガラス越しに目の前でホッキョクグマのダイナミックな飛び込みや泳ぐ姿を観察することができた。
ここのホッキョクグマは非常にサービス精神が旺盛なのか、何度も我々の目の前で飛び込んで驚かせてくれた。観客の我々からも歓声がそのたびに起こった。
観客は飛び込むたびにその姿を撮影したり、その姿をバックに自撮りをしている人も多かった。
ここでも通路の壁側にはホッキョクグマについての様々な骨格や生態についての掲示板があり非常に興味深かった。
もう1つでは、堀を利用し、檻のない放飼場になっており、陸上でのホッキョクグマを観察できた。
変わったコーナーとしては、半径50センチくらいの「シールズアイ」がある。
それはポコンと地面へ突き出ている厚いカプセル状の窓で、餌となるアザラシの視点からホッキョクグマを観察することができるらしい。
とりあえず待っては見たが残念ながらホッキョクグマは来なかった。
もし仮に来たらなら目の前に鋭く大きい牙や爪が迫ってきて怖かったのかもしれないと思った。

59.七五三参り

2002年11月15日は金曜日のため、
翌日の土曜日16日に北海道神宮で七五三参りをすることととした。
写真屋北海道神宮へ当日の撮影と七五三参りの予約をした。
満年齢でも良かったのだが、
二人とも身体が大きくなって足元もしっかりとしてきているので
何事も早い方がいいと思い今年にすることに決めた。
お参り当日は快晴でやや肌寒くはあるが、温かい日差しが降り注いでいる。
美波は昨夜のうちに帰ってきており、久しぶりにみんなでわいわいと晩御飯を食べた。
朝早くご飯などの準備をして、子供達へご飯を食べさせて、着付けをする。
雄樹は、3ピースの礼服でカッコ良く、
夏姫は、蝶々と菊の柄の着物で可愛く着飾った。
雄樹はやや緊張した面持ちでじっとしており、
夏姫は嬉しくて鏡をじっと見て回って笑っている。
七五三参りの記念に家族5人で良い笑顔の写真が出来上がった。
この写真は両実家へ送る手筈を整えて、北海道神宮へ向かった。
北海道神宮には、多くの家族が訪れており、七五三参りの子供達で一杯だった。
どの家族も笑顔一杯で子供達の健康と幸せを感じているように思えた。

お参りしている間、二人とも静かに座ったままじっとして祝詞を聞いている。
向かって右から慎一、静香、雄樹、夏姫、美波の席順で座った。
時々、雄樹はチラチラと神主さんや隣に座った両親の方を見ている。
夏姫は、隣に座った美波の手を握ってじっと神主さんを見ている。
初めてのことで二人とも戸惑っているようだった。
二人は神主さんから千歳飴を頂いて、拝殿から走って出てくる。
帰りに参拝道でお店が出ていたのでみんなで好きな物を買って食べた。
家への帰り道にスーパーに寄って、今晩のおかずの材料を買い、
ケーキ屋「パールモンドール」で頼んでいた「お祝いケーキ」を受け取って帰った。
晩御飯はお祝い膳として、
鯛のお頭付き焼き物、
鯛飯、
鯛のすり身入り出し巻き卵、
鯛のあら汁、
野菜の煮付、
これらの豪勢な料理と共にみんなで写真を撮った。
食事後のデザートでは
雄樹も夏姫も切り分けられたケーキのクリームを口回りにたくさん付けて食べている。

慎一もこの日の記念用の用意していた「千歳鶴 吉翔」の封を開けた。
このお酒は、「蔵元直営 千歳鶴 吉翔」という店名を代表する日本酒である。
兵庫県酒造好適米山田錦」を40%まで磨き、
長期低温発酵、長期低温熟成させた大吟醸酒
冷酒でありながら口元に運んだ瞬間に鼻腔をくすぐる
やや甘く焦げたような香りを包む、熟した果実を連想させる奥深い香り。
口に含んだ時の山田錦の旨みと濃厚な味わいは、これぞ大吟醸の風格を放っている。
それらの奥深い味わいと香りは、ほんの少しの間に消えてなくなる。
そして、再びお酒を飲めば、この味わいと香りに包まれる。
米子で飲んだ「トップ水雷」も危ないお酒であったが、
このお酒もいくら飲んで心地良い気持ちになるものだった。

このお酒を知ったのは、同僚に一度連れて行って貰った居酒屋で飲んだ時が
初めてでそれ以来その店の常連になっている。
その店は札幌駅前を南下した場所にあり、住所は中央区北1条西4丁目にある。
吉翔以外にも美味しい日本酒はたくさんあって、
飲み比べセットもあるので色々と楽しめる。
少し変わった日本酒としては、「しばれ酒」と言って
そっとコップへ注ぐととたんに凍り始める日本酒もある。
この店のメニューはたくさんあるが、慎一のお勧めは、
「お国自慢のこだわり珍味」の前菜、
 ホタルイカ沖漬け、炙り鮭トバ、鰊切込み、カキ塩辛、このわた、もみイカ
 石狩漬け、きびなご一夜干し、からすみ大根から選ぶ物。
「新鮮なイカと魚の刺身盛り合わせ」
 イカ好きの慎一が必ず頼む一品で、朝採れのイカが夕方には少し身が柔らかくなり
 より甘味が増してくるその味わいを冷えた日本酒と共に流し込むのが秀逸な一品。
「燻製盛り合わせ」
 中札内産枝豆、イブリガッコ(タクワン)、道産タマゴ、道産プロセスチーズ、
 雄武産ホタテの燻製が盛り合わせられており、鼻をくすぐるチップの香りが、
 冷えた日本酒のアテには最高。
「知床鳥もも焼」
 歯応えのある鍛えられたしっとりした甘味の肉質で
 臭みの全く無い皮と噛めば噛むほど脂の甘みが広がる鶏肉で鶏好きにはお勧めです。
「日本酒鍋」
 吉翔をたっぷりと入れた日本酒鍋。
 道産豚肉をシャブシャブで野菜と一緒にどうぞ。
 芳醇な日本酒の香りに包まれながら鍋を突き、冷えた日本酒を飲む。これが絶品。
「土鍋ご飯」
 丁寧に土鍋で炊かれた道産米のおぼろづきを熱々でどうぞ。
 おぼろづき独特の香りと共に、噛んだ時の粘りと強い甘味が特徴。
 このお米のおむすびは飲んだ後の最高の締めになります。

58.秋桜祭り

朝夕の風も冷たくなってくると北海道は、これからいよいよ冬へと向かい始める。
慎一は子ども達も2歳となり、そろそろ遠出も可能と考えて
9月14日は「コスモスの日」のため、九月中旬に少しだけ遠出を計画した。
行き先は旭川市オホーツク海に面した紋別市佐呂間町の|山間《やまあい》にある|遠軽町《えんがるちょう》だった。

ここの「コスモス祭り」はこの地域の祭りでは、春の「芝桜祭り」に並ぶ大きなまつりである。
このコスモス畑は、来年平成15年に「太陽の丘えんがる公園コスモス園」として、10haという広大な面積の花畑をオープンする予定だと新聞には掲載されている。
1000万本のコスモスが咲き誇る「日本最大級のコスモス畑」との謳い文句で行なわれる。

出発時間を子供達が眠っている早朝にし、
子供達の起き始める頃に観光の車で混み始める旭川市内を抜けておきたかった。
後部座席を倒してフラットにして、厚めの仮眠用布団を敷いて準備した。
子供達をそっと抱っこしながらそこへ寝かせて、荷物も積み込んだ。
マンションを出て、石山通りを北上して、札幌新道新川ICへ入った。
そこからは道なりに東へ向かい札幌北IC,伏古IC,雁来ICと進み、札幌北ICから道央道へ入る。

徐々に昇る太陽に照らされ、広大な北海道の大地が目覚め始める。
江別市岩見沢市を通過した際は、まだまだ街は眠っている気配だったが、
梅園で有名な三笠市や鶏肉・鶏レバー・内卵・砂肝・心臓などの内臓とタマネギを一つの串に刺して炭火で焼く独特の焼き鳥で有名な美唄市を通過する頃には多くの車が街を走り始めている。
そこから地元米「ふっくりんこ」、バター羊羹、肉厚しいたけで有名な奈井江町
独特の香りと味の「おぼろづき」とスイーツロードで有名な砂川市、
お土産に最適なモンモウ、林檎ロマン、滝川旅情などで有名な滝川市
「ほしのゆめ」「きらら397」「ふっくりんこ」などの米と全国2位の蕎麦の産出地である深川市
もうここまでくると中間地点の旭川市も目の前で子供達も起きて遊び始めて車内が慌ただしくなり、どこかで休憩を入れる事となる。
旭川市は「旭山動物園」「三浦綾子記念館」などを始めとして多くの観光場所があるが、今回は休憩だけのつもりだった。特に「旭山動物園」は一番行ってみたい場所だが、子供達が3歳になり抱っこしなくても自由に動けるようになれば最初に来るつもりだった。
旭川市には旭岳と言う大雪山連峰の主峰で、標高2,291メートルを誇る道内一高い山があり、日本で最も早く紅葉が訪れる場所でも知られている。

美瑛・富良野に行く時には降りた旭川鷹栖ICを超えて、
次の比布大雪サービスエリアで車を停め、トイレと静香の作ったおにぎりの朝食を取った。
天気も秋晴れで暖かい日差しが気持ち良かった。
雄樹と夏姫はどこにいるのかわからないが久しぶりのドライブで嬉しそうにしている。
最近は二人を抱っこするにも重くなってきており、結構長い時間だと腰に来るケースがある。

車内で子供達の好きな歌を流し、みんなで一緒に歌いながら
比布JCTで比布北ICに向かい道央道を降りて、旭川紋別自動車道へ入り道なりに進む。
愛別町、上川町からは右側に紅葉の始まった大雪山が見える。
本当に北海道はどこからどこを見ても雄大で太古からの自然の息吹が感じられる。
そこからは長いトンネル(かみこし、なかこし、北大雪、白滝)を潜り、白滝の湧別川沿いを北上し|丸瀬布《まるせっぷ》まで来ると遠軽町は目の前だった。遠軽ICで降りて道路際に花が小奇麗に並べられた置戸国道を進み、湧別川を渡るとコスモス祭りの看板が出てくる。

この遠軽町は、北海道の北東部、オホーツク管内のほぼ中央、内陸側に位置し、北は紋別市滝上町、東は湧別町佐呂間町、西は上川町、南は北見市に接しており、東西47km、南北46kmにわたる緑豊かな地域である。町を貫流する湧別川の上流側に位置し、支湧別川、武利川、丸瀬布川、瀬戸瀬川、生田原川、サナブチ川のほか多数の支流が合流し、そこに広がる肥よくな大地は、開拓当初から農耕地に適した環境として繁栄してきた。人口は約2万人、世帯数は約1万世帯というこじんまりとした町で、町の花はコスモス、
町の木は藤とエゾヤマザクラ、町の石は黒曜石、町の魚はヤマベ、町の蝶はオオイチモンジである。
ちなみに、|遠軽《えんがる》という地名は、アイヌ語の見晴らしのいい場所というインカルシ(inkar-us-i=眺める・いつもする・所)に由来しており、明治34年、郵便局開局を前に、札幌郵便局管理課員がインカルシにちなんで遠軽命名された。瞰望岩はアイヌの見張り場で、この見晴という字名(あざめい)こそ、インカルシを今に伝えていると説明されている。

さすが北海道は広かった。コスモス祭りの会場に着いたのは昼前だった。
比布大雪サービスエリアで買った簡単な食事を駐車場の車内で食べて早速公園へ入った。
駐車場から見ても遠くまでピンクをはじめ、赤、白、黄、オレンジなど様々な色に大地が染まっている。
ふと気が付くと身体中がフルーティな甘い香りに包まれている。
コスモスには香りがあるとは今まであまり意識をしていなかったが、これがコスモスの香りなのだと初めて慎一は知った。

コスモス(Wikipediaより)
語源はギリシャ語の「宇宙」の「秩序」を意味し、「コスモス」とはラテン語で星座の世界 = 秩序をもつ完結した世界体系としての宇宙の事である。対義語は、「カオス(ケイオス)」混沌である。メキシコにいたスペイン出身の聖職者が中南米原産のコスモスをみて、花びらが整然とバランスよく並んでいることに、ギリシャ語の(調和)と名付けた。

コスモスの花は、多くの種類があるようで
園内には頬に優しく触れる秋風に揺れる様々なコスモスが咲き乱れている。
花壇の板には種類が記載されている。
ベルサイユ・ラジアンススペシャル、ベルサイユ・レッド、
ベルサイユ・ホワイト、ベルサイユ・ピンク、スーパービッキー、
ダブルクリック、あかつき、ハッピーリング、日の丸、
シーシェル、チョコレートコスモス、黄花コスモス(サンライズ)、
黄花コスモス(ディアポロ)、黄花コスモス(マンダリン)、
この中でチョコレートコスモスは、名前の通りチョコレートの香りがしていたのは驚いた。
華やかな大輪のコスモスも小さく可憐に咲き誇るコスモスも
その一つ一つの花びらが見る人へ優しい笑顔を運んでくる。

「はくしょん、うーん」
雄樹はあまりに近づいて匂いを嗅ぎ過ぎて顔に花粉が付いてクシャミをしている。
静香が笑いながら息子の顔についた花粉を拭き取っている。
「とーたん、だっこ」
抱かれるのが好きな夏姫が父親へ向かって両手を上げる。
「お車で疲れたかな、なつき、おいでおいで」
と抱き上げるといつものように嬉しそうに首へ手をまわしてくる。
娘のスベスベのほっぺを頬に感じながら甘い香りの風に向かって歩く。
夏姫は抱っこされてじっとしてコスモスを見ている。
この頃、夏姫は母親の静香だけでなく美波にもよく似て来て本当に可愛かった。
ここに来た多くの人達がこの優しい色合いのコスモス畑をバックに写真を撮っており、
慎一には明るい子供達と静香の笑顔が印象的だった。

慎一は四季折々に様々な顔を見せてくれるこの北海道の大地をより好きになった。
美波は既に予定が入ってた様でこの景色を見せる事が出来なくて残念と思い、
それを静香に話すと
「この花畑の話をすると、どうせ彼とすぐに来るわよ」と笑っている。
それはそれで父親として少し複雑な感情が湧く自分に慎一は驚いたものだった。

しばらく鑑賞用通路をチョコチョコと子供達を歩かせながら
静かに綺麗な園内を散策して、公園の西側にある|見晴《みはらし》牧場へ移動した。
ここは見晴峠にかけて広がる213haの広大な遠軽町営見晴牧場だった。周辺の農家から預託された牛を放牧する公共育成牧場で、観光牧場ではないようだが、見晴という地名の通り、展望台からは湧別原野、オホーツク海を一望にできるのでこの場所を訪れる人は多かった。

展望台「看視舎」からは、湧別原野に立つ遠軽町のシンボル|瞰望岩《がんぼういわ》が斜め上から見える。
下からはわからなかったが、瞰望岩の上は平坦な台地になっていた。
看板には放牧地の広さは、213ha、例年130頭ほどの乳牛が、夏の間、放牧されていると記載されている。
広い牧場に放牧された多くの牛がゆったりと草を|食《は》む姿が見える。
コスモスの甘い香りを含んだ秋風が牛達を優しく包んでいる。
ふと視線を遠くへ運ぶと、何とオホーツク海が見える。
初めて見たオホーツク海の色は太平洋よりも蒼く、紫色を含む日本海よりもずっと青かった。

帰りは、少しの休憩で一気に札幌まで向かった。
子供達はコスモス畑や見晴牧場で結構歩いているので眠っている。
19時頃に家の近くまで帰ってきたが、国道沿いにある「びっくりドンキー石山通り店」へ入った。
この店は日本人が好むハンバーグに特化した店で、外装デザインの派手で目立つ上に、内装は木質材やアンティーク小物などを配置して何か童話の世界の様な感じがするし、子持ちには嬉しい囲み席が多く何度も来ている。そしてメニューもすごく大きな板で持って来たりと不思議な店で楽しかった。
子供達用に、チーズハンバーグ、コーンスープ、びっくりフライドポテト
大人用に、エビフライとハンバーグセット、ネギポンおろしバーグステーキを頼んだ。
子供達にはお皿を貰って、ワンプレートにし、みんなで食べた。
雄樹はお腹が空いているので「ハンバ、ハンバ」と言って、被り付くようにスプーンを口へ運んでいる。
口の周りにハンバーグソースやケチャップが一杯に付いている。
夏姫はゆっくりと少しずつハンバーグやご飯を口に運んでいる。
慎一は冷たいビールでも飲みたかったが我慢をしてハンバーグに食らいついた。

子供達もお腹いっぱいになって眠たい様子のため急いで家に帰りお風呂へ入れる。
湯船に入ると元気になるが、身体を洗うくらいから動きが鈍くなってくる。
二人の身体を急いで拭いて、歯を磨いている内にもうウトウトし始め、
布団へ入れると二人はコトンと落ちる様に眠った。
二人を眠らせた後に軽く二人でビールを飲んだ。
テレビでは今日行った「コスモス祭り」が放映されている。
残念ながら家族は映っていなかったが、今日一日楽しんだ光景が画面へ広がっている。
明日は休みなのでゆっくりとした気持ちでいると
静香がそっと隣に座ってくる。
「あなた、今日はお疲れでしょ?
 少しマッサージしますよ」
慎一は横になって肩や腰を揉んでもらった。
あまりに気持ち良くて眠りそうだった。
慎一は最近長時間のドライブが堪える年になった事を自覚した。

131.新たな旅立ち ー龍鱗(りゅうりん)一族の誕生ー

正体不明の敵から桐生・館林一族と共に首都を守り、

前橋館林家の学園問題も片づけた翔は、
両一族の頭首から「前橋館林家再興」のお願いをされる。
過去において一度は無くなった構想だったが、
奇妙な縁に導かれ翔と百合が結婚することとなり、
再びこの両一族の悲願は達成されることとなった。
特に一族では誰ももっていない稀有の能力
『テレポーテーション』と言う異能の力を有する翔が頭首となることで
異能の力を持つ人間を集めているとされる
両一族の中でも闇に隠れていた桐生『狐派(忌派)』と館林『陰陽派』を組み込み
『龍の姿にも似た』この国の礎を
霊的にも異能の力からも守れる一族『龍国の盾』として再興される事を期待された。

もともと館林は、
『盾の一族(立てるの意味も含む、立はりゅうとも読む)』であり、『林』も自然の風から村を守る防御(盾)を現わす一族の名前だった。
そして桐生は、
『鬼であり龍である一族』であり、攻撃(矛)を現わす一族の名前であった。
再興される「前橋館林家」は、『矛を備えた盾』となる一族として両一族から嘱望された。
攻撃と防御を備える意味から『龍鱗《りゅうりん》一族』として新しく出発する事となった。
実際、空想の生物である『龍』は強固な鋭い鱗《うろこ》が備わっており、
敵からの攻撃をその硬い鱗で弾き、鱗そのものを飛ばす事により敵を切り裂く力がある。
もちろん桐生・館林両家と龍鱗一族である前橋館林家は常に連携を持つ関係で合議制で決定される戦闘集団となる。

これを機に新しいコンピューターシステムが構築されることとなり、新しい電脳機械は、処理速度と解析の得意領域の異なるスーパーコンピューター量子コンピューターを融合させたもので、言ってみれば『ハイパーコンピューター』であって両一族の世界中の頭脳を結集して構築された。
スーパーコンピューターは、0又は1のビットを使い、すべての入力に対して毎回計算し、高度な数値計算やデータ処理に秀でている。
量子コンピューターは、スーパーコンピューターの様に0又は1だけではなく、0と1の量子ビットを使い、0と1の重ね合わせも利用すると言う考え方のもので、従来のコンピューターの形式であるCPUの並列性から量子力学的な重ね合わせ状態で新たな並列性を有する事から同時に多数の状態を表現できるため、それに量子干渉を巧みに用いることで膨大な組み合わせの中から良いと思われる解答を確率的に出す様な高速計算が実現できる。

各一族のハイパーコンピューター名としては、
我が国の三貴神の名前から
アマテラス:館林一族のコンピューター『優子』と『Ryoko』が融合している。
スサノウ:桐生一族のコンピューター『KIRYU機龍』と『KISIN鬼神』が融合している。
ツクヨミ:龍鱗家のコンピューター『オリヒメ』と『ヒコボシ』が融合している。
これらのコンピューターが全て相互に繋がっており世界中の情報を収集解析している。
なお、龍鱗家(旧前橋館林家)のコンピューター『オリヒメ』命名に関しての謂れとしては、
百合がまだ幼少時、
暗い処理中のコンピュータールームのランプの|瞬《またた》きを見て
「まるで天の川みたい。どれがオリヒメ様なのかしら」と話したことから『オリヒメ』と名付けられた。

両一族の人間は
元々政治経済を中心として世界中で従事し多くの情報を収集している。
だが、桐生『狐派(忌派)』と館林『陰陽派』の人間は、
その異能の力を表に出すことなく
同じ一族の者も
その力に関して詳しい事は頭首や長以外は誰も知らなかった。
ある者は「冒険家」として、
ある者は「修験者」として、
ある者は「占い師」として、
ある者は「霊媒師」として、
ある者は「祓い屋」として、
ある者は「禰宜」として、
ある者は「能楽師」として、
ある者は「マジシャン」として、
ある者は「サーカス団員」として、
世界中を活動範囲としており、自身が持つ異能の力を使い情報収集している。
その拠点は京都のさる場所と言われているが、今後は「前橋館林家」がその拠点となる。
以前、「妖?行方不明者を探せ事件」の時に一緒に戦った桐生遼真と真美の二人もこの一族の者となる。

龍鱗一族の若き頭首として百合と共に前橋館林の屋敷に入った翔は、
先ずは各集団の全ての長を屋敷へ一同に集めた。
各集団の長は初めて顔を合わせた様でお互いがお互いを警戒している。
近い過去において
前橋館林一族内部から新しい一族を作る事に反対した派が出て
桐生一族と前橋館林一族の戦った記憶がそうさせているのかもしれない。
その戦いにおいて身内が命を亡くした者もいるはずだった。
実際に翔自身が実の父親を目の前で殺されている事は両一族の全員が知っている。
その感情を頭首として龍の盾ために昇華していく姿を見せ
不幸な過去は、
人間なら誰でも引き起こす妄想が起こした出来事として割り切り、
今後は二度とあのような悲劇を繰り返さないとの意思統一が必要だった。

この二つの一族が融合してその力を充分に発揮するためには
一族の者の疑問とするところは、
長へ隠すことなく話し、
長は隠すことなく頭首へ伝え、
頭首は湧きあがったその疑問を最優先で解決し払拭する約束をした。
両一族の者は、お互いがお互いの気持ちを推し量り、
お互いがお互いを尊敬し合わなければ機能しない事は明白だった。

翔は長達と『我が一族の将来と使命』について時間を掛けて話し合った。
現在の日本の近隣諸国や同盟国との状況や
近い将来に起こるであろうあらゆる可能性についても
各|長《おさ》達と情報を隠すことなくお互いに腹蔵無く知見を深め合った。
その結果、各集団単位だけではその多くが解決できない事に気づき
今後、一族としてお互い交流を深めて切磋琢磨をしていく事とした。

異能の力と言っても、
霊能力者から超能力者までいる訳で全員の力が同じではないので注意が必要だった。
異能の力を使い盾として戦う采配は、翔と集団の長が決める事とした。
この場での各集団の異能の力について披露する事は避けた。
それは頭領の翔だけが知っていればいいだけであり、
両一族が徐々に交流を深めるうちに
お互いがお互いを必要とし始める事に気づくまで各能力の公開は控えさせた。

翔と百合はその後時期を見て順番に長の同席のもと全ての一族の者と会った。
どの集団も一騎当千の強者ばかりで、
頭領としての翔は格闘の機会を持ってお互いを理解し合った。
百合は若き頭領の翔と共に同席し、
一族の女達とも仲良く話し合い、格闘の練習にも励んだ。
全ての者と面会し一族の頭首としてはまだまだ若過ぎるが、
翔の格闘術の強さ、弱者への絶対的な優しさ、度量の大きさ、人懐こい人柄と
百合の分け隔ての無い細やかな心遣いに
それまで同じ一族でありながらも自身の持つ異能の力ゆえに
親兄弟や周りからどこか恐れられ疎ましがられてきた経験がある者として
異能の力を隠す事無く、堂々と発揮できるこの新しい一族の出発を心から喜んだ。
一族の活動は方向は合議にて党首が決め、細かい現場の事は長が補佐をする事として開始された。

ある夜、久しぶりに屋敷に戻り、
百合と二人きりで夕食を食べゆったりとしていた。
テレビでは面白ければそれでいいとの考えのバラエティー番組が花盛りで
多くの日本国民は何も考えずにテレビやユーチューブにかじりつき楽しんでいる。
この平和な日本を今後どのように守っていくのかを考えると
世界や一族の色々な問題が浮かんできて心からテレビを見て笑う事はできなかった。
翔が難しい顔をしてテレビを見ているので、百合がそっと寄り添い胸にもたれてきた。
「あなた、やっと二人きりになれたわ。お疲れだったでしょう。
 ねえ、未来の大きな事やわからないことは考えず、
 目の前にある一つ一つの小さなことからやっていきましょうよ。
 先ずはそれを積み重ねてを行きましょうよ」
「そうだったね。
 一族のみんなの気持ちを考えると
 頭首としてもっともっと考えないといけないと思っていたけど
 あまり気張らないで今までのようにやっていく事にするよ」
「それがあなたの持ち味だし、私があなたを愛したところです」
「そう言われたら何か気持ちが軽くなった。百合、ありがとう」
「いいえ、あなたに難しい顔は似合いません。
 一族の皆もあなたの優しい笑顔を見たいはずです」
翔は胸元から立ち昇る百合の香りに久しぶりに胸がときめいた。
「ねえ、久しぶりに二人でお風呂に入ろうよ」
「ええ、そうしましょう」
翔は百合をいつものようにお姫様抱っこして百合へ口づけをした。
百合はにこやかに笑い、翔の首へ腕を回している。
屋敷の広く長い廊下をゆっくりと歩いて風呂へ向かう。
かけ流しの温泉が流れ込む大きな檜の浴槽へ二人で身体を沈めるとザアーと湯が流れていく。
ここしばらくゆっくりと出来なかった二人の疲れも一緒に流されていく・・・

二人はいつもより早めに寝室へ入った。
翔は早速百合の首筋へ口づけをした。
「百合、いい香り」
「ああ、あなた、あっ・・・」
「やっぱり一番落ち着くね」
「ふふふ、私もそう。
 そうそう、あなた、あなたが頭首になってからは
 もうピルは飲んでいませんからいつでも赤ちゃんは作れますよ」
「そうなの?この僕が父親か・・・。何かピーンとこないなあ」
「ここしばらくはこんな時間が無かったからまだ出来てませんよ」
「そうか、もしかしたら今晩出来るかも、がんばる」
「そんなに焦らなくても赤ちゃんは必要な時に神様が授けてくれるわ」
「わかったよ。ゆりー、もう我慢できないよー」

翔の顔の左側にある百合の小さな顔を両手で挟み、
指をその長い髪に潜らせると、
百合の弾力に富むバランスのいい厚さの唇へ吸い付いた。
「百合、愛してる。これからずっとよろしくね」
「はい、私も愛しています」
最近、手のひらからこぼれるほど大きくなった百合の襟元へ右手を入れた。
手のひらに触れる百合の滑らかな肌が気持ち良かった。
口づけをしながらそっと百合の寝巻の帯を解き、翔も寝巻を脱いだ。
仄暗い部屋の中でスラリとした百合の真っ白い肌が浮かんでいる。

百合の右の乳首を吸いながら、右手で左の胸を優しく揉む。
もう既に紅く小さな乳首は固く尖っている。
「ああ、あなた、気持ちいい」
翔は、左手のひらで滑らかな背中や脇腹へとそっと撫でていく。
百合の右腕を寝巻から抜きながらしっとりした襟元や肩や背中へ口づけをしていく。
唇が触れるたびに百合はピクリと震え感じている。
今度は、百合の左側へ移動して
左手で百合の右胸を優しく揉みながら乳首をそっと摘まみ
同時に左胸の乳首を含む。
百合の左腕を寝巻から抜きながらしっとりした襟元や肩や背中へ口づけをしていく。
百合の着ていた寝巻を軽く巻いてそっと枕元へ置いた。
しばらく二人は抱き合って肌を合わせてその感触を楽しんだ。
そして二人は一番肌が馴染む相手である事を再び理解し合うのだった。

百合の肌がよりしっとりとし始めた頃、
翔は右手を百合の下着へと下げていく。
百合も腰を少し上げて協力する。
百合のスラリとした足から下着を抜いた後、すぐに翔もパンツを脱いだ。
翔は再び唇へ強く口づけをして、首筋から胸へと唇を移動していく。
百合も喘ぎ声と身体のピクリとする反応で応えていく。
翔の指が百合の密やかに息づく場所へ到達した。
細めでやや縮れた陰毛を掻き分ける。
そこは既に十分に濡れている。
翔の指がその中に潜む敏感な芽を探した。
それは小さく固く尖っていた。
翔が愛液を指に絡ませてそっとタッピングし、そっと優しく回していく。
百合の口からやや大きめの声が漏れ始める。

その時、百合が翔のモノにそっと手を伸ばしてきた。
「あっ、百合、今日は駄目だよー、早く終わっちゃうから」
「ふふふ、いつもあなたに気持ち良くして貰ってるからお礼よ。
 でも本当に気持ちいい。ああ、好き、あなた、ステキ」
「あっ、そんな・・・ああ、気持ちいい」
「今日もお口でしてあげるわね」
「ああ、少しだよ。あまりに気持ち良すぎて出ちゃうから」
「ふふふ、別に出しちゃってもいいわよ。でも今日は駄目なのね」
「うん、今日は駄目」
「じゃあ、ここまででやめておくわ」
「もう、急にするなんてびっくりしちゃうじゃん」
「ふふふ、可愛いあなたを見たかったの」
「もう、お返し」
翔は、百合の密やかに息づく場所へ口づけを始めた。
「あっ、あーん・・・気持ちいい」
翔は、大量の愛液に塗れ大きく開かれた紅い花弁を
唇で挟んだり吸ったりの愛撫を繰り替えした。
敏感な芽も舌先で回したり、タッピングをして刺激した。
百合の膣から大量の愛液が流れ出て布団にまで染みが出来てきている。
ここまでくると翔ももう我慢が出来なくなってきている。
「百合、もう・・・」
「うん、・・・来て」
翔はギンギンになったモノをそっと膣口に当てると一気に奥へ突き入れた。
突き入れたモノをしなやかな壁が包み、
前後左右に動かすたびにリズミカルにギューッと締めてくる。
翔の耳元に百合の喘ぎ声が聞こえてくる。
翔の腰から背骨へ震えが上がってくる。
その震えが脳へと上がった時、いつもの感覚が訪れた
百合の一番奥の部分の締め付けが突然無くなり、
代わりに根元が今までより強く締め付けられた。
二人一緒に声が出る。
「あっ、あん、浮かぶー・・・!?」


「うっ」
翔は百合の奥深くへ大量の熱い塊を注ぎ込んだ。


百合には絶頂に昇りつめた瞬間、
以前この力が出始めた頃にうなされていた時の様に
強く抱きしめていた筈の翔の逞しい肉体が一瞬|朧《おぼろ》となった感触があった。
(終わり)

130.学園を守れ6

卒業式前月の2月末に突然、校長・教頭・事務長が退職との噂で学園内は騒然となった。
3月1か月は在校生に対しては各学年主任が代行、決め事は教師全員が合議制でする事とした。もちろんその席には理事長が常に同席している。また教員も4月から大きく人事異動となり、一族経営の他の学校の教師と大量の人材交流が開始される。
生徒達も校長や教頭や事務長の退職の件は、噂から何とはなしに理解しており、新入生の入る4月からの新しい学園生活へ期待するようになってきている。
それに続き、前用務員の高橋氏が、一族の弁護士を通じて、文武連合の不良達を傷害罪で訴えた。それも示談金での解決ではなく、裁判による解決を親にも申し入れられ、世間にも表沙汰となって、学校としても不良達は即退学とした。

冴木は夜中に一人で能面を被り旧武道館でただひたすら日本刀を振っている。
次の大学進学も決まっており、文武連合の不良達に
文武連合のボスが生徒会長である事はばれていないので、
彼らが何を言っても冴木に繋がるものは一切何も無い。
ただ自分のいる間にこの学園を廃校に追い込めなかったのが残念との思いがあった。

その場に翔はバトルスーツを着て姿を現した。
冴木は翔と気付いて
「あれ、用務員さんがこんな夜中にどうされました?」
「今日は文武連合の手下はもういないのか?」
「・・・知っていたのですか?」
「ああ、君が文武連合のボスで彼らに命令した事も確認している」
「我々の秘密を知ってしまったので、
 あいつらを使って前の用務員は辞めさせた。
 急に再び用務員が着任したから不思議だなと思っていましたが、
 あなたはもしかして・・・」
「ああ、君が憎んでる、
 いや、逆恨みしてる館林一族の代理人と考えて貰って結構だ」
「校長や教頭、事務長の件もあなたが裏で動いていたのか・・・」
「そうだ、君が使っていた不良どもは残念ながら退学になったよ。
 当然だよな、喜んで他人を傷付ける輩にはそれなりの制裁は必要だから。
 それに女性を全員で犯した罪は許されない。
 彼女は生徒の事を親身になって心配してる優しい女性だった」
「校長と女子高生の仲や、堕胎の噂はネットへ俺が流した。
 だって、本当のことだからね。
 それに学校付近や近くの高校にもやたら喧嘩を仕掛けさせてるから
 この学園の噂はロクでも無いものとなっている。
 このままでは来年度の入学者数は定員を割るだろうね。
 それにこのたびの覚せい剤情報もネットには上げさせてもらった」
「もう卒業するお前がそんな心配をしなくていいぞ。
 もう既に来年度も定員以上の入学者数を確保している」
「何?そんな馬鹿な。確か割れてた筈・・・」
「子供のお前が思いもつかない事が大人にはあるのさ」
「どっちにしろこのスマホから情報を拡散したからこの学校は終わりさ」
「残念だったな。お前のスマホには入らせてもらっている。
 お前は俺の作った電脳空間で必死に学園の情報を発信していただけさ。
 よくできてる電脳空間だっただろ?
 おかしいとは思わなかったのか?
 普通ならそんな情報は警察がマークしてるぞ」

「君の事は色々と調べさせて貰った。
 君が館林を恨む理由は知っているが、普通の考え方なら
 お母さんがおっしゃる通りで君が間違ってると思うぞ」
「うるさい、あの仕事好きな父をそれ以外の道へ進ませたのは館林だ」
「違う。その間違った世界へ入ったのは残念ながら君のお父さんの考えだ。
 実際に、移転後の無利子融資も館林は提案して移転して貰ってる。
 先祖からの広い土地が、働かなくても十分なお金になったものだから、
 お父さんは『飲み打つ買うの世界』へ迷い込んだ。
 それに工場は近い将来に潰れる可能性も高かった」
「嘘を言うな。父の技術はそんなものではない」
「そう思いたい気持ちはわかるが、残念ながら
 君のお父さんの技術は一つ前の時代の機械に必要で次代には使われない部品だった。
 お父さんもお母さんもそれは知っていたようだよ。だから心がすさんだ」
「父の技術は永遠に使えるはずだった」
「君もその言葉を出しながら、この世に永遠の物はないと感じているよね?」
「うっ、だけど父は、本当にすごい人だったんだ」
「それは知っている。
 だから君のお父さんを知っている人は皆心からお父さんの死を惜しんだ」
「そんな父を死ぬようにしたのは・・・」
「実は、お父さんは死ぬ前に大きな借金があったのを知ってるか?」
「えっ?あんなにたくさんのお金があったのに?」
「そう、残念ながら数千万、ヤクザが相手だから1億は超えただろうね」
「そんなに・・・」
「そして、家族に迷惑を掛けることは出来ないから、死亡保険に入って死んだ」
「そんな・・・」
「君は、荒れていくお父さんにどのように接した?」
「うっ・・・」
「そんなに好きな父親なら
 君が全力でぶつかって止めるべきだったと思わないのか」
「それは・・・」
「君はお母さんにつらく当たるだけで、真実から逃げていただけだった」
 本当にお父さんを好きなら、どうして君がぶつかって行かなかった?」
「うるさい、うるさい」
「結局、君は自らを偽っている。本当に憎いのは弱い自分だったのだろう?」
「・・・」
「自分の境遇が思い通りにならないのは君自身が選んだ事なのさ。
 君は頭でお父さんという理想像を作り、
 お母さんや自分自身にも偽って本当の心を隠してきた」
「違う」
「いや、君は気づいている筈だ。全ては弱い自分が問題だったと。
 それに気づきたくないため代わりに館林を憎んだだけ」

頬に血の跡のある白い能面から覗く、
冴木の目つきが真っ赤に染まりギラギラとしてくる。
「くそっ、死ね。おうりゃー」
翔の脳天へ日本刀が振り下ろされる。
『ビュン』
と空気を切る音が辺りに響く。
冴木は翔が脳天を真っすぐに断ち切られて倒れる姿を予想した。
その瞬間、翔の身体がスッと沈み、
「ハッ」
『パシッ』
翔の脳天の上で両手に挟まれた日本刀があった。
俗に言う『真剣白羽取り』である。
「えっ?」
「くそっ、うっ、動かない」
「この日本刀には妖気がある。危険だな」
『フン』と息が強く短く出された。
両手がブルブル震える。
『パキン』
と高い音がして日本刀が途中で折られた。
『ギャア』と脳裏に何者かの悲鳴が響いた。
「その能面もな」
両手で挟み折られた刃先が振られ、頬に血の跡のある白い能面を斜めに絶ち割った。
ふたたび『ギャア』と脳裏に何者かの悲鳴が響いた。
この技は、鬼派の技で『鬼折り』と言い、
相手の日本刀を折って、その刀で相手をしとめるまでが一連の流れである。

翔は『この刀と能面があの時のものならば、これで終わる筈はない』と感じていた。
果たして冴木は、折れた日本刀を翔へ投げつけ、奥の部屋へ走って行った。
「ふふふ、お前はこれで終わりだ。死ね」
冴木の手には拳銃が握られていた。
照準は翔にピタリと合っている。
「冴木、もう止めろ。お前は俺には勝てない」
「何を、これでも喰らえ」
冴木の指が引き金を引こうとしたその瞬間、
冴木の目には翔の姿が何重にもぶれた様に映った。
なぜか右隣から翔の手が出て来て拳銃のシリンダー部分が握られた。
これではシリンダーが回らないので引き鉄は引けない。
驚いて右を向いた冴木の頬を翔は掌で大きく叩いた。
『バチーン』
と言う大きな音が旧武道館に響き、壁に叩きつけられた冴木は気絶した。

翔は、手にある拳銃を見つめた。
グリップ部分に『鬼の刻印』がされている。
折れた日本刀の鍔にも『鬼の刻印』が掘られ、
目釘を外して銘を確認すると「斬鬼丸」と銘打たれている。
割れた能面の裏側を見るとこれも『鬼』と記されている。
やはり、父龍一を殺した日本刀と拳銃であり、
当時須佐の父親が被っていた能面だった。
この能面に残っている頬の血痕は父龍一のものだった。
この日本刀と拳銃と能面をなぜ冴木が持っているのかを知る必要があった。
翔は、床に倒れている冴木を起こすと背中に活を入れて意識を取り戻させた。

「あっ、用務員さん、私はなぜここに?」
憑いた物が落ちたような、幼い表情の冴木が目を覚ました。
「君に聞きたい事がある。
 この日本刀と拳銃と能面はどのようにして手に入れたの?」
「えっと、僕が入学した時、この旧武道館を生徒会で片づける事になり
 掃除していたところ、この部屋の床に古い扉が見つかり、
 そこへ入ると古い長持が置かれていました。
 鍵は掛っていなかったので蓋を開けたところ、
 その中にこの能面と刀と拳銃が入っていました」
「君はいつから館林を憎み始めた?」
「その時に日本刀を抜いてその刃文を見てからは、
 なぜかただひたすら館林が憎くて憎くて仕方ありませんでした。
 でもあなたとのお話で色々と納得できるところもありました。
 全て私が悪かったみたいです。
 母の言う通りでした。申し訳ありませんでした。
 江戸時代ならきっと切腹をしてお詫びするところだろうなと考えています。
 私の推薦や進学の話は、もう無くなっても仕方ないと諦めています。
 どうぞお好きになさって下さい。
 でもいつか僕は父の様に技術を磨き、将来絶対に工場を再建します」
「君の様な優秀な生徒の将来を潰す様な事を館林はしないよ。
 この学園の設立理念から外れる様な事は絶対しない。
 今後君はもっともっと心を鍛え、感情に流されないようになりなさい」
「私の様な人間を許してくれるのですか?あんなに酷い事をしたのに?」
「君が反省をし今後世の中に役立ってくれる人間になってくれればそれでいい。
 もし君がこの学園をすばらしいと思うなら、
 たまには顔を出して顧問と一緒に後輩を鍛えて欲しい。
 君の剣の力を埋もれさせるのは惜しいからね」
「はい、ありがとうございます。
 大学でも剣道は続けて学園の後輩にも教えます。
 しかし、あなたの様に素手でも日本刀に勝つ人間がいる事に驚きました。
 私もあなたのように刀を持たなくても戦える人間になりたいです」
「がんばりなさい。またいつかお手合わせをしよう」
「はい、その時までもっともっと鍛えておきます」
「それでいい。
 明日から新しい君に生まれ変わった気持ちで生きて欲しい」
「はい、ありがとうございます。
 もし将来館林の方で私が必要になったらいつでも声を掛けて下さい。
 微力ですが、何某かのお手伝いは出来ると思います」
「わかった。その時には君に声を掛けさせてもらう。
 それまで鍛えておいて欲しい。では、おやすみ」
翔は妖気溢あふれる日本刀と拳銃と能面を持って旧武道館から帰って行った。
後に残った冴木は、いつもと違い明るい雰囲気となり竹刀を振って稽古を再開した。
翔は冴木の持っていた恨みの籠った日本刀と拳銃と能面をバッグにしまい、
これらを二度と世に出ない様に永久に封印するために桐生本家に持って行くことにした。

 

校長や教頭が退職した翌日、副会長の黒木が保健室に顔を出した。
いつもと違って顔つきが明るくなっている。
「立花先生、いつもありがとうございます」
「いえいえ、あなたの体調が良くなればそれでいいわ。
 それはそうと黒木さん、何か良い事があったの?」
「わかります?
 ええ、いつも耐えていた嫌な事が無くなりました。
 先生はもしかして私の身体の事を知っているのではないですか?」
「ええ、いつも心配していたわ」
「やはりそうなんですね。私の事はお見通しだったみたい」
「あなたのように精一杯生きてる子が苦しむ姿は見たくなかったの」
「先生って、本当に養護教員なんですか?」
「そうだけど、なぜなの?」
「30歳と言ってるけど、私のお姉さんみたいな感じだなと思って」
「若く見えて嬉しいわ」
「それより先生は、何者なんですか?」
「校長とかあんな事になったのは先生が来てからですよね?」
「偶然じゃないかしら」
「普通は驚くのにそうじゃないから不思議に思ってたんだ」
「もちろん驚いたわ。
 そんな事より何か話があったんじゃないの?」
「そうだった。先生は知ってると思うから話すけど、
 私、赤ちゃんを殺しちゃったの。悪い子ですよね?」
「あなたがその赤ちゃんを望んでいたのならそうだけど、
 そうじゃないんでしょ?
 その赤ちゃんだって
 きっと高校生の母親に苦労して欲しくなかったんじゃない?
 親子で苦労するのは目に見えてるよね?
 だからとりあえずお空にもう一度帰ろうと思って、
 お母さんへその気持ちを知らせたんだと思うわ」
「そうかなあ、

 あの後の身体の不調が赤ちゃんの恨みかなと思ってて、
 きっと罰が当たったんだと毎日思ってたんです。
 でも勝手なんだけど、
 将来にはきちんと好きな人との赤ちゃんが欲しいなあと思ってるんだ。
 今度こそ、何の不安もなく赤ちゃんを産んであげれると思ってるの。
 その時にこのお腹で大丈夫かどうか不安なの。
 闇のお医者さんだったので」
「そうよねえ。わかったわ。
 私の知ってるお医者様に頼んで徹底的に調べて貰おうか?」
「元の身体に戻れば、あなたは夢のためにがんばれるね」
「そう、海外で日本人学校の先生をして日本の良い所を教えてあげるの」
「楽しみね。その時には海外にも、
 例えばアメリカとかヨーロッパに、私の知り合いがいるから相談にのるわ。
 きっとあなたの弓を引く凛々しい姿は外国人も魅了すると思うわ」
「やはり、先生は只者じゃなかった。私の勘通り。
 でももう先生が誰でもいい。
 先生、短い間でしたけど、ありがとうございました」 
と黒木は明るい笑顔で挨拶をして保健室を出て行った。
百合はもうこの学校にいる必要性が無くなった事を感じた。
元用務員の高橋さんも4月から復帰するので養護教員も人事異動で変わる手筈だった。
その後、翔と百合は葉山の隆一郎翁に会い、事の次第を報告した。
翁は依頼が成功に終わった事を大変喜んで、いつものように道場で鍛えこまれた。

129.学園を守れ5

新聞やテレビが東京都における犯罪集団の原因である「倉持組下部組織小銭組」「倉持組下部組織新宿小金組」壊滅を大仰おおげさに報道し、世論も警察の行動に拍手喝采であった。

校内においてもその報道と学園関係者の不適切な関係に対する噂などが拡がり始め、校長や事務長、そして教頭は、日に日に顔色が悪くなり、毎日落ち着かないようだった。

そんな折り、校長、教頭、事務長を理事長が一人ずつ理事長室へ呼んだ。

 

校長がオドオドと顔を出した。

理事長が校長をソファに座らせる。

「校長先生、私の用件はご存じですね?」

「は、はい、大変な事をしてしまい申し訳ありませんでした」

「何をされたのか、ご自身の口からお話頂けますか?」

校長は、生徒会副会長の黒木との出会いから肉体関係になった経緯、そして昨夏妊娠が発覚し事務長があるルートから闇医者の情報を入手し堕胎させた。ただそれを暴力団に知られ脅され、学園の経費を上納金として納めていた。現在も肉体関係は続いていることを話した。

「それであなたはどうしますか?」

「はい、ここまで来れば辞めるしかないと思っています。

 生徒達が動揺してもいけないので

 私の退職は卒業式が終わった頃でいかがでしょうか」

「あなたは何を言ってるのでしょうか?

 退職?卒業式?

 そんな教育者みたいな事を言っていますが、

 もうあなたは教育者でさえもないですよね?

 退職とか言ってますが、退職金が出ると思いますか?

 あなたを警察に叩き出さないのは私の恩情ですよ。

 あまりにいい気になり過ぎていませんか?

 学園としてはあなたに損害賠償を請求してもいいのですよ。

 あなたは今日、家庭の都合で突然退職します。

 もちろん退職金は出ません。こちらが欲しいくらいです。

 あなたの規定の退職金では全然足りないのですがこの際それは無しにします」

「今日?あまりに急ではないですか?」

「そうですか?あなたに選択する権利は無いです。

 現在、館林の弁護士があなたの奥様にお会いして、

 この経緯を書面にして渡しています。

 家に帰って奥様と今後の事でもご相談くださいね。

 では、これにサインして本日中にご自身の物を持って帰ってください」

「教職員の方々への挨拶は?」

「だから教育者でもないあなたが、教育者へ何を話すのですか?

 武士の情けでこのような方法を取っています。わかりましたね。では」

校長は項垂うなだれて、書類へサインするとその場から足早に出て行った。

 

次に事務長が呼ばれた。

事務長は去勢を張った感じで落ち着いた風にソファへ座った。

「事務長、あなたから何かお話はありますか?」

「理事長、校長に続いて私までお呼びになって何かございましたか?」

その白々しい態度に理事長は、学校運営資金の裏帳簿のコピーを見せた。

事務長は一瞬、目をみはり、呼吸が荒くなると

「これは校長に命令されて行ったもので私は脅されたのです」

「いえ、このコピーを見て下さい。

 痴漢事件の示談金500万円がこの月の経費で作られていますね」

「あれは私がヤクザに騙された結果です」

「それがどうしました?それが学園のお金を使う理由にはなりません」

「いえ、学園の事務長が痴漢と新聞沙汰になっては学園が困ると思い」

「もう言い訳は結構です。

 それにこの写真の女性、ご存じですね。

 あなたも一緒に映っていますから知らないとは言えないですね。

 現在、この女性にもだいぶん融通していますね。

 それに奨学生には減額になったと嘘を言っていますね」

「それは・・・」

「あなたの行為は背任罪です。警察にそのまま渡してもいいのですが」

「それは困ります。申し訳ありませんでした。何とかお慈悲を」

「最初から校長の様に素直に認めれば穏便な方法も考えたのですが

 あなたの盗人猛々しい態度には呆れました。本日をもって懲戒解雇とします。

 あなたは本日中に自分の物を持って帰ってください。

 今後、この学園の事を外部で口にするようだったら

 それが判明次第、背任罪として警察へ届けますからそのつもりで。

 ちなみにあなたの奥様には現在、

 うちの弁護士が面会し書面にて今回の経緯を知らせています」

事務長は、真っ青になりフラフラとした足取りで出て行った。

 

最後に教頭が顔を出した。

教頭は表情は一切変わらずに

「校長や事務長の顔色が真っ青になっていましたが何かございましたか?」

「ええ、校長と事務長は本日、学園を辞めていただきました」

「えっ?年度末の大変な時に、卒業式もあるのに困ったものですね。

 わかりました。私が校長代理でさせて頂きます。

 4月からはなるべく早く校長にして下さいね」

「いえ、それはありません」

「はい?学園として困ると思いますよ。生徒が不安になって」

「大丈夫です。それはそうとあなたはなぜ私に呼ばれたかわかりますか?」

「いえ、全くわかりません」

「あなたの生徒に対しての他校への斡旋についてです」

「何の話でしょうか?全く意味がわかりません」

「もう調査はついていますから認められては如何ですか?

 あなたの銀行口座も確認しました。

 今までのこれだけの斡旋金が振り込まれています」

「えっ?

 あ、くそー、バレたか・・・

 じゃあ、理事長、今から話し合いをしませんか?」

「何の話し合いですか?」

「これは学園の恥部だから週刊誌はすぐ食いついてきます」

「口止め料という訳ですか?」

「物分かりがいいですね。困るのは理事長ですよ。

 僕は今まで知った色々な事を記者にしゃべるだけですから」

「今度は脅しですか?」

「そう取られるのはあなたの考え方次第ですが、

 もっと大人の考え方をしましょうよ。

 あなただって、責任者として理事長職を罷免されたら困るでしょ?」

「ほう、あなたはまだこの学園にいるつもりなのですね」

「それもあなた次第。私の口を止めるのもあなた次第です」

「学園に大変な損害を与えた上に、まだ強請ゆすろうとしますか。

 もはやあなたには話す事は何もない。これを警察へ渡します」

机の上に、

「コカインを鼻から吸引して陶然となっている教頭の顔つき」の写真が置かれた。

教頭は、

一瞬息が詰まり真っ青になり、

次の瞬間

「この野郎、死ね」

と理事長へ掴みかかってきた。

理事長は、

「下郎、何をする。無礼者」

掴みかかってきた教頭を捕まえると強烈な背負い投げで床に叩きつけた。

『ドーン、ベタン』

と大きな音がして部屋の壁に掛けられた額が大きく揺れた。

教頭は大の字になって気絶している。

理事長は翔を電話で呼んだ。

翔は、大きなキャリーバッグを持ってきて、

教頭の口にガムテープを貼り、手足を縛り、

キャリーバッグに教頭を入れて理事長室を出て行った。

教頭の部屋の個人の物は、

翔が適当にまとめて段ボールに詰め込んで家へ届けた。

キャリーバッグに入った教頭は、

一族経営の精神病院の個室へバッグに入ったまま入院した。

現在教頭の奥様には、校長・事務長と同様に弁護士が面会している。

そして「生徒斡旋」と「コカイン乱用」についての説明をしている。

奥様も教頭を精神病院に入院させ「コカイン離脱療法」を行う事を承諾した。

相当な長期間に渡り、教頭は個室で地獄の様な離脱症状の苦しみを味わう。

今までの使用期間が非常に長いため、

そのまま記憶障害になって病院で一生を送ることになるかもしれなかった。

128.学園を守れ4

校長、事務長、生徒会長、副会長の状況は調査できたが、優秀な生徒のライバル校への転校の原因がわからなかった。
校長や事務長の会話からも誰が裏で糸を引いているのか判明しなかった。
校長や事務長の聞き耳タマゴから明確になった「学園資金の横流し(上納金)」の原因は、女子生徒堕胎の当事者である証拠を握られた校長とヤクザの美人局に引っかかった事務長が、『教育者たるものがする事ではない、館林グループへ言いつけるぞ』との「倉持組下部組織小銭組組長猫田」の恫喝に屈し、上納金支払いを受諾したことだった。
システムとしては、奨学金などの必要な生徒数を水増しし、書類を偽造してグループから毎月初めに資金を振り込ませるもので、生徒へは企業の収益があまり良くないので金額が減額されたと納得させ、上前を撥ねてそれで出来た金を「倉持組下部組織小銭組」へ渡していた。

そんな時、柔道大会全国上位の「熊田寅蔵」の転校の噂で校内が持ちきりになった。
熊田の行動を監視することになったが、実家から通っており寮には住んでいない。
急いで柔道部部室へクモ助を侵入させ、
熊田の学生服の襟のカラーの裏へ「聞き耳タマゴ」を埋め込んだ。
熊田の友人との会話からは、
今度の転校で転校する高校と同系列大学への推薦入学が決まっており、
奨学金も出るし、将来はオリンピックを目指すと公言している。
辛抱強く聞き耳タマゴで調査して数日が過ぎた。
自宅に帰宅した熊田へ母親が
「寅蔵、お前、色々といい気になってみんなに話しているみたいだけど、
 まかり間違ってもあの先生のことは話したらいけないよ。
 もしばれたら今度の転校は中止になるし、お父さんの仕事にも関係するからね」
「おふくろ、わかってるよ。俺もそこまで馬鹿じゃない」
「しかしお前は心配だねえ」
「大丈夫、教頭のことは絶対に言わないから」
「馬鹿、そんな大きな声で言って。誰が聞いているかわからないのに」
「ごめん、でもわかってるから。
 もしバレたら俺の人生も終わるのはわかってるから」
「そうなら、いいんだけど。気をつけるのよ。
 お父さんの取引もそろそろ大事な時期だから」
「わかったから、それより早く飯にしてくれよ。腹減ったよ」
「はいはい、わかればいいんだよ。じゃあご飯を用意するわよ」
これでやっと『転校の黒幕』が明確になったのだった。

藤原教頭は、手元資料によると
元々は教育委員会関係の先生で生活も乱れたところもなく真面目な人物という評判だった。
翔は急いで藤原教頭の調査に入った。
教頭室は校長室の隣で、登下校時は必ず校門付近で生徒達を見守っている。
穏やかな雰囲気の立派な教育者然としていて、
とても学園を裏切るような事をしているようには見えなかった。
教頭の監視に入って数日が経った。
帰宅後も色々と監視しているがなかなか尻尾を出さない。
そんな時、クモ助からある画像が送られてきた。
その画像は何と驚いたことに
『教頭が室内でコカインらしき粉末を鼻から吸引している姿』だった。
注射ならば腕などに注射跡が目立ち、常習者とわかってしまうがこれではわからなかった。
ただ教頭の動きで目立つのは、よくワイシャツの上からでも腕とかやの皮膚をゴリゴリと搔き毟る仕草が増えてきている。その点から考えると、コカインの『皮膚|寄生虫妄想』と言うコカイン乱用の末期症状が出て来ている可能性が高く早急に対応する必要を感じた。
しばらくするとスマホで連絡を取りながら新宿の裏道で売人と会ってるのを確認した。
その売人は「倉持組下部組織新宿小金組所属」で場所も突き止めた。

教頭の生徒を転校させるシステムは、
定期的に地下鉄や電車で赤坂まで出て、ホテルのロビーでライバル高校の校長・教頭と会い、優秀な生徒のファイルを渡し、転校の可能性を相談し、ライバル高校の資金の準備とか卒業後の進路などを打ち合わせて、該当している生徒の進路相談の前に、先にその生徒のご両親に会い、固く口留めをして転校を進めている。

両親としては今の学園も良いが、お金を貰ったり、子供の大学やその後までケアしてくれたり、両親の仕事にも有利な事が可能な事を聞くとすぐに承諾した。そして両親から子供を説得させる。その結果、転校がうまく行けば、ライバル校から仲介料も入るし、生徒の両親からもいくばくかの謝礼金も手に入った。教頭はそのお金でコカインを購入し今日に至る。
元々コカインは、倉持組傘下のキャバクラで飲んでいた時に、仲良くなったキャバ嬢に教えられて、そこからはまったようだった。教頭自身は倉持組が校長や事務長と繋がっている事も知らなかった。

ここで翔と百合は困った事に気が付いた。
校長、教頭、事務長をそのまま警察に逮捕させてもいいのだが、
校長→東京都青少年の健全な育成に関する条例違反
教頭→麻薬及び向精神薬取締法違反
事務長→背任罪
でマスコミに大騒ぎされても学園経営が成り立たなくなってしまう事だった。
当然まだ将来のある在校生も多く、歴史から考えても廃校は避ける必要があった。
この事件がまだ警察にも外部にも漏れていない今こそ最善の策を考える必要があった。

そこで今のところ、
全ての状況を葉山の隆一郎翁には知らせず、
理事長へ報告し判断を仰ぐこととした。
これを聞いた理事長は、
最初は事の重大さに唖然として驚き、
次に彼らの裏切りに対して顔を真っ赤にして怒り、
最後には自らの判断力の無さに真っ青な顔となり頭を抱えた。
そして
『一族に顔向け出来ません。今すぐに切腹をします』
と言ってきかなかったが、
『死ぬ事は逃げる事。そんな事で何も変わりません。
 夢のある生徒の将来のためにも学園を立て直して下さい。
 それがあなたが一族へ報いる唯一の方法と考えます』と翔と百合が説得した。
この2月末までに膿は一気に出し切り、
4月の新学期から学園の体制を新しく変える事として再建プランを練る事とした。
将来的には、この学園は高校だけでなく大学も設立して、海外へも学校を展開する予定である。

学園再建案
1.学校名変更
  四月一日より学校名を「文武錬成学園」と変更し、
  教師も生徒も心機一転させる。
  錬成の意味:心身・技術などを鍛えて立派なものにすること
2.学園への一族の関与
  教育及び経営に関する責任者は全て一族の人間で固める。
  次期校長・教頭は、一族が経営する他の学校から赴任させる。
  教員も一族の経営する各学校間で移動させ切磋琢磨させる。
  武道系クラブのコーチは一族の者が対応する。
3.学園経営
  現校長・教頭・事務長へは以下対応とする。
  原則として、懲戒解雇相当ではあるが恨みを残さないような方法を取る。
  校長:犯罪内容を家族へ理解して頂いた上で家庭の不幸での突然の退職とする。
     退職金・功労金は無し。
  教頭:犯罪内容を家族へ理解して頂き、
     一族経営の精神病院にて覚せい剤離脱療法を実施し社会復帰させる。
     退職金・功労金は無し。もし復帰できなければそのまま一生入院。
  事務長:犯罪内容を家族へ理解して頂いた上で、他県の一族会社の事務員として
      常に監視対象として雇用する。退職金・功労金は無し。
      もし反省の色が見えないと判断したら即解雇。口止めも実施。
4,生徒:近隣の県の学校に通う一族の子弟を入学させ、
     他の生徒に範を見せる意味で文武錬成を率先させる。
     ①文武連合の不良生徒は、元用務員を雇い直して傷害罪で訴えさせる。
      生徒への対応としては犯罪を犯したため即退学とする。
      実家が金持ちなので別に困らないはずだった。
     ②生徒会長に関しては、翔が責任を持って対応する。
      あくまでも不良への指示命令であり、犯罪に問うのは無理がある。
      ただこちらの指示に従わない場合は推薦も含めて取り消し退学させる。
      副会長に関しては、不問とする。

      彼女の海外への夢の手伝いを百合がする。
     ③ライバル校へ転校する生徒に関しても不問とする。
      但し、奨学金等を活用している場合は、即時全額学園へ戻させる。

ここから翔は、学園の改革の前に
先ずは犯罪組織を壊滅し後願の憂いを絶つ事とした。
翌日から「倉持組下部組織小銭組」「倉持組下部組織新宿小金組」へクモ助を侵入させ、違法の証拠をドシドシ集めて行った。

その結果、
「倉持組下部組織小銭組」
 銃刀法違反、違法ギャンブル、売春法違反、殺人教唆、傷害罪、詐欺罪等
「倉持組下部組織新宿小金組」
 違法薬物製造販売違反、売春法違反、銃刀法違反、殺人教唆、傷害罪、詐欺罪等
の確実な証拠を写真と音声で集めて、構成員全員の顔写真と犯罪歴を都倉警部へ連絡し、両組織の壊滅を依頼した。両組織と警察の熾烈な争いはあったが、当然最後には全員検挙され東京での犯罪組織だった倉持組は下部組織も含めて全て壊滅させた。

127.学園を守れ3

ある夜、なぜか林の奥にある旧武道館から灯りが漏れてきている。
クモ助1号からはすでに生徒会長冴木の外出報告はされている。
翔は、以前の様にバトルスーツとヘルメットを被り気配を消して近づいて行った。
上空では小型迷彩ドローンを先行させて、待ち伏せなどに備えた。
やがて旧武道館に着いた。
館内では不良の一団が能面を被った男の前で並んでいる。
「お前達、最近おとなしいな。もっと暴れてもいいぞ」
「ボス、いくら暴れても先公は知らぬ顔をしてるんです。
 他校の奴らも俺らが武道に強いの知ってるから会う前に逃げるし、
 学園の生徒も3年生は入試で登校しなくてもいいし、
 下級生は我々の姿を見れば逃げていくしで
 我々の事は卒業するまでの辛抱だと思っています。
 それに生徒会や風紀委員が煩くて困ってます」
「あんな奴らなんてどうでもできるだろ」
「いや、会長は剣道、副会長は弓だし、書記は柔道で結構強いと噂です」
「ふーん、言う事が聞けないのか」
能面の男は日本刀をスラリと抜くと
「竹刀や竹串の方がこれより怖いって?」
「いえ、そういう訳でなく・・・、わかりました」
「じゃあ、明日はこの前入った用務員を痛めつけろ。
 辞めさせて世間へ悪い噂を流して来年度の入学者を少なくさせろ」
「男より女の方がいいんだけどなあ」
「馬鹿、俺はこの前、養護教員を脅して学校に来ない様にしろと言ったのに
 お前達があの女を輪姦したから大変な事になって
 お前達の親が大金を積んで黙らせたことを忘れたのか?」
「はい、そうでした」
「そんなに女が欲しいなら、そこらの出来の悪い高校の女かプロとでもしろ」
「わかりました。許してください。
 あの男は身体が大きいがからっきしな感じだからちょうどいい」
「頼んだぞ。何としてもこの学園を経営不振で廃校へ追い込みたい」
「しかしボス、なぜ、そこまでこの学校を?」
「理由はお前達が知る必要はない。
 お前達は楽しく暮らせて無事卒業できればいいんだろ?」
「ええ、家の方ではそれだけを心配していますから。
 ここを卒業さえ出来れば就職は親の会社へ入れるから」
「俺が責任を持ってそうさせるから安心しろ。
 校長の弱みは握ってるから大丈夫だ」
養護教員と用務員の失踪した原因が判明した。
少しずつ悪い噂が増えてきているこの学園の流れに一致する。
翔は生徒会長冴木の恨みの原因を探る必要性を感じた。

学校資料では、
冴木は埼玉県大宮市生まれ、シングルマザーの家庭で育っている。
非常に優秀な成績と武道の経験で奨学金が出され、寮の費用負担もほとんどない。
そこまで学校から期待され援助されている生徒が学校を潰そうとまで憎んでいる。
その疑問を解く必要があった。
ちょうどこの土日は冴木も珍しく実家へ帰るそうで、
翔も百合と今度は若く変装をして大宮まで行って調査をすることとした。
勿論、Ryokoにもネット情報で調査をさせている。
その結果、現在の「冴木」姓は母親方の姓で、母親の旧姓は「松本」だった。
旧姓松本一郎、冴木一郎は、松本真司と香の長男として生まれた。
家業は小さな部品工場で、当時は高い技術もありそれなりに繁盛していたようだ。
そんな時、その工場の場所付近一帯へショッピングセンター構想が出てきた。
そのショッピングセンター構想には館林一族が土地の買収と開発を担当した。
その時に館林より、遺恨が残らない様に充分な資金が松本の手に渡っている。
だが、あまりの大金が手に入ったため、松本が一切働かなくなり、
「飲み打つ買うの世界」へのめり込んでしまい、
最後は道端で倒れてアルコール中毒で死んでいる。
その「飲み打つ買うの世界」へ誘導したのは「倉持組」だったようだ。
急に大金を掴んだあまりにありがちな人間の話だったし、それでも彼が館林を恨む意味が分からなかった。

昼間に彼の母親の住むアパートへ近づき、クモママを窓の外へ待機させる。
夕方になりバトルカーを近くのパーキングに停め、翔と百合は車内で待機している。
百合が保温ボトルからマグカップへそっとコーヒーが注がれ翔へ差し出される。
翔がゆっくりとコーヒーを飲みながらクモママを操作していく。
冴木親子の会話が聞こえてくる。
「一郎、今日はお父さんの命日だから帰ってきたんだろ?」
「別に、あんなクソオヤジなんてどうでもいいよ」
「そうかい、そうかい、でもありがとうね」
「そんな事より腹減ったから飯を頼む」
「はいはい、お前の好きなハンバーグを用意してるよ」
「そうか、そりゃあ、楽しみだな」
「あの寮の食事に比べたら美味しくないけど我慢してね」
「別にあの寮の食事に満足していないよ」
「はい、どうぞ」
「うん、旨そうだ。いただきます」
いつもと違って子供らしい口調になっている。
やがて食事が終わり、お茶を飲んでいる。
「それはそうと一郎、進学はどうなるの?」
「ああ、もう東京の大学に推薦して貰ってるから大丈夫」
「お前は本当によく勉強できたから、お父さんがあんな事になって
 お前に好きな勉強を諦めさせるしかないかと思っていたけど、
 今の学校に入れて良かった。
 将来も親として安心だし、生徒会長までしてるお前が誇らしいよ」
「まあ僕は勉強が好きだし、武道も出来たから学園としても欲しい筈さ。
 あの学園は理想論で先走ってる学校だから入りやすかっただけさ。
 それにあの理事長は教育には素人だし、あの一族も教育には素人集団さ」
「お前に良くして貰ってる学校に何て事を言うの?
 もしかしてお父さんの事は館林のせいだとか思っていないよね?」
「思ってたらいけないの?
 あんな真面目だった親父をあんなにしたのは館林だよ」
「違うわ、お父さんをあんな馬鹿な腐った世界へ引き入れたのは暴力団よ。
 大きな事件で今はもう解散させられてるけど倉持組よ。
 館林はもう一度別の場所で工場を作れるような資金の用意までしてくれたのよ。
 お前は間違ってるわ」
「いや、あんな大金を用意しなければ親父はあんなにならなかった筈」
「違うわよ、あれだけ用意してくれたから
 従業員の人達へもたくさんの退職金を渡せたのよ。そして次の職場も」
「どうであろうが、館林が原因の一つであることははっきりしてる。
 それに倉持組はすでに解散してるしね。ターゲットは館林だけさ。
 あんなに良い仕事をして明るい笑顔だった親父を殺したのは館林さ」
「違うわよ。感謝されこそすれ恨むのはお門違いよ」
「うるさいな。あの時の親子三人の楽しい毎日が壊れたのは確か。
 逆恨みだろうが何だろうが償いはして貰う」
「お前はいつからそんなに訳のわからない子になったの」
と母親が泣きだして、隣の部屋へ入って仏壇へお経を上げ始めた。
冴木は不貞腐れた様にテレビを点けてスマホを弄ってる。
彼の憎しみは、
大好きな父親を変えた憎しみのぶつけ所を
父親以外へ向けたいと言う都合の良い歪んだ心が原因だった。
おおよその冴木の情報は揃ったので事務所へ戻る事とした。

帰り道に百合が副会長の黒木など女子高生の話を始めた。
「テンマル1号」の盗聴機能で部屋の話は聞こえてくるし、
スマホへ侵入できる機能もあるのでラインの盗み読みは可能だった。
クモ助にもその機能はあるので既に冴木のスマホには侵入している。
副会長黒木は栃木県生まれで貧しい農家の長女だった。
非常に優秀な成績で先生からも進学をするように言われているが、実家に進学資金が無いため、中学卒業後は家業を継いで農家をするように言われていたため、中学2年から|自棄《やけ》になって荒れた生活を送ってはいたが、クラブは好きな「弓道部」で成績は学校でも常に一番だった。
ある時、パパ活アプリを見ていて、面白半分で登録したところ今の校長と知り合ったらしい。
黒木は成績が良いのに進学できない悩みを話している内に校長先生から「文武学園」への入学を打診された。入学金免除の上に奨学金も出て寮費も不要と言う黒木にも両親にとっても有難い話ですぐに進学は決まった。
そういう恩もあったため、高校入学後、肉体関係を求められても断る事が出来なかったようだし、中学時代にすでに性行為は経験していたため、特に躊躇は無かったようだ。
彼女は頭もよくスタイルも良かったし性行為も可能だったので、そういう人達の人気は大変高く相当なお金にはなったようだ。彼女としては将来の夢のために早くたくさんお金を貯めたいがための行為であり、何も気持ち良いわけでもなく、自ら望んでそういう行為をしていた訳ではなかった。
このたびの失敗は、5月の試験の勉強疲れでついついピルを飲み忘れて、いつものように校長と性行為を行い妊娠したようで、まだお腹が目立たない時期に堕胎をしたようだった。
ただその後の体調が思わしくなく、堕胎した医師を訴えるにも現在刑務所に入っており、何も出来ない状況で困っているらしい。保健室でよく休んでいるのはそのためだった。彼女は大学への進学や海外留学も希望しており、将来には海外へ移住する夢を持っている。

だいぶ調査も進行した安心感もあり、
その夜は久しぶりの二人きりだったので、二人は朝まで思いっきり愛し合った。
そしていつものように「あーん、あなたー、うかぶー」と百合が絶頂に達して終わるのであった。
月曜日はあの不良達が待ってるが、対応するのも邪魔くさいので「風邪気味」と言ってしばらく休む連絡を事務長へ入れた。
事務長の呟きがクモ助から聞こえてきた。
「あーあ、山田さんももう前の高橋さんみたいにやめるのかなあ。
 確かこの前、あの不良達に絡まれてたしなあ」

126.学園を守れ2

 

2学期の期末試験も終わり、早朝稽古も再開されたようで、体育館や校庭では生徒で溢れている。
翔は空手・柔道・剣道・弓道合気道部などの武道部の稽古の様子を見た。
生徒会長の冴木は「剣道部主将」、副会長の黒木は「弓道部主将」、書記の江藤は「柔道部主将」だった。
翔の赴任時に授業中にも関わらず林に|屯《たむろ》していた奴らは「空手部」だった。
彼らはキチンと稽古には出て来ているようだが、顔つきはいい加減な感じだった。
よく見ると空手部には主将は居なかった。
資料を見ると全国上位の腕前の主将は3年夏休み前にライバル校へ転校していた。
その学校は大学までエレベータ式なので躊躇は無かったようだ。
見学している翔の方を見て
ニヤニヤしながら「あの不良達」が近寄ってくる。
「用務員のおじさん、何か用ですか?
 もしかして空手の練習でもしたいの?
 そんな大きな身体で目立つんだけど」
もう一人がニヤニヤしながら
「おいおい、また前の人みたいに虐めるのか?やめろよ」
「どうだかなあ。
 あいつが勝手に泣いて止めて行ったから知らないよ」
「そう言えば、そうだったな」
と威圧してくる。
どうやら彼らが前の用務員を止めさせた張本人みたいだった。
「いえいえ、若い人はすごいなあと感心して見てるだけです。
 邪魔なら向こうに行きますよ」
「何か俺らを値踏みしてるみたいな目つきが気になったんだよね」
「そうなの?こんなオッサンに?」
その時、顧問の先生が
「お前達。何してる。稽古をしなさい」
「おっ、コーモーン先生来ましたね。
 先生が来なくて暇だったからこの用務員さんと話していました。
 ・・・だよな?
 よ・う・む・い・ん・さん?」
「ええ、そうですよ。
 私が彼らの邪魔をしたみたいで、もう向こうへ行きます」
「さようなら、よ・う・む・い・ん・さん」
彼らは自宅から通っている。
資料によると都内に住むさる大企業のお偉いさんやお金持ちの子息だった。
その様子を生徒会長の冴木はじっと見ていた気配を翔は感じ取っていた。

翔が放課後に校内を見回っていると
珍しい事に生徒会室のドアが開けっぱなしになっている。
何気に中を覗くと誰もいない。
早速中に入るとクモ助4号をポケットから放り投げて壁際の額縁の裏へ待機させた。
その時、廊下側から声が掛けられた。
「あのー、どなたですか?何か生徒会へ御用ですか?」
副会長の黒木が声をかけてきた。
「ああ、用務員の山田です。昨日朝礼でご挨拶させて貰いました。
 いえ、いつもは閉まっているとお聞きしてたのに開いていたもので
 何かあったのでは?と気になって確認のために入りました」
「ああ、そうですか。副会長の黒木です。ありがとうございます。
 あとは私がキチンと閉めさせていただきます」
『誰が鍵を忘れたのかしら』と独り言を言いながら鍵は閉められた。

寮での夕食後、百合から連絡があった。
百合も翔と同じように女子生徒と寮で夕食を一緒に食べたようだ。
やや小ぶりなトランクを持って赴任しており、女性は常に小物入れなどを持っているため監視機器の『テンマル』設置は楽だった。
百合から『今晩はマンションへ帰る』との連絡があった。
たまには変装を解いてシャワーを浴びて素顔でゆっくりとしたいのだろう。
学校外には常に館林の護衛がいるので心配はしていなかった。
スマホ越しだが、素顔の百合の可愛い笑顔で今日の気疲れが吹っ飛んだ。
百合の設置した「テンマル1号」からの情報は常に入って来る。
副会長の黒木は非常に真面目で食後はすぐに部屋で勉強をしている。
たまに風紀委員の女子生徒が部屋を訪れて談笑している。
用務員室と養護教員の寮の部屋の盗聴器はどうやら冴木が盗聴してる事が判明した。
流している音楽と同じ音楽がたまに冴木の部屋へ流れていることで気付いた。
たぶん以前勤めていた養護教員と用務員は学園の何かの秘密を知ったのだろう。
それを知った冴木が二人に文武連合の使い走りを使って危害を加え辞めさせた。

ある日の夜中、冴木の監視のクモ助1号から連絡があった。
どうやら1階の生徒会長の冴木が窓から外出したらしい。
ちょうどチャンスなので冴木の室内へクモ助を侵入させ、
部屋の天井に近い場所に吊ってある剣道大会の表彰状の額縁の裏側へ潜ませた。
そして、翔はバトルスーツに着替えてヘルメットを被り窓から外出した。
林の中を気配を消しながらそっと移動していくと奥から鋭い殺気が流れてくる。
暗い林の中で気合のたびに『キラキラ』と月光を反射する光が流れる。
どうやら居合の一人稽古をしているようだ。
藪の間からそっと覗くと
頬に血の跡のある白い能面を被った男が月明りに浮かんでいる。
体格から見て生徒会長の冴木と思われるが、
仮面から覗く目つきはギラギラとしており、
歯引きしていない日本刀を一心に振っている。
空気を切り裂くような鋭い|刃風《はかぜ》の音が伝わってくる。
腕前は有段者のようで普通は敵はいない強さと思われた。
翔はその身体から漂う狂気のような殺気が気になった。
それ以上に、彼が被る頬に血の跡の付いた能面を遠い昔に見た記憶があった。

最近、事務所の中での話で少し気になった話題があった。
それは事務長の女遊びの話であった。
どうやら事務長へ電話があった時、『あっ、リアちゃん・・・』
と急いで事務所を出て行って、その日は残業もせずにそそくさと帰るそうだ。
翔は事務員が少なくなる時間帯にロッカー裏からクモ助を移動させて
事務長の通勤カバンの裏地に「聞き耳タマゴ」を埋め込ませた。
どうやら今晩は事務長は呼ばれて行くようだ。
事務長がスキップしながら帰った後、翔もバイクで追跡していく。
事務長の場所はGPSでわかっているので楽だった。
お店の女性とは駅前で待ち合わせているようだ。
二人は有名な寿司屋へ入った。
しばらくすると二人の会話が聞こえてくる。
「パパ、今欲しいハンドバッグがあるの」
「少し前、勝ったばかりだろ?」
「もうあれは古いのよ」
「そんなものなのか?」
「同僚のレイナが彼から貰ったって自慢するの。私、悔しくて」
「そうか、わかった。但し来月の初めまで待ってくれ」
「いつも月始めなのね」
「ああ、しょうがく・・・いや、色々とあるんだよ」
「わかったわ。ありがとう。その代わり今晩は目一杯させてあげる」
「それは楽しみ。久しぶりだな。がんばるぞ。」
「ふふ、楽しみにしててね」
二人は遅くまでお寿司をつまんでお酒を飲んで同伴出勤してお店へ入っていく。
どうやら学園の経営資金の門番の事務長が怪しい事を掴んだ。

店が終わってから、二人はホテルへと入っていく。
シャワーもそこそこにして佐々木は女へ挑んでいく。
女のわざとらしい嬌声と佐々木の声が漏れてくる。
終わってしばらくすると
「はあ、良かった。リアちゃんは最高だな。
 特に騎乗位の攻めは下から見てても興奮する。
 この大きなおっぱいの最高の揺れとグリングリンと回る腰、
 それで最後は強烈な締めで一発で終わるね」
「あなたのが私の感じるところへ当たるからいいわ」
「そうか、そうだよな。しかし青臭い子供を好きなオヤジって変だよな」
「ああ、この前言ってた校長先生の趣味ね。何も知らないからいいんじゃない?」
「そうなのか、僕は何も知らない女なんか嫌だけどねえ。先ず立たない」
「この私を夢中にさせるこれがそうなるの?良かった。私が小娘でなくて」
「ましてや子供まで作って、堕ろさせたら懲りると思うけどね」
「へえ、まだ、してるの?」
「そうみたいだね。時々盗み聞きしてる」
「サーさんも良い趣味ね」
「仲間の事は常に弱みを知っておかないとね。
 小娘の癖にそれなりに良い声を出すんだ」
「おーおー、本当にいいお仲間だこと」
「まあ、一蓮托生の関係だけど、強い方で居たいからね」
「だけど、あの件で脅されて上納金が必要なのに大丈夫なの?」
「まあ、以前の痴漢冤罪事件は何とかなったのに、その後の美人局はミスった」
「あなた、本当に好きだものね。これが」
「まあな。嫌いな男はいないさ。まあ学校のお金だからいいんだけどさ。
 貧乏でも優秀で頑張っている生徒への先行投資と言う考え方の学校だし、
 理事長も人の良い男だから我々の理想論に騙されているんだ」
これで校長と事務長の関係と学校資金着服の件は確認できた翔だった。
ただ上納金を渡している組織と女子高生の堕胎の件が気になった。
痴漢冤罪事件や新宿での堕胎と言えば、あの宿敵「倉持組」だが・・・

125.学園を守れ1

激しい戦いから久しぶりに日常に戻った翔だったが、今度は何と隆一郎翁からの依頼があった。
館林一族の事業の一つに「学校経営」があり、一族全体としては順調だが、東京都の北側にある私立高校「文武学園」のみ現在は経営不振となっている。
その学校事業は、前橋館林家最後の頭首が経営不振となった私立高校を買い取ったもので、その後前橋館林家から相模館林家へ継承した。前橋館林家と関係のある翔と百合に是非ともお願いしたいとの事だった。

この学校は、名前の通り『文武』を共に鍛える校風で、入学のためには入学試験での高得点と武道系の経験が必要だった。仮に家庭の事情で資金援助が必要な場合には、奨学金制度や資金援助制度もあり、大学へも推薦入学させるなど手厚い待遇だったし、有名大学へも進学率は高く、ここを母校とする学者や格闘家、スポーツ選手も多いため以前から非常に競争率が高かった。生徒やその家族から見ても、この学園の卒業が将来も楽しみで好ましい筈だった。
実際、学校法人としては人間の育成が目的であり利潤は二の次ではあったが、昨今あまりに壊滅的な経営状況のため一族企業内でも問題となっている。
在校生は1学年200人、クラスは25人編成で、少数精鋭の学校として経営されている。
特にここ数年、校内が荒れており、いじめによる自殺者も出て、優秀な入学者が減少し、お金を掛けて育てた成績優秀者がライバル高校へ転校する事件が続いている。
この学校の理事長は前橋館林家の|館林栄佐《たてばやしえいすけ》である。
それ以外は一族の者で無いため二人には正体がばれない様に注意するように言われている。

館林の方でも既に準備をしていたようで、
百合は「養護教員兼女子寮相談担当」で、翔は「用務員兼男子寮運営担当」として採用されている。
学校側としては、どちらも急に失踪し不在となったために補充要員として理事長が採用したと思っている。
百合は年齢30歳、名前「立花 優梨」、この学校の卒業生との設定、
翔は年齢40歳、名前「山田 昇平」、やや小太りの運動不足風、偶然階段で転んだ理事長を助けた事で懇意となり、最近は会社が潰れて無職になった事から用務員で働くよう依頼されたとの設定で、二人とも変装をして潜入することとなった。
二人は、朝礼で臨時職員として全校生徒へ紹介された。
生徒達の後方に、列が乱れた服装も乱れた不良らしき一団が見えた。

この学校に関しては事前にネット情報で調査している。
その中で少し気になる噂があった。
1.最近、家庭の事情で出ている奨学金助成金の金額が減らされている。
  その理由としては成績の不振と言われるが全てがそうではない。
2.最近、武道連合と言う不良高校生が増えてきている。
  彼らは特に武道と言う経験があるので先生も生徒も怖がっている。
  学園の林の奥にある古い武道館が根城らしい。
3.生徒会の力が強く、校長を始め先生方は生徒会の言いなりで困っている。
4.二年前の夏に堕胎した女子生徒がいる。
  新宿の闇医者に処置してもらったらしい。


ネットでは、悪評で炎上しており大変な事となっていた。
「校内は男女ともに非常に風紀が乱れており、
 女子生徒は常に貞操の危機と妊娠の心配をしていなければならない」
「この学園は不良達の溜り場でいったい何を教えているのかわからない」
「この学園の名前を聞くとそこの生徒に酷い事をされたトラウマに悩まされる」
「この学園の生徒を見ると隠れてやり過ごすのが一番。君子危うきに近寄らず」
「この学校では、武道などと言って平気で暴力が恒常化している」
「こんな学園の存在する意味がわからない。文科省は廃校にすべき」
「こんな学園に通うような生徒は将来の犯罪者予備軍、暴力団の前構成員」
「だいたいこんな学校を経営している企業が犯罪企業ではないか?」
その他、|怨嗟《えんさ》に溢れたコメントで溢れている。

翔は近くの安アパートから出勤する事になり、百合は近くのマンションを借りて出勤することとなった。
翔も合鍵を貰っているのでいつでも百合の部屋へ入れるが今は二人の関係がばれる事を危惧した。
百合の職場は「保健室」だが、女子相談担当でもあり女子寮にも宿泊可能な部屋が用意されている。
翔の職場は「用務員室」だが、男子寮の一角にありそこから学校内を巡回する事になっている。
学校正門及び裏門から24時間いつでも翔は出入りが可能となっている。
翔は事務長の「佐々木」から男子寮の用務員室へ案内され、そこで簡単に業務を説明された。
とりあえず学校の全体的な用務と寮の管理をお願いするとの事だった。
男子及び女子寮は、各人に個室が与えられており、他県から来ている生徒が多かった。
授業中にも関わらず、窓から寮の裏の林の中で|屯《たむろ》している一団が見える。
「事務長、今、授業中なのにあんな生徒がいますよ」
「ああ、武道連合の不良の一角だ。悪い奴らで困ってる。
 夜中は奥にある武道館、昼間は林の中で遊んで授業に出ない」
「だったら退学とかで放校すればいいのでは?」
「そんな事して恨まれたら家族まで危なくなるから放っておけばいい」
「そんな事で生徒を指導できないのではないですか?」
「君は用務員だよね。いちいちそんな事を気にしなくていい」
「そうでした。しかし困ったもんですね」
「ああ、奴らが卒業するのを待つだけさ。
 じゃあ何かあれば私に何でも聞いてください」

事務長が部屋を出て行ったので、早速部屋中を見回して
眼鏡に仕込んでいるカメラからRyokoへ部屋の中の不審物を捜索させる。
監視カメラは無かったが、電波で調べると盗聴器らしきものはあった。
その時、百合から翔へラインで連絡があった。
やはり女子寮の百合の部屋にも監視カメラは無く盗聴器はあったようだ。
二人の連絡はラインですることとして、今後仕事の話はしないことにした。
寮の食堂に寄り、胸のポケットに忍ばせていたクモママを壁の額裏へと伝わせた。
クモママの操作は夜中にすることとして盗聴報告を命じた。

翔は寮の管理人でもあるのでとりあえずどの部屋の鍵もあるのだが、
事務長からは相手が高校生なので部屋へ勝手に入らない様にしているとの事であった。
そしてトイレや風呂場清掃は業者に任せているので
翔は食堂や廊下や庭くらいしか掃除をする場所は無かったが、
寮生達が当番制でしているためそれも無かった。
とりあえず端から端まで校内を見回って校舎の構造や位置などを頭に入れて行った。
百合の居る保健室にも顔を出したが、
女子高校生の一人がベッドで休んでいるとの事で軽く顔を合わせるだけにした。
授業中なのでどこの部屋も入れると思っていたが、
生徒会室だけはなぜか別の厳重な鍵が掛かっており入れなかった。

寮で夕食後、寮生へ翔は顔を売るつもりで食堂のテレビの前に座っている。
それとは無しに相槌を打ったり一緒に笑ったりして寮生を見ている。
寮生と人間関係の構築が必要だったからだ。
寮生達も翔(昇平)が40歳のオヤジの割に若い感性で感心してくれている。
アイドルや学校内の女子の話、
テストやスポーツ大会の話など多岐にわたったが、
特に何かおかしい点もなく普通の高校生達だった。
ただ全体的に生徒会長の|冴木《さえき》が話をコントロールしている感じだった。
各人はそれに逆らう事も無く従っている。
それも夜8時になると各人が部屋へ戻り始める。
翔はしばらくは用務員室に泊まる事にして、コンビニへお酒とツマミを買いに行く風を装い、学校から離れた室内駐車場に停めたバトルバイクのサイドカーに保管していたトランクを用務員室へ持ち込んだ。
そしてテレビを掛け部屋の音を消しながら、持ち込んだ小型迷彩ドローンを窓から飛行させ、学校全体を撮影して行った。
とりあえず理事長から校舎の簡単な図面は渡されてはいるが、
実際に自らの目で再検証しないとキチンと意識に入らないためだった。
そして、寮の食堂に待機しているクモママへ盗聴器を額縁裏へ設置させ用務員室へ戻した。

学校内にある全てのデータはRyokoから送られてくる。
それらデータを読み込みながら、管理人室からクモ助1号を出動させ外壁から生徒の監視に入った。
生徒会メンバーは

生徒会長「冴木一郎」、副会長「黒木麗香」、書記「江藤恭介」が3役。
後は風紀委員として

「増田司郎、玉木 剛、近藤夢子、栗野香子」の3名、合計6名であった。
なぜか生徒会のメンバー全員が寮で生活をしていて、生徒会長冴木と副会長の黒木は学年でも成績はツートップで多くの生徒から一目を置かれている。
特にこの二人が生徒会のメンバーになったのは1年生の時で、その時から徐々に実質彼らが学園内の生活と生徒会を主導していたようだ。
先ずは生徒会長「冴木一郎」から監視していくことにした。
百合も副会長「黒木由香里」の監視から入ったと連絡があった。
百合の方はクモ型ではなく可愛い『てんとう虫型』で『テンマル〇号』を使用している。
ネットの噂から考えても生徒会が何か匂うのだった。
クモ助1号は外壁からそっと窓ガラスの振動を読み取り室内の音声を聞き取る。
人間を特定できるまでは何食わぬ顔をして暮らしていくことになる。
Ryokoとの連絡は、常にPCやスマホなどへデータ送信されてくるので便利だった。
昼間に校内を見回っている時、偶然誰もいない事務室に立ち寄ったタイミングでクモ助3号をロッカーの裏側へ置いて夜中まで待機させている。
今回は怪しい人物が多過ぎていつものクモファミリーだけでは足りなかった。
二人は焦っても仕方ないので怪しい人間はじっくりと見定めていく作戦に変えた。

『武闘派!』なのに、実は超能力探偵の物語<外伝1>百合との婚約6

翔が寝室のベッドで音楽を聴いていると、コンコンとノックされた。

「はい」

「百合です。入ります」

「うん」

百合は薄ピンク色のナイトガウンで部屋へ入ってきた。

百合が少しこわばった顔つきでベッドの近くまで歩いてくる。

「翔さ、ううん、あなた。怒ってませんか?

 昨夜、不覚にも安心して私が眠り込んでしまったので

 夫のあなたに寂しい思いをさせたのではないかとずっと気になってました」

「そんなことないよ。百合の可愛い寝顔を見てるだけで幸せだったよ」

「妻として失格だったと思ってました」と泣き始めた。

翔が急いで立ち上がってそっと百合を抱きしめると優しく口づけをした。

百合は身体を固くしてじっとしている。

翔は百合をお姫様抱っこして、

「百合、泣かないの。そんなことで怒らないよ」

「良かった。あなた」

そっと百合をベッドへ下ろすと

「世界で一番、百合を愛している」

「はい、百合もあなたを愛しています」

翔がベッドサイドのライトをそっと消した。

百合の綺麗な瞳が閉じられた。

二人は静かに口づけをした。

それは長い間続いた。

やがてお互いが舌を絡ませ始めた。

翔が百合の身体を抱きしめると答えるように百合も抱きしめてくる。

翔の唇が百合の首筋へと移動した。

百合は『ピクリ』とすると

「あっ」と声が出された。

ゆっくりと耳元や首筋に口づけが何度も繰り返される。

翔がナイトガウンのボタンをそっと外すと一瞬身体が固くなる。

「あなた、好き」

「僕もだよ」

百合の滑らかな肌に触れ、手に入りきれないほどの胸を手で包んだ。

そっと揉んでいくと小さな乳首が固くなってきている。

そこからはガウンとネグリジェを脱がしていく。

百合は胸の前に手を置いてじっと翔を見つめる。

「私は何も知らないので怖いです。優しく、お願い」

「うん。でも僕も初めてだから、優しくするね」

「はい、お願い」

翔もパジャマを脱ぎ再度ベッドへ入っていく。

お互いの肌が触れあい、そのあまりの気持ち良さに翔は驚き、

百合のいい香りに包まれて陶然となった。

 

胸に口づけをしていくと触れるたびに百合の身体がピクリと震える。

翔のモノが大きく固くなり愛撫の時に百合の身体に当たるたび、百合は一瞬身体を固くする。

ここまで来て翔は大切な事に気が付いた。

ベッドサイドへ避妊具を持ってきていなかったのだ。

このまま挿入すれば大好きな百合だから暴発することはわかるため翔は焦った。

ややスピードが遅くなったことに勘の良い百合が気付いたのか、

その時、百合から

「あなた、先にお話するのを忘れていました。

 実はお母様から言われてピルを飲んできています。

 私はそのままのあなたを感じたいのでそのままでいいです。

 妊娠はしませんから安心して下さい。

 あなたとのやや子は将来にお互いが望んだ時に作りたいです」

「ごめんよ。女性からそんなこと言わせて、本当にごめん」

「ううん、あなたも初めてとおっしゃてましたからもしかして、と思いました」

「そうなんだ。夫としていい加減な事は出来ないので焦ったんだ」

「そんな優しいあなたが好き」

そこからはお互い無言になった。

寝室に漏れるのは百合の可愛い声だけだった。

 

翔の指が最後の小さな布地に掛かった。
百合は一瞬身体を固くしながらもお尻を上げて脱がすことに協力してくる。
翔の指がそっと百合の秘密の部分へ進んだ。
細く柔らかい|和毛《にこげ》が掌に触れる。
その下にある滑々としてふっくらしている部分は、

やや開きかけていて少し濡れている。
だが緊張のせいか百合の目が固く瞑られ、唇も固く閉じられている。
翔はまたもや根気良く口づけをして緊張の解けるのを待った。
焦らずそっと指を動かしていくと太腿の力が徐々に抜けてくることがわかった。
百合の唇も弾力のある感触に変わり始めた。
目元もいつもの可愛いものとなり始めた。
翔はゆっくりと膣の入り口を探った。
入口にそっと指が当たると身体が大きく反応した。
百合の入り口はあまりに狭く、指先以上は入りそうになかった。
奥から流れてくる愛液を指に絡ませながら
そっと出し入れし、指先を丸く動かせ広げていくと
徐々に柔らくなって指先以上に入るようになった。
百合の息づかいがやや早く深くなっている。
興奮した翔がついつい一瞬強く指を動かせた。
その瞬間、百合の身体が固くなる。
「うっ」
「ごめんよ、痛かった?」
「ううん、大丈夫です。ごめんなさい」
と百合から恥ずかしそうに耳元で告げられた。
翔は焦って強く動かした事を反省し、そっとそっと出し入れを続けた。
その甲斐あって、まだまだ狭いが徐々に入り口が拡がっていく。
指先が奥の部分のより狭い場所に突き当たった。
百合がピクリとする。
翔のモノはもう限界くらいに固くなっている。
「あなた・・・もう・・・」
「うん、いくよ」
翔は百合に覆いかぶさると広げられている百合の両足の間に身体を入れた。
二人はお互いの両手を握り合い見つめ合った。
「百合、愛してる」
「私も」
翔がゆっくりゆっくりと進めていく。
翔のモノの先に柔らかい感触が触れた。
そこから少し進むと先を包まれるような感触が強くなり抵抗が強くなった。
百合から
『うっ』
と声が漏れその唇が固く噛み締められる。
眉間に皺が寄り額に汗が浮かんでいる。
「あ、あなた、あ、あい、うっ」
「百合、愛してる」
翔は全てが包み込まれると動かさずに百合を強く抱きしめた。
百合は抱きしめられながら固く結ばれた目からは涙が伝っている。
その瞬間、翔は我慢出来ずに一気に爆発した。
百合は初めての痛みに耐えながら、身体の奥深くに翔の熱い塊を受けたのだった。

 

翌朝は破瓜の血でシーツが汚れたと恥ずかしがっている百合が

翔とのトレーニングには付き合わなかった。

急いで洗濯をしているが血液なので簡単には落ちない。

結局、自宅へ持って帰ることにしたようだった。

翔はと言えば、昨夜に愛する百合と初めて一緒になれた喜びで

全身から力が湧きあがってきて、恐竜とでも戦えそうな気がしていた。

両家へのお土産は、
有名な「シャインマスカット」「桃」「ほうとう生麺」「信玄餅」と「甲州印伝の小物」「甲州ワイン」「甲斐の開運(日本酒)」とたっぷりと用意しサイドカーへ積み込んだ。

『武闘派!』なのに、実は超能力探偵の物語<外伝1>百合との婚約5

祝言が無事終了した翌日に翔と百合はバイクで東京まで帰った。

事務所に着いてしばらくは嬉しくて翔は仕事にならなかった。

でもそんなことも言っていられない依頼が立て続けに来たため普通の生活に戻った。

そんな時、

「夏休みを利用して婚約旅行をしないか」と葉山から言われたと百合から話があった。

まだ学生に海外は派手過ぎるという事で

場所は国内で山梨県富士五湖の一つ河口湖の館林家別荘が用意された。

今どき海外旅行が派手とは思わないが、

まだまだ翔の稼ぎが少ないためそんな贅沢は気が進まなかった。

館林としてはそういう翔の気持ちを忖度したと思われた。

 

新宿の事務所を朝早く、

バトルバイクにサイドカーを繋げ中へ衣服などを詰め、

いつものようにタンデムでぴったりとくっついて出発した。

一度、葉山の百合の実家へ顔を出し挨拶をしてから再出発した。

新湘南バイパスの藤沢ICから上がり、

海老名JCT東名高速に入り御殿場ICを降りて、東富士五湖道路へ向かう。

富士吉田ICを降りて河口湖東岸を走ると河口浅間神社が見えてくる。

百合から「そろそろ着くわよ」との声が聞こえる。

ここまで来たらもう目の前らしいので街のスーパーマーケットに向かう。

 

昼前のため客で込んでいるが、百合は食材の吟味に時間を掛けている。

米には富士吉田市特別栽培米『ミルキークイーン』

牛肉は富士山の麓で育てたジューシーな『富士山麓牛』

豚肉は脂身の甘さが赤身に溶け込んだ「山梨レッドポーク」

鶏肉は自然の中で約120日間、放し飼いにより歯ごたえのある美味しさの「甲州地鶏」

その他、多くの地元で作られた有機栽培の土の付いた野菜を買い込んだ。

日本酒は「七賢」、「七賢スパークリング」

ワインは『さくらんぼのワイン」と「シャトーブリヤン2013」を購入した。

地ビールはすぐに飲めるように冷えた「八ヶ岳地ビール タッチダウン」をたんまりと買った。

 

館林家の別荘は『河口浅間神社』と『母の白滝』の間の道から少し入った高台にある。

突き当たりの鬱蒼とした林の中に建っており外面は鉄筋コンクリートの洋館だった。

窓からは黒々とした富士山を映す濃い緑に染まる河口湖が目の前に広がっている。

百合の話では『信玄公の隠し湯』から温泉が引かれており「天然かけ流しの風呂」とのことだった。

観光地からは離れた奥まった場所で他人の目の入らない静かな環境だった。

色々としているともう太陽は少し傾いてきている。

 

百合が豪華な樫の木の扉を開けて入っていく。

それに続き、荷物を一杯に担いだ翔が入っていく。

既に空調は動いていたようで、

部屋の空気もしばらく使わなかったようなカビ臭さも一切無かった。

 

二人だけの旅行は初めてだった。

事務所ビルに生活用の部屋はあるが、

警備用のロボット犬「ロビン」が歩いているし、

事務所にはアスカが常に待機している。

二人ともなるべく気にしないようにしているが

やはり彼らの目が気になって少しは遠慮している。

しかし、両一族の重要人物である二人には常に両一族の目が光っている。

本当の所は二人きりとは言えないが十分に二人だけの時間だった。

 

翔は百合が忙しげに荷物整理をしている間、

火の入っていない暖炉の前のソファーに座ってテレビのニュースを見ている。

いつも見ている番組とは異なる地元の番組が放送されており、

地元情報を中心に穏やかな毎日のニュースが流れている。

整理の合間に百合が「八ヶ岳地ビール タッチダウン」をテーブルに置いてくれている。

ほど良く冷えた瓶の栓を抜くと『シュッ、ポン』と心地良い音がした。

冷えたコップに注ぐと小麦色の液体と真っ白な泡の二層が出来ていく。

とりあえず液体7、泡3の割合の1杯目ができた。

 

ちょうどその時に百合が居間に顔を出した。

「翔さん、荷物の整理は終わったわ」

「お疲れ様。少し休もうよ。今、美味しいビールが出来たよ」

「私、もうお酒は大丈夫だから少し飲むね。ふう、暑い」

百合は翔の隣に座った。

翔は急いで2杯目を慎重に作った。

「綺麗なビールね」

百合が嬉しそうに手に持ってコップの壁面を立ち上る泡を見つめている。

「乾杯」

「乾杯」

二人は一緒に飲んだ。

『ゴクッ』

とても美味しかった。

百合の最高の笑顔が翔へ向けられた。

でも初めて飲んだアルコールだったため

初めて酔ったようでしばらくすると翔にもたれてきた。

「少し休ませて」というのでしばらくそのまま百合の寝息を聞いていた。

このビールは、八ヶ岳山麓からの湧く天然水とドイツの生酵母を使用して、難しいといわれる「デコクション法」で一か月以上熟成して製造されている。

さすがビールの本場ドイツの酵母を使用しているだけあって、さわやかな咽喉ごしと天然水の甘み、そしてほろ苦さが舌に直撃してきた。

 

ビールで咽喉を潤してしばらく休んだ二人は、もう夕方なので別荘付近を散策した。

先ずは「河口浅間神社」へお参りした。

この神社のご祭神は浅間大神(あさまのおおかみ)の木花開耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)で、起こりとしては貞観6年(864年)の歴史的な富士山大噴火の翌年、勅命によって富士山の神様である浅間大神を祀り、鎮火祭が行われたのが始まりである。

境内の案内板に遥拝所(ようはいしょ)とある。遥拝所とは遠く離れた場所から神仏などを拝むところという場所との事。由来としては2019年の3月、河口浅間神社のご神体である富士を高台から敬拝できるよう山林を整備し、鳥居を立てて遥拝所としたとある。二人で登ってみると30分ほどかかった場所に富士山を背景に立派な鳥居があった。あまり人もこないので二人でしばらく並んで美しい富士山を見つめた。

 

夕飯は、百合が自慢の腕を揮った。

食前酒として、淡い桜色の冷やした少量のロゼワインさくらんぼのワイン』

メインのワインは、『シャトーブリヤン2013』

厚さ2センチの『富士山麓牛』400gのステーキ。

たっぷりのサラダと具沢山のコンソメスープ。

炊きたて『ミルキークイーン』のおむすびが添えられている。

 

さくらんぼのワイン』は、山梨県産の甲州ぶどうとマスカットベリーAのぶどうを主原料にしたロゼワインで、サクランボの実を入れ、ほのかなサクランボの香りとフルーティーな甘さで冷やして飲むとほのかに春が感じられるものだった。

『シャトーブリヤン2013』は、ワインの醍醐味ともいえる長期熟成を経て味わう仕上がり1946年からのベストセラー商品らしくやわらかな果実の風味が落ち着きを感じさせた。

『富士山麓牛』は、赤身そのものの旨味が濃く、噛めば噛むほど細かく交じり合った脂身の甘味が口中でほどけてくる。

ミルキークイーンのおむすびは、この米特有の甘さといい、香りといい非常にバランスの取れたお米で、特に空気を入れて優しく丸められたおむすびは最高に美味しかった。

百合はビールに続きワインも初めてだったため、またもやしばらく翔の胸で眠った。

酔った頬は赤く可愛い寝顔でいつまでも見飽きなかった。

その夜は百合をそっとベッドへ寝かせて、隣のベッドで眠った。

ふと夜中に目を覚ました百合は、酔って完全に眠ってしまったことを謝ってきた。

いつも冷静な百合には珍しいことだが、

何日も前から二人だけの旅行に舞い上がってしまい色々と準備を考えてあまり眠れてなかったようだった。

そっと翔のベッドへ入ってきた百合とキスをして手を繋いで朝まで眠った。

 

翌日は二人は早朝に目覚め、

冷たい山の空気を吸い込みながらいつものトレーニングをした。

今日は河口湖湖畔を散策しようと計画している。

朝食後バイクを駐車場に停めて二人は手をつなぎながら色々と見て回った。

観光客相手のお土産用のお店が並んでいる。

そんな中にレンタサイクルの店があった。

さっそく二人で湖畔を1周することにした。

河口湖は海抜839m、湖の深さは最深部で25m、周囲20kmで、

1時間もあればゆっくりと回ることができた。

湖水面からはコイ、フナ、ワカサギ、ブラックバスらしき魚影が映っている。

湖の中にある富士五湖で唯一の島「うの島」がよく見える。

湖面を渡る風にそよぐ百合の髪と翔へ向けられる笑顔が輝いている。

この笑顔がいつまでも続けばいいなと翔は感じた。

 

レンタサイクルを返した後、

『カチカチ山ロープウェイ』で天上山へ登りそこの茶屋で喉を潤すこととした。

実は天上山は『童話かちかち山』の舞台となっている山で、泥舟を浮かべたとの話がある。

茶屋でフレッシュジュースとケーキを食べながら

少し汗ばんだ首筋や頬を冷やし河口湖と富士山の絶景を楽しんだ。

湖面を見ると遊覧船やスワンボートが見える。

湖畔の「河口湖遊覧船アンソレイユ号」の乗船口へ向かった。

フランス語で「日当たり良好!」と言う意味の名を持つこの船は、

南欧のレイクリゾートをイメージして造られた。

二人は2階席スペースで雄大な富士山や360°のパノラマビューを楽しんだ。

船内放送では『逆さ富士の名勝地』と説明されており、

翔は別荘の窓から見えた風景を思い出した。

 

その後、二人は色々な観光スポットを回った。

河口湖音楽と森の美術館

まるでヨーロッパに来たかのような優雅な世界が広がっている。庭内には、約720品種1,200株の薔薇が鮮やかに彩るローズガーデンや世界的に貴重なオルゴールや自動演奏楽器が展示されているホールなどがあり、中世ヨーロッパではこんな生活だったのかを想像できた。また海難事故で沈んだ「タイタニック号」に乗せる予定だった自動演奏楽器の演奏も美しく、時を超えて蘇るその音色は現在でも色褪せなかった。庭内には王侯貴族のような優雅なドレスをまとって撮影をしている観光客が多く楽しそうに撮影していた。

河口湖猿まわし劇場

日光サル軍団にも負けない芸達者な猿の専用屋内劇場で、入室前の通路には出演する猿もいるが、目を合わせない様に注意があった。二人はお猿の芸を初めて見てその人間と変わらない演技に感心していた。

公演後は多くの役者猿達がお客を見送りをしてくれている。

 

夕方に別荘へ帰ると

百合が食事の用意をする間に『信玄公の隠し湯』から温泉水を引いているお風呂へ入るように言われた。

岩で固められた浴室で小さな穴より温泉が浴槽へ流れ落ちている。相当な水量だった。

水質としては、無色透明、無臭で肌に優しい柔らかく肌に優しかった。

ゆっくりと入っていると百合から「夕食出来ましたよー」と声が掛けられた。

今晩の献立は、地元の名物「ほうとう鍋」だった。

居間の暖炉の上に乗せられ、プーンと味噌の匂いが立ち昇っている。

途端にお腹の虫が騒ぎ始めた。

今日のお酒は、日本酒で有名な「七賢のスパークリング」だった。

翔自身もあまりお酒を飲まないので軽くて良かった。

百合といえば『もうお酒はこりごり』と少し翔のグラスから飲んだ程度だった。

やがて暖炉の上の大きな鍋が目の前に置かれる。

薄く広いほうとうと肉、かぼちゃ、ニンジン、キノコ、里いも、長ねぎ、油揚げが味噌味でまとめられている。実はこの別荘の管理人から仕留めた野生のイノシシの身を貰ったとのことで、いつもの豚肉ではなく野趣溢れるほうとう鍋になっていた。

二人ともお腹一杯に食べて、ゆっくりとコーヒーを飲んで音楽を聴いていた。

やがて百合が『今からお風呂へ入ってきます。お部屋で先に休んでて下さい』と居間を出て行った。

『武闘派!』なのに、実は超能力探偵の物語<外伝1>百合との婚約4

翌日の仮祝言は身内だけの少数で厳かに行われた。

百合の両親も急遽帰国し出席している。

父親は館林虎明

ニューヨークでウォール街に勤めながら空手とマーシャルアーツ道場も経営している。

母親は館林 櫻

世界的に有名なピアニストで現在ロンドンに居りその道で知らぬ人はいなかった。

 

白無垢に包まれた百合は本当に百合の花の様に可憐で美しかった。

翔はと言えば紋付き袴に身を固めて、歩くのも手足が一緒に出るくらい緊張していた。

その姿を見て百合は頬を染めながら優しく笑っている。

三々九度が終わり指輪を交換してお開きとなった。

父親の館林虎明は、凄佐一派との話を聞き込み、翔へ是非とも手合わせ願いたいと申し込んだ。というより可愛い百合の夫の腕を確かめたいのが本音だったが、今日が目出度い日であったため我慢した。『今度は是非ともニューヨークの道場で会いたい』と言ってくる。隆一郎翁同様に格闘が好きな性格のようだ。ニューヨークでギャングが跋扈する場所に道場を開いて、他流試合も数多く経験しているため若い翔の戦い方に興味があるらしい。

鬼派の戦い方は、基本技や修行内容は同じだが、徐々に一人一人が異なる格闘技で修練を積み、その先に新しい一人の格闘家が出来上がるのが常で祖父麒一と翔も異なる戦い方だった。

 

祝言の後、翔と百合が二人で部屋でゆっくりとコーヒーを飲んでいる。

「百合、今日は色々と疲れたんじゃない?

 白無垢の君はすごく綺麗だったよ。

 百合のこと、今日でよけいに好きになっちゃった」

「翔さん、ううん、あなたと呼びますね。

 あなたと婚約できて良かった。

 いつか二人でお父様やお母様の住む国へ遊ぶに行きたいです」

「本当に遊べるの?

 お父さんは僕と戦いたかったようだよ」

「本当に困った格闘オタクだわ。ごめんなさい。

 きっと父はあなたの腕を知りたいのだと思います」

「きっと百合のお父さんだからすごく強いんだろうなあ」

「そうねえ。お爺様より少し弱いくらいかな?」

「あのねえ。全然参考にならないよ。まいったなあ。

 お母さんはそうじゃないみたいで安心した」

「いえ、母も私同様に合気道をしているし、指先を使った戦い方をします。

 ピアニストですから指先が強いのです。

 1センチ位の薄い杉板なら指先で穴を開けますよ」

「ええっ?あんなにおしとやかに見えるのに?」

「外国に行くと暴漢も多いですから護身用だそうです」

「護身用でそのレベルなの?まいったなあ。

 もし百合を泣かす様な事が合ったら全身穴あきだらけにされそうだ」

「そうよ。そしてお父様とお爺様のサンドバックになるわ」

「怖いよ。でも君を泣かす様な事は絶対しないから安心して。

 ずっと君を死ぬまで愛し続ける」

「お願いね。絶対に無理はしない事。

 不安な時は桐生や館林を頼る事。

 それは恥ずかしいことではないですから。

 それが将来の私達の行く末を決める事になるわ」

その時、

ドアがノックされ、開けると道場で戦った立花が立っている。

「翔様、凄佐様がお二人でお話をしたいことがあるそうです」

百合がすぐさま

「呼び出すってどういう事かしら。

 用事があるなら自分自身で来るべきね。

 私も一緒に行きます」

立花は焦って

百合姫様に来られては困ります」

「妻が夫と一緒に行って悪いとは聞いたことはないわ」

「それはそうですが・・・」

向こうから佐々木が立花へ

「まだ連れてこないのか。遅いと言って怒ってるぞ。

 あっ、百合姫様・・・」

「さあ、私達をその場所へ連れて行きなさい。場所はどこですか?」

「う、裏の池のお堂前です・・・」

「裏の池のお堂前と言うと以前私を呼びだした場所ですね。行きましょう」

おしとやかな筈の百合の強い態度に二人とも驚いている。

 

その場所に着くともう暗くて顔の判別もつかなかった。

上弦の月の暗い光が、ぼうっと小さな池を照らしている。

なぜかうるさいまでの蛙の声が聞こえてこない。

じわじわと殺気が伝わってくる。

その時、

『ビュッ』という羽音が聞こえた。

翔は隣に居る百合を抱いて横へ転がった。

「えっ?きゃあ」

翔のいた空間を通過し木の幹に弓矢が当たった。

刺さっては無いところを見ると矢じりは付けていなかったようだ。

ただ当たり所が悪ければ大変なことになっていた。

さすがに翔も怒りを感じた。

「おい、どういうつもりだ。

 さっきは俺と戦わなかったのに今度は夜襲か?

 そこの藪にいるんだろ?出てこい」

「うぬ、百合姫様が来るとは知らなかった。

 立花、佐々木、お前たちは何を聞いてた。

 しかし本当に噂通り夜にも強いのですね。

 これではもう私は叶わない。

 今まで大変ご無礼致しました」

百合が驚きから立ち直って、目に怒りを宿しながら、

「凄佐殿、私の夫にこういう事をしてどういうおつもりですか?

 それに本当にあなたは昔から同じことしかしない。

 自分のお付きにばかり嫌な事をさせて自分はいつも指示ばかり、

 以前、お爺様のお願いであなたとお会いした時、

 お付きにばかり言いつけて何一つしなかったのを見てあなたを嫌いに、

 出来なかったお付きの人を責めるあなたを見て軽蔑したのです。

 あなたの家が元家老で何代か前の叔母様が嫁いだ家かはどうかは知りませんが

 私には関係ないこと。

 私は戦いに強いから翔様を夫に決めた訳ではありません。

 翔様は弱い人の前面に立ってその人を守ります。

 そんな翔様だからこそ、私は妻になったのです。

 私の好きな翔様が偶然戦いに強かっただけの話なのです。

 あなたも館林一族の大切な人間ですから、

 今後このような事が無いと約束するなら今回の事は不問にします。

 将来、私達夫婦はこの館に住むことになりますが、

 その時までにその性根を直しなさい。

 わかりましたね。

 このたびの非礼、きちんと翔様に詫びなさい」

凄佐は、藪から出てくると地面に正座をして

「翔様、百合様、このたびは大変申し訳ありませんでした。

 年齢も近いものですから大きな勘違いをしていたようです。

 強さも大きさも我々では足元にも及ばない事がわかりました。

 今後は精一杯修行し直し、お二人を守る盾となれますよう心を入れ替えます。

 そしてお二人の寛大なお心に感謝いたします。

 このたびの婚約の儀、誠におめでとうございます」とキチンと詫びを入れた。

この度の事は両家の誰にも知らせず若い者達だけの胸に仕舞われた。

将来この若者達は、翔と百合を旗頭として、

前橋館林家の最も勇敢な戦いをする武士(もののふ)として

館林一族の中でも一番の武術集団に育ち、

命を惜しまない『最強の盾一族』として戦った相手からは恐れられた。

『武闘派!』なのに、実は超能力探偵の物語<外伝1>百合との婚約3

道場での稽古で、最初は凄佐ではなく、

ニヤニヤしている身体の大きな男が立ち上がった。

凄佐より

「一番立花、始め」の声が掛けられた。

立花という男は、弁慶のような大きな身体で力が強いみたいで

片手で大きな木刀をブンブン振り下ろし諸手上段に構えた。

正々堂々の大きな構えで敵を圧する構えである。

「オリャア」

ジリジリと正面から近づいてくる。

間合いに入った瞬間、

その上段の剣は目にも見えない速さで翔の頭へ振り落とされた。

これが当たれば確実に頭蓋骨は割れ死ぬ事は確かだった。

翔は棒を折らない様に正面から受けず、横へと移動しながら棒で流した。

立花は当たると思っていたので前へたたらを踏みながら一瞬身体が流れた。

その瞬間、棒で木刀の根元を上から叩いた。

『カラン』と道場の床へ木刀が叩き落され、首元へ棒が突き付けられた。

すぐさま

「次、二番佐々木」

佐々木はすぐさま立ち上がり、

一礼すると右足を約半歩引き、長い木刀を脇構えに構えた。

長剣は間合いがはかりにくい上にこちらの呼吸を読んでスッと寄ってくる。

相手の視線の方向から

狙いは左脇を思わせて、二刀目は上段に変化する可能性があった。

すばやい剣が側面から脇へ迫ってくる。

翔は棒を立てて受けるとその反動で回して木刀を絡めとった。

『カラン』と道場の床へ木刀が飛び、首元へ棒が突き付けられた。

いらいらするように凄佐から

「次、三番千葉」

千葉もすぐさま立ち上がり中段に構えた。

どのようにでも変化する構えである。

ただ千葉の鋭い視線は翔の目より下部分へ固定されている。

そして肘の高さが普通の構えより高かった。

つまり『喉』への突きの可能性が高い。

「イヤア」

やはり千葉の木刀は翔の喉へ一直線に向かってきた。

翔は前へ一歩踏み込み、木刀を首の横に避けると棒を回し木刀を飛ばした。

『カラン』と道場の床へ木刀が飛び、首元へ棒が突き付けられた。

「次」と凄佐から声が掛かったがすぐに立ち上がる者はいなかった。

各人が座っている姿勢である程度の腕前はわかるもので

どうやらこの道場の上位3名が今までの立花、佐々木、千葉だったようだ。

凄佐がイライラするように

「誰も翔様に参ったを言わせる者はいないのか」と呟くと

すぐさま立花が立ち上がって

「では、今度は立ち技で勝負」と向かってきた。

構えから見て「柔術」であることはわかった。

彼に捕まれば、投げられ極められ骨を折られたりする可能性が高い。

翔は棒を足元に置くと相対した。

立花の両手がジリジリと襟へ向かってくる。

立花が翔の襟を掴みに来る前に太腿へ下段回し蹴り(ローキック)を放った。

『バチン』

ムエタイ式の力を逃さない蹴り方なので蹴られた足は一瞬で動きが遅くなる。

「うっ」

動きが止まったその瞬間に逆に懐へ入り背負い投げを極めた。

本来は頭から落とす技なのだがそれを回避して頭を優しく庇った投げだった。

「うっ、参った」

立花は茫然としたまま床に倒れている。

休む間もなく

すぐさま佐々木も今度は立ち技で相対してきた。

どうやら構えとしては「空手」のようで派手な後ろ回し蹴りや踵落としを放ってくる。

大技は間が空きやすいのでその瞬間に懐へ入り、

館林隆一郎翁の技を使い壁板へ叩きつけた。

「ウグッ。参っ・・」

 

凄佐が叫んだ。

「こうなればみんなで掛かれ」

「オウ」

と残り8人が翔を囲んだ。

翔は常に縦横無尽に動きながら一人ずつ撃破していった。

道場の床に8本の木刀が音を立てて転がった時、道場に館林隆一郎翁が入ってきた。

「おうおう、若い者は元気でいいな。

 歓迎会はもうそろそろいいのではないか?」

凄佐が

「はっ、わかりました。噂通りの腕前でした」

「凄佐は戦わなくて良かったのか?」

「はあ、翔様もお疲れでしょうから今日はいいです。

 負けた時の言い訳にされても困りますから」

「翔君、凄佐はそう言ってるがどうだ?」

「私としてはまだまだ戦えますが、

 そろそろ百合も来る頃だし、今日はここまでという事にしましょう」

その言葉を聞いて、凄佐が怒りで赤黒い顔になり

「何?無礼者」

脇差を抜いて切りかかってきた。

翔はすぐさま腰の守り刀を抜くとその刃を受けた。

『キーン』

と音が鳴り、凄佐の持つ脇差が真っ二つに折れて刃先が床に突き立った。

それを見ていた祖父の栄佐が

「凄佐、そこまでじゃ。

 明日は晴れやかな日。

 その日を血で汚さないようにした翔様の気持ちを理解しなさい。

 時代が時代ならばお前は切腹ものなのだぞ。

 隆一郎様、麒一様、翔様、今日は私に免じてお許し下さい」

凄佐は、翔を睨みながら「失礼します」と足早に道場から出て行った。

隆一郎翁が、ニヤニヤ笑いながら

「まああれくらいの鼻っ柱の強さが無いと前橋館林本館は守れないわなあ。

 それに昔から百合を好きだったからショックだったのだろうなあ」

「申し訳ありません。父親が龍を退治した偉人の須佐尊を尊敬しており、

 その名前を付けたせいかもしれません」

「確かに翔君の父親は龍一だから龍の子を狙ったか」

「まあ彼も翔君の人となりや腕前を知ればいずれ忠臣となるだろう」

「それに翔君があれくらいの腕にやられるようでは百合の夫にはなれない。

 今日は貴重な経験をさせて貰った。

 しかし翔君、君も甘いね。

 棒を突き付けて参ったを言わせるくらいなら、

 二度と立ち上がれない様に叩きのめすべきだったと思う。

 ああいう相手の腕前もわからない輩にはキチンと教えた方がいい。

 それならば最後は全員に囲まれる事も無く、凄佐も反抗しなかったはず。

 もし銃とかの援軍があれば勝てなかった可能性もある」

「そうでしたか。

 ただ必死で鍛えてきている人達だったので

 その技を引き出してあげたかっただけなんですが、

 甘すぎましたか。今後気をつけます。」 

「そうだな。今後鬼派を名乗るのならばそうしなければならないぞ」

と祖父麒一からもアドバイスがあった。

『武闘派!』なのに、実は超能力探偵の物語<外伝1>百合との婚約2

翔が初めて仮祝言の前日に祖父母と共に『前橋館林本館』を訪れた。

家や敷地は、館林葉山邸よりも大きく構えもとても立派だった。

大きな門から入り玄関に着いた時、翔の脳裏にある光景がフラッシュバックした。

 

当時5歳だった翔は今は亡き父親龍一と一緒にこの屋敷の道場で稽古をした。

翔はただひたすら身体を鍛える毎日でその日も道場の隅で一人稽古をしている。

やがて父親とこの屋敷の人間が掛かり稽古を始めた。

翔は道場の隅へ正座し多くの戦いをじっと見ている。

父龍一は何人もの人と稽古し、そのたびに相手へ指導している。

その内容を嘲笑や嘲りを送っている集団がいた。

その集団は静かに見ている翔にも嫌な目つきを送り挑発してくる。

そんな時間もやがて終わり、

裏庭の井戸端で父親と一緒に汗を拭いていると

突然、父が

「翔、お姫様が来たよ」

ふとその方向を見ると着物を着た3歳くらいの可愛い女の子が現れた。

そして手に持っている一輪の百合の花が翔へ手渡された。

「私の好きな花なの。翔様にさしあげます」

「はい、ありがとうございます。大事にします」

お姫様と呼ばれる女の子がニコリと笑った。

その笑顔は、端正に育てられた百合の花のような高貴な輝きを放っていた。

 

玄関から上がっていくと奥の客間へと案内された。

奥からは明日の仮祝言の準備のためか、多くの人が動いている気配が漏れてくる。

奥の客間では館林隆一郎翁と傍に二人の男が座っていた。

一人は初老の男ともう一人は翔とそう年齢も変わらない男だった。

館林隆一郎翁から声を掛けられた。

「麒一殿、直接会うのは久しいですね。まあまあそちらへお座り下さい」

「はい、ありがとうございます。翔、こちらへ座りなさい」

桐生麒一から館林隆一郎翁のそばに控える初老の男へ

「おお、栄佐(えいすけ)殿、久しいですね。お待たせしました」

「いえいえ、朝から今か今かとお待ちしておりました。

 こちらに控えている者が私の跡継ぎの凄佐(すさ)でございます」

「ほう、そのお名前のような力強い若者ですな」

「いえいえ、まだまだでございます。過分なお言葉ありがとうございます。

 桐生家の翔様にお会いしたのは幼少の頃のみでご立派にお育ちになりましたねえ」

「はい、ありがとうございます。翔もまだまだこれからです。

 それはそうと急なお話で驚かれたでしょう。申し訳ないです」

「いえいえ、以前から決まっていたことですから。

 いつかはこちらに来て頂けるものと考えていましたから驚きはありません。

 それに百合姫様も前向きとお聞きして喜んでいます」

「そうですか。それはありがとうございます」

それを聞いた隣にいた凄佐の顔が憎々し気に歪む。

 

館林隆一郎翁の傍に控えていた館林栄佐は、江戸時代においては前橋館林家の家老一族で三代前の頭首の妹が嫁いだ家系である。現在葉山の相模館林家は江戸から見て裏鬼門の方向にあることと海からの敵襲に備えた場所にペリー来航のあった年に四代前の党首の弟が起こした家である。館林一族は男系一族で血筋から見ればより直系と言えるのは葉山館林家であることと現在前橋館林家の頭首は不在でもあることもあり相模館林家の頭首が実質権限を握っていることとなる。

以前記した様に前橋館林家党首はなぜか次々と死亡したため17年前に家老一族との家督争いが起こった。その時の争いの様子は別の物語となるためここではしないが、結果として前橋館林家元家老一族の次期頭首候補、凄佐の父親栄次郎と桐生一族次期党首候補、翔の父親龍一は共に亡くなり現在に至っている。

 

しばらく世間話が続いた後、栄佐の傍に控える孫の凄佐から

「父上、そろそろ若い者は若い者同士お話をしたいと思っています。

 我が一族の若者も翔様のおいでを今か今かと待っておりました。

 是非とも翔様に若者へ手解きを願えましたらと思っております」

「凄佐、明日が大事な日であるのに何を言い出す。別の機会でもよかろう」

祖父の麒一から

「いえ、確かにそうかもしれませんね。

 栄佐殿、凄佐殿の話すことも一理ありますなあ。 

 翔や、皆様に色々と教えてもらいなさい」

と翔の方を顔を向けると前からは見えない方の目でウインクした。

翔は凄佐の雰囲気から何かを察知し一瞬で気持ちを引き締めた。

 

凄佐に誘われて道場に入ると若者が10人ほど待っていた。

道場に入った瞬間、翔にまたもやフラッシュバックが起こった。

 

父の苦しく歪んだ真っ赤に染まった顔が目の前に現れる。

父の首筋からシャワーの様に噴き出す血液が翔へ降りかかる。

「いやあ、ひっ、ひー」

翔の後から百合姫の悲鳴が聞こえる。

茫然としていた翔は気を引き締め彼女を守るために銃口の前に立ち塞がった。

銃に撃たれてもヨロヨロと翔と銃の間に立ち上がる父。

何発もの弾丸が父親の身体へ食い込んでいる。

一発は翔の頬を掠って血が流れた。

一発は翔の腕へ食い込んだ。

それでも翔は歯を食いしばりじっと仁王立ちで百合を守った。

何発の銃弾を食らっても筋肉を硬化して倒れない父。

やがて父親の口から翔へ伝えられた。

「翔、世の中の弱い人を全力で守れる人間になれ。

 そして己の力を過信してはいけない。あとは頼む・・・」

その時、援軍の桐生一族が道場へ入ってきた。

敵の一団と戦いが始まり、翔の近くに祖父が走ってきた。

「翔、龍一、よくぞ、姫様を守ったな。

 姫様、我々が来た限りはもう大丈夫ですよ」

翔は百合姫が一族の大人に保護されるのを見て失神した。

その時、百合姫は真っ赤な血に染まり大きな目を開けてまま茫然としていた。

 

一瞬、こめかみに手をやった翔の様子を見て凄佐が

「翔様、ご気分がすぐれませんかな?

 少し顔色が悪いようですが・・・

 ははあ、これからの事が不安なのですかな?

 そんなに心配しなくても身体は無事にお返ししますよ。

 それとももう怖くなってお止めになりますかな?」

翔は初対面から挑むような凄佐の態度に訝しさを感じた。

確かこの雰囲気は以前父と稽古で来た時にも覚えがある。

翔は不思議に思いながらも気持ちを引き締めて

「いえ、このような立派な道場は葉山以来ですので驚いただけです。

 さあ、いつから始めましょうか」

「ほう、そうですか。

 それはそうと翔様の獲物は何にされますか?」

「獲物?

 それは武器のことですか?

 私は通常は何も持たずに戦います。

 相手を無暗に傷つけることは好みませんから。

 一応何でもできる様には修行していますが、皆様は何にされますか?」

「では私達は刀が主ですので木刀にします。

 それとも竹刀の方がいいですか?大事な身体ですからねえ」

「木刀で結構ですよ。では私は棒にでもします」

翔は幼い頃から祖父や父より武芸百般、武器にしても刀・薙刀・手裏剣・礫・銃・ヌンチャクなど全ての武器を使えるように修行している。桐生一族は常在戦場の意識から身の回りの物は全て武器と出来た。

今回、翔が棒を選んだのは彼らの身体を傷つけず木刀を飛ばし戦意を削ぐためと

もし彼らに周りを囲まれ襲われた場合、棒の方が有利だからだった。

もし仮に真剣に変えられても、腰の後ろに差している守り小刀で応戦する予定だった。

この小刀は京一郎が作成した『リアル斬鉄剣』で通常の刀を切り折る事ができた。