さて宮尾警部と小橋刑事が新潟と秋田へ旅立った日、
遼真と真美は祈祷所にて雷電山山頂の落雷事故現場で地縛されていた倉持夫婦の調査へと入った。
雷電山では夫婦は同じ場所で地縛されていたため喧嘩していたが、
今は別の人型に入っているため静かである。
今日の夢見術は危険な可能性も高いため、
いつも見て貰っている夢花ちゃんの代わりに母親の夢代さんに来てもらっている。
以前の『迷い里の誘い事件』の折には、
夢見術で夢花ちゃんの祖母の夢乃さんに手伝って貰ったのだが、
今回も是非にと張り切っていたが同時に京都で別の依頼があり、
代わりに夢花ちゃんの母親の夢代さんに上京して貰った。
遼真は催眠呪文を唱えながら人型の霊を眠りの世界へと誘う。
白紙の上に乗せられて興奮し始めていた霊もやがて静かにうつらうつらし始めた。
夢見術に入る夢代さんの両隣に夢花と真美が待機している。
夢代さんが粕夫の霊の夢の世界へ潜入していく。
倉持粕夫の魂の夢から色々なシーンが流れて来る。
実は彼は日本人ではなくベトナム人だった。
名前:グエン・ヴァン・ナム
出身:ベトナム戦争の激しかった地域の村にあるグエン家の末裔
過去からの出来事:
グエンの祖母は、ベトナム戦争時、平和な村民しかいなかった小さな村へ突然襲って来た韓国人兵士に襲われて何人もの兵士に犯されて最後には腹部を銃で撃たれるも奇跡的に助かる。
偶然にもその時妊娠してしまいグエンの母親グエン・テイ・ユエンが産まれる。
母親グエン・テイ・ユエンは、幼い頃よりライダハンとして村民から蔑まれた。
ある程度働ける年齢になると生まれた村から逃げるように都市へと出て行った。
そこで母親は若いヤクザな男と知り合い、一緒に住むようになり子供が出来た。
その途端にその男は家を出て行き、二度と帰ってこなかった。
母親グエン・テイ・ユエンは、貧民街で暮らしグエン・ヴァン・ナムを産んだ。
病気がちだった母親はグエンが3歳の頃に亡くなった。
幼い頃はそうでもなかったが成長するにつれてグエンの容貌が非常に韓国人の血が色濃く表れ始め、
とうとう貧民街の人間からも差別され憎まれて、
幼いグエンがいつしか闇社会へと入っていったのは生きるためには自然なことだった。
母親から聞かされた祖母からの出来事を脳裏に刻み、
自分の身体に流れる最悪の出自を恨みながら生きて来た。
グエンは顔つきが韓国人に非常に近く、韓国人の標的に近づきやすいため、
標的が韓国人専用の殺し屋となったのは自然の成り行きだった。
ある時、ある組織にとって裏切者のある財閥の重要な人間の一人を消したがために今度はその敵組織から追われることとなった。
過去に殺した男の中から戸籍を買い、闇で整形して顔を変えて日本へ密入国し、
今度は日本人の戸籍を買い日本の闇社会で殺し屋となった。
3歳の時から孤独だったため、他人を全く信用していなかったが、
ある時、山中で女と出会い偶然産まれた赤子を見て、
赤子を育てる夫婦のカモフラージュを思いついてアパートの一室で住み始める。
倉持鴬子の魂からも色々なシーンが流れて来る。
彼女も日本人ではなく隣の独裁国家出身の女だった。
名前:金 麗花
過去からの出来事:
4年前に喰うや喰わずの生活の苦しさから家族に黙って、
一人だけで夜中に警備の目を盗み漁船で日本海へ出奔した。
しばらくすると大嵐に遭い濁流に呑まれる木の葉のように舞いながら、
エンジンも壊れ漂流し飲み水も食い物も無い、命からがら意識ギリギリで秋田県の海岸に到着した。
その後、海岸を歩いていると日本人ではない組織の人間に声を掛けられ、
秋田市内に住む同じように逃げて来た同郷の人間へ紹介された。
その時に日本人となり生活するために戸籍も買って夜の街に溶け込んだ。
戸籍は今まで日本国内で人知れず殺されたり行方不明となった人間の物で全国系暴力団の組織から買ったのだがこの代金が非常に高かった。
その支払いは、普通の仕事では無理なため、覚せい剤や麻薬の販売を手伝わされたりしていたが、
最後には夜の街で身体を売って稼ぐしかなかった。
そのうち父親のわからない子を宿してしまい、
流そうとい思っているうちに月日が過ぎてもう流せなくなった。
産み月が近づいて来ると産んだ子は土に埋めてしまおうと考え、
深い山の中をあても無く彷徨ううちに偶然深い森の中で炭焼き小屋を見つけた。
その小屋の中で休んでいる時、暗殺の失敗で追手から逃げていた暗殺者グエンが小屋に入って来た。
彼は邪魔なので麗花を殺そうとした。
麗花は必死で殺さないように懇願し、
隠れるなら自分の背中の後ろにある藁の中へ彼に隠れるように言った。
もし麗花が裏切れば麗花自身も殺せるから彼はその話に従った。
しばらくすると彼の追手が小屋のドアを開けて入って来た。
彼の追手からの質問中に突然陣痛に襲われた妊婦の麗花は、
追手に嘘を教える事で小屋に隠れていた彼を救った。
彼は小屋から出て行った追手を後ろから追跡し全員を殺して追跡を振り切った。
それから彼が再び小屋に戻って来た時には子供が産まれていた。
小屋の中での出来事:
麗花は何とか子供を産み臍の緒を切り、胎盤を引き出した時には全身の体力を使い切り眠っていた。
彼は興味無さそうに泣いている赤子を見ている。
麗花はどうせ土に埋めてしまう子供だからと考えて、
すぐに殺してしまおうと弱々しく泣いている赤子の首を強く絞めた。
その時、『ゴリッ』と音がして赤子の喉の骨が陥没した。
その瞬間、その赤子から声が消えて激しい息遣いだけが漏れてくる。
だがまだその赤子は生きていた。
彼は驚いた様に麗花を見ている。
「なぜわざわざ産んだのに殺すんだ?」
「別に望んで産んだ子でもないし単に流せなかっただけだから」
「じゃあここに捨てていくか?
どうせすぐに死ぬし、小屋の外に置いておけば死体は野生の獣が食べるだろ」
「そうなんだけど、祟られるのも嫌なんだ。
でもこの子は声が出なくなったみたいだから恨まれないかな?」
「きちんと葬りたいって、
首を締めて殺したならそいつに祟られて当然じゃないか?
それに声が出ないと恨まれない?初めて聞く話だな」
「えぇ私の生まれた村ではそんな言い伝えがあるの。
恨みの言葉を相手に掛けられないとその人間の恨みは届かないって」
「お前の子供だからお前に任せるけど、しばらく一緒に住んでみるか?
俺も一応世間的には家庭をカモフラージュしておきたいし。
途中で邪魔になる様ならその時に捨てればいいんじゃないか?
この国には何とかポストとかあるようだしどうでもなるんじゃないか?
それに鳴き声も出てないしうるさくないならいいんじゃないか?」
「あなたがそれでいいならお願いします。一緒に住んでください」
「わかった。俺の名前は倉持粕夫ということになってる」
「私は鴬子だから倉持鴬子ね。よろしく」
「この子はどうする?」
「そうねぇ。この国には確か50音とかがあるから最初の『アイ』でどうかしら。
仮に他人に聞かれてもおかしい名前じゃないし。
でもどうせこの子の戸籍は作れないから部屋で育てるだけだけど」
「どうでもいい。まぁわかりやすのがいいな。
あいうえおの『アイ』ね。わかった」
ある日の出来事:
倉持夫妻はアイに赤ちゃん用の服を着せるとボストンバッグにアイを詰め、
バッグを車の後ろに置くと遊園地へ連れだした。
その遊園地に標的が家族で来るとの情報を聞いたからだった。
標的は夫婦で3歳くらいの女の子を連れて遊んでいる。
標的の男がトイレに行くようで妻と娘から離れてトイレへ向かう。
深く帽子を被った粕夫はアイを抱っこしてその後ろに続く。
標的の男が小便器に立って用を足している。
男はすぐ後に入って来た粕夫に警戒の目を向けたが
その胸に抱っこしているアイを見て警戒を解いた。
「可愛い女の子ですねえ。私も娘が一人います」
と笑いながら視線を逸らす。
粕夫はその男の後ろを通りながら誰も他にいない事を確認して
アイの胸の前に収納した切れ味の鋭い細い刃の付いたナイフを抜き、
肋骨を避けるようにその男の背中から心臓へ一気に突き通した。
「グアッ」
男は驚いた様に粕夫とアイを振り向いた。
しかし男はすぐに小便器へ顔を突っ込んで動かなくなった。
粕夫はアイの背中にナイフを格納すると粕夫はアイを幼児用ベッドに置き、
その男の死体を大便器の部屋へ運んでアイを抱っこしてトイレから出た。
粕夫は鴬子に嬉しそうに話した。
「この子がいると相手も警戒を解くので仕事がしやすい」
アパート内のアイのシーンが次々流れて来る。
粕夫は部屋にカメラを設置しており常に備えていた。
襲撃があって敵が部屋に待ち伏せがある場合に備えているのだった。
そのことを鴬子は知らずにいる。
仮に敵が部屋で待ち伏せをしている時は、
粕夫は鴬子とアイの命を捨てて逃げるつもりだった。
酒を飲んで眠っている母親の隣で1人だけでがんばって寝がえりを成功させたアイ
誰も居ない暗い部屋の中で椅子の脚に手をかけ初めて立って歩いたアイ
オムツを替えて貰えないで肌が被れて、オシッコのたびに泣き叫ぶアイ
1日1回から2回の最低限の少量の食事でも痩せ衰えながらも生きているアイ
一日中薄暗い部屋の中で殆ど1人だけで汚い人形に話しかける笑顔の無いアイ
両親が居る時には親の行動や顔を見ながら何事にもビクビクとしているアイ
母親に呼ばれ急いだため、
偶然テレビの前を横切っただけで粕夫から蹴られ殴られて息も絶え絶えのアイ
母親からオシッコを言えなかったと折檻されるアイ
母親からせっかくの食べ物を落としたとタバコの火を押し付けられ泣き叫ぶアイ
今日は嫌な事があったからと顔を見せるなと殴られてタンスの中で泣き叫ぶアイ
何日も一人で放っておかれて、あまりの空腹のためティッシュペーパーまで食べるアイ
埃や垢で黒い涙の跡を残したまま部屋の隅の汚れた毛布に丸まって眠るアイ
その手にはいつも汚れた女の子の人形が握られている。
ここでさすがの夢代さんもあまりの光景に耐え切れなくなり夢見術から戻ってきてしまう。
涙ながらに遼真へお詫びをするも遼真もほとんど放心状態であった。
隣にいる真美と夢花の二人は抱き合って、その光景を泣きながら見つめている。
なぜここまでアイちゃんはここまで虐待を受けなければならなかったのか
なぜアイちゃんはこんな環境でも生き続けることができたのだろうか
なぜヒトはここまで圧倒的に力の弱い者に対して残忍になれるのか
両親二人が落雷で同時に亡くなった今となってはその答えを知ることはできないが、
確かにあのアパートの一室には『アイ』という少女が生きていたことは判明した。
不思議なのは生きていた筈の『アイ』の魂がこの世のどこにも見えないことだった。
『アイ』はどこにいるのか
『アイ』の肉体はどこにいるのか