はっちゃんZのブログ小説

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2.新製品 “エモフォン”発売(第10章:アイの叫び)

ここから時間軸は、落雷事故が新聞に掲載される半年前に遡る。

三沢正志の経営する『三沢工業』から秋の新製品が発売された。

それは“骨伝導型のイヤフォン”で単価は3000円だった。

その特徴として、

通常のイヤフォンと異なり耳の穴にはマイク部分を差し込まなくても音楽を聴くことができ、そして耳は塞がないので車のクラクションやその他の生活に必要な音を遮る事は無かった。そして特筆すべき事として骨伝導タイプなので耳小骨機能不全など伝音性が原因で不自由をしている聴覚障碍者にも使用できた。

側頭部を5ミリほどの細いカチューシャで頭部を挟み込む様になっている。

またカチューシャ素材の表面は個人の好みに合う様に様々な色の物が用意されている。

見た目は、とある超有名ロボットアニメに登場する少女の両側の側頭部に設置されているコネクターに近いものである。

そしてそのコネクターの側頭部へ接着する骨伝導部分の上にアクセサリーの取り付けが可能となっており、生活の色々な場面毎に交換も可能でカチューシャ本体の色やアクセサリーを好きに交換することができた。

新発売当初は、アニマルタイプと植物タイプのみだったが、その後モフモフ好きには堪えられないネコやウサギなどの耳タイプ、薔薇や桜などの花を象ったタイプも発売した。

この製品を多人数のアイドルグループが、ライブでネコミミエモフォンを使ったことや

バラエティ番組の収録で、

「同じ曲を聞いても他の製品よりも断然エモい、聞いているうちに感情が爆発します」と紹介されたため、驚きを持って爆発的に日本中へ拡散して行った。

三沢工業としても会社に寄せられるお客様の要望に応えるため、アクセサリーに関しても他の会社と協同して次々と新しいアクセサリーを販売し充実させていった。

その後、昆虫タイプ(クワガワの角やカマキリの腕などの触角様タイプ)、

アニメ会社との提携で、有名作品のヒーローの顔、作品内と同じタイプの被り物タイプ、

最後には、VR用ゴーグルの様に音楽とゲームなどへの組み込みも可能とされている。

この製品は海外からの観光客にもインスタグラムやXなどの媒体で拡散された。

単なるイヤフォンなのだが、聴覚障碍者にも優しいとの好印象もあり

“エモフォン”の評判は世界中へ拡散していった。

三沢工業の “エモフォン”の売り上げは爆発的に伸びて、

数年後には東証のグロース市場上場も視野に入るのでは?と囁かれ始めている。

 

ある日の夜中、正志が寝ていると引き裂かれる様な悲鳴が響き渡った。

「いやー、やめてー、きゃあー、おちるー」

正志は急いで|来愛夢(らいむ)の部屋へと走って行った。

来愛夢の部屋の中からは悲鳴が続いている。

「来愛夢、パパだ、入るよ」

ドアを大きく開けて部屋へ踏み込む。

来愛夢は、真っ青な顔色で大きく目が開かれ、身体を大きく逸らせ、

両手をバタバタ動かしながらベッドの上で叫んでいる。

「来愛夢、パパはここに居るぞ」

と正志はそっとベッドに入り、震える娘の身体を抱きしめた。

「お父様、怖いの、私を抱きしめて」

「うん、わかったよ。ずっと抱きしめているよ。安心して眠りなさい」

しばらくブルブル震える身体を強く抱きしめていると次第に震えもおさまった。

「・・・お父様、怖かったわ・・・お父様、ありがとう。こうしていると落ち着きます」

「それは良かった。このまま朝まで一緒に眠ろうか?」

「お父様は明日もお仕事ありますのに・・・いいのですか?」

「いいよ。これから毎晩一緒の部屋で寝るかい?

 来愛夢、お前が怖い時は、いつでも隣にいるよ。

 仕事で遅い時には家政婦さんに部屋に居て貰うから。

 それにお前のアイデアで出来たエモフォンが、

たくさん売れる様になったから会社もしばらくは安心だよ」

「本当にいいのですか?お父様、嬉しい・・・」

来愛夢は正志の胸の中で安心したのかスヤスヤと眠り始めた。

そのたびに『一緒の部屋で寝よう』と言っていたが、

来愛夢が『お父様はお仕事があるので邪魔はしたくありません。大丈夫です』と

健気なことを言うので心配ながら別々の部屋に寝ていたのだった。

 

来愛夢は長い間の眠りから目を覚ましてから、

今まで何度か夜中に怖い夢を見て悲鳴をあげている。

正志としては、目に入れても痛くないほど愛している娘の悲鳴を聞くのが辛く、

主治医の先生に相談しているが、

「そんな悪夢を見る理由はわかりません。そんな学会報告もありません。

 これほど長期間の植物状態から目覚めたケースそのものがほとんど無いのです。

 もしかしたら悪夢は、長い間、ずっと横になっていた影響、

動きたくても動けなかった苦しい意識からなのかもしれないし、

 髄膜炎の原因となったウィルスへの恐怖を身体が覚えているのかもしれません。

 とにかく私も三沢さん、あの日、あなたから連絡があって、

来愛夢ちゃんを見た時の驚きは今も鮮明に覚えています。

8月21日、私はこの日は一生忘れられそうもありません。

それよりもお父さん、

生まれてからずっと眠っていて目覚めてほんの半年余りの少女が、

筋力が十分でなくまだ走ることはできないけれど、

手足を自由に動かすことが出来て、

これほどの会話や思考が出来ているのは奇跡と考えて下さい。

ましてやこんなに幼いのにパソコン操作まで出来てすごいじゃないですか?

娘さんは目覚めた当初は、声も発することも出来なかったのですよ。

お父さんは、彼女が『パソコンを欲しい』と言ったとおっしゃいますが、

少し使い方を教えただけで、パソコンで色々な情報を取ったにしても、

いつの間にかこんなにまで難しい言葉を発することができる子供を知りません。

天才少女が目覚めたのですよ。素直に喜びましょう」

と医師も驚きを隠せない表情で正志へと話す。

 

三沢工業の新製品“エモフォン”が世界にも徐々に注目され始めると、

大手電機メーカーが三沢工業へ合同事業の話が入って来始めた。

それは『VRゲーム用のゴーグルへの組み込み』と『ロボット型ペットとの会話』だった。

前者は主に若い人が対象であり、後者は高齢者が対象だった。

 

VRゲーム用のゴーグルへの組み込み』

三沢工業は、有名ゲーム会社とも提携し、部品の作成や原案などの打ち合わせを行った。

このゲームは、新しいゲームの世界へプレイヤー自身が入り込み、その世界の住人といて生活したり戦ったりすることが出来るものだった。

その世界での自分の身体の動きは、

手足を自由に動かせる人は、手に操作スティックを握り、腕や足にアタッチメントを装着し、その場で普段と同じ様に身体を動かしてゲーム世界でアクションをすることも可能だった。

その他、素晴らしい点としては

現実では歩けない人でも腕に握ったスティックを使って歩き走り、

手足も動かせず寝たきりでスティックやアタッチメントが使用不可能な人でも、

ゴーグルの画面の設定を変えて、画面内にあるアクションウィンドウの指示部分に視線を合わせるだけで、あらかじめプログラムに従って自動的に画面内で自らの希望する動きが可能だった。

このゲームは、身体障碍者を含めてあらゆる人が参加でき、それによりその世界において、世界中の見知らぬ人と知り合いになり遊ぶことができた。

こういう世界においても、声も自分の好きな声に変える事が出来て、従来の電子的でない音声が喜ばれた。その点、聞こえる声に感情を感じさせることのできるエモフォンの技術は最適で、時間を忘れてプレイヤーがゲームの世界へ没頭する事ができた。

 

『ロボット型ペットとの会話』

三沢工業は、元々ロボット型ペット“アニマロボ”を販売していたが、

新型のロボット型ペット作成のために、研究実績のある動物学者や有名ソフト会社へも声を掛けて打ち合わせを開始した。

この事業は最近増えて来ているお一人様だけでなく、高齢者のペットブームが背景にある。

高齢者が生きたペットを飼いたくても、己の寿命とペットの寿命を考えると簡単には飼えないのが普通で、なかなか寂しさを紛らわすことが出来なかった。

その募る寂しさが、最近増えつつある高齢者の引っ掛かりやすい詐欺の遠因でもあった。

このロボット型ペット(犬又は猫)は、犬語、猫語がインプットされており、

例えば『ワンワン』『ニャーニャー』と泣くと、事前に登録した声、孫の声だとか好きな芸能人などの声で、エモフォンからは感情の籠った声で『おはようございます』と聞こえる様になっており、また本人と何度も会話する事によりAIによる学習で的確な受け応えが可能で、それにより顧客本人だけの情報の会話ができた。

これらの機能により、本物では出来ない日常のペットとの他愛のない会話も可能となり孤独感も少なくなり、寂しさからの詐欺などの被害も減ると期待された。

その他の機能としてスマホにもあるような機能、例えば調べ物や音楽を流したり、カーテンの開け閉めなどの簡単な依頼ならこなすことができた。人間と違い何度同じ依頼をしても嫌がられる事無く寡黙にこなした。

普段のペットとの会話内容は電子媒体に記録され、その人の日常変化や認知症の早期発見に役立てる事もでき、ペットの目のレンズから入る高齢者の健康状態もモニターしており、病気など突発の出来事などに対する身内又は警察や救急へ回線を繋ぐ事が出来て非常に便利だった。

これらの製品は非常に世間へセンセーショナルに喧伝され、三沢工業とタイアップした企業の株価は将来の成長を期待され急成長した。

 

これらの発想は、いつも突然に社長の正志の脳裏へ訪れた。

娘の頬の柔らかさを感じながらお話をしている時

寝室で娘の静かな寝息を聞きながら眠っている時

祖父の趣味でもあった人形収集で、新旧の人形が置かれている部屋の中で娘と一緒に埃を拭く掃除をしている時に突然浮かぶのだった。

それは脳へ急激に電気が流れ込むかのような速さで脳裏に輝く様に浮かぶのだった。