4年生の春休みに桐生本家の爺さんから『一度戻ってこい』と翔へ連絡があった。
本家の桐生家は江戸初期より続く武門の家柄である。
桐生一族は、徳川幕府北東(丑寅の方角)守護を任務とし、最強の一族として将軍家から信頼されていた。明治以降、市井に紛れその技術を伝承してきている。
この一族は子供が生まれると、その子の特性により得意領域を絞られ、最終的に『鬼派』と『霧派』に属することとなる。キリュウのキは『鬼』と『霧』へと読み替えられる。
表の顔は『鬼派』で武術専門、
裏の顔は『霧派』で探索・薬物・暗殺・武器開発等の専門となっている。
翔は『鬼派』に属し、幼少の頃から格闘術、剣術などを中心に武芸百般の祖父から手ほどきを受け、6歳のとき研究者だった両親を飛行機事故にて失い、現在まで質実剛健を旨とする厳しい祖父母に育てられている。
現在の桐生派頭首は、翔の祖父の麒一であり、別名は鬼一と呼ばれている。
妻は華絵で以前翔の部屋で百合と顔を合せている。
実は翔には桐生一族の歴史や使命も知らされていないし、
百合の実家の葉山館林家とは徳川時代から深い関係にあることも知らせていない。
屋敷内の道場らしきあたりからはやや幼い気が漏れてきている。
誰か一族の若い者が修行をしているようだ。
意識を道場の方向へ逸らした瞬間、
門の上から槍が鋭く突き下ろされた。
翔はサッと身を最小限に避けると槍の穂先の根元を握り固定した。
「翔様、だいぶ修行されましたな、霧の穏形がわかるとは」
「重兵衛さん、少し前から道場の気に混じってきていたので予想していました」
「さすが、もう私ではかないませんなあ」
「いや、まだまだです。わざと少し気を漏らしてくれましたから察知できました」
「ふふふ、それもお見通しですか・・・お見事です」
屋敷奥の棟梁の部屋へ向かう。
「爺様、ただいま帰りました」
「翔よ、よく帰って来たな。修行は順調なようだな」
「爺様の言いつけ通り毎日鍛えています。
まだまだ世の中には強い人間がいることがわかりました」
「そうだろうな。最近はプロ格闘家も多いが、彼らの中で格闘術だけで
食べていける人間は一部のみでだいたいは違う仕事についている。
その中で残念ながら暴力を生業とする組織に入ってしまうことも多い」
「そのようですね。この前、プロレスラーくずれの人間と戦いました」
「彼らに打撃は効きにくいから苦労しただろうな。
ただ彼らは殺すことに慣れていない分、われらの方が有利だな」
「いや、普通の人間だったら内臓破裂で死んでいたと思われる衝撃でした」
「ほう、よく勝ったものだな」
「勝たなければならない状況だった故、抜き手を使わせていただきました」
「誰かを守るとはそういうことだ。負けることは守れないということだ」
「はい、肝に銘じております」
(つづく)