その夜、慎一達が眠ってから、母が美波へ声を掛けた。
「美波、お昼会った前田さん、優しそうな人だね」
「そう、何かあればサークルのみんなが彼を頼っていて大変だったみたい。
彼は頼まれたら絶対に断らない人だから」
「そうなんだ。色々と小さい時から苦労してるんじゃないかねえ。そういう人は」
「そうなのかなあ。
噂ではお嫁さんを貰って家を継がなくてはいかないからって。
だから、お嫁さん候補を増やすためにとか」
「そんな事でそこまではしないよ。元々の性格が優しいのだと思うよ」
「確かに優しいけど・・・」
「だけど、きっと美波は、それを弱いとも感じるんだろうね」
「うーん、そんな事を思うのひどいのかな?」
「それは仕方ないのかもしれない。
人間誰しも生まれて最初から強いわけではないからねえ。
だけど優しさは元々最初からある性格だからそれは変わらないはず」
「いつかお父さんのように優しくて強い大人になれるかなあ」
「お父さんだって、最初から優しくて強かった訳ではないと思うわ」
「そうなの?」
「お母さんもお父さんと一緒になって色々と話したわ。
本当にお母さんは、お父さん、それは美波のお父さんもだけど、
一緒になって良かったと思ってるわ」
「二人とも良く似ていたの?」
「お母さんは二人の似ているところをあまり意識したことはないわ。
だけど二人とも近くにいてすごく落ち着く人。
お母さんやお前を一番に思ってくれている人って言う感覚が伝わってくるの」
「そうなんだ。いいなあ、お母さんは良い人に出会えて」
「お前もいつかはそんな人に出会えるわよ。
他人に優しく精一杯生きている人を好きになればいいだけ。
それに人間は少しずつ成長していくという事がわかっていればいいだけ」
「何か難しいけど、色々とたくさんの人を見てみるね」
「そうだねえ。あせる必要はないわよ」
「うん。期待しておくね」
「ふふふ、でも、先ずはファザコンを治す必要があるかもねえ」
「うーん、そうなのかなあ。何とかしてみる」
「まあ、ゆっくりとした気持ちでいればいいわ」
「うん」
美波はお風呂に入って部屋に戻るとベッドに横になった。
ふと前田さんの顔が浮かんできた。
少し鼓動が早くなっている。
頬がほんのりと熱くなってきている。
今日会うまで何も思っていなかったはずなのに
急に彼を意識し始めた自分に気がついた美波だった。
昼間の出来事が思い出される。
偶然彼を見つけた時の驚き
自分へ向けられた彼の笑顔を見た時の嬉しさ
彼へ赤ちゃんを渡した女性を見た時のショック
赤ちゃんを抱っこしている姿を見た時の衝撃
隣の女性が彼の姉だと知った時の安堵感
美波の初めての恋心を母に知られたかも知れない恥ずかしさ
そのうちに眠ってしまっていた。
(つづく)