はっちゃんZのブログ小説

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112.妖?行方不明者を探せ10

『ゴウーーーー』

ふたたび樹を渡る風の音が耳を打った時

樹の根元でカラカラになって倒れていた老人の死体の眼が『カッ』と開かれた。

 

「ドウヤラ ダマセ ナカッタ カ ナゼ ワカッタ」

とユラリと立ち上がる。

 

シワシワでカラカラの身体へ血液が流れ始めたかのように

急速に肉厚の肉体へと戻っていく。

「お前から戻ってきた式神の傷を見れば魔物は1体でないことは明白だった。

 お前が最初の肉体から移動した事は戦いながらわかっていた。

 後は、お前が憑依できない肉体だけにするだけだった」

「ヌヌヌ ヌカッタ ワ ハヤク ニゲテ シマエバ ヨカッタカ」

「そうすれば、お前だけを先に処理するだけだった」

「・・・・・」

 

「真美、兄さんと一緒に戦っていてくれ。僕は準備に入る」

「はい、わかりました。では、翔様、失礼いたします」

真美は『御札』を胸元から出すと

呪文を唱えながら翔の背中へ貼り付けた。

それは糊も何も付いていないのに

ピタリとバトルスーツへ吸い付くように貼りついた。

その瞬間に祠の森で味わった感覚が全身を包んだ。

 

「これで憑依されることはありませんのでご安心下さい」

「憑依って、あの化け物が僕に?」

「はい、どんな時でもあの魔物は憑依を狙っています。

 きっと我々が知らずに引き上げれば次に近づいた人間に憑依したはずです」

「じゃあ、僕は気をぶつける戦いをすればいいんですね」

「はい、あの化け物を逃がさない程度に戦いましょう。

 遼真様の準備が出来るまでの時間稼ぎです」

「わかった。よくわからないけど、君も危ない真似はしないでね」

「優しいお言葉、ありがとうございます。でも心配なさらないで下さい。

 私も遼真様と同様にこのような戦いには慣れておりますから」

 

「ナニ ヲ ゴチャゴチャ ワシ ノ エサ ニ ナレ」

魔物はこちらへ大きく跳ねて攻撃をしてくる。

二人は左右に離れると両側から攻撃を始めた。

翔は気を練り拳へ注入すると

筋肉隆々の身体になった老人、いや魔物、の肉体へ撃ちこんだ。

真美も同時に小刀で腕や足部分を切り裂いていく。

そのたびに魔物からは苦悶が聞こえてくる。

血液は一切出ていないにも関わらず魔物には衝撃が大きいようだ。

ただ小刀で打ち込みながら、何か呪文を唱えている。

 

「兄さん、真美、もう大丈夫です。二人とも離れてください」

遼真は地面に何か魔法陣のような絵柄を完成させていた。

魔物はそれを見て驚いている。

「?! キサマ ナゼ ソノ ジン ヲ

 アノ ジダイ ノ ニンゲン ハ モウ イナイハズ」

「お前が出てきた降霊陣を見た時、この陣の事はお師匠様から聞いた。

 大陸出身のお前をふたたびあの牢獄へ送る『送霊陣』らしいな」

「ナニ アノ ジゴク ロウゴク イヤダ ニドト モドラナイゾ」

「もうお前は逃げる事は出来ない。諦めろ。魂までは滅しはしない」

「ウルサイ オマエ モ コロス」

 

遼真は飛びかかってきた魔物の攻撃を避けると

一瞬、手を魔物の肩へ置いた。

『ギャア・・・ ナンダ コノ イタミ ハ』

「痛いだろ?

 それはお前の魂が食らったその肉体から魂だけを外した痛みだ。

 それが嫌なら、早くその魔法陣へ入りなさい」

「イヤダ セッカク ヨミガエッタ ノニ

 コンド コソ コウテイ へ レイヤク ヲ」

「残念ながらお前達が望んだ、『不老不死の霊薬』はこの国にはない」

「ウソダ コイツラ ワ ワレ ニ ハナシタ」

「お前は騙されているんだ。それにお前に命じた皇帝はもういない」

「ウソダ コイツラ ワ コウテイ ノ ブカ ト・・・」

「お前に命じた皇帝の国は、もう700年も前に滅んでるよ」

「ウソダ シンジナイ」

「どうしても信じないなら、もう仕方ない。

 じゃあ無理矢理に戻って貰います」

(つづく)

111.妖?行方不明者を探せ9

五芒星から立ち上る瘴気が魔物の潜む大樹の一点へと集まっていく。
黒いガス状のものが徐々に異形のモノとなっていく。
とうとう魔物の本体が姿を現した。
祠で見つけた抜け殻とは全く異なった姿だった。


たくさんの人間の恨みと僻みを喰らって育った魔物は化け物へと変貌していた。
体長は3メートルほどで
石でも噛み砕くことのできるような鋭い牙と
鋭い爪を持つ毛深い八本の太い足を持つ蜘だった。
しかしその身体には、まだほんの少し人間の特徴を残している。
蜘の額部分に祠から開放したであろう人間の顔が浮かんでいる。

その牙の見える口から
『日本を壊せ、新しい日本を作れ、我々が支配者だ』
と何度も唱える声が聞こえてくる

遼真から
「兄さん、あの化け物の人間の顔部分の眉間へ集中して気を入れてください。
 あの人間が死ぬ事はありませんから安心してください」
翔はその一瞬に気を高め、掌へ気を溜めていく。
竜頭拳を作り、
十分な気の量となった時、魔物の顔の近くへ跳んだ。


魔物は一瞬で目の前に現れた翔を見て驚き、

ほんの一瞬だけ動きが止まった。
その瞬間に頭部の急所である『眉間』へと拳と共に気を打ち込んだ。


『ギャア・・・ク ル シ イ』
一瞬、魔物の姿が二重にぶれる。
人間と蜘が白く蠢いている。


「兄さん、ありがとうございます。
 今、あの人間と魔物を繋ぐ経路の一部を破壊できました。
 あの場所の奥部分が魔物の魂と人間の魂が深く繋がっている部分です。
 しばらくは動きが鈍いでしょうから、後は僕達がします」

遼真は、
右手一本で金色に輝く大刀を操り、
呪文を唱えながら魔物を切っていく。


一切血は出ないが、
魔物の顔が苦痛に染まっていく。
同時に「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」と左手で片手印を結んでいく。
最後の「前」の『ン』で心臓部分を突き刺した。


同時に真美が両手で三角形を作り、
呪文を唱えながら
「自縛印」と叫ぶ。
魔物の足元にはうっすらと白い正三角形が現れた。
不思議な事に魔物はその場所で一切動けなくなっている。


次に遼真が両手を今度は逆三角形を作り、
呪文を唱えながら
「昇霊印」と叫んだ。
今度は魔物の上空に逆三角形の印がうっすらと浮かんでいる。


それら二つの印が上下呼応し合い六芒星となり、
白い光の円柱となり回りだした。

その光る円柱の中では、
魔物の身体がぼやけて小さくなっていく。
さきほど気を撃ちこんだ時のように
魔物の姿がぶれるように二重写しになっていく。
やがて人間と大きな蜘の姿に完全に分かれる。


「オン マユラキランテイ ソワカ 
 孔雀明王よ 我の祈りを聞き届けたまえ
 この哀れな魔物をお送りいたします 
 なにとぞ深い慈悲で除霊をお願いいたします」


突然、

円柱の上部分の三角形より、
巨大な孔雀の羽が現れ、

『クアー』と叫び声が聞こえた。

蜘の魂に刻み込まれた
何百年もの壷の中での永遠の闘いによる苦しみ
殺さなければ殺される理不尽さへの恨み
このような境遇に生まれてきた憎しみに染まった魂が
孔雀明王のお使いの声を聞いて、恐れおののいている。

やがてその大きな嘴が開かれ、
咥えられ、
蜘の魔物の魂がその中へと消えた。
足元では真日本革命団の男は呆けた顔で仰向けに倒れている。
翔はやっと終わったとほっとしている。
「兄さん、まだ終わっていませんよ」
「えっ?終わっていない?」
遼真と真美が緊張を解かないまま武器を構えている。

(つづく)

110.妖?行方不明者を探せ8

「翔兄さん、待ってください」

現場に到着した遼真から声が掛けられた。

翔が攻撃を止めたその一瞬、

魔物は近くの木へと跳び梢へと移動すると

別の木へ跳んだのか見えなくなった。

 

その時、遼真と真美は夜目にも鮮やかな白衣と袴姿で現れた。

遼真の腰には大刀、

真美は小刀が差し込まれている。

「兄さん、あいつは普通の攻撃では効かないです。

 あいつが憑依している肉体は人間ですが、

 すでに魂を食われているので魄を変えています。

 姿形も能力も人間ではないのです」

「そうなのか。

道理で殴っても蹴っても効かないはずだ。

 でもどんな攻撃なら効くんだ?」

「兄さんの力なら気を拳に込めて撃てば効くはずです」

「気か・・・結構難しいんだな。

まあ何とか頑張ってみる。

遼真はどうする?」

「兄さんがあの魔物を足止めしてくれれば、

私はその時に魔物をあの身体から切り離す準備をします」

「切り離す?・・・まあ任せた。

とりあえず俺はあいつを足止めすればいいんだな?

わかった。じゃあ、一緒に行動しよう。

先ずはあいつの場所を教えてくれ。

赤外線が全く効かない」

「分かりました。真美、あいつの場所を探ってくれ」

「はい、わかりました。クインお願い」

銀色の体毛を持つ管狐のクインが、真美の肩から降りると

後ろ足で立ち上がり、クンクンと匂いを嗅ぐような動きをする。

ピクッと震えると『クーン』と叫び、明治神宮の方向へ走った。

 

飯塚警部から翔へ連絡があった。

真日本革命団メンバーの入院した病院から

彼らが突然目を覚まして逃げ出したらしい。

彼らの動きは、全員手も足も全く同じ動きで

まるで操られているようだったとの証言が聞かされた。

彼らは信号などで停まっている車を奪い、明治神宮方向へ向かっている。

魔物が彼らを呼んだのであろうと推測できた。

早く魔物を倒してしまいたいが、そうは簡単に行かなかった。

明治神宮に潜り込まれると隠れる場所が多過ぎて、

その上、戦いで神宮を破壊する事も出来ないので手が出せなかった。

 

そうこうしている内に

真日本革命団メンバー達の乗った車が代々木公園へ突っ込んできた。

バラバラと降りると暗くなった参道を神社方向へ走ってくる。

しかし彼らは大きな鳥居から中へ入る事が出来なかった。

鳥居内の神域には、この国を護る者の光に満ちておりそれ以上の侵入は無理だった。

深い闇の中で一際目立つ鳥居の手前の大きな樹の上に黒くうずくまる陰が見える。

真日本革命団メンバー達はその樹の根元を何重も取り囲み魔物を守っている。

そのうち若い男が数名、白い糸に吊り上げられていく。

しばらくすると、ドサッと地上に投げ落とされてくる。

その死体はカラカラに干乾びて、その顔は恐怖に引きつっている。

そのうち、一番の高齢者らしき男が吊り下げられて樹の上へ上っていく。

 

翔はこれ以上の被害は出さないようにと近づいていくが、

真日本革命団メンバー達は

カラカラの身体のままでゾンビのような動きで

手に色々な武器を持って翔へと向かってくる。

翔が何度倒しても彼らは起き上がってくる。

こうなればと思い、『閃光催眠弾』を放ち全員を眠らそうとした。

しかし眠った顔で武器を持って向かってくる。

気を真日本革命団メンバー全てへ撃ちこむにも体力の問題もあるし困っていた。

 

「兄さん、準備が終わりました。変わります」

遼真は腰に挿した日本刀を抜くと

ヒラリヒラリと次々と彼らの身体を切っていく。

真美も脇に挿した小刀で舞うように次々と切っていく。

しかし血は一切出ていない。

それに伴い、彼らは糸の切れた操り人形みたいにガクンと地面へ倒れていく。

それらの口からは闇夜よりももっと深い闇が瘴気となって立ち上っていく。

真美が地面に大きな五芒星を描くとその部分へ彼らを並べていく。

そして、遼真が各点を指で押さえながら呪文を唱えていく。

五つ目の点への呪文が終わった瞬間、その五芒星は淡く白く光った。

真日本革命団メンバー達は、

魂が抜けたように空ろな目を見開いたまま静かに横たわっている。

(つづく)

109.妖?行方不明者を探せ7

太古の昔から現在まで日本という国には
海を渡って多くの悪霊が攻めてきている。
それが表の歴史としては、戦争や飢饉などで記録されている。
歴史上で有名な事件では
国が定まる前は「八岐大蛇」であり、
日本国が擁立してからは「元寇」であった。
記録には残っていないが、秦の始皇帝が攻めて来た事件もある。

八岐大蛇は、
『葦原の瑞穂の国』であるこのヒノモトを
我が物にせんと大陸より渡ってきた強大な悪霊であった。
この悪霊は人間の魂を食らわんと中国大陸や朝鮮半島を移動してきた。
対馬を渡り出雲へと流れてきたこの悪霊は、
八つの頭,八つの尾,そして真赤な目をもつ。
出雲国簸川 (ひのかわ) の上流で力を蓄えていたが、
その地を訪れたスサノオノミコト (素戔鳴尊) に退治された。
そしてその悪霊の力の源であった

天叢雲剣 (あめのむらくものつるぎ。別名草薙剣 ) は、

アマテラスオオミカミ (天照大神)へ献上され、

この国を護る力の一つとなった。

 

元寇は、元の皇帝が、
『ヒノモト日本には多くの金がある。属国にせよ』と号令を発し
大量の金を入手せん、この国を我が物にせんとし、
精強な軍団を送り込んだ大事件であるが、
実はある伝承では、

秦の始皇帝の時代から日本には不老不死の霊薬があると噂されており
本当は不老不死の霊薬を入手したいとの思惑もあったと言われている。
皇帝は、朝鮮半島朝鮮人に多くの船を作らせ、
半島の森を全て丸裸にし、当時の朝鮮の国々を困窮させ、

宗主国元への抵抗力を下げさせた。
そして日本を攻める準備をする傍ら、
大陸の魔術師を集め、魔力でもこの国の基(もとい)を壊さんとした。
この国を護ろうとする武士や陰陽師など多くの国民の心が一つになり、
その声に呼び起こされたこの国にまどろむ魂が、
地球にまどろむ魂へ呼びかけ、神風を呼び寄せ二度もの国難を撃退した。

この国が出来た太古の昔からこの国にまどろむ大いなる魂は、
何度もこの国を破壊せんとする大陸から攻めてくる悪霊から護ってきた。
この大いなる魂は、力による攻撃、知による防御、
霊力による攻防を担う多くの者達を連綿と作り出してきた。
その血脈の一つが桐生一族であった。
特に遼真達が扱う事件は闇から闇へ処理される。
表の世界では一切ニュースにならないため一般の人が知る事はない。
ただ「都市伝説」や「言い伝え」でのみ語られている。

翔はじっと辺りを伺いながら代々木公園を歩く。
遼真達はまだ公園には着いていない。
もう夕暮れで闇の気配が急速に落ちてくる。
ヘルメットには、赤外線画像が映っているが、
木々に赤く映っているのは鳥くらいだった。
翔は魔物に赤外線スコープは利かないと感じて
気配のみを感知することとした。

『ザ、ザザー』
木の梢を渡る風の音が耳を打つ。
その音に紛れて真っ黒の悪意が翔の頭上へ向かってくる。
翔は頭上に向かってスパイダーネットを発射した。
しかしその悪意は何もない空中で急に軌道を変え、
バトルハンドからのスパイダーネットを避けた。
黒い塊だけが太い幹にへばりついている。
次の瞬間、

地上へ『スウッ』と降りると立ち上がった。
翔は蹴りと拳で全力攻撃するも、
動きが早くなかなか当たらないし
当たっても硬い皮膚と毛に弾かれて全く効いていない。
逆に長い手の先の爪が目などを狙ってくるのでやっかいだった。
弾丸も弾くバトルスーツは魔物の爪などは一切通さないが、
ヘルメットとの境目の首元などを狙われるのは面倒だった。

(つづく)

108.妖?行方不明者を探せ6

遼真の頭には全ての式神からの映像情報が入ってきたが、
あまりに多いため全ての式神の紙片を手の平へ挟み、広げた地図へと飛ばす。
おのおのの式神達が地図上にゆらゆらと立っている。
細くなった足元がビル名などを知らせている。
魔物の被害者と魔物の場所がわかった遼真はすぐさま翔へ連絡した。
「翔兄さん、魔物の本体と被害者の場所がわかりました。
 地図データを送るので至急急行して下さい」
「遼真、ありがとう。しかしよくわかったな。ここへ急行する」
翔は飯塚警部へデータを転送して被害者の場所へと急がせた。

遼真が式神を飛ばした時、
魔物は人間を襲おうとしていたところだったが
式神に攻撃されたことで自分の存在がばれた事を理解し
魔力と攻撃力を高めるためにじっと身を潜めているらしい。

翔は魔物の本体の場所へと急いだ。
本体は明治神宮が隣接している代々木公園まで来ていた。
驚く事に翔の事務所と目と鼻の先の場所だった。
昼間は廃ビルの中に潜み、夜は公園内で獲物を物色していたのだろう。
飯塚警部より多くの被害者を助けだしたとの連絡があった。
警官が現場へ急行した時、
被害者達は眠っているように部屋の梁へぶら下げられていた。
すぐに病院へ運ばれて処置されているが誰一人として意識は戻っていない。
京一郎の死体の検査結果では
被害者達は魔物に延髄部分から脳のある部分へ代謝を低める物質を注入されており
飲まず食わずでも1週間近くは生きていることができた。
魔物はその間、被害者達の体液を吸って栄養にしていたと想像された。
京一郎は急いでその代謝低下物質を中和する物質を作る準備に入っている。

暗い影のようなものが代々木公園の森の中で一際高い木の梢にうずくまっている。
魔物の意識が周辺へと警戒感を持って漏れていく。


ダレ ガ ワレ ニ アダナス
ワレ ニ コタエ ヨ
知らない お前は強いのだろう?
ワレ ハ ツヨイ
ワレ ハ ダレヨリ モ ツヨイ
ワレ ニハ クルシミ ニクシミ シカナイ
お前は、私に力を貸すのではなかったか?
ソウダ オマエ ニ チカラ ヲ カソウ
オマエ ノ タマシイ ハ ウマイ
ソノ ユガミ ヨゴレ ハ タマシイ ヲ ウマクスル
お前は、私達のために、この日本を壊すために力を貸すのだ
早く総理や大臣へ憑依するのだ

同時に闇から別の声が漏れてくるが、二つの魂には聞こえない。
『こやつらの世の中への憎しみや嫉みの声に我は呼ばれた
 こやつらを媒体にわれはふたたび顕現す
 そして今度こそ、この国を壊し我の物とす
 もっともっと世を憎め、そしてもっともっと人を殺せ』

飯塚警部から真日本革命軍本部の地下室広間の床に書かれた、
不思議な図形の画像が翔と遼真へと送られてきた。
その模様を見て遼真は驚いた。
京都での修行時代に絵図面で見た記憶があったからだった。
その古文書には
遥か昔に大陸より日本へ渡ってきた魔術師の一団が使用していた魔法陣で
その一団は当時の日本を征服しようとしていたと記されている。
すでに現在では使用されなくなったと思われる禁呪の降霊術の魔方陣だった。
この魔方陣は非常に危険な霊魂を呼ぶと言われている。
それは降ろした本人に憑依して本人だけに限らず周りの者をも操る悪霊であった。
現在もカソリック教会がエクソシストを派遣する対象となるほどの悪霊だった。

地下室広間の天井の梁には真日本革命軍の者達が吊り下げられている。
彼らの身体には傷は付けられておらず眠っているだけだった。
もしその場に遼真や真美が居れば彼らには「魂」は無く、
「魄」のみの人間であることがわかるはずだった。
しかし、当然の事ながら警察官にはそのような事はわからない。
被疑者そして被害者として彼ら全員を収容し病院へと運んで行った。

(つづく)

55.彼とドライブ1-小樽から帯広へ-

少し大きめの鞄を持って待ち合わせ場所までの下り坂を歩く。

吐く息も白くなり小樽の朝はもう秋の気配だった。

9月入ると北海道は暑かった夏の気配が瞬く間に去り

次の季節への移り変わりの気配が濃厚になる。

その冷たい空気が美波の少し寝不足の目には気持ち良かった。

ふと見上げて映る天狗山の山肌にも紅葉が混じり始めている。

 

今日は遠距離ドライブのため、

ゆっくりと車を停める時間もないかもしれないと思い

母がドライブの時にはよく朝ご飯を作っていた事を思い出して

せっかくなので美波の得意な物を食べて貰おうと感じた。

それで今朝は早めに起きて

朝ご飯用にサンドウィッチを作ったのだった。

一つ一つラップで棒状に可愛く巻いている。

手も汚さず運転しながらでも食べる事ができるからだった。

 

「おはよう。今日はありがとう。晴れて良かった」

「おはようございます。そうですね」

美波は後部座席のドアを開けて鞄を置いた。

助手席へ乗り込むとシートベルトをした。

どことなく彼の顔をまっすぐに見えない自分がいた。

美波にとっては異性との初めてのデートで戸惑いもあった。

『彼にとってはデートのつもりではないのかも?』と思う不安もあった。

 

小樽市産業会館の前から道央道へ向かい、一路帯広へ向かった。

前田さんは金曜日午後フレックスを取って余市市の実家へ戻っていたようで

後部座席には多くの果物の箱が積まれている。

お姉さんから『ご家族へお渡し下さい』とのことで、

両親や弟妹が喜びそうなブドウやリンゴなどが一杯だった。

 

千歳辺りで休憩がてらパーキングに停めて、朝ご飯を後部座席から出した。

前田さんは驚いている。

「日下さん、ありがとう。美味しそう」

「今朝、眠い目で作ってるから、もし調味料を間違ってたらごめんなさい」

「ううん、なんもなんも、楽しみ」

「コーヒーも入れてきたのでゆっくりと召し上がれ」

「うん、ありがとう。美味しいなあ。日下さん、料理上手だね」

「母が以前、小料理屋をやっていたので見様見真似です」

「お店?すごいなあ。おいしいはずだ」と驚いている。

 

食事の後、運転しながら色々と話をした。

「前田さん、最近お仕事大変なんですか?」

「ええ、新人なので毎日が勉強で、上司に叱られてばかりです」

「どんなお仕事なんですか?」

「最初は全体を知るという事で全ての部門を経験しています」

「それは大変ですね。

 最終的にはどのような部門を考えていますか?」

「今のところ、融資が面白そうですが

 見ていて大変そうなので経理にしようかなあと思っています。

 そういえば、日下さんのお父さんも銀行でしたね?」

「ええ、ずっと融資部門のようです。新しい職場なので大変みたいです」

「そうでしょうねえ。先輩に聞きましたが、人間関係を作るまでが大変だそうです」

「そうでしょうねえ。父も山陰では苦労したとよく言っています」

「確か日下さん、生まれは山陰地方だったよね?」

「ええ、そうです。米子という鳥取県にある島根県寄りの小さな街です」

「行った事無いからわからないけど、あなたが生まれた街なら良い街でしょうね」

「まあ、確かに良い所も多いですが・・・

 それに米子や山陰以外で住んだ事が無ければ違うかもしれませんが、

 どこの田舎でもよく言われる田舎特有のあれこれと噂がいっぱいの

 外からの新しい人間をよく思わない雰囲気が強くて私はあまり好きではないです」

「そうなの?じゃあ戻らないの?」

「ええ、せっかく北海道に来たのだからこちらで就職したいと思っています。

 家族も北海道を気に入ってるみたいで、

 父は退職してもこちらでずっと住みたいと思っているようです。

 それに米子の家も田んぼも他人に貸してるし、身内も誰もいないし

 仕事も都市部ではこちらの方が多いので、私はこの北海道が好きです」

「そうなの?

 てっきり卒業後は帰るのかと思ってた。

 良か・・・いや・・・ふーん、そうなんだ」

 

千歳恵庭ジャンクションから左折し道東道へと入り東上していく。

途中から石勝線と平行して夕張、占冠トマムの看板が出てくる。

トマムでは『星野トマムリゾート』の全景が見えて始める。

樹々に少し色の着き始めた森や芝生に点在する白いホテルや

パッチワークのような柄の高い塔(トマム・ザ・タワー)2本が目に入ってくる。

広大なトマムエリアの大自然を舞台にした多くの遊び場があり、

カヌー、ラフティング、カート、バギー、テニス、乗馬、熱気球、木製品、燻製など

数多くのアクティビティーが用意されていると看板には書かれている。

 

「日下さん、

 ここには『雲海テラス』で有名で

 朝早く真っ白の雲海に浮かんでお茶が飲めるらしいよ」

「へえ、すてき。前田さんは見た事があるんですか?」

「ううん、残念ながらまだないよ。同僚に聞いただけかな」

「一度見てみたいですね」

「朝早くじゃないと無理みたいだから、なかなか見えないじゃないかな」

「それなら、仕方ないですね」

 

この雲海に関しては、ネットで調べ見ると3種類の雲海があるようで

一つ目、太平洋産雲海は

夏の十勝や釧路沖の海水温は低いままで維持されています。そこへ太平洋高気圧による南からの暖かい空気が流れ込む事で沖では大規模な下層雲(海霧)が発生します。

発生した下層雲は、南東の風によって十勝平野を覆い、日高山脈を越えてトマムに達します。トマム山は太平洋産雲海が届くかどうかぎりぎりの場所にあります。その時の雲の勢いが強すぎると雲海テラスも雲の中に入ってしまい、雲の勢いが弱いと日高山脈を越えられません。滝のような雲海は、絶妙な条件が揃ったときにだけ見られる希少な雲海なのです。いつでも見られるわけではないからこそ、見る価値がある現象です。

二つ目、トマム産雲海は

風が弱く晴れた夜、熱が上空に逃げて冷やされた空気が盆地状の地形の底に溜まることで発生する放射冷却による雲海です。このトマム産雲海が発生する朝は、山麓よりも山頂の方の気温が高くなります。日が昇り、盆地が暖められると、雲海は徐々に消えていきます。リゾナートマムやザ・タワーが、ポツンと雲海の中から突き出る風景は印象的です。

三つ目、悪天候型雲海は

天気が悪いときや、これから悪くなるときに出る雲海です。雲海テラスから見える山にまとわりつくように発生した層雲が広がって雲海となり、その雲海の上にも雲があります。立派な雲海ができることもありますが、雲の動きが激しく、やがて雲海テラスは雲の中に入り、天気が悪くなることが多くなります。

と説明されている。

 

遠くの山をじっと見ていると

確かに雲海の名残りらしき小さな白い雲が山の谷間には見える。

このトマムリゾートに宿泊しないと雲海が見えないのなら、

今度、雲海テラスが期待できる時期に家族で来てもいいなと美波は考えた。

ここまで来ると道東道は南下して十勝平野へと向かう。

(つづく)

107.妖?行方不明者を探せ5

高尾山を出発する時、遼真は目黒にある実家へ

本体の抜け殻を入手した旨と祈祷により潜伏場所を探る予定の連絡をした。

目黒の実家は、皇居の裏鬼門の方向になり江戸が出来る前から関東の守護として

安倍清明系列の京都と関係の深い由緒ある神社だった。

すぐさま一族の者から真美へ連絡が行き、

授業を早退し急いでタクシーで実家へと戻った。

真美は家に着くと、すぐに部屋へ鞄を置いて風呂場へ向かう。

そして制服を脱ぎ裸になると浴室へと入った。

檜で出来た浴槽には

今朝井戸から汲まれたばかりの冷たい水が張られている。

今から始める祈祷のための水垢離だった。

やや厚めの真っ赤な唇から洩れる息は真っ白だった。

水は肌を刺すように冷たい。

目を閉じ、祓いの言葉を唱えながら何度も被る。

その顔つきに一切変化はない。

真美の真っ白い肌が赤く染まる頃、それは終わった。

その後白衣と赤い袴へ着替え道場へと向かった。

 

遼真は中央自動車道西新宿ジャンクションから

首都高速中央環状線目黒方向へと曲がり翔と別れた。

リュックサックに入っている壺がやけに冷たく重く感じられる。

真美は祓いの言葉を発しながら祈祷所の四方へ祓いの塩を盛り清めていく。

護摩祈祷用の祭壇を作り、その周りにしめ縄による結界を張って行く。

護摩用祭壇の奥には祈祷用の壷の置く台を設置し

護摩用祭壇の手前には多くの護摩木を供えた。

そんな時、遼真のバイクの音が聞こえた。

真美は間に合ったことにほっとしながら遼真を待った。

「真美、遅くなってすまない。

 いつものように手早いね。さすがだな」

「遼真様、お褒め頂きありがとうございます。

 さあ魔物の抜け殻の入った壺をお渡しください」

「これだ。

 清めた布でさえも腐ってしまうような瘴気をまだ放っている。

 十分に注意してね」

「はい。まだ出てますかあ。ほんまに怖おすなあ」

「そうだね。

 じゃあ、僕は急いで着替えてくるから頼む」

「わかりました」

真美は壺を白い手袋で受け取り、注意深く祭壇の手前へと置いた。

 

しばらくして水垢離で清めた身体に、

白衣と黒袴をつけた遼真が祈祷所へあらわれた。

手には多くの人型の紙片が握られている。

その肩にはキツネのような顔付きの小さな動物が乗っている。

この動物は『管狐(クダギツネ)』と呼ばれる術者のお使いだった。

真美は遼真が『式神の術』を駆使するつもりだと知った。

真美も急いで「クイン」を呼び傍らに控えさせた。

遼真のお使いは「キイン」と呼ばれ、真美のお使いは「クイン」と呼ばれている。

 

加持祈祷が始まった。

遼真の口より呪文が紡ぎ出されて祈祷所全体へ拡がっていく。

祈祷所内の明かりは祭壇の護摩木の燃える炎だけだった。

呪文のたびに、

祭壇へ護摩木が放り込まれるたびに

強くそして弱く変化する炎が壁を照らし揺らしている。

壷から黒いオーラらしきものが立ちのぼり始めた。

遼真は呪文を唱えるたびに人型の紙片を祭壇の炎へ入れていく。

しかし、紙片は燃えず炎の中に消えていく。

今、人型の紙片は「式神」となり、祭壇の炎の中から

立ち上る黒い魄(はく)と同じ波動の立ちのぼる場所へと跳んでいく。

 

祈祷所の上空高くのぼった式神達は、

一つの大きな塊となったが、

それらは東京都を中心にして無数に分かれ始めた。

そして、壷の中の魔物と同じ波動の元へと飛んでいく。

ある式神は魔物の毒牙にかかった被害者の遺体へ向かった。

そして、遼真へと戻っていく。

ある式神は魔物本体へと向かった。

魔物の本体は、向かってくる式神の存在に気づき、

魔物は式神を攻撃して捕まえて殺した。

殺された式神の荒御魂は式神の身体を離れ遼真へと戻っていく。

 

祭壇の炎から多くの式神が遼真の手元へと戻ってくる。

そのうちの一つの式神には、大きな焦げ跡と鋭い穴が穿たれている。

魔物本体へ向かった式神だった。

遼真はその式神を掌に挟み、呪文を唱えて癒した。

式神の大きな焦げ跡や穿たれた穴が徐々にふさがっていく。

遼真はじっと瞑目している。

『この魔物は何かが違う。蠱毒の魔物だけではないかもしれない』と感じた。

 

その時、炎の中から牙のような炎が遼真へと向かって来た。

すぐさま、『管狐(クダギツネ)』の「キイン」と「クイン」が反応し

歯を剥き出して威嚇する。

二匹はその牙のような形をした炎に左右から被りつくと

先を争うようにビリビリと紙を破くように喰らってしまった。

そしてキインとクインは満足そうに背伸びをすると

主人の肩へ飛び乗りその頬を主人の頬へ擦り付けた。

(つづく)

106.妖?行方不明者を探せ4

遼真は木の根元で瞑目して座禅を組んだ。

しばらくして

彼の金色の縁取りのあるダークグレイの瞳が開かれた。

「兄さん、そこの右側の木の上の方を見て下さい。死体があるはずです」

木を見上げると白く長い塊がぶら下がっている。

急いで木を登り、ロープで固定してその死体を地上へと下ろした。

この男は、昔の修験者の格好をしていた。

そして着物に胸の中には御札が入っていた。

遼真が言うにはそれは『魔物を操ることの出来る力を持つ御札』だそうだ。

この男はきっと魔物を操り何かをしたかったが、その前に魔物に襲われたのだろう。

背中の背嚢の荷物の中からは「新日本革命軍」と記銘された書類が出てきた。

翔は急いでその内容をスキャンし、飯塚警部へ送付した。

 

その男の額には

『足の太さ2センチ、体長30センチくらいの蜘の屍骸』が付いている。

顔色は毒々しい暗紫色で醜く歪んだ口元と目元は恐怖に開かれている。

その屍骸は

「魂(こん)」は抜けてしまい「魄(はく)」の波動のみが残っている。

遼真は呪文を唱えながら、その蜘の屍骸を木の枝で挟み白い布へ包んだ。

そして、急いでリュックサックから新しい壷を出すとそれへ押し込んだ。

たちまち白い布は真っ黒に変色して煙が出てボロボロになっていく。

そっとその壷に蓋をすると呪文の書かれた札を貼った。

 

「翔兄さん、これが魔物の本体の抜け殻です。

 魂が抜けてもこのように恐ろしい毒素が出てきます。瘴気とも言いますが。

 江戸時代始めにここへ封印された魔物は、元々はある集団が百年以上かけて代々呪文

 で封印された壷の中へ多くの虫や動物を入れて最強の魔物を作ってきたようです。

 そして最後まで勝ち残ったのがこの蜘蛛だったわけです。

 こいつは魂だけでも生きることができます。

 心根の卑しい人間に取り憑き、その体の機能を蜘蛛そのものにさせる力があって

 人間を食料とするようです」

「じゃあ、今報道されている『スパイダーマン』って、もしかしてこいつが原因?」

「はい、そうだと思います」

「じゃあ、このままだとやばいね」

「本体だけだったらそのまま封印するか抹殺をすればいいのですが、

 今は魂だけの存在になって人間に憑依していいます。

 先ずはその人間を見つけるしかないです」

「被害者となった人間をエサにしていますから簡単には殺さないはずです。

 獲物を生かしながら体液を吸っているはずです。

 この修験者の荷物を調べたら二人分の食料を持っていました。

 ですから、もう一人の修験者へ憑依し移動しているはずです」

「この真日本革命軍の書類を読めば何かヒントがあるかも」

「そうですね。魔物の本体は手に入れましたから、

 早く魔物をこれに封印するだけです」

「その乾燥した化け物みたいな蜘蛛って、まだ動くの?」

「はい、本体の抜け殻ですから非常に親和性が高く再度入ることができるはずです。

 もし封印できないようなら別の方法を考えるだけです。

 まあ魔物に憑依された人間さえ見つければ何とかなりそうです」

「そうなのか・・・よくわからないけど、今Ryokoに至急に調べさせている。

 アスカも怪しい廃ビルをしらみつぶしに調べているはずだ。

 じゃあ、とりあえず事務所の方へ戻ろうか」

「はい、僕も魔物の行方をこの抜け殻を使って探りますので一度家へ戻ります。

 わかり次第、兄さんへ連絡しますからその場所で落ち合いましょう。

 それまでに兄さんの方で見つけられればそれでもいいと思っています。

 憑依された人間と言うものは、

 見た目は普通と全く変わらないので見つけにくいものなのです。

 それに少しでも発見が早い方が被害者の身体が無事な可能性が高いので・・・

 たとえ殺さなくても被害者は徐々に弱って行きますから、

 なるべく早く見つけたいのです」

「そうだったね。急いで戻ろう」

 

翔は祠の森の死体を青いビニルシートに包み、GPS発信装置を付けた。

そして目黒研究所のアイへ人目のつかない夜中にくるように連絡し、

京一郎へこの変死体の調査を依頼した。

そんな時、飯塚警部から真日本革命軍の情報がもたらされた。

どうやらこの組織は、今まで多くの革命テロを画策していたが、

今回はある宗教の筋から入手した古文書へ記載されている魔物を操ることにより、

総理大臣や大臣などを操り日本を転覆させようと考えていたらしい。

ただ真日本革命軍の本部には多くの白い人柱が天井の梁からぶら下がっており、

広間には不思議な模様と多量の血液が滲みこんでいた。

やはり被害の発生が霞が関方向へ東上していると感じた直感は間違いではなかった。

その近くには皇居もあるし、この事件は大変な事態だった。

(つづく)

54.ドライブへの誘い

北海道はお盆を過ぎると急速に日差しが弱くなり肌に当たる風が冷たくなり始める。

そして夏休みが終わる9月になると朝夕は10度以下の日も出始める。

日中でも20度は越えなくなり、街を歩く半そでの人も激減してくる。

近くの山々からは急速に緑が失われてくる。

激しいまでの夏の眩しさが過ぎ去り実りの秋へと向かい始める。

 

夏休みが終わって同級生達が再来年の春からの就職について話し始めている。

美波は就職までまだ一年以上あると思っていたが意外と早く同級生達は意識している。

美波としては入学当初、父の仕事を見ていたため

漠然と金融関係で就職をしたいと考えていた。

しかし、いざ就職となると配属先の事もあり、

地元と言っても事実上両親が転勤族のため地元の米子にはいないし、

地元そのものが既にない状況だった。

仮に配属が札幌市以外になった場合、両親が札幌市以外へ転勤すると

今度こそいよいよ本当に一人だけの生活となる可能性が高い。

地銀ならば北海道内に配属先が限定される可能性もあり、

都市銀行ならば全国どこに配属されるかわからないので不安だった。

友人の芳賀さんは、札幌が好きらしく札幌市内の就職を目指しているらしい。

 

新学期も始まり授業にクラブに忙しい毎日が続く。

そろそろ雪虫も飛び始めるかもとか噂になり始める頃

前田さんから電話があった。

前田:この前は中山峠で偶然会って驚きました。元気そうで良かったです。

日下:私も驚きました。前田さんこそお元気そうで良かったです。

   それはそうと優しそうなお姉さんとお子さんはお元気ですか?

前田:元気過ぎて困っています。余市へしょっちゅう呼ばれてアッシーをしています。

日下:まだまだお子さんも小さいから大変ですね。やはり前田さんは優しいですね。

前田:まあ、家族だから仕方ないし、初めての従兄弟も可愛いしね。

   会うのが楽しみな時もあります。

日下:そうでしょうね。私も年の離れた弟と妹が可愛いです。

前田:そろそろ同級生は就職の話を始めてませんか?

日下:ええ、最近、友人達が就職の話を始めまてます。

前田:先週に後輩から色々と相談がありました。日下さんは大丈夫?

日下:みんながそんなに早く考えていると知って驚いています

前田:そうでしょうね。僕もそうでした。ゆったりと考えていて焦りました。

日下:前田さんでもそんな事があるのですね。何か安心しました。

前田:いや、安心しないほうがいいよ。

   でもゆっくりとした気持ちで探せばいいと思う。

日下:そうですね。

前田:それはそうとこの前偶然会ったこともあるし、

   ちょうど今度の土日に休みが取れたんだ。

   日下さんは何か用事が入っていますか?

日下:特にはないです。

前田:じゃあ、もし良かったら少しドライブでもしませんか?

   ちょっと行って見たいところがあって。

   帯広方面で少し遠いんだけど。

 

美波は彼からの突然のお誘いに驚いたが、

彼と二人きりの時間を過ごすことを想像すると少し鼓動が早くなった。

日下:はい、お願いします。

前田:ありがとう。当日はあなたのマンションの前に車をつけます。

   帰りは札幌のご両親の家まで送ろうと思ってるんだけど。

日下:ええっ?いいんですか?

   ありがとうございます。

前田:朝少し早くて7時くらいになるけどいいですか?

日下:7時ですか?わかりました。

   だけどマンションの前だとすごく目立つので小樽駅の近くでお願いします。

前田:じゃあ、小樽駅近くの小樽市産業会館の前でどうだろう?

日下:そうですね。そこがわかりやすいです。

前田:急な話なのにありがとう。

   当日を楽しみにしています。では当日に。

日下:はい、私も楽しみです。おやすみなさい。

前田:おやすみなさい。

(つづく)

105.妖?行方不明者を探せ3

魔物 ?

悪い神様 ?

封印 ?

今まで幼い兄妹からの依頼で解決した事件で不思議な事はたまにはあったが

今回の依頼は今までとは次元の違い、いや相手にする世界の違いを感じた翔だった。

 

その魔物に対しての情報は遼真の方からもたらされた。

魔物の本体はまだ不明で現在調査中との話だが、

その魔物の始まりはわかった。

どうやら『蠱毒(こどく)』から生み出された魔物だったらしい。

蠱毒とは、古代中国で使われていたとされる呪術の一種で動物や虫などを使用する。

蜘、百足、蛇、蛙などの多くの動物や虫を同じ容器に入れ、互いに戦わせ共食いさせて、勝ち残ったものを神霊とするらしい。そしてこの生物の毒を採取して飲食物に混ぜると、人に害を加えることができ、思い通りに福を得ることもできると言われている。

もし本当にこの魔物がこの世に解き放たれていたら大変なことになると感じた。

 

遼真から『あやかみの祠』へ一緒に行って欲しいと言われて、

翔は翌日バイク二台で高尾山へと向かった。

絶好のハイキング日和で平日にも関わらず登山客がたくさん歩いている。

その一団が通り過ぎるのを待って、目撃者のいない時を見計らってから

参道の途中から道なき道へ入り、ひたすら『あやかみの祠』へ向かった。

しばらくすると鬱蒼とした大きな森が近づいてくる。

その森の上空だけはなぜか黒雲が留まっており、

何となく嫌な感じになり行きたくない様な気持ちにさせられている。

気のせいか漠然とした不安が湧いてきて、

なぜか気が滅入ってきてますます足の運びが遅くなる。

 

ここで遼真が一旦翔を立ち止まらせると翔に向かって、

何かを唱えながら『五芒星の印』を切っている。

最後に『ン』と手刀を切った瞬間、

かすかに『フワッ』とした何かが身体を包んだことを感じた。

「翔兄さん、今から結界の張っている場所へ入ります。

 今さっき兄さんも結界へ入ることができるように術を掛けました」

「結界?術?・・・うん・・・ありがとう」

「じゃあ行きましょう。僕の後について来て下さい」

 

遼真は森の中をまっすぐに進んでいく。

足元には大きな石や地面から出ている曲がりくねった根が歩くことを邪魔してくる。

身体には蚊や虻などが体温や二酸化炭素に誘われて寄って来る。

「兄さん、そろそろ結界ですから注意して下さい」

翔は『注意しろ』と言われてもどう注意していいのかわからなかったが

とりあえず手の平に乗るほどの大きさのナメクジやヒルを踏んで転げないように

足元をよく見て遼真についていった。

時々薄暗い前方を見ているが全然祠らしきものは見えなかった。

 

『チリッ』とした少し痛いような痒いような皮膚感覚が走った。

とたんにそれまで真っ暗で見えなかった森の中が明るくなった。

木々の間から穏やかな日差しが差し込んでいる。

野鳥の声が響き渡っている。

そこに『あやかみの祠』は存在した。

縦横1メートル、高さ1.5メートルの杉材で作られた苔蒸した古い祠であった。

傍らに鎮座される苔蒸したお地蔵様にはなぜか頭が無かった。

その折れ口を調べると真新しく最近に折られたものだった。

そしてその近くには大きな鏡が割れて捨てられている。

 

祠の扉へ貼られたお札は破られておりその扉の鍵も破られている。

遼真が呪文を唱えながらそっと扉を開けていく。

中には何も無く床にはポッカリと穴が開いていた。

その穴の底には落とされた床板と割られた石板以外何もなかった。

その石版の表面には何か模様らしきものが彫られている。

遼真はその割れた石板を大切にリュックサックへ入れていく。

祠の床板は綺麗に元へ戻していく。

そっと祠の扉を閉めると周りを丁寧に探し始めた。

近くの木の根元には古い壷の破片が散乱していた。

(つづく)

104.妖?行方不明者を探せ2

今、テレビで話題になっているのは『日本版スパイダーマン』だった。

目撃した人の話では、ビルからビルへと軽々と移動して

『まるで映画のスパイダーマンみたいだった』と証言したので

それに飛びついたマスコミからは

スパイダーマンあらわる』と報道された。

テレビ的には犯罪の匂いのない雰囲気のため、

都市伝説の類いの扱いでそれほど大袈裟なことにはなっていない状況だった。

バラエティ番組「これは一体なに?とってもミステリー」でも面白おかしく報道されている。

 

一瞬、翔は戦闘服のバトルハンドのことを思い浮かべた。

バトルハンドは打撃力を高めており、その衝撃から掌を守る以外に、

粘着質のクモの糸状の物質を噴射しネットにする能力がある。

翔自身は、普通なるべく監視カメラからは隠れて偵察や調査行動をしている。

それを目撃されたのではないかと危惧したが、

その期間はちょうど東京には不在だったため

自分が目撃された訳ではないと安心した。

市井の人々の視線が上を向くのをあまり歓迎しなかったからだった。

 

事件への手がかりが一向に掴めない日が続く。

そんな時、桐生家頭首の祖父麒一から電話があった。

『お前の従兄弟の遼真が事務所へ顔を出すので会って欲しい』

とのことだった。

従兄弟の遼真とはもう10年以上会っていない。

確か現在は大学3年生で都内の私立大学へ通っているはずだった。

人を惹きつける切れ長の眼を持つ少年の顔の記憶がよみがえる。

幼少よりあまり格闘術の方は好きではなかったようだが、

爺さんからは不思議な力を持っていると聞かされている。

 

オレンジ色の鰯雲の隣に一番星が光る頃、遼真が事務所を訪れた。

驚いたことに高校生らしき女の子も一緒だった。

久しぶりに会った遼真は、少年の頃と変わらない雰囲気だった。

 

『桐生 遼真(きりゅう りょうま)』

身長178センチ、体重60キロ、やや細めの体型

淡いダークグレイの眼鏡を掛けており、鼻筋の通った顔で

人を惹きつける切れ長の眼で金色の輪郭の暗褐色の瞳を持つ青年

 

『桐生真美(きりゅう まみ)』

身長163センチ、シュシュで黒いロングへヤーをまとめている。

ややブルーがかったレンズの眼鏡をかけており、

鼻筋の通った丸顔でやや厚めの真っ赤な唇が目立つ。

猫のような丸い眼を持ち銀色の輪郭の深い暗赤色の瞳を持つ女子高校生

 

「翔兄さん、お久しぶりです。この方が百合様ですね。

 初めてお目にかかります。

 私は遼真、桐生遼真。

 翔兄さんの従兄弟です。

 これからもよろしくお願いいたします」

「はい、百合です。ご丁寧にありがとうございます。

 今お茶でも用意しますね」

「あっ、お茶は私が用意させていただきます。

 翔様、百合様、初めてお目にかかります。

 遼真様のおそばでお手伝いをさせて頂いています。

 桐生真美です」

「えっ?いや、私が、そう?

 まだ高校生なのにすごい。

 ありがとうございます。

 恐縮です」

「おお、遼真、久しぶりだな。

 しばらく見ないうちに大きくなったなあ。

 大学生活はどうだ?楽しいだろ?」

「ええ、まあ仕事も忙しいけどそれなりには楽しんでいます」

「真美?さんだったかな。初めてお目にかかります。

 同じ一族なのになかなかお会いできなかったね。

 いつも遼真を助けてくれてありがとうございます」

「翔様、そんなにご丁寧にお話しされなくて結構です。

 私はずっと京都の方にいましたからお会いできなかったのだと思います。

 3年前に東京へ転校してきました。では給湯室に」

その時、アスカが既にお茶を用意して持ってくる。

遼真と真美はまじまじとアスカを見て驚いている。

アスカがデスクへ戻ると遼真と真美が

『あの人が噂のOJO(オジョウ)システムのアスカさん・・・驚いた』

『遼真様、私も驚きました』と眼を丸くしている。

 

遼真達から聞かされた話として、

高尾山の北側の森の中には、ある『祠』があった。

獣道しか通じていないその場所は、森の大変深い場所にあり、

その存在は非常に修行を積んだ数少ない修験者しか知られていなかった。

仮に迷って一般市民がその祠の近くに行ったとしても

目には映らないような術が掛けられており見えない場所にあるはずだった。

それは修験者の間では『あやかみの祠』と伝えられていた。

 

江戸時代の始め頃、この魔物、いや怪神(別名:あやかみ)は

近くの村に出没し多くの村人を誘拐し食べたそうだ。

ある時、その村を偶然通りかかった一人の武士と霊力の強い法僧が

二人で長い戦いの末に魔物を退治し、

その魂を祠へ封印したと村の記録には残っている。

その祠が最近何者かによって壊されて魔物がこの世に復活し、

一日も早く退治するか祠へ返さないと日本が大変なことになると聞かされ、

二人からその捕獲に協力して欲しいと依頼されたのだった。

 

高尾山は、現在では新宿から電車で1時間くらいの距離にあり、日帰りで登山を楽しむことができる山で、ミシュランの三ツ星も獲得した非常にメジャーな場所である。

しかし、山岳信仰の山として歴史としては1300年以上あって、奈良時代中頃、信仰心の篤い聖武天皇からの勅命を受けた僧侶の行基によって高尾山薬王院が開山されている。

その開山の600年後に、京都の高僧俊源大徳が入山し、荒廃していた寺院を現在のような寺院へ改修した。この俊源大徳を薬王院では中興の祖とした。

中興の祖である俊源大徳は薬王院の東側にある高尾山琵琶滝での修行により、飯縄大権現の霊感を感得し、これが高尾山における飯縄権現(カラス天狗)信仰の始まりとなった。それ以降、本尊は『烏天狗』となり高尾山は薬師信仰と飯縄権現信仰の霊山として知られ修験道の場として発展してきた。

 

翔としては『魔物』や『神』と言われても

今までと勝手が違って全く訳もわからず、

二人にどんな風に協力するのかもわからなかった。

しかし、現在都内で頻発している老若男女の多くの行方不明事件は

その魔物の可能性が高いと遼真は言ってくる。

(つづく)

53.美波の恋?

その夜、慎一達が眠ってから、母が美波へ声を掛けた。

「美波、お昼会った前田さん、優しそうな人だね」

「そう、何かあればサークルのみんなが彼を頼っていて大変だったみたい。

 彼は頼まれたら絶対に断らない人だから」

「そうなんだ。色々と小さい時から苦労してるんじゃないかねえ。そういう人は」

「そうなのかなあ。

 噂ではお嫁さんを貰って家を継がなくてはいかないからって。

 だから、お嫁さん候補を増やすためにとか」

「そんな事でそこまではしないよ。元々の性格が優しいのだと思うよ」

「確かに優しいけど・・・」

「だけど、きっと美波は、それを弱いとも感じるんだろうね」

「うーん、そんな事を思うのひどいのかな?」

「それは仕方ないのかもしれない。

 人間誰しも生まれて最初から強いわけではないからねえ。

 だけど優しさは元々最初からある性格だからそれは変わらないはず」

「いつかお父さんのように優しくて強い大人になれるかなあ」

「お父さんだって、最初から優しくて強かった訳ではないと思うわ」

「そうなの?」

「お母さんもお父さんと一緒になって色々と話したわ。

 本当にお母さんは、お父さん、それは美波のお父さんもだけど、

 一緒になって良かったと思ってるわ」

「二人とも良く似ていたの?」

「お母さんは二人の似ているところをあまり意識したことはないわ。

 だけど二人とも近くにいてすごく落ち着く人。

 お母さんやお前を一番に思ってくれている人って言う感覚が伝わってくるの」

「そうなんだ。いいなあ、お母さんは良い人に出会えて」

「お前もいつかはそんな人に出会えるわよ。

 他人に優しく精一杯生きている人を好きになればいいだけ。

 それに人間は少しずつ成長していくという事がわかっていればいいだけ」

「何か難しいけど、色々とたくさんの人を見てみるね」

「そうだねえ。あせる必要はないわよ」

「うん。期待しておくね」

「ふふふ、でも、先ずはファザコンを治す必要があるかもねえ」

「うーん、そうなのかなあ。何とかしてみる」

「まあ、ゆっくりとした気持ちでいればいいわ」

「うん」

 

美波はお風呂に入って部屋に戻るとベッドに横になった。

ふと前田さんの顔が浮かんできた。

少し鼓動が早くなっている。

頬がほんのりと熱くなってきている。

今日会うまで何も思っていなかったはずなのに

急に彼を意識し始めた自分に気がついた美波だった。

 

昼間の出来事が思い出される。

偶然彼を見つけた時の驚き

自分へ向けられた彼の笑顔を見た時の嬉しさ

彼へ赤ちゃんを渡した女性を見た時のショック

赤ちゃんを抱っこしている姿を見た時の衝撃

隣の女性が彼の姉だと知った時の安堵感

美波の初めての恋心を母に知られたかも知れない恥ずかしさ

そのうちに眠ってしまっていた。

(つづく)

103.妖?行方不明者を探せ1

浅間別荘と葉山邸の特訓から新宿の事務所へ戻った二人は、

いつものようにソファに並んでテレビでニュースを見ている。

もう街は晩秋の装いで公園の木々の葉もちらほらと落ち始めている。

今日も都内で行方不明者の出ている事件が大きく報道されている。

そんな時、警視庁の飯塚警部から事務所へ来る途中との連絡が入った。

まもなく飯塚警部が事務所へ顔を出した。

「おっ、翔も百合さんもいつもいつも仲が良くて羨ましいね」

「ありがとうございます」

「実は本当に今困っててさあ。

 たくさんの事件を抱えてるのに捜査員が少なくてなあ。

 だから一向に捜査が進まない。

 少しお前に手伝って欲しいのだがなあ。今忙しいか?」

「忙しかったらここでゆっくりしていませんよ。

 もしかして連続行方不明の件ですか?」

「そうだ。調べても被害者の背景に共通点もないし、

 何か組織的な犯行とも思えないし、

 場所もバラバラに起こってるから関連がないとも思えるし・・・。

 ただ刑事の勘として何か起きてるような気がするんだ」

「わかりました。飯塚警部の勘を信じて動いてみます」

すぐに飯塚警部と警視庁へアスカを同行させ、

今まで刑事達が入手した情報も含めて行方不明事件情報を全てスキャンさせ、

データを事務所内の量子コンピューターのRyokoへ転送させた。

                                              

実際の話、日本国内では毎日のように行方不明者が発生しており、

非常に多くの身元不明の死体も出現している。

身元不明の死体に関しては

法医学者による検死がおいつかないため原因不明が圧倒的に多かった。

ただここ10日の間、

塾帰りの中高校生、

飲み屋帰りのサラリーマンの男性、

会社帰りの女性、

飲み屋勤務の女性などが連続的に行方不明になっている。

被害者の背景に共通点はなく、発生時間のみ同じで夜中だった。

翔は調査エリアを都内に絞り、Ryokoへ情報解析を指示する。

同時に目黒研究所内のスーパーコンピューターの優子と共同で

政府から許可されている経路にて警察のコンピューターへ侵入し、

都内の全ての監視カメラ映像の解析を開始した。

 

現在、一番信憑性の高い情報としては

世田谷区の千歳烏山駅近くで塾帰りの男子高校生の情報だった。

母親への留守電の声で

『今、塾が終わったからもうすぐかえ、ウワー、タス・ケ・・・』と入っていた。

その付近の同じ時間の監視カメラの映像を重点的に解析したが、

犯人らしき姿は映っていないし

被害者の姿も公園内の木々に隠れて見えなかった。

 

そこで最近の行方不明者の居なくなったであろう場所を

時系列にポイントしていくと

八王子、日野、立川、国立、国分寺武蔵小金井三鷹、吉祥寺、荻窪

中央本線沿いに東へ移動しながら発生していることが判明した。

最初の現場である八王子近辺を調査するも全く手がかりが見つからなかった。

ただ時間だけが過ぎて行った。

ある時、八王子の廃ビルの最上階の部屋で死体が発見された。

その死体は、暴力団関係者で最近行方不明者とされている人間だった。

廃ビルの取り壊し工事の依頼を受けて業者が下見をした時に見つけたのだった。

そのビルは郊外にあり長い間使用されていなかった。

死体の見つかった部屋は

窓ガラスも割れており雨風が入ってきている状況だった。

死体は白い紐状の物が足に巻かれ天井の梁から吊り下げられており、

その身体は白い糸状の物に巻かれ真っ白だった。

身体は体液が全て抜かれており、カラカラに干乾びてミイラ状になっていた。

傷は筒状の物を突き立てられたと思われる後頭部と腹部に穴が開いている。

その顔は目も口も大きく開かれ歪んでおり、恐怖を物語っていた。

 

都内には到るところで毎日のようにビル工事が行われており、

新しいマンションやビルが建っていくと同時に

古くなったマンションや商業ビルも点在して

そのまま放置されているケースも多い。

翔はRyokoや優子へ廃ビル中心の監視カメラ映像の再調査を指示した。

通常監視カメラは視線が地上に貼り付けられているため、

なかなか見つからなかったが何枚か怪しい影が見つかった。

警視庁も多くの行方不明を一連の事件とは意識しておらず報道も控えていた。

(つづく)

52.偶然の再会-望羊中山-

望羊中山で目的の揚げ芋を買って2階の休憩スペースに座る。

揚げ芋は1串にこぶし大の揚げ芋が3個刺さっており300円。

手に持つとずっしりした重さ、

噛むと外はカリッとして、中の生地はフワッとしている。

見た目のボリュームはあるが、

ホクホクのジャガイモの食感と

ホットケーキのような甘めの生地のため、

それほどしつこいこともなくペロッと食べてしまう。

子供達も人肌程度に冷めた一個を半分ずつにしてかぶりついている。

先に食べ終わった慎一が、濃厚ミルクソフトクリームを買って上がってきた。

北海道特有の牛乳の味の濃いソフトクリームで外れのないものだった。

子供達にも美波にも静香にも大好評で、買った2本を奪い合っている。

 

夏姫に揚げ芋とソフトクリームを食べさせていた美波は、

何気なく二階の窓から駐車場を歩く人を見た。

向こうからどこかで見た顔の男の人が歩いてくる。

運転に疲れたのか腕を高く上げて軽く回している。

よく見ると今年の春に卒業したサークルの先輩の前田さんだった。

学生時代とは違って、サラリーマン風の短い髪型だったが良く似合っていた。

確か友達の芳賀さんから北海道でも有名な地元銀行に就職したと聞いている。

その時、彼も偶然こちらを見上げて視線が合った。

じっとこちらを見ていて、

彼は美波とわかったのか驚いた顔をしていたが笑って手を振ってきた。

その後に赤ちゃんを抱っこした女性が付いて来ている。

そして、彼へ赤ちゃんを渡してトイレの建物へと歩いて行った。

 

彼は赤ちゃんを抱っこしながらその場で女性を待っていたが、

トイレから女性が出てくると、美波達の方を指さして何かを話している。

その女性もにこやかに笑いながらこちらを見上げている。

美波の視線に気付いたのか駐車場の方を見ながら母親の静香が

「美波、あのお二人はお知り合いなの?」と聞いてくる。

「うん、男の人はサークルの先輩だった人だよ」

「へえ、珍しいこともあるもんだねえ。若いご夫婦のなのかしら」と呟いた。

なぜか一瞬胸がドキンとして、その自分に驚いている美波がいた。

 

やがて彼が赤ちゃんを抱っこして二階の休憩スペースへ上がってきた。

「あっ、こんにちは。僕は前田と申します。

 やあ、日下さん、久しぶりだね。元気そうだね」

「はい、元気です。この子は妹です」

「へえ、日下さんに良く似て可愛いね」

「ありがとうございます」

「私は美波の母です。サークルではお世話になり、ありがとうございました」

「いえいえ、僕の方こそ日下さんにはお世話になってばかりで」

「そうですか?まだまだ子供ですからご迷惑をお掛けしましたでしょうに」

「お母さん、もういいから。

 前田さん、その子は、前田さんのお子さん?」

「ええっ違うよ。姉の子でね。今、姉が里帰りしてるんだ」

「目元が前田さんにそっくりだからきっとそうだと思ったの」

「いやあ、この春に就職してすぐだから結婚はまだまだできないよ。

 今は覚える事の方が多いから毎日毎日叱られてばかりさ」

「前田さんだったらきっと大丈夫と思います」

「ありがとう。その言葉を励みにがんばるよ」

「ははは、そんな大げさな」

 

少しして前田さんのお姉さんが上がってきた。

「いつも輝がお世話になっています」

「さっきも話したように偶然会ったんだよ。

 姉さん、こちらサークルの後輩の日下美波さんとご家族」

「ええ、本当に偶然で、こちらも驚いています」

「双子ちゃんですか。いいなあ、二人とも可愛いですね」

「ありがとうございます。毎日アタフタしています」

「でしょうねえ。こちら一人でもアタフタですからねえ」

「でもその甲斐あって大きくされていますね」

「ええ、おかげ様で、

 それはそうとみなみ・さん・・・。うーん?あれっ?」

「姉さん、もういいよ。じゃあ、日下さん、またね」

 

「前田さん、美波もそろそろ就職とかの時期が近づいてきていますので

 色々と相談とか乗って頂けたらと思います。よろしくお願いします」

「お母さん、もう・・・」

「日下さんはしっかり者だから大丈夫と思いますよ」

「まだまだ子供だと思って心配しています。

 でも母親としてそのお言葉は嬉しいです。ありがとうございます」

「もし僕で何か力になれる事があったら電話でもしてきて。

 電話番号はサークル時代と同じだから」

「はい、また何かあればよろしくお願いします」

「じゃあ、またね」

 

その後、車に戻り中山峠の景色を見ながら定山渓温泉街へと向かう。

定山渓温泉は札幌から日帰りできる温泉でいつも多くの観光客で賑わっている。

道路脇には足湯の施設もあってバスで来た人達は足湯を楽しんでいる。

そこから1時間ほど走り自宅マンションが近づいてきている。

今回は長期間の観光旅行だったが、何事も無く無事帰れた事に皆で感謝した。

(つづく)

102.特訓11(葉山編4)

「これより陳式太極拳の修行に入る。二人とも私の動きを見て真似なさい。

 これは格闘術としては勿論じゃが、

 体内で気を発生させその気を練るためのものじゃから正確に覚えなさい。

 では始めるぞ」

 

先ず隆一郎翁が動き始める。

一つ目の動きは

 ヨゥ ヂンカンダオトゥイ(金の杵で打つ)

 ランザアイ(衣服を束ねる)

 バイフゥリャンチィ(白鶴が翅を広げる )

 シェシン アォブ(斜めに歩く)

 ティショウ(膝を持ち上げて押し出す )

 チェンタン(前方に素早く踏込む )

 イェンスゥオ ゴンツィ(隠した拳を打ち出す)

 スァントゥイショウ(両手で押し出す)

 チョウディツィ(肘の底から拳を打ち出す)

二つ目の流れとして

 ダオジュエンコン(肘を巻き込みながら後方に退く)

 トイプ ヤーチョウ(肘を押さえつけて後方に退く)

 ヅゥオ ヨゥ イェマフェンゾン(馬のタテガミを分ける)

 ヅゥオ ヨゥ ヂンヂィドゥリィ(金の鶏が片足で立つ)

 ヨゥ リュウフォンスゥビィ(閉じる型)

 ヅゥオ タンビィエン(右手で鞭を持ち上げ、左に構える)

三つ目の流れとして

 ユィンショウ(両手で雲を押し出す)

 ガオタンマ(高みから相手を探る)

 ヨゥ ヅゥオ ヅァジャオ(足で蹴り上げる)

 ドンイィゴン(右踵で蹴る)

 ピィシェンツィ(体を右に回して相手を打つ)

 ペイズーガオ(背面を用いて後方を攻める)

 チンロンチュウスィ(青い龍が水から出る)

 バイユェンシェングゥオ(白猿が果物を捧げ出す)

 ヅゥオ リュウフォンスゥビィ(閉じる型)

 ヨゥ タンビィエン(左手で鞭を持ち上げ、右に構える)

四つ目の流れとして

 スアンチェンジャオ(両足を持ち上げてから踏み下ろす)

 ユィニュィチュアンスゥオ(美女が機織をしている)

 ショウトウシィ(獣の頭を抱え込む)

 チュエディロン(龍が地を這う)

 シャンプチィシン(前に踏み込み七つの力を集めて跳ね返す)

 トゥイプ クワフゥ(後方に退き虎に跨る)

 ヅゥアンセン バイリィエン(体を回し蓮の花のように円く蹴り上げる)

 タンドゥパオ(大砲のように力強く打ち出す)

 ヅゥオ ヂンカンダオトゥイ(金の杵で打つ )

 

翔は慣れない太極拳の各流れを何度も何度も実践し少しずつ習得していく。

おかしいところがあればすぐに隆一郎翁が直していく。

翔の身体がいつの間にか、

水が高きから低きに流れるように、

風が障害物をゆるやかに避けるように軽やかに動くようになり、

強い攻撃には、竹のようにしなりながらその勢いを側面や背面に流し

長い年月育った樹木のようにびくともしない強い足腰で

立てられている人形へ強く当たっていくようになった。

※この陳式太極拳の動きは老架式及び陳式太極拳36式を参考にしています。

 

最後は仙道の修練があり、それで一日の修練は終了する。

「この修行は、翔君が超能力を発揮した直後の、

 急激に落ちる体力とスピードを維持するための最初のステップじゃ。

 先ずは座禅の状態から身体にエネルギーを生み出し、それを身体中に廻す事で

 体力の維持ができ超能力を使っても変わらない戦闘力を発揮できるはずじゃ。

 最終目標は、戦いながら自由自在に体内で気を練り、

 衰えることない超能力や格闘術が行使出来ることだから目的に適うと思う」

 

仙道における「小周天法」のポイントは呼吸法である。

その呼吸法は、深呼吸によく似ているが、意識でコントロールする点が異なる。

『調息(別名腹式呼吸)の方法』として

 座禅を組み、下腹をグッーとへこませて、

 一度だけ体に溜まった濁気を口から吐き出す。

 そして吸気行動に入り、鼻からゆっくり息を吸い込む。

 吸気行動と同時に必ず下腹をふくらましていき、肛門をグッーと締め上げる。

 空気を吸いきったら、すぐ呼気行動に移る。

 呼気行動は準備呼吸のように口からゆっくり息を吐き出していく。

 呼気行動と同時に下腹をへこませ、肛門をゆるめる。

以上の要領で、

吸気と呼気を途中息が途切れることのないようにゆっくりとくり返していく。

はじめは吸・呼気それぞれ五ずつ数えながら行ない、さらに十ずつにし、

最後に呼気十・呼気十五ぐらいまで無理なくできるようになったら

次の「武息」に入る。

 

武息とは、武火呼吸といい、文息・文火呼吸と対になる大事な呼吸法である。

意識をかけた強い呼吸を武火、意識をかけない平穏な呼吸を文火としている。

ただし、意識をかけない平穏な呼吸とは、

無意識の腹式呼吸であり武息より難しい呼吸だった。

武息が本当にできるようになって、呼吸から意識をはずすと自然にこの呼吸になっているらしい。                                      

 

『武息呼吸の方法』として

 はじめに大きく下腹をへこませて、肺に溜まった濁気を完全に口から吐き出す。

 すぐ鼻から吸気にはいる。

 息を五つ数えながら吸いながら、下腹をふくらまし肛門を閉める。

ここまでの流れは調息と同じだが、

吸気を意識的に下腹へ送り込む(意識点を丹田へ降ろしていく)点が

調息とは異なるところだった。

それにより「気」は丹田まで下がっていく。  

                           

次に息を止め、

下腹・肛門の状態をそのままにして、丹田に意識を集中させる。(内視法)。

同時に耳で丹田の音を聞くようにする(返聴法)。

心の中で五つ数える。

数え終わったら、調息と同じように五つ数えながら、

下腹をへこませ肺の空気を、肛門をゆるめながら鼻から吐いていく。

 

武息により、下腹部に陽気が集まってくると下腹部がとても熱くなる。

この段階からさらに意識を強めていくと、やがて丹田に圧力のようなものが生まれ、

震えが全身へ伝わるようになる。

この時期になると、やがて気が丹田から上下へあふれて流れるようになる。

小周天法とは、丹田から会陰、尾閭(尾てい骨)、命門(腰椎、臍の裏)、夾脊(脊椎骨の中段)、玉沈(大脳の後方の下あたり)、泥丸(上丹田、頭部の中央)、印堂(眉間)、膻中(臍の上四寸二分の場所)、そして丹田と還る経路を気で廻す方法である。

最初の尾閭、夾脊、玉沈までを開放する時に大きな衝撃が伴うらしい。

泥丸にいたるところで呼吸法は文息へ切り替える。

泥丸にゆるく意識をかけていると気の熱さが涼しいもの変わり、

頭が冴えて記憶力がよくなる。 

そこから印堂、膻中、丹田へと廻す。これにより一周が完結する。

 

翔はこれらをベースに太極拳や自らの桐生派格闘術を使いながら体内で気を廻し、

超能力を使うたびに削られる体力を補充しながらの修行を続けた。

ある程度は出来るようになった頃、

研究所の京一郎から超回復剤『がんばる君』完成の一報が入った。

やはり継続時間は1時間が限度でその後は動けなくなるものだった。

(つづく)