はっちゃんZのブログ小説

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21.幼い兄妹(きょうだい)の依頼 1

ある夜、10日ぶりに百合の横で眠る翔は夢を見た。

幼い少年と少女が手を取り合って話しかけてくる。

「ぼくたちのお母さんが苦しい思いをしているから助けて欲しいんだ。

 お母さんは『大望楼』という料理屋さんで働いているんだ」

「お母さんが泣いているから助けて、お願い。お礼にこれあげる」

少女がおもちゃの指輪を翔の手のひらに落とした。

「こんな大切な物、君が持ってなさい。大切にしなさい」

「ううん、もう持ってても仕方ないから。おじさんにあげる、

 お母さんの名前は孫理恵子、日本人だよ、お願いね」

二人は霧の向こうへ消えるように姿が見えなくなった。

 

朝に目を覚ますと、手の平にはおもちゃの指輪が握られていた。

百合に話すと『ぜひ助けてあげて。私もがんばるから』と張り切っている。

 

ネット情報では

【大望楼】

新宿区で一番古い中華料理店。

戦後すぐに来日し頭角を現す。

社長は趙太望。秘書が4人もいる。

東京中華の代表。本国にも太いパイプがある。

これだけの情報しかなかったので、まずは調査からだった。

社長の名前の「チョウ」が気になり慎重に行動した。

 

中華料理を一人で食べるのも目立つので百合と一緒に食べることとした。

夜に電話予約し、

百合はショートヘアのビジネスウーマン風、

翔は黒メガネのサラリーマン風に頬に大きな黒子を付けて来店した。

最初は新宿では普通に歩いているクラブ嬢と同伴の客を装うことと考えたが、

当然のことながら百合は全く経験がないので無理があった。

それで社内恋愛の二人風を装って来店した。

 

初めてを装って内装を見まわしながら『監視メガネ』からRyokoへデータを送った。

やはり監視カメラらしきものがあるとの回答がメールで送られてきた。

スマホの画像に場所に○印が付けられている。

テーブル席全体のカメラは3台で、入口正面絵画部分、左右の照明2か所だった。

何とか兄妹のお母さんを見つけないといけなかったのでネームプレートに注意した。

料理を運ぶ担当の一人が『孫』という名札のついていることを確認した。

彼女が来た時に「理恵子さんですか?」と百合が聞いた。

「はい、そうですが」

彼女は驚いた表情になっている。

「実はこの店のファンの人に紹介頂いた時、

『孫理恵子さん』という人に大変お世話になったとお聞きしたので」

理恵子さんはなおも驚いた表情だったが、

監視カメラからは見えないように、タブレットを見せた、

「この人ですよ。ご存じじゃないですか?」

 

画面には

『接客の態度で接してください。

 実はお子さんから助けてくれと頼まれました』

あの指輪の写真を一緒に載せている。

 

彼女は驚いたようにじっと画面を見ている。

『必ず助けますから待っていて下さい』と画面の文字で伝えた。

「はい、あの方ならよく来られる方ですよ。よろしくお伝えください」

彼女は少し悲し気な顔で席から離れて行った。

それからは食事を楽しむふりをして、

鞄に待機させたクモママをテーブルの裏に引っ付かせた。

『クモママ』は、クモ大助のように体色を背景に同化させる能力と

聞き耳タマゴとおしゃべりタマゴを持っているクモ助を腹部に張り付けている。

二人は食事を終えると向かいの24時間喫茶へ入り二人で時間を過ごした。

もし不審に思われて後を付けられた時にわかりやすいからである。

しばらく時間をつぶして二人で事務所へ戻って行った。

もうそろそろ閉店の時間であった。

その後、店からは1本挟んだ道の路上で車を待機させ、

ステルス型ドローンを発進させ百合に中華料理店を詳細に撮影させた。

翔は運転席でクモママの赤外線の視界を確認すると真っ暗な店内になっている。

非常灯の緑と消火設備の赤いランプのみが暗闇に映っている。

早速、テーブルの裏から移動を開始した。

ドローンの映像では、理恵子さんは姿形から3階の一番窓側の部屋のようだった。

4階にはボスらしき広い部屋がありその両脇には秘書らしき部屋、

3階には4階への階段の脇にも秘書らしき部屋がある。

この秘書たちの中には、

前回の事件において地下道で逃げおおせた男も含まれている可能性もあり、

もしそうなら4人は相当な腕前のようだった。

しかしドローンからの透視情報では、3階の秘書の部屋の1つに人はいなかった。

クモママを1階から3階の階段を高速に移動させていく。

3階に着いた時、体色を廊下色に同化させ慎重に理恵子さんの部屋まで移動させ、

ドアの隙間から侵入した。

どうやらシャワーを浴びているようだ。

部屋の窓を少し開けて空気を入れ替えている。

クモママを寝室の家具の裏まで移動させた。

クモ助を出動させてガウンの襟元に聞き耳タマゴを入れた。

(つづく)

24.突然の辞令

お盆休みの前に京都支店の同期から

『突然家業を継ぐことになった』との連絡があった。

親父さんがこのお盆前に突然脳卒中で亡くなり、銀行を辞めるしかなかったそうだ。

会社の都合で非常に変則だが、8月末をもって銀行を辞職することとなった。

そいつは慎一が目標とするくらい仕事の良くできる同期だった。

京都支店の新規開拓担当で京都支店は相当に困っているらしい。

 

お盆休みにゆっくりとして、出勤すると支店長へ呼ばれた。

同期の後釜として京都支店に行くように言われた。

突然のことに驚いていると、

この異動は得意先の要望でもあり特別なケースだと言われた。

 

以前神戸支店勤務の時、新規開拓で成功した大きな繊維会社が、

今度新しく京都へ出店するとのことで、

以前の担当で信頼できてすごく真面目だった日下さんをお願いしたいと要望された。

京都支店長は将来の頭取候補の最有力と言われている人なので、

山陰支店長も断るわけにはいかなかったようだ。

成功した暁には山陰支店の支店長代理として迎えたいとも言われ、

9月1日に特例の異動となった。

 

それからは、現状の業務の引き継ぎと通常業務をこなしながらの毎日となった。

静香さんにも『今度の23日土曜日に部屋で話したいことがある』と伝えている。

ほんの少し前、お盆前までは全てが順調で楽しい日々が続いていた。

それが急な異動で大きく環境が変わってしまった。

 

23日土曜日朝10時頃に静香さんが部屋へ来た。

慎一は何から切り出していいものかわからず、

いつものようにとりあえず『静香スペシャル』を作った。

二人でコーヒーを飲みながら、急な異動の話を伝えた。

静香さんは驚いたようだったが、

31日日曜日朝10時に米子駅から岡山へ行き、

新幹線で京都まで向かうことを確認し、

30日の夜は後藤家へ泊まるように依頼された。

そして『美波には静香が伝えるのであなたからは言わないように』とお願いされた。

慎一は静香が冷静なことを意外に感じた。

ただ彼女の顔にいつもの微笑みは一切なかった。

 

今夜は仕事が残っていること、日曜日も同様で家には行けないことを伝えた。

次の月曜日からは、晩ご飯は必ずさざなみで食べては銀行へ戻る生活が続く。

夜遅く家に帰れば引越の準備が待っている。

美波ちゃんは月曜日以降さざなみに顔を出さずにいるようだ。

(つづく)

20.百合との出会い 4

百合の部屋は、4LDKで1人の部屋には広すぎるらしいが、

娘の身を案じたご両親が是非にと購入したらしい。

ダイニングで座っていると百合が薬箱を持ってきて手際よく手当をしていく。

良く見ると泣いている・・・

ふと本人もそれに気がついて涙を手で拭いその手を見つめている・・・

「これって涙?なぜ涙が???」

「さっきの闘いが怖かったからじゃないか?ごめんね」

「いえいえ、確かに怖かったのですが、あんな強いすごい人と戦って、

 もしあなたが死ぬ事になったらどうしようと考えていました。

 でも、あなたが無事だったからホッとしたら泣いていたのです」

「うーん、もしかして館林さんはあまり泣いたことがないの?」

「はい、私は子供の頃から泣きも笑いもせずに育ってきたと

 祖父母からは聞かされています」

「へえ、そうなんだ。こんなに可愛いのに勿体ないなあ。

 あっ、嫌、変な意味ではないから誤解しないでね」

「可愛いなんて、初めて言われました。何かうれしいです」

「そう、そこで口角を上げる」

「口角?こうですか?」

「そう、もっと目をこんな風にして」

「ぷっ、おかしい」

「そうそう、その感じ、それが笑うっていうこと」

「ふーん、でも笑うって、すごく楽しいことですね」

「そうだよ。笑うっていう事は楽しいこと、もっと楽しんで」

「今日初めて、笑うと楽しいことを知りました。桐生さん、ありがとうございます」

「そんなに大層なことではないから気にしないで。

 館林さんは笑えばもっともっとみんなからモテますよ」

「モテる?あまり意味がわかりませんが、桐生さんが喜ぶならそうします」

「いや、僕はもちろん嬉しいけど、僕ではなくて」

「なぜ桐生さんではいけないのですか?私はあなたの事がとても気になりますが」

「それはありがとう。でも君と僕とは世界が違うから」

「世界が違う?・・・同じと思いますが・・・」

「まあまあ、今日はありがとう。

 それはそうとこの子の名前は『ミーア』だったっけ?」

「そうです。ミーミー泣いていた女の子なのでそうつけました、いかがですか?」

「ミーアちゃんか、いい響きだ。ミーアちゃん、では帰ろうか」

「桐生さん、お願いがあります。

 今後ミーアちゃんと遊びたいので桐生さんの家にたまにはお邪魔していいですか?」

「いや、汚いところだから困るよ」

「汚い?だったら私が掃除しますからいいでしょ?」

「うーん、そういう意味でないんだけど」

「桐生さん、正直に答えてください。私が行くと迷惑ですか?」

「いえ全然、わかりました。

 では今度部屋に案内します。狭くて汚いから驚かないでよ」

「はい、驚きません。百合は今度桐生さんのお部屋に行くこと楽しみにしています」

 

百合がコーヒーを入れてくれた。

ミーアの前にはミルクが置かれた。

口の中が若干ヒリヒリするが、ブルマンは最高に美味かった。

ひと暴れした後だから格別だった。

しかし本当に強い男だった。

あんな男が市井に隠れているならもっと鍛錬しなければならないと感じた。

百合は翔を心配そうに、それでいて潤んだ瞳で見つめていた。

(つづく)

23.浴衣2

「少し下で待っていてください。私も着替えますから」

しばらくして二階から着替えた静香さんが下りてきた。

長い髪はそのまま下ろされ、

「白地の網代模様の浴衣」に「辛子色の麻の葉模様の帯」が締められていた。

「いい柄だったので私も気に入ってお揃いにしました。いかがですか?」

「いやあ、綺麗なあ。あっ、変なこと言ったごめん」

「ううん、ありがとうございます。

 あなたと一緒の時は、

 普段の私のままでって考えて、髪を下ろそうと思って」

慎一は、髪フェチと言うわけではないが、彼女の髪は本当に綺麗で魅せられていた。

細くストレートでほんの少し茶色が混じった自然な黒色で光の下では煌めいている。

 

二人揃って花火大会会場へ歩いていく。

『夏の米子の最大の風物詩』の始まりだった。

昨年と同じ場所は座るところがなかったので特等席から離れた湖岸に座った。

灯りも少なく木の陰になっており周りには人はいなかったが、

時間が経つにつれてたくさんの人が集まってくると思われた。

 

やがて花火大会が始まった。

夜空に大輪の花が咲いては消えていく。

夜空に届くくらいの火柱の大きな音が空気を震わせる。

静香さんが驚いて慎一を見ては夜空を見上げている。

いろどりの時間が刻々と過ぎていく。

少し冷たい風が吹いてきていることに気がついた。

「静香さん、少し寒くない?」

「ううん。でも確かに少し寒いかも・・・」

「もたれていいですよ」

「はい、お言葉に甘えて、重くないですか」

「全然、いやあ、少し暖かくなったね」

「そうですね。ありがとうございます。

 去年も今年も本当に綺麗な花火で、

 私には一生忘れられない花火になりそう」

「僕にとってもそうや。

 来年もこんな風に二人で見たいなあ」

「ふふふ、それは私も同じ、

 そうなることを神様にお願いしておきます」

「変なこと言うなあ。まあ来年も楽しみや」

静香は後ろ手を突いている慎一の胸に頭を持たせかけたまま夜空を見つめている。

慎一は立ち上る静香のほのかな香りに花火どころではない気持ちだった。

(つづく)

19.百合との出会い 3

百合がぐったりしたミーアを抱き上げた時、その周りを不審な集団に囲まれた。

翔が一瞬、百合の盾になって手足を広げた瞬間、

足元に影のように早いタックルが仕掛けられ、

ボディースラムの態勢にされ、

ジャンプして翔は背中から地面に叩き付けられた。

とっさに頭は腕で守ったが、息が詰まり喉の奥に血の味がしている。

その瞬間、周りを囲まれて蹴られた。

顔やその他の急所を守るべく守りの態勢に全力を挙げた。

やがて少しずつ呼吸が出来てきた。

痛みはあるが動く部分を確認した。

全身の筋肉や骨に異常部分はないと確認できた。

 

「俺はビーストってんだ。おめえが女にいい恰好している奴だな。

 昨日、偶然ダチがおめえを見つけたから待ってたんだよ。

 変な技を使うと聞いたが、使う間もなくKOか?ははははは」

「さすが、プロレスラーを目指しただけはありますねえ。

 あんな強烈なヤツを喰らったら死んでるかもしれませんね」

「さあな、俺はそろそろ消えるとするか」

「ありがとうございます」

「いつでも行ってきな。どんな奴でもKOだぜ。ははは」

 

翔はフラフラしながら立ち上がった。

全身が悲鳴を上げているがそんなことを気にする間はない。

百合に何かあれば大変だった。

桐生一族の呼吸法を行った。

全身の痛みを抑え、同時に全身に力を注ぎこむ。

桐生一族鬼派次期党首候補として敗北は許されない。

この技を喰らったのは己の慢心が招いたことと反省した。

「ほう、あの技を喰らっても立ってくるか

 俺の体重もかかってるから相撲取りでもKOしている技なんだが」

敵は体重がありタックルなどを使用することから

翔はとっさの動きに対応できる猫足立ちの構えで対峙した。

ビーストはニヤニヤ笑いながら近づいてくる。

顔にパンチの一つや二つを喰らっても無視している。

ローキックを繰り出したが上手くさばいている。

相当に場馴れしている男のようで当て技では筋肉の鎧に弾かれて効かない。

そうとなれば抜き手で筋肉の鎧を破壊するしかない。

男がガバッと掴みにかかってきた勢いに乗せて懐へ入り抜き手を鳩尾に入れた。

指全てが埋まるくらいに抜き手が発達した腹筋の間に入っている。

動きの止まった男の顎に、身体を沈ませて頭に拳を乗せて全身のバネで叩き込む。

顎の上がった喉元に両手でモンゴリアンチョップを入れて昏睡させた。

本来はチョップではなく、喉の急所に抜き手を入れて殺す技だが、

殺す訳にはいかなかったので仕方なしに生かした。

仲間たちはビーストと呼ばれた男が一瞬で倒されたので後ずさりしている。

翔は彼らに言った。

「その男を連れて行け。今後この目黒近辺で見かけたら殺す。わかったな」

「はい、わかりました。もう目黒には一切来ません」

男達はビーストと呼ばれた大男を抱えて逃げて行った。

 

百合が驚いて立ちすくんでいる。

翔はさすがに疲れてベンチに座り込んだ。

「館林さん。もう大丈夫ですよ。

 ネコちゃんも大丈夫ですか?」

「は、はい。桐生さんは大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫です。今回は逃げられなかったから戦うしかなかったですねえ」

「こんなにひどい顔になって私のためにごめんなさい」

「いえいえ、あなただけでなく子猫ちゃんのためでもあるからね」

「じゃあ、急いで部屋へ入ってください。そのネコちゃんは僕が育てますよ」

「今日は部屋に来てください。ちゃんと手当しないと・・・」

「これくらいは大丈夫ですから気にしないでください」

「そんなこと言わずお願いですから手当くらいさせてください。

 そうじゃないと私、あなたのことが心配で、私のためを思うなら手当させて下さい」

「うーん、今回だけだよ。あなたに危険な思いをさせたくないので」

(つづく)

22.浴衣1

今年度は昨年度の地道な努力が実り、順調に新規開拓ができている。

数字も前年同月比で130%以上の進捗で課員も張り切って仕事している。

赴任して来た当初の課員の雰囲気は『達成できなくて当然との意識』が

透けて見えるほどで、やる気にさせるのが大変だったが、

ここにきてモチベーションも上がっている。

父もやがてアパートから引っ越してきて母と住み始めた。

妹夫婦は引っ越そうと考えていたが、

母の『父に孫と遊ばせたい』との願いで引き続き一緒に住んでいる。

公私ともに順調で美波ちゃんもクラブにテストに調子がいいみたいだった。

すべてがうまくいっている時はこんなに楽しいことを慎一は初めて知った。

 

今年も『米子がいな祭り』の季節がやってきた。

昨年と同じように静香さんと花火を見る約束をしている。

いつものように美味しい夕食を食べて、心地良い酔いに身を任せている。

静香さんも少し飲んだようで、頬は少し赤くなっている。

美波ちゃんは友達と約束しているので先に急いで出て行った。

 

「ねえ、今年は慎一さんの浴衣を縫いましたから着て下さいます?」

「えっ?浴衣!?着たことないから着付けをお願いできますか?」

「はい、では2階へどうぞ」

そこは静香さんの寝室だった。化粧品の淡い香りに満ちている。

5月頃から二人並んだ時に、やたら慎一の上や下を見ていた記憶があったが、

採寸していたとは気がつかなかった。

 

「いい柄の生地を見つけて、せっかくだから浴衣を作ってみようと思っていたの。

 廊下に出ていますから着替えて下さい。帯を結ぶ時には声を掛けてください」

慎一は服を脱いで、浴衣を広げて身体へかけた。

浴衣は「濃紺の網代模様」で、帯は「辛子色の無地角帯」だった。

「静香さん、とりあえず着替えましたが・・・」

「はい、こちらを向いて下さい。次に背中を向けてください」

静香さんはテキパキとしていく。

背ぬいに裄(ゆき)を合わせて、襟先をそろえ、下前を合わせ、上前を重ねた。

そして腰ひもをサイドで結ぶ。

襟はのどのくぼみが見える程度にあけて合わせている。

帯は「貝の口」に絞められた。

(つづく)

18.百合との出会い2

大学で翔は『格闘技研究同好会』に所属していた。

この同好会は戦うわけではないが、闘いの歴史や暗器などの研究をしている同好会で、会員は何某かの格闘技の経験を持っている。

翔自身は『空手』の経験があるという事で入っている。

そんなところへ何と新入会員として彼女が顔を出した。

2年生の白川会員と同じ研究室だという事で誘ったらしい。

そして百合は翔を見て頭を下げて挨拶をした。

 

「あれっ?桐生先輩、

 館林さんをご存じだったんですか。

 なあーんだ。皆を驚かそうと思ったのに、

 彼女、こう見えて合気道をしているんだって」

「なんだ、桐生の知り合いかよ。

 こんな綺麗な子、隅に置けないなあ」

「いや、知り合いというほどでもないが・・・」

「少し前に桐生さんに助けて頂きました。

 あの時はありがとうございました」

「桐生がねえ。いつもは戦わないのに珍しいな」

「いやいや、大したことはない、

 ただ逃げてたら相手が疲れただけだから」

「そうなんだよなあ。

 桐生は絶対に反撃しないで相手を疲れさせるからなあ」

「当たったら痛いから嫌なだけですよ」

百合が何かを言おうとした時に、

翔は彼女にだけ見えるようにウインクして指で口に『シイー』としている。

 

その日から二人は同好会で会合を開いている間は顔を合わす関係となった。

百合は目黒のタワーマンションの一室を借りているが、

翔は五反田のボロアパートを借りている。

歓迎会の帰りが遅くなったので、会員達は隣町に住む翔を護衛につけて送らせた。それから時々二人で帰る機会が増えてきている。

ときどき誰かの視線は感じるが害意は感じないので放っておいている。

百合は何度も翔を部屋へ入るように勧めるが入ることはなかった。

翔は一族の次期党首候補でもあるので一般人ましてやお嬢様は避けていた。

ただお人形のように可愛い百合を見ていたかったので、いつもマンションの近くの公園のベンチで座って色々とよもやま話をしている。

 

そんな時、その公園に子猫が住み始めたらしく百合が可愛がっている。

マンションはペット禁止となっているため仕方なかった。

今日も子猫を呼んでいる。

『ミーア、ミーア』

だが返事がない・・・

そのうち小さな鳴き声が絶え絶えに聞こえてくる。

急いでいつもの藪に向かうと子猫が怪我をして横たわっている。

(つづく)

21.彼との距離

慎一が帰ったあと静香はゆっくりと湯船へつかり彼の笑顔を思い浮かべた。

彼の家庭がうまくいきそうで嬉しかった。

もちろん幼い頃からの辛い記憶を変えることは大変なこととわかっている。

しかし彼本来の性格は、そんな辛い記憶で変わるものではないはずとも感じ

少しでもいい方向に向かえば、彼自身の幸せにつながるのでは?と思えた。

 

『彼自身の幸せ』・・・

そう考えた時、静香は気づいた。

『彼の幸せと私達親子の幸せは交わることがないのでは・・・』

静香親子と彼との距離があまりに近すぎることに危惧を感じた。

美波は彼を父親のように慕い、

静香自身も亡き夫にしか見せなかったものを無意識に見せている。

 

最初はお店のお客さんだった人・・・

亡くなった夫に良く似た仕草だった人・・・

その彼が、いつの間にかこんなに近くの人に・・・

 

彼は転勤族でいつかこの土地とは離れる関係のはず・・・

もし彼が転勤していなくなったら・・・

 

彼は結婚の経験もなく子供を持った経験もない人・・・

私の夫や娘への思いは変わっていない・・・

静香は彼との関係のアンバランスさに今更ながら気づいた。

 

『彼との近さ』と『静香親子の世界』の距離・・・

彼は私達親子とは異なる世界の人なのかも・・・

だからこそ、お互いが物珍しさで魅かれたのかも・・・

でももう今となっては私には彼と距離をとる勇気はない・・・

最後まで彼の心に触れていたい気持ちが強い・・・

その思いと夫への変わらぬ思いの葛藤から

普段は目を逸らせている自分に気づいた。

 

彼の心を利用しているのではないかと感じる自分のずるさに恥ずかしくなったが、

夫とは全く異なる彼の魅力にも魅かれている自分の心も否定できなかった。

彼と二人だけの時間に時々訪れる

ずっと二人だけで過ごしてきたような錯覚にとらわれる心の不思議・・・

ただあの時、愛することに必死だった夫の時にはなかった心の情景だった。

この気持ちは夫が亡くならず、ずっと暮らしていたら普通の情景かもしれない。

しかし、短い期間ながら多くの楽しい思い出を残して14年前に夫は亡くなった。

それから、ただ娘を大きくするだけに力を注いできた。

 

ふと『縁(えにし)』と言う言葉が浮かんできた。

『縁』がうまく循環すればみんな幸せになるのかも・・・

仮に彼の幸せと私達親子の幸せのラインが交わることはなくても・・・

今まで自分は良い縁の循環により夫の父母とも仲直りし父ともわかり合えた。

今は自分の心より美波を独立できるまで育てることが一番と考え

将来のことは『縁』におまかせすることとした。

静香の心がすっと軽くなり、今の『縁』に身を任せようと思った。

(つづく)

17.百合との出会い1

桜舞い散る中、新入生がキャンパスで光り輝く未来を夢見て歩いている。

翔は、政治経済学専攻の3年生だが将来をまだ見出すことも出来ず、

ただただ鬱屈した日々を送っていた。

 

大学の帰り道にガラの悪そうな数人が一人の女性を囲んでからかっている。

その女性は怖がる風もなく、彼らをじっと見ている。

「あれえ、このお嬢さん、俺たちを怖くないのかな?

 という事は付き合ってもらえるのかな?じゃあ、暗い所へ行こうよ」

「いやです。この道を通して下さい。なぜこのような事をするのですか?」

「なぜ?決まってんじゃん。楽しいからだよ」

「楽しい?わたくしは楽しくありません」

「これから、俺たちと付き合ってくれれば楽しさがわかるぜ」

「結構です」

「そう言わずにさあ」

 

翔は彼らが嫌いだった。

一人一人は弱いくせに徒党を組んで一般の人を怖がらせて喜んでいるからだ。

もっと違うことに情熱を傾けるべきだと考えているからだ。

「おーい。俺の彼女に何の用かな?」

「彼女?いいよなあ。こんな綺麗な彼女で、俺たちにもお裾分けしてくれよ」

「おい、馬鹿なこと言っていないで、もうどこかへ行けよ」

「女の前だといい恰好する奴は嫌いでよお。なあ、みんな?

 この彼氏、みんなに袋にされたいんだとよお。ご希望通りやってやろうぜ」

 

翔は、ここにいる奴らを全員病院送りにできるが、

そんなことをしても実家の爺さんは喜ばず、

なぜ目立つことをしたと叱られるので、

手間はかかるが全員、諦めるまで逃げることとした。

奴らは翔を囲んで一斉にかかろうとするが、

翔とすれ違った瞬間から尻もちを着いて歩けなくなっていく。

囲んでいる奴らは全員???の状態で戦意は消失している。

簡単な技で足の根元のツボを軽く指で突くだけで力が抜けて立てなくなるのだ。

奴らは足を引きずりながらこの不気味な男から逃げていく。

 

「すごい技ですね。誰も傷つけることなく闘いを終わらせる。

 相当に修行されましたね」

「???」

「失礼しました。あまりの技のすばらしさにお礼が遅れました。

 私は、このたびこの大学の薬学部に入学しました『館林百合』です。

 さきほどは危ない所を助けて頂きありがとうございました」

「危なかった?今の落ち着きを見てわかったよ。

 君一人で奴らを何とかできたのじゃないか?と思えるんだが・・・」

「いえ、そんなことはありません。女一人であの人数は捌けません。

 実は私はあまり表情にでないタイプですから誤解されるのです。

 本当に大変助かりました。ありがとうございました」

「俺は政治経済学部3年生の『桐生 翔』。今度は気をつけなよ」

「ああ、ちょっと待ってください。お礼・・・」

「いや、お礼はいま言って貰ったからもういいよ。じゃあ」

 

『館林・・・百合、どこかで聞いたことがあるような無いような名前・・・

あんなに綺麗で可愛いい子がこの世にいたんだなあ。

笑ったらもっと綺麗に可愛くなるのに惜しいな』と心でつぶやいた。

だが翔とは『住む世界の違う完全なお嬢様』であることはわかった。

 

『きりゅう・・・しょう様。すごい技を持つ殿方。

きりゅう・・・どのような字なのでしょうか?

でも、どこかでお会いしたような・・・

お聞きすれば良かったのでしょうか。いつかまたお会いできたら・・・』

(つづく)

20.母の再婚

28日朝に出発し昼過ぎには着いていた。

家で甥っ子と遊んだ。やがて甥っ子も疲れて昼寝を始めた。

そこから母親と妹の3人で話し合いが始まった。

父は明日に来るらしい。

一番反対すると思っていた慎一が再婚を認める発言をすると

母と妹は意外な顔をして驚いている。

そして母親はすごくうれしそうに

『ありがとうね。ありがとう』と泣いている。

母がそのあと父へ電話をしていたようだ。

翌日10時に父親が玄関に入ってきた。

母が迎えに行っている。

慎一と妹は居間で父を待った。

 

父が部屋へ入ってきた。

子供の時はあんなに大きかった身体が今は小さく細くなっている。

顔もげっそりと痩せて昔のふくよかな顔ではなくなっている。

真っ黒だった髪の毛も真っ白になっている。

顔色もどことなく冴えない。

 

「久しぶりですね、みんな元気にしてるみたいで安心しました。

 今さらやけど、あの時は本当にすまな」

「まあまあお父さん、先ずは座って座って、そこにどうぞ」

慎一は父親の言葉を遮るように上座の座布団へすすめた。

父親は驚いた様子で遠慮しながら座った。

「お父さん、お母さんから聞いたよ。

 僕らはまた家族になったんやからもういいやん。

 帰ってきてお母さんと楽しく暮らしたら?」

「ええのんか?こんなわしでも・・・」

「お母さんがいいんならいいんちゃう?なあ、お母さん」

「うんうん、慎一、幸恵、ありがとう、ありがとう」

「ありがとう、こんな男でも父親や、ゆうてくれて」

「昔は昔、昔のこと今頃言っても始まらんやろ、

 今はお酒も飲んでないねんやから、もういいやん。

 お父さん、お母さん孝行したげてや」

「お前らが許してくれるんやったら、

 精一杯がんばってお母さんを幸せにする」

「許すも許さんも、僕らはもう大人で独立しているから。

 ただお母さんに良くしてやって」

「わかった。ありがとう。ありがとう」

父は現在のアパートを引き払ってこちらへ引越予定となり

母がすぐさま準備に入った。

慎一は同級生に会って、吹っ切れたようにお酒を飲んで楽しいひとときを過ごした。

瞬く間に連休は終わり、仕事が始まる2日前5月4日に米子へ戻った。

 

米子からの移動の間に美波ちゃんから『いつ帰るの?』コールがあった。

『今、帰ってる』コールを返した。

マンションに帰ると今晩の家庭教師の準備に入った。

いつものように数学と物理などの問題集を解きながら過ごした。

ただ最近大会が近いせいか、テニスに力が入っていて、

勉強中でも眠気に襲われるようで夜も早く寝るようになっている。

現在、予選が始まっており、土曜日毎にどこかで試合があるようだ。

新人でも強いペアが多かったが、新人ではない今は上級生も出ており、

非常に強い相手ばかりだからがんばると燃えているようだ。

晩ご飯を食べて、美波ちゃんがお風呂に入り2階へ上がっていく。

 

慎一は静香と一緒にお茶を飲みながら、母と父の再婚について話した。

久しぶりに見た父の様子と印象、

母の父を見る表情、

夫婦のことは夫婦でしかわからないと言うことは本当だったと、

父が家に戻ってくることで妹夫婦はどうするかの話し合い中だとも、

静香さんが自分のことのように喜んで聞いている。

慎一が以前感じた『二人がずっと一緒にいたような』錯覚の時間が

まだ続いている気がしていた。

『この人は本当に初めて会った女性なのか?』とも感じている。

どこか懐かしく、なぜか心が暖かくなり落ち着く女性だった。

経験したこともないような感覚で戸惑っている反面それにひたっている。

これが『相性』というものなのかもしれないとも感じた。

(つづく)

16.ストーカー事件を解決せよ!4

ボスの「チョウ」と用心棒らしき男1人が到着したとの連絡があった。

2階の幹部用の部屋へ入った。

都倉警備から地上・地下道全てで配備完了の連絡が入った。

 

突然、エレベータが3階に上がってきた。

翔は、監視の男と反対側のエレベータの扉の横に身体を寄せて待機した。

エレベータが空いて、5名の若い男が出てきた

「あっ?どうした?何があった?」

すぐさま後から翔が2名の後頭部に手刀を入れて昏睡させた。

残りの3名が後を振り向いた時に彼らの鳩尾へ拳を突き入れて昏睡させる。

同時に正面の敵に蹴りを入れようとしたがさすがに避けられた。

「てめえ、何者だ」

翔は、答えもせず対峙する。

こいつは相当に空手の経験があるようで構えが決まっている。

手の平で、おいでおいでをすると胸元に回し蹴りと顔への正拳突きを放ってきた。

するりと回り込んで懐に入ると掌底を顎へ叩きこみ脳みそを揺らしてから

後頭部へ手刀を入れて昏睡させた。

この5人の両手両足と口と目に布製ガムテープを貼った。

 

都倉警部へ5名を捕獲したことを連絡する。

入口へ警察隊が突入する。

下水道でも待機している。

すぐさま待機させていた高所引越し用のトラックを

ビルに横付けし3階へ上げて行く。

翔は、彼女達の部屋へ戻りドアの鍵をきちんと閉めた。

ドンドンとドアを叩く音がする。

異変を察知して人質にしようと仲間が上がってきたようだ。

翔は窓を開け、トラックを誘導した。

そのうちドアが蹴破られた。

彼女達を乗せるまでは闘うことができないので急いで振動棒を強のまま発射した。

敵は全員、突然にフラフラし始めた。

翔は敵の中に踊りこんで全員叩きのめしに入った。

一発で相手を戦闘不能にさせていくしかなかった。

敵も翔があまりに強いので距離をとり始めた。

ちょうどその時、荷台が窓の前まできたので彼女達を移動させた。

彼女達がいなくなると敵は逃げに入った。

だが、残念ながら彼らに逃げ道はなかった。

 

この捕り物では、何とボスらしき男「チョウ」には逃げられてしまった。

予定通り下水道で挟み撃ちしたが、用心棒の男が強くなかなか逮捕できなかった。

そのうちに5mもある下水道をボスらしき男の身体を抱えて向こう側へ跳ばし、

自らも跳んで逃げたらしい警察官も数名大怪我をしている。

 

『新宿はぐれ団というチーマー一味』と『闇医者の陳果捨』は逮捕できた。

これで臓器売買と人身売買組織は潰せたはずだった。

この事件も大きなニュースとなり、新宿における闇組織の資金源と犯罪は摘発できて

少しは新宿の平和に貢献できたと感じている翔と百合がいた。

翔はチーマーとの闘いを思い出した時、ふと百合と出会った頃を思い出した。

(つづく)

19.二人で出雲へ

5月連休前に妹から電話が入った。

いつに帰ってくるのか教えて欲しいらしい。

理由を聞くと父親が家に顔を出すからだと言う。

それを聞くと一瞬帰りたくなくなったが、母親のことを考えて帰ることとした。

26日は静香さんと松江・出雲の方を案内してもらう予定だったため

『28日に帰るつもり』と答えた。

当日美波ちゃんは、朝早くから夜まで他校との対外試合で1日いないらしい。

美波ちゃんには悪いが、静香さんと二人きりで行くこととなった。

 

26日朝8時に迎えに行くと静香さんはもう駐車場に出て待っていた。

白のボートネックオーバーサイズプルオーバーにブルージーンズ、

白いパンプス姿だった。

髪はいつものように長い髪をシュシュでひとつにまとめている。

「今日もよろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。とりあえずネットでは調べたけどよろしくね」

「お役に立てるかどうかわかりませんよ」

「いいえ、横にいるだけで十分です」

「ふふふ、それなら十分に役に立てると思います」

「では出発しましょう」

音楽は姫神を入れた。

「この音楽は何度も聴いていますがいい音楽ですね」

「そうでしょう?僕はこの姫神と言う人の音楽が気に入ってて、

 縄文音楽というべきか、昔の自然の光景が浮かんでくるんです。

 特に『風の大地』と『神々の詩』が好きです」

「じっと目をつぶって聞いていたいくらいですね」

「ええ、でも僕がそうしちゃうと事故るのでやめておきますね」

 

車は、米子国際ホテルから右折して山陰道国道9号線を走り、

途中左折し米子西ICから山陰道安来道路を松江へ向かう。

東出雲ICで下り山陰道松江道路を通過し、

途中にあった黄泉比良坂の看板あたりを越えて

宍道湖の左岸をJRと共にひたすら西へ向かう。

2時間ほどして出雲大社への標識が現れた。

出雲大社は知らない人はいないと言われている有名な神社だ。

 

ネット情報で『出雲観光ガイド』で正門からの正式な参拝の仕方を調べた。

一 勢溜(せいだまり)に立つ木製の鳥居をくぐり、参道へ入る。

二 参道の途中、右側に小さな社で祓社(はらいのやしろ)があり、

  4柱の祓井神へお参りし、心身を清めます。

三 坂を上ると祓橋(はらいのはし)と言われる太鼓橋を渡ると

  松並木となっており、三つに分かれている参道があるが、 

  神様の道を外して左側の参道を進んだ。

  大国主大神とウサギの像が見えてきたら境内の入口は近い。

四 手水舎で左手、右手、左手で口すすぎ、柄杓の柄を清める。

五 そこからは高さ6m、柱の直径52センチの銅鳥居から

  神様へ挨拶し拝殿へ向かう。

六 拝殿は長さ6.5m、重さ1トンの注連縄を前にする。

  注意点:一般の神社の注連縄とは逆向きなのが特徴です。

七 ここでは「二拝、四拍手、一拝」にて拝礼を行う。

  注意点:手を合わす際には、指の節と節を合わせて「節合わせ(不幸せ)」

      にならないように、右手を少しずらすといいそうです。

八 拝殿の後ろに回り八足門(やつあしもん)から本田を正面から参拝する。

 

二人は『へえーへえー』と感心しながら参拝した。

さすがの静香さんも小さい頃に来ただけなので初めてなことばかりだと驚いている。

その他、十九社、釜社(かまのやしろ)、素鵞社(そがのやしろ)などに参拝した。

車に向かう参道の途中、出雲発祥の和製スウィーツの『ぜんざい』のお店に入った。

ぜんざいは江戸時代の文献に載っているくらい古いスウィーツで、

キュウリ塩漬けの付け合せが珍しかったが、甘さを引き立てて美味しかった。

 

松江市へ向かう途中、宍道湖の嫁が島の看板のところで少し休憩した。

宍道湖の対岸は大国主大神が綱で大陸から土地を引っ張ってきたとのことで、

この汽水湖である宍道湖ができたとされる。

宍道湖の中で唯一ある島が『嫁が島』だが、

伝説では姑にいじめられた嫁が湖で水死した際に水神が可哀想に思い、

その身体を浮き上がらせたとする伝説などの悲しい伝説が残されている。

だが今は松江でも屈指の『夕陽スポット』にもなっており、

天気の良い日は観光客や市民が列をなして並ぶそうで、

今頃はきっとお嫁さんも喜んでいるかもしれない。

 

「きっとその姑さんは後ですごく後悔したんじゃないかなあ。

 お嫁さんもそうだと思う。だって二人は仲直りする時間がなかったんだから」

「そういえばそうやねえ。普通嫁さんがかわいそうとしか考えないものだけれど、

 そういう考え方もあるよなあ」

慎一は、母親のことを相談しようと思った。

こんな風に両方のことを考えることができる人ならば・・・と感じた。

慎一は松江城に向かう間、母親と父親の再婚について相談した。

「私がこんなことを言っていいのか悩みますが、よろしいですか?」

「ええ、僕としては気持ちを整理したいところがあるので気にしないで下さい」

「あなたの気持ちもお母さんの気持ちもすごくわかります。

 その時、きっとお母様はお二人の事を考えて離婚したのでしょうねえ。

 私が同じ立場であってもそうしたと思います。

 私にもよく似た経験があります。

 ただ、お母様にあってお子さん二人になかったもの、

 それは夫婦二人だけの歴史だったと思います

 でもそれは当然なんです。

 親子の歴史と夫婦の歴史は違いますから、

 お酒を飲まないお父様の良さを一番知っている人、

 お酒を飲まずにはいられないお父様の弱さを一番知っている人、

 それはお母様だけだったと思います。

 そして、その全てをわかって結婚した人がお母様だったと思います」

「そうなんだろうなあ。最近、静香さんところですき焼き食べた時、

『確か昔、親父が鍋奉行をしていたなあ』と思い出して

 なぜか嬉しい気がしたことを思い出した」

「あの時、あなたが急に嬉しそうな顔になっていたから不思議に思ってはいたけど、

 お父様やご家族とのことを思い出していたんですね」

「そうだった?あの時はなぜか家族が仲の良かった時のことを思い出したんや」

「お子さん二人が大きくなって独立したら、今度はお母様が幸せになる番ですね。

 お父様のお身体もたいそう悪いようですから、

 残りの人生を今度こそ一緒に生きることができたらと、

 思われたのは当然のことと思います。

 夫婦のことは夫婦だけしか分からないし、子供にはわからないもんですから」

「静香さん、ありがとう、何か吹っ切れた気がする。

 今度帰ったら母親に話してみる」

「それは良かった。あなたの悲しい顔を見るのはわたしも悲しいので」

そうこうするうちに松江市が近づいてきた。

国道432号線に入り、島根県八雲立つ風土記の丘公園方向へを右折し、

そこを越えてしばらく走れば、

次の目的地「神魂神社(かもすじんじゃ)」である。

 

神社の正面に「神魂神社」と彫った古い碑が建っており、それに鳥居が続く。

ゆっくりとした勾配の石畳の参道をゆっくりと上がり本殿を目指した。

主祭神イザナミノミコト(伊弉冉尊)、合祀はイザナギノミコト(伊弉諾尊

日本を生み出した2柱を祀る本殿からは神格の高さから威圧感さえ漂っている。

天正11年(1583年)に建てられた現存する最古の大社造りで国宝に指定されている。

由来として、この神社を創建したのはアメノホヒモミコト(天穂日命)とされ、

アマテラスオオミカミの第二子とされるこの神がこの地に天降ると、

出雲の守護神としてイザナミノミコトを祀った。

それがこの神魂神社の始まりらしい。

 

帰りに八雲立つ風土記の丘公園へ行き、

前方後方墳の形にした鉄筋コンクリート高床式の展示館で古代出雲の姿を見て、

植生されている当時の植物群や古墳を見て竪穴式住居に入ったりして古代を偲んだ。

静香さんは神社も公園もどちらも初めてだったようで興味津々で見ている。

 

山陰名産の和菓子情報としては

松平家7代目の治郷公(はるさと)不昧公(ふまい)の時代に

不昧公自らが不昧流という茶道を完成させ、

京都、金沢と並ぶ茶処、菓子処を作ったそうな。

松江市の老舗の「彩雲堂」に寄り

『若草』「伯耆坊」『朝汐』を美波ちゃんへのお土産とした。

近くに島根県の陶器『出西窯』の出店があり、

慎一は三人のコーヒー用にモーニングカップの白掛地釉、黒釉、呉須釉を各1個買い、

静香は慎一とのお茶用に黒釉の湯呑を2つ買った。

 

帰り道は高速道ではなく下の道を通り、安来市にある足立美術館へ入った。

海外からの客も多く日曜日となれば大賑わいだった。

この美術館は美術品も庭も全てが美しかった。

庭はそのまま見ても十分に美しい。

室内から椅子に座って見える日本庭園、美しい砂の流れ、絶妙な石の配置・・・

窓というキャンパスに描かれた別の世界の景色のように感じた。

夕方に近づいているせいか、日差しが柔らかく感じられる。

 

米子市へ向かう途中に『カフェレッセ』という看板が目に入った。

噂でアートカプチーノの店が出来たと聞いていたので入ってみた。

バリスタの日本大会でも有名な店らしく、

明るい店内で多くのお客さんが来店している。

テラス席が空いていたのでそこに案内してもらう。

目の前に中海が見えるレイクサイドである。

慎一はアートカプチーノ2つとシフォンケーキを1つ頼んだ。

運ばれてきたカプチーノには、表面に絵が描かれていた。

ウサギの可愛い顔が描かれているものは静香さんへ

ハットをかぶった男性の顔のものは慎一の前に置かれた。

静香さんは珍しがりそしてすごく喜んだ。

「あなたと一緒にいると、私の初めてばかりです。

 これ、すごくかわいい。こんな風にできるなんてすごーい」

「そうだろうなあ。ここまでできる人はそういないよ」

「うん、おいしい。でも私は、あなた特製の静香スペシャルの方が好き」

「そりゃあ、良かった。マスターも自信持てます」

「ふふふ、マスター、よろしく」

二人で暮れゆく中海を見ながらコーヒーをゆっくりと飲んだ。

(つづく)

15.ストーカー事件を解決せよ!3

都倉警部から前回の事件の被疑者の中国人リーダーの男が、

拘留中の拘置所の中で死んだらしいとの連絡が入った。

耳の中に細い毒針が刺さっていたらしい。

最近採用になった職員が1人だけいなくなっているので

きっとそいつの仕業だろうとの話だった。

警察としては、これが外部に漏れれば

誰か偉いさんの首が飛ぶほど大変なことで都倉警部も困っている。

新しい話題が必要だったので明日の夜に捕り物は開始されることに決まった。

彼女達へはその連絡をし、こちらの指示にしたがって動くようにお願いした。

 

下水道への逃げる道もふさいで一網打尽の予定だった。

地下室の爆弾部屋の存在が不気味だった。

爆発させればビル倒壊の上に誘拐された女性たちも無事では済まない。

爆発させないためには、今夜までに忍び込んで信管を抜く必要があった。

翔は午前中に下水道から侵入した。

下水道にはやはり大きなワニが飼育されているみたいに波打って泳いでいる。

振動棒の振動を当て催眠効果を発揮させ静かにさせて麻酔薬を打って捕獲していく。

10匹で終わったがこれは熱く臭く大変な作業だった。

地下道の向かい側の道までは5m近くもあり通常は渡ることができないはずだった。

この後、鉄製ドアの鍵を開けて地下室へ侵入し爆弾部屋へ向かった。

この爆弾はオクタニトロキュバンのプラスチック爆弾で、

500kgほど積まれていた。

もし爆発すればあたり100m四方は大変な被害が出ることになったはずだった。

設置された信管を抜き振動棒でバラバラにして使用不能とした。

ボスのチョウが来る夕方まであと1時間ほどだった。

百合に彼女達への指示内容を伝え、時間が来たら行動するように連携している。

 

翔は、まず3階の彼女達を保護しなければならなかった。

黒のバトルスーツセット(ヘルメット、ブーツ、ハンド)を装着し、

ビルの裏手からアンカー付のワイヤーを編んだロープを発射し屋上へ上がっていく。

 

ちなみにこのバトルスーツセットは、テロ教団事件の時から使用しているが、

軽くて防弾・防刃・防衝撃機能を持つすぐれものだった。

素材としては、

布部は超高分子量ポリエチレン繊維へ炭窒化チタンを吹きつけ編みこまれたもの。

プレート部は超高分子量ポリエチレン繊維を特殊な温度制御式超高圧プレス機で

圧着し硬度の高いプラスチックの板状にしている。

身体の前面にある急所、首筋・肩・ひじ・ひざ部分及び脊髄保護のための

プレートが入っている。

またプレート内側には衝撃吸収素材が貼られていて身体にショックは感じない。

ただし、繊維は高熱には弱いので注意する必要があった。

実はヘルメット、ブーツ、ハンドにはその他の機能を備えているが

今は説明している時間はないので割愛する。

 

屋上のドアを開けて4階への階段を下りていく。

敵は屋上からの侵入を想定してないので警報装置は設置されていない。

4階は大きな保冷庫が設置されている。

中を確認したかったが扉を開けると警報が作動するのであきらめた。

3階の廊下にはチーマーらしき若者が監視していると言うよりスマホで遊んでいる。

4階の階段から身を伏せて、そっと見張りの方向へ強度振動波を発信した。

百合から彼女達へ『そろそろ救出に向かうので安心するよう』連絡させている。

しばらくしてクモ大助からの情報を確認すると見張りは完全に眠りこけている。

翔は急いで見張りの両手両足と口と目に布製ガムテープを貼った。

きっと目のガムテープをはがす時は酷いことになるが

悪い事しているので仕方なかった。

3階の軟禁部屋の鍵を開けて彼女達を1室へ保護した。

鍵を内から掛ける様に指示した。

1階警備室を外から見張っているクモ大助2号からの信号では警備員に変化は無い。

(つづき)

18.桜街道

米子市が桜色に染まるある土曜の朝、

湊山公園で桜を穏やかな気持ちで眺めている。

中海の水面は桜の花びらに染められており、

水鳥公園の鳥達も花見をしているのか、ときおり水鳥の声らしきものが響き渡る。

賀茂川沿いの白壁土蔵を背景とした桜並木も見もので多くの人が散策している。

明日は、3人で米子市から少し離れて桜街道を散策しようと計画している。

場所は西伯郡の法勝寺川土手。

土手の両側に2,000本の桜が植えられており、桜並木は5.3キロ続くらしい。

 

昼前に部屋に戻って本を読みながらコーヒーを飲んでいると美波ちゃんが来た。

いつものように音楽を聴きながらお菓子を食べたり、雑誌や漫画を見ている。

ハムサンドイッチに美波スペシャルを作ると喜んでいる。

美波ちゃんも後期試験には、

手ごたえを感じたようで勉強により力が入るようになった。

土曜日の夜に家庭教師をすることになっているので昼間は気楽に過ごしているようだ。

静香さんはいつものように家の掃除や洗濯をしているのだろう。

 

翌朝10時に後藤家へ迎えに行く。車で1時間ほどの道のりだった。

山桜はすでに満開で、フロントガラスから見える山肌は、

ぼんやり濃い桜色の靄がかかっている。

やがて目的の場所に着いた。

駐車場は無かったため道路沿いなどに多くの車が駐車されている。

慎一達も同様に車を停めて、お弁当やゴザなどを持ってお花見場所を探した。

ちょうどひときわ大きく枝が張っている真下の場所が空いている。

そこを花見場所に決めて準備に入った。

 

慎一はゴザに足を伸ばして手を後につき空を見上げた。

青い空の中に可愛いソメイヨシノの花が咲き誇り、

そよ吹く風にも花びらを散らしている。

ふと地上に目を向けると、川土手の両側に満開の桜が咲き誇り春を謳歌している。

美波ちゃんは知り合いにあったようで、二人で楽しそうに川沿いを歩いている。

「日下さん、準備しておきますので、ゆっくりと桜を見てきてください」

「せっかくだから、もし良かったらご飯の後に二人で歩きませんか?」

「はい、ここに来るのは初めてで楽しみです。よろしくお願いします」

慎一は下見のつもりで法勝寺川の土手を歩いた。

川上に向かって歩くと、右手には小高い山、左手には法勝寺の街並みがあり、

桜だけでなく春の穏やかな風景は歩く人を飽きさせなかった。

向こうから来る美波ちゃんと会ったが、

一緒にいる子はテニスのペアの遠藤さんだった。

遠藤さんも慎一に笑って挨拶をしてくる。

 

しばらくして戻ると昼ご飯の準備は出来ていた。

『アゴ野焼き、かまぼこ、出汁巻き卵、車海老の焼物』

『里芋味噌田楽、煮しめ(ごぼう、人参、コンニャク、高野豆腐)』

『イカメシ、いただき(ののこめし)、鯖寿司』

『エビフライ、卵サラダ、鶏の空揚げ、フルーツトマト』

ゴザにも花が咲いたように色とりどりの食材が並んでいる。

いつもながら静香さんの料理は綺麗で健康的で美味しく考えられたものだった。

お酒を飲みたいところを我慢して、白折を飲んで、少しずつ食べていく。

 

咲き誇る桜の花びらを優しく揺らす風の声だけが耳に届いてきた。

四月の期首の多忙な中でこのような豊かな時間を持てる幸せを満喫していた。

静香さんも桜の花びらをじっと見ている。

目が合うと静かな微笑が返ってくる。

喧騒の中にあってもここだけはゆったりとした静かな時間が流れている。

美波ちゃんは食べ終わるとまた遠藤さんと遊びに行ったようだ。

静香さんは荷物を片付けている。

 

慎一は片付け終わるのを見計らって静香を誘った。

二人並んで桜並木の土手をゆっくりと歩いた。

時々立ち止まってはこの方向の桜が美しいなどと話した。

少し遠出をしているせいか彼女の表情は明るく伸び伸びしている。

きっと髪を下ろした彼女をさざなみの女将とわかる人間はいないのだろう。

今日は綺麗な長い髪を流している。

白いブラウスに桜色のカーディガンが清楚で素敵だった。

反対側の土手を美波ちゃん達が歩いている。

こちらを見つけると大きく手を振って笑っている。

顔に吹く風に若干の冷たさを感じ始めた夕方3人は家へ帰った。

(つづく)

14.ストーカー事件を解決せよ!2

資料を見ていた時、一瞬スマホの電話が鳴って切れた。

相手はクライアントの安達玲奈さんだった。

すぐにかけ直したが一切出なかった。

嫌な予感がしたので追跡装置をトレースすると、

目立つ方の追跡装置はあちこちへ移動している。

これは敵が気づいて混乱させている可能性が高いので信用できなかった。

彼女達の部屋の盗聴・盗撮装置すべてを撤去したせいで

部屋からの情報が全くなくなり敵が察知して動き出した可能性が高かった。

 

今回の聞き耳タマゴは新宿区すべてで位置確定が可能な強度の電波の物に変えている。

3人の聞き耳タマゴからの発信は歌舞伎町のあるビルに集中していた。

車で近くまで行き目的のビルをドローンで撮影した。

聞き耳タマゴの電波とドローン情報で彼女たちの場所は明らかになった。

4階は、大きな鉄製の部屋らしきものがある。保冷装置のようなものが置かれている。

3階の大きな部屋に閉じ込められているが、他にも数人の女性らしき姿が見える。

トイレもシャワー室もついておりそれなりの待遇だった。

2階には診察室らしき形状の部屋と幹部用の立派な造りの部屋がある。

地下室もあり下水道への道も見えている。危機の時には逃げ道となるのだろう。

地下1階の一室には何か物騒なものが山のように積まれている。

解析の結果、プラスチック爆弾の塊ではないかとRyokoは解析している。

たしか、前回の事件でもあの謎の中国人は「ウカイグループ」と口にしていたし、

下水道への道といい、前回の事件と相当に関係があると考えられた。

『今度こそ一網打尽を』と考える自分と

『現在困っている女性を助けたい』自分がいる。

 

聞き耳タマゴからの情報では

彼女たちは、中国本土へ送られ、女優として政治家や企業人の彼女として働かされる。

または、代理母として何回も孕まされ、その子供は闇ルートで売られていく。

1か月後に横浜港へ豪華クルーズ船が着く。

それまで集められた女性達はこのビル3階で拘束されている。

医師名は『陳 果捨』、なんと前回の事件にかかわった医師だった。

やっと見つけた、そして繋がったという思いだった。

この医者がいるということは臓器売買も絡んでいるはずなので都倉警部へ連絡した。

首謀者の姿は見えないが、『チョウ様』と呼ばれている男の存在が聞こえてきた。

 

ここからは警察との二人三脚となる。

近くを通った時にクモ大助1号2号をビルのゴミ箱の陰に待機させている。

あたりも暗くなり始めた頃、

向かいのビルの1階のコーヒーチェーン店の窓際に座り、

手元のタブレットに映るクモ大助1号の視線を元に

このビルを出入りするチーマーの目を盗みながらビル内へ移動させていった。

360度視界なのでわかりやすかった。

見張りのチーマーらしき若者はスマホで遊びながらなので見張りにもなっておらず、

隠れる必要もないほどの潜入だった。

3階に無事着くと早速彼女達が見える天井部分まで移動し完全に体色を同一化した。

 

彼女達は不安な面持ちでご飯を食べている。

翔は「おしゃべりタマゴ」への通話を開始した。小さな声で

「皆さん、桐生です。やっと見つけられた。無事で良かったです」

クライアント3人がビクッとして周りを見回している。

そして、「おしゃべりタマゴ」からの音声と認識すると安心している。

「今、警察と連携を取っていますので安心していてください。必ず救出します。

それと、現時点、あなた方は傷つけられたりはしないですから安心してください。

今後の連絡はベッドなどの顔が隠れる中で行いたいと考えています。

ご了解いただきましたら、今すぐうなずいてください」

3人のクライアントはこくりと一斉にうなずいた。

 

クモ大助2号は外壁面を移動させ、2階の診察室らしき窓に待機させ情報を探った。

カーテンは閉められているが音声ははっきりと聞こえてくる。

現在、臓器取り出しの仕事はなく休憩中で

誘拐した彼女たちの健康の維持に注意しているようだ。

「はい、彼女たちはすこぶる健康で十分に喜ばれると思います。

それに立派な子供も産めることができます。

はい、チョウ様のお好みの女性もたくさんいますので大丈夫です。

はい、明日の夜ですね?わかりました。誰か見繕って用意しておきます」

どうやら、明日夜にボスのチョウ好みの女性を用意するらしい。

こうなれば闘いは明日の夜となる。

 (つづく)