はっちゃんZのブログ小説

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35.オレオレ詐欺団を壊滅せよ1

朝早く事務所の電話が鳴った。

翔が急いで出るといつものお婆さんからだった。

事務所へ直接出向いて話を聞いてもらいたいとの依頼だった。

お婆さんの家は大きな屋敷だが、翔と話をするのが楽しみみたいで

いつも電気修理や棚の取り付けなど他愛もない用事で電話があるので驚いた。

少しするとインターフォンが鳴った。

百合がお茶を出すと、お婆さんは首を傾げながら話し始めた。

 

昨夜、田舎に住む孫から電話が掛かってきて、

『事故に遭って示談をしたいのでお金を貸してくれ』と言ってきている。

『実の親には怒られるので怖いから言えない

 相手がその道の人で家族に迷惑をかけるのが怖い

 このままでは俺自身がどうなるかわからない』と不安を伝えてきている。

警察へ言うように言ったが、『警察は民事には介入しないので無理』との返事。

弁護士だと名乗る男が電話口に出て、

「お孫さんのためにも用意して欲しい。

 警察は何か事件が起こってからでないと動けないし、

 お孫さんや家族に何かあってからでは遅いのでお願いしたい。

 300万円あればその道の人を何とか説得することができる』と言われている。

「夜なのでお金は用意できないから明日朝でいいか」と聞くと、

「朝10時に自宅に伺うので銀行で9時にお金を下ろして用意して欲しい」

と言われたらしい。

 

地元は仙台でそこから来るには何かおかしいと感じていた。

これがもし本当の話だったら300万円くらいは安い物だし、

家に連絡したいが孫のたってのお願いなので確認出来ないし

今はやりの詐欺だったら困ると思っているところ

ふと私立探偵だった翔のことが浮かんだとの事だった。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:黒鳥麗子様、年齢(非公表、70歳くらい?)

依頼人状況:無職

種類:オレオレ詐欺

経過:孫からの電話があり、その筋の人の車と事故となり示談金を貸して欲しい。

   両親には怒られるから嫌なので婆ちゃんしか頼れないと言われている。

   ただ不審なことも多いので至急調査して欲しい。

調査方針:先ず、偽札を渡して相手の場所を調査開始。

詐欺か詐欺でないかを判断し、もし詐欺ならば警察へ通報する。

 

翔は、一万円札の精巧なコピーで作った札束を3つ用意した。

そして、お婆さんの家の玄関の屋根にクモ助を配置し時間を待った。

時間が来て、玄関へ弁護士らしきスーツを着た男が来た。

インターフォンを鳴らしている間にクモ助を降下させて背中に張り付かせて

いつものように『聞き耳タマゴ』を埋め込んだ。

お婆さんは翔の用意したお金を渡している。

その男は、封筒を開けて中身を見て鞄へ入れて立ち去った。

 

そこからはバイクで追跡していく。

男は電車に乗って代々木駅で下りた。

ゴーグル部分へ都内地図とタマゴの発信箇所が点滅して映っている。

代々木の古いビルへ入っていく。

翔は向かいのビルにあるファストフード店に入り、

2階席の窓際で詐欺グループ事務所の情報収集に入った。

(つづく)

44.相性

二人は早々にマンションを借りて引っ越した。

今度のマンションも家具付きの部屋なので箪笥などは少なくて済んだ。

最上階3LDKで大山が綺麗に見える部屋だった。

4月になり慎一はまたもや多忙な日々が続くが、

家へ帰るのが楽しみだった。

 

仕事を終えて帰ると

「あなた、おかえりなさい。お風呂湧いてますからどうぞ」

「今日はお酒にします?ビールにします?はい、一日お疲れ様でした」

「あなた、今日はこんなことがあったんですよ」

「美波がこんなことをいってきましたよ」

慎一には本当に信じられないほど楽しい日々だった。

 

仕事を残して部屋で残業している時、

ソファでの読書やテレビを見ている時は、そっとお茶を出してくれる。

静香自身も本を読んだりテレビを見てゆったりとしている。

何も話さなくてもお互いがお互いを認識できる気配がある。

それにお互い一人の時間があるので、

長い間独身だった慎一には過ごしやすかった。

 

『夫婦は長い時間、

 一緒にいると自然とタイミングや間が似てくるもので、

 二人でしかわからない時間感覚を持つようになる』

と聞いたことがある。

慎一と静香は初めて一緒に暮らしているにも関わらず

二人には自然な時間が流れている。

 

静香が昼間1人でいるとき、ふと彼とのことを思い出すことがある。

そんな時は頬が熱くなるのがわかった。

今まで夫しか知らない静香、

そして15年も前から経験のない静香にとっては、

若い時は夫にすべてをゆだねていただけの経験しかなかった。

しかし、今の年齢となって

どのように彼に抱かれていいのかがわからなかった。

 

彼の布団に誘われた時はとても勇気がいった。

何も知らないと女だと嫌われたらどうしよう・・・

本当に私のことを気に入ってくれるかな・・・

そんな不安を彼の優しさが溶かしていってくれた。

彼のリードで知らない間にすべてをさらけ出している静香がいた。

 

彼を初めて受け入れた時

やはり最初は少し痛かったが、すぐに彼で一杯になった。

私の痛みを察してくれた彼が優しく待ってくれていたのでうれしかった。

この人を好きになって良かったと心から感じた一瞬だった。

そのうち身体の奥から生まれてくる大きな波にさらわれ、

いつしか目の前が真っ白になり彼に必死でしがみついていた。

やがて身体の奥が彼の熱さで一杯になった。

しばらくするとその大きな波がさざなみとなりおだやかになった。

こんなことは静香にとっては初めての経験だった。

今までこんなに満ち足りたことはなかった。

 

もちろんその夜だけでなく、その後何度も彼に導かれ、

少しずつ敏感になり、

より深い喜びを感じるようになった自分に気づいた。

どんどん変わっていく私を彼は優しく見守ってくれている。

これが『身体の相性』なのだろうと思った。

普段の二人だけの何気ない会話や触れ合いに

『心の相性』の良さを感じた。

心身共に『相性』が合うということがこういうこと、

結婚生活っておだやかでこんなにすばらしいものだったと

初めてわかった静香だった。

二人は5月の連休に勝田神社で

身内だけの神前結婚を行い正式な夫婦となった。

その翌日にお礼のため出雲大社へ参拝した。

(つづく)

34.桐生事務所ビル改築

ある日、ビル所有者の葉山不動産からビルを改築・改装する連絡がきた。

もちろん探偵事務所は開いたままでいいと言われており突貫工事で一気にするらしい。

百合から聞かされた話によると、

現在の百合のマンションの部屋は

このビルの最上階へ引っ越すことになるとのことだった。

翔にすれば、完成後は行き帰りの時間は短縮されるし

百合も守れるので一挙両得だった。

事務所にはいつもアスカさんがいるので心配はしていないが

想定外のことで何があるかわからないからだ。

 

改装改築の作業員全員が

館林一族の関係者で占められており秘密は保たれている。

ビルの玄関以外は屋上も含めて厚い覆いで固められており、

数名の警備員も常駐し24時間体制で工事が行われている。

ビルの正面玄関は厚い強化ガラスのドアで外界から仕切られ、

エントランスルームの壁や装飾品には

見た目からはわからないが

監視・撃退など色々な装置が埋め込まれている。

壁は厚い鉄板と強化セメントで固められ、

透視不可能な素材が使われている。

全ての窓ガラスは銃弾を通過させない強化ガラスに替えられた。

1階は不動産会社が入り、

2階は探偵事務所、3階は貸し倉庫、4階が自室だった。

事務所奥のトレーニングルームと武器庫はそのままだが、

事務所内の隠し扉から4階自室へ直行できるようになっている。

部屋は現在の百合の部屋そのままが移動されている。

地下の駐車場への外部からの通路は埋められ、

車、バイクは1階の奥に格納された。

地下道への通路も整備されており、屋上もヘリポートができた。

施設全てがRyokoのコントロール下にあった。

翔に改装改築の理由はわからないが、何かが動き出していた。

(つづく)

43.最初の夜

お風呂からでてスキンケアをした静香が和室に入ってきた。

慎一は部屋を暗くして布団を持ち上げて誘った。

彼女が布団へそっと入ってくる。

慎一が抱きしめると

慎一の胸の中で胸の前で両手を組み合わせ身体を固くしている。

「静香、怖くないよ、僕にまかせておけばいいよ」

『コクリ』とうなずき身を寄せてくる

「最初はこんな風に抱いて眠るだけでもいいよ」

『イヤイヤ』と顔を横に振っている。

慎一は最初優しく、次に強い口づけをした。

彼女からも応えるかのように口づけを返してくる。

慎一の背中に回された彼女の手が強く抱きしめてくる。

まだ身体からは弱い震えが伝わってくる。

 

カーテンの隙間から差し込む弱い光が壁に当たり、

それに反射し照らされた顔は上気している。

いい香りのする髪へ口づけをして耳元から襟足へ唇を移していく。

『ピクリ』と反応する。

身体から細かい震えは消えて、その反応が増えてきている。

慎一は焦らないで宝物を扱うように優しくそっと愛していった。

彼女の身体から余計な力が抜けてきている。

耳元でささやいた。

「静香、可愛い、愛してる」

『ピクリ』と反応し、

その言葉に応えるかのように抱きしめる力が強くなる。

 

彼女へ長い間経験したことのなかった感覚が訪れていることはわかった。

慎一はその長い時間を埋めるかのように優しくゆっくりと愛していった。

彼女の呼吸が少し荒くなってきている。

静香の抱きしめる力が弱くなり、手足から力が抜けてきている。

そっと背中から胸に手を回す。

一瞬、胸を隠そうと

手を持ってきそうになったがその手に力は入っていない。

パジャマのボタンをそっとはずしていく。

手の平にあまるくらいのしっとりとした乳房が揺れている。

そっと唇を近づけていく。

小さな乳首を含むと小さな声で『あっ』と震えた。

 

慎一が優しくパジャマを脱がしながら、

そのか細い背中や肩、首筋へ口づけをしていく。

唇が触れるたびに身体が反応していく。

パジャマが脱がされると彼女の顔を慎一の方へ向かせる。

ふたたび胸へ優しく口付けしていく。

慎一の手が胸から下へと移っていく。

彼女の手が慎一の手をそっと掴んだ。

「怖がらなくてもいいよ。すごく綺麗」

「でも、恥ずかしい・・・」

「大丈夫、僕に任せて、力を抜いてごらん」

『コクリ』と彼女がうなずいた。

 

彼女の身体から完全に力が抜けて慎一にすべてを委ねている。

自然と開かれた両足は慎一の手の動きに合わせて揺れている。

やがて二人は一つになった。

慎一を初めて受け入れた彼女から小さな声が漏れてくる。

ほんの少し抵抗があり、身体に少し力が入ったようなので気になった。

痛みのためなのか、気持ちの高ぶりのためなのかはわからなかった。

そのどちらとも思える。

少し寄せた眉、

閉じられた瞼の涙の跡に気がついた。

慎一はそっと口づけでその涙を拭きとった。

そのまま動かずにじっとして抱きしめていた。

やがて彼女から徐々に力が抜けてきて、慎一へ口づけをしてくる。

慎一はほっとしてゆっくりと動かし始めた。

そこからはとぎれることのない二人の時間だけが流れた。

 

優しく激しい愛の行為のあと

二人は額をつけたままじっとして口づけをして見つめ合った。

「静香、すごく好き、いつまでもこうしていたい」

「あなた、わたしも・・・あなたと一緒になれて本当に良かった」

「それは僕も一緒や、ずっとずっと二人で一緒にね」

「うん、ずっとずっと、約束よ」

「うん」

(つづく)

33.未知の物質は?

「局アナ盗撮事件を解明せよ」が解決してしばらくすると、

京一郎から連絡があり、目黒研究所へ急行した。

以前、翔の脊椎液から抽出された未知の物質に関して

知らせると言われたからだ。

天才科学者、京一郎は悔しそうな顔をして話し始めた。

当然のことながら未知の物質なので物質名はなかった。

ただ世界中の隕石を調査したが同じものはなかったそうだ。

今後、新物質として論文を発表予定となっている。

物質名『ショユリウム(翔と百合を足した名前)』

として申請するらしい。

何かわからないがその性質は、

松果体への石灰化を防ぐ事はわかっただけだった。

超能力の原因もわからなかったし、

相変わらず翔の松果体は少年のままだった。

再度、脊椎液を採取された。

 

ヨーガにおいて松果体は、6番目のチャクラ(アージュニャー)で第3の目と言われているし、7番目のチャクラ(サハスラーラ)と結び付けられることもあるらしい。また天才と呼ばれる人や超能力者は、一般の人間より松果体が大きく発達し活性化していると言われているらしい。松果体が目覚めるとテレパシーが使えるようになると信じる人もいる。

翔はあまり科学的ではないことに気がついたが、超能力自体がきっと科学的ではないのだろうと思い直した。

 

百合はじっと聞いていたが

翔の身体に心配がないようで安心したみたいだった。

実は、兄には話していないが

以前、一緒に眠っていた時、翔の声で起こされた。

嫌な夢でも見ているのか

「百合、こっちに来ちゃだめ。危ない、逃げて百合」

その時、翔の身体が一瞬ぼやけて

頭の下に回された腕の厚みが無くなったことがあった。

でもすぐに身体がはっきりと見え始め翔が目を覚ました。

「ああ、ふう、夢か、良かった」

「悪い夢? 翔、私はここにいるわよ。安心して」

「うん、ふう・・・良かったあ・・・百合・・・いい匂い」

「ふふふ、もう、翔ったら・・・あん・・・

 眠る前にも・・・あん・・・好き」

と夜中にまたもや抱きあったことがあったのだ。

そして、そんなことは数度あった。

こんなことを言うと兄がまたもや変なことをし始めるので黙っていた。

 

しばらく兄の残念報告を聞きながらコーヒーを飲んでいた時

紅柳瑠璃博士が部屋へ入ってきて、

翔と百合の前に披露宴の招待状が置かれた。

なんと百合の兄の京一郎と紅柳瑠璃博士が結婚するというのだ。

結婚式そのものは

館林一族と紅柳一族が集まるそうで百合は列席することになる。

その後の新郎新婦のお披露目パーティだった。

以前の事件で紅柳博士が副所長となってから

やたら仲がいいなと思っていたら案の定だった。

表立っては京一郎さんと新婦瑠璃さんの友人ばかりの披露宴となっている。

(つづく)

42.広すぎる家

弓ヶ浜から家に戻り二人でゆっくりとお茶を飲んだ。

慎一は部屋をゆっくりと見まわして一人で住むには広すぎる家と感じた。

静香もそれを感じるようで、何かそわそわしながら見まわしている。

「美波一人がいなくなるだけでこんなに静かで広くなるのねえ」

「そうやねえ。いっそのこと、狭い所に引っ越したら?」

「そうねえ。それがいいかも、確かに不用心よね?夜遅いし」

「美波ちゃんが帰ってきてもお母さんが帰ってきても

 寝るところあるように3LDKくらいの物件ならいいよね。

 それもきちんとロックされてるマンションで」

「そうよねえ・・・

 ねえ慎一さん、しばらくお店休もうかと思ってるの」

「それはいいけど、どこか身体がおかしいの?」

「何か気が抜けちゃって、あまり店を開く気が起きないの」

「まあ、長い間、働き詰めだったしちょうどいい時期かも

 そうだ、今度の土曜日に日帰り温泉にでも行ってゆっくりとする?」

「それはいいわね。楽しみ。でもあの子きっと怒るわね。

 私がいなくなったとたんに二人してどこかへ行ってって」

「まあ、この一年間、

 受験生と記憶喪失のオッサンを相手にしてたんやから

 疲れて当たり前やで、そのご褒美ということで」

お互い顔を見合わせて笑った。

そして、どちらからともなく静かな時間が訪れた。

 

慎一は静香をじっと見つめて

「静香さんが弱ってる、

 こんな時に言うのは卑怯かもしれんけど言わしてもらう。

 静香さん、前にも言ったように僕は静香さんと結婚したいと思ってる。

 美波ちゃんも無事一人立ちしたし、そろそろ真剣に考えて欲しい。

 君の御主人を想う気持ちは痛いほどわかるけど、

 その気持ちごと、僕に飛び込んできて欲しい。結婚して欲しい」

 

静香は一瞬躊躇したが何も言わずに慎一の胸に頬を寄せた。

「はい、こんな私でいいの?」

「こんなって、今の静香さんやから好きなんや。僕でいいんやな?」

胸に静香のうなずきが響いてくる。

「やはり神様はいたのね」

「そうやな、美波っていう神様だったかな」

「まあ、あの子ったら私達の神様にまでなったのね」

「静香さん、好きや」

「はい、私も好きです」

そっと目を閉じる静香の唇に唇を長い間重ねた。

その日から静香は慎一の事を『あなた』と呼ぶようになった。

(つづく)

41.旅立ちの日

慎一が美波ちゃんを車で迎えにいく。

美波ちゃんが二階から手を振って、上がってきてほしい仕草をしている。

二階へ上がっていくと美波ちゃんが部屋で正座して慎一を待っている。

「おじさん、この3年間ありがとうございました。

 これから小樽へ行きますが、美波はしっかり者だから安心して下さい」

「わかってるって、

 美波ちゃんみたいなしっかりした女の子はそんなにみたことないよ。

 でも変な男には気をつけてな」

「うん、美波はファザコンだから心配しないで」

「うーん、それはそれで心配やなあ」

「ふふふ、冗談。おじさん、お母さんのことよろしくお願いします」

「えっ?」

「お母さんのこと、嫌い?」

「いや、そんなことないけど、美波ちゃん・・」

「私はおじさんがお父さんならいいなと思ってるの。

 美波も応援するからお母さんを幸せにしてあげて欲しいんだ。

 今まで自分のことより私の事を真っ先に考えてきた人だから・・・」

「うん、わかった。

 お母さんの踏ん切りが着くまでは待とうと思ってたけど」

「良かった。お母さんもおじさんのこと好きみたい。

 神様に任せてるんだって、だったら私が神様になっちゃう。

 二人とも優しいから私を大切に考えてくれてありがとう。

 これが美波の本当の気持ち。こんなこと今しか言えないからね。

 じゃあ、お父さん、いってきます」

「ああ、美波ちゃん」

「お父さんなのに、ちゃん付けはないでしょ?美波でいいよ」

「美波、いってらっしゃい。がんばるんやで」

「うん、がんばる。新婚旅行は北海道にしたら?」

「わかった。そうする」

「やったあ、これですっきりした」

ふと静香は階段を上がろうとして二人の会話が聞こえてきた。

あの子もこんなにも大人になったんだなあとしみじみ感じた静香だった。

 

美波を米子空港から見送ると、

静香は何か心に大きな穴が空いた気がして寂しくなった。

今更のように『あの子がいたからこそ頑張れたし寂しくなかった』

とわかったからだった。

慎一は静香の背中が寂しそうだったので、

空港の帰り道に弓ヶ浜に停め砂浜に座った。

静香は海をじっと見ながら慎一の肩へそっと頭を寄せてくる。

慎一も両手をついて静香に身を寄せながらじっと海を見ている。

 

「慎一さん、美波を可愛がってくれてありがとうございました。

 でもあの子も大人になりました。

 あんなに小さい子供だったのに・・・」

「静香さん、一人だけでよくあんなにいい娘を育て上げたね。

 旦那さんも感謝してると思うよ。長い間、本当に大変だったね・・・」

「すみません。しばらくあなたの胸を貸してください」

静香は慎一の胸に顔をうずめると泣き始めた。

まるで15年間分の涙を一気に流すように・・・

それは喜びの涙でもあることはわかった。

慎一はいつまでも抱きしめていた。

(つづく)

32.局アナ盗撮事件を解明せよ 5

翌日、都倉警部に事務所へ来てもらい事情を話した。

都倉警部は騙されたことに驚いた様子で気分を害している。

そこで警部の知っている週刊誌を使うように指示される。

一応変装した翔は『週刊GATSUGATSU』の三枝編集長を紹介され打ち合わせた。

三枝編集長もあの写真を追っていたようで、

染谷専務と山谷副社長の確執、

山本アナの移籍の噂、

山本アナと副社長の関係、

白川アナと染谷専務の関係の写真を撮影していた。

編集長は、佐々木アナとの関係がわからなかったので記事にできなかったらしい。

翔は情報元を伏せる約束で、画像情報を渡した。

 

『週刊GATSUGATSU』の発売日は大反響だった。

暴露写真は山本アナが

佐々木アナと白川アナの人気を下げるために流されたこと。

山本アナとヤエスハッピーテレビ山谷副社長との爛れた関係。

ヤエスハッピーテレビの白川アナと染谷専務の爛れた関係。

佐々木アナと男の写真は、

山本アナとディレクターとの合成写真であること。

白川アナと男の写真は、

専務と銀座の女との写真であったことが暴露された。

 

それによりヤエスハッピーテレビと東京スーパーテレビの玄関前は

他社のマスコミで一杯になりその対応に追われた。

ヤエスハッピーテレビは副社長と専務を子会社へ出向させ

山本アナの移籍は不可能となり、

朝の顔は丸つぶれとなり、恋人のディレクターも異動となった。

とばっちりの白川アナはこのスキャンダルで

一線から身を引いて事態は収まった。

結果的に局は佐々木アナを朝の顔としメンバーを刷新させた。

その後『お嬢様の着替えシーン』として話題になっているが

佐々木アナのスタイルの良さが逆に宣伝になっている。

『天網恢恢疎にして漏らさず』という事件だった。

(つづく)

40.美波の言葉

小樽へ旅立つ前夜、美波が二階から降りてきた。

「お母さん、長い間、色々とありがとう。

 美波はもう大学生だから一人でも大丈夫、だから安心してね」

「あらあら、そんなお嫁に行くようなことを言って・・・

 少し遠いかもしれないけれど心配してませんよ。

 でも無事第一志望に受かって本当に良かったね。

 これで亡くなったお父さんに喜んで貰えるわ」

「そうだね、お父さんも喜んでると思ってる」

「きっとそうよ。よくがんばったって」

「お母さん、もう1つ言いたいことがあるの。おじさんのこと」

「・・・日下さんのこと?・・・」

「うん、これはずっと前から思っていたことなんだけど、

 もしおじさんがお母さんと結婚したいと思ってて

 お母さんが結婚したいと思っているなら

 私のことは気にしないで欲しいんだ。

 私のことを考えて二人とも気持ちを抑えているのはわかってるんだ」

「美波・・・そんなことは・・・」

「お母さん、お父さんが亡くなってもう15年だよ。

 いつまでも死んだ人に縛られるのは、

 お父さんも望んでないと思ってるの。

 それにお母さんは今もこんなにきれいんだし、

 きっとお父さんもこんなに長い間、

 一人でいるって思っていなかったかもよ。

 おじさんも家に来るたび、

 たくさんお父さんともお話しているみたいだし

 何よりずっとおじさんがお父さんだったらいいなと思っていたの。

 この話をするのは

 私がこの家を出て行く今がちょうどいいと思っていたの」

「まあ、いつの間にこんなことを言うようになったのかしら・・・

 ありがとう。その気持ちだけを貰っておくわ。

 日下さんとのことは神様にお任せしているの、

 彼の気持ちが固まったらね。

 私は死別だし、彼は初婚だから簡単にはいかないと思ってるわ。

 でも心配しないで、お母さんは強いから大丈夫」

「このことは言ったからね。

 あんないい人、そんなにいるもんじゃないよ。

 美波がお母さんだったら、

 自分から結婚してって言うと思うよ。ははは」

「もうどこまで本気かわからないわねえ。

 お前はそんなこと心配しなくていいの」

「お母さん、美波は妹が欲しいなあ」

「もうそんなこと言って、早く寝なさい。明日は早いんだから」

「はーい。おやすみなさい」

(つづく)

31.局アナ盗撮事件を解明せよ 4

副社長とのことが終わり山本アナはホテルを出て、

隣のホテルへ入っていく。

隣のホテルではディレクターが待っていた。

「ねえ、シャワー浴びていいでしょ?ジジイが嘗め回して汚いの。

 役に立たない癖に欲望は一人前なのよね。口直しにお願いね」

「ああ、早く移籍して俺を引っ張ってくれよ。

 もう同期は近々出世するみたいだから、

 あの佐々木の起用で出世しやがった。くそっ!

 今頃、きっと抱いて喜んでいるんだろうなあ」

「大丈夫、あのネンネはもう立ち直れないわ。

 これ以上傷つくのが耐えられなくて家族も辞めろというはず。

 そうなればあなたの同期への責任問題が出るから

 出世は取りやめになる筈よ」

「怖い女だなあ、ベッドではすごく可愛いのに」

「ふふふ、女には色々な顔があるものよ。

 私を裏切らないでね、わかってる?」

「おうおう怖い怖い、わかってるよ、

 俺もここまでやったら後には引けない」

「その意気よ、時期を見てあなたが嫌いな佐々木を抱かしてあげるわ」

「そうか?それは楽しみ、待ってるぜ、ひいひい言わしてやる」

「待っててね。もうじき白川が失脚して後釜に私が移籍すれば

 あなたを引っ張っるように副社長には頼んでいるから」

 そこからはまたもやよく似た展開で始終した。

 

しばらくして

「ねえ、佐々木のあの写真は誰とのものなの?

 あの首元の痣はあなたよねえ」

「ああ、あれは俺と君の写真だよ」

「えっ?いつ撮ったの?あなたの相手が気になって仕方なかったわ」

「ああ、焼餅か?あれは君だよ。

 たまに君を鑑賞するために撮り貯めているんだ。すごく綺麗だよ」

「もしどこかに漏れたら困るからすぐに消してよ」

「君が約束を守ったらね。君の前で消去ボタンを押させてあげるよ」

「でも私の身体を使ってまで佐々木としたいなんて相当なご執心ね」

「いや、あんな人形みたいな女には興味は無い。

 俺様を無視したから憎いだけだ」

「相当に怒っているわねえ。ねえ、私はどう?気持ちいい?」

「そりゃあ言わずもがなだ。いい泣き声で最高だよ、奈々は」

「こんな風にしたのはあなたでしょ?責任とってよね」

「わかってる。もう俺無しではこの身体は駄目だろう」

「あっ、また、眠れなくなっちゃう、

 やめて、・・・いや、もっと・・・」

また始まったので盗聴は中止した。

 

白川アナは、毎日スポーツジムへ通っている。

そのジムに専務が毎週水曜日に来ている。

二人で示し合わせて隣のホテルで一戦を交えるようだ。

専務がジムを出てきた時、

浮浪者に変装してぶつかってクモ助を背中に配置した。

ぶつかったところを汚そうに振り払いながらホテルへ歩いていく。

クモ助はいつものように背広の襟足から入り、

『聞き耳タマゴ』を埋め込み、路上へ落ちて翔の回収を待った。

 

「ねえ、専務、あの画像は私じゃないけど誰と寝て写真を撮られたの?

 あんな体格していないし、私はあんな顔しないしすごく不思議」

「いや、よく似た顔の時があるぞ。最後はいつもあんなだぞ」

「えー、やだー、そんなこと言わないで、

 だってあなたがこんな風にしたのよ」

「そうだったな。お前はわしとの時が初めてだったからなあ、

 あんなに何も知らなかったお前がよく感じるようになったものだ。

 しかし、あの画像はいつ撮られたのか、

 副社長の山谷があの写真の男がわしだと

 いつ気が付くか気が気でないぞ。何とかならないか・・・」

「今、山本アナが警察の紹介で探偵を紹介されたけど

 なかなか犯人がわからないみたい」

「このまま行けば、わしが失脚することになる。まいった」

「えーそうなの?だったら私どうしよう。せっかくトップアナなのに」

「まあ、何かあれば、

 ちょっと怖いのが知り合いにいるから手伝って貰うか」

「でもきっともうすぐ皆が忘れ始めるわよ。日本人はすぐに忘れるから」

「そうだな、あの写真から探ってもらうか」

「頼んだわよ、ねえ早く早く、

 いつものね・・・早く・・・舐め・・・あっ」

そこからは乱痴気騒ぎが始まったので盗聴は一時休止。

 

佐々木アナは自宅にこもって出てこない。

家族だけが出入りしている。

クモ大助を使って盗聴を開始した。

「麗子、そろそろ何か口に入れないと身体を壊すわよ」

「はい、でも食欲がないの。もし復帰したら、

 きっとあの写真と重ね合わされて見られるんだ

 と思うと耐えられないの」

「そんなに思いつめるものじゃありません。

 もう世間は覚えていないわよ」

「そんなはずないわ、私は東京スーパーテレビの朝の顔なのよ。

 もう外を歩くのも嫌」

「まあ、世間が忘れるまで待つしかないでしょうね。

 いっそのこともう辞めて家に戻りなさいよ」

「そのことも考えてるの。

 着替えはまだ我慢できるけど・・・もう一つは絶対嫌。

 私は本当に彼もいないし、まだ綺麗な身体なのに・・・」

「探偵さんはどういってる?」

「なかなかむつかしいって」

「そうだろうねえ。どうしたらいいものかねえ」

「会社には長期休暇を申請したわ。別にこのまま消えてもいいし」

「それならしばらくこのままいましょう、ね?麗子」

「はい、お母様、しばらくお世話になります」

(つづく)

39.美波の受験

慎一が米子へ戻り、去年と同じように時間が流れていく。

ただ今年は美波ちゃんの進学を決める大事な1年なので

今までのようにはいかない。

美波ちゃんのテニスは春の県大会でベスト8まで行った。

本人としては最後までベストを尽くしたので満足だったようだ。

そこから受験まで勉強一色となり、

塾へ力が入り予習復習に余念がない毎日が続く。

 

そんな時、美波ちゃんから思いがけない話があった。

北海道の雄大な自然に触れてみたい。

北海道の富良野や知床などの写真集を見る機会があり、

北の雄大な地でしばらく暮らしてみたいと思ったらしい。

全く知らない人ばかりの中で生活をして自分を試してみたいと考えた。

『それに仙台にはお婆ちゃんもいるし、

 たまに遊びに行けるから安心して』と笑っている。

 

将来の進路に関しては、

仕事はおじさんと同じの金融関係を考えていること。

就職率100%という驚異的な大学『小樽商科大学』を第一希望とした。

小樽は北海道でも通商、金融関係では非常に古い歴史のある街だった。

写真では運河や煉瓦造りの倉庫などのある街並みで観光地としても有名である。

 

静香も慎一も美波の受験生活のバックアップを第一として暮らした。

その結果、無事第一望の『小樽商科大学』に合格した。

静香は本やテレビでしか見たことのない北海道という土地へ行く娘を心配したが、しっかりした考え方を持っていることに今更ながら驚きそして見送ることとなった。

美波が独り暮らしになるため、静香は一度部屋を見たいと言ったが

『大丈夫、女性専用のマンションだから安心して』

と言うので任せるしかなかった。

一人になって良く考えてみれば

美波を身ごもった自分の年齢と変わらないことに気がつき

時間の流れの早さを感じた。

美波を無事育て上げたことに喜びもあるが、

母親としての役目がなくなったことへの寂しさも感じた。

 

3月は美波の生活用品や北国専用の服などの購入に時間を使った。

そんな慌ただしい毎日も、

いよいよ米子空港を飛び立つという日が近づいてきた。

『入学式は交通費が勿体ないから出なくていい』

と大人びたことを言ってくる。

『それに帰りが羽田空港乗継なのでドジな母さんが心配』と言ってくる。

せめて写真をという事で、前日に入学式のスーツ姿を写真屋で撮影した。

慎一は運転手だったが、

最後に3人で撮ろうという美波ちゃんの言葉で一緒に撮った。

慎一から美波ちゃんへ

通学用にも使える『COACHレザートートバッグ』を贈った。

(つづく)

30.局アナ盗撮事件を解明せよ 3

翌朝、事務所へ出るとRyokoが検索結果を出していた。

やはり合成技術の該当者は、TSV(東京スーパーテレビ)の人間だった。

百合へ事件経過と状況証拠を伝え、

仮に山本アナから連絡が入った場合の答え方について打ち合わせた。

決して彼女に調査していることを悟られてはならなかった。

 

山本アナは、朝早く家を出て

ニュース番組の打ち合わせなど夜遅くまで仕事をしている。

ある水曜日の夜、おめかししてタクシーで会社を出て行った。

翔は、バイクに乗って300メートルほど離れて尾行する。

新宿のとある料亭へ入っていく。

政財界の大物が集まる店と評判の料亭だった。

場所を突き止めたので百合に連絡すると、

ちょうどアスカがメンテナンスで事務所にいたので

バトルカーに乗って来て貰いバイクと交代した。

バトルカーを近くのコインパーキングに停め、トランクからドローンを発信させた。

ドローンで透視撮影をしながら、クモママを屋根瓦へ投下した。

ドローンをトランクへ格納しクモママの操作に没頭した。

まだ食事の時間帯なので衾は開けられている。

透視画像から考えて山本アナと思われる女性のいる部屋が確定できた。

早速クモママを移動させた。

 

山本アナはお茶にも手をつけず待っている。

ニュース原稿を見ている時と違い、綺麗に化粧をして色気ムンムンだった。

クモ助も出動させ、部屋の入口の天井で待機させた。

やがて女中に先導されて1人の男が現れた。

顔の写真を撮ってRyokoに解析を依頼する。

いつものようにクモ助を男の背中へ落とし襟足に隠れて待機させた。

背広はすぐに脱がされて部屋の隅にある洋服入れへ仕舞われた。

クモ助はオナモミ型盗聴器『聞き耳タマゴ』を襟元の繊維へ仕込んだ。

次にその隣に吊られている山本アナの服の襟元にも仕込んだ。

あとはそっと影へ隠れて女中が料理を持って入ってくる時に

衾の合わせ目から脱出してクモママまで戻ってくるだけだった。

この『聞き耳タマゴ』にはGPSも入っているので

この男と山本アナの今後の場所はすぐわかることとなった。

 

Ryokoからの解析結果が送られてきた。

相手の男は、白川アナが移籍すると噂されている

YHT(ヤエスハッピーテレビ)の副社長 山谷越太郎だった。

夕食が終わりタクシーに乗ってホテルに移動すると一戦が始まった。

山本アナは少女っぽい部屋に住んでいるだけあって、

いつもより少し高めのアニメのような声で甘えて副社長へ奉仕し始めた。

「奈々って呼んで下さい。私の事をいつものようにお好きにして下さい」

「奈々、そうかそうか、わしが元気になるまで泣けよ、ははは」

『パシッ、パシッ』

「はい、あっ、痛い、もっとお願いします、もっと・・・」

「ははは、どうだ、どうだ」

「あっすてき、もっと強くお願いします。もっとそこに当たるようにお願い」

「こんな大事なところをいいのか、わかった、ははは」

「あっ、あっ、あっ・・・」

こんな時間がずっと続きやっと終わった。

「ねえ、副社長、いつに私を引き抜いてくれるの?」

「専務派の白川を潰してからだな」

「あの写真が出たら、もう駄目じゃないですか?

 ましてや専務に抱かれている写真を公表されてるし」

「そうだな、あいつは最近落ち着きがなくなって、

 俺に何を言われるか心配みたいだな」

「あと少しね。今、警察の紹介の探偵に頼んでるけど

 頼りなくてわからないと言ってる」

「あいつの技術はすごいもんじゃ、さすがに誰もわからないだろうなあ」

「ええ、あとは白川アナを潰すだけ」

「佐々木アナにはかわいそうなことをした、お前もひどい女よなあ」

「いいのよ、私に並ぼうなんていい気になり過ぎなの、男も知らない癖に」

(つづく)

38.再び『さざなみ』へ

家に戻り着替えてから米子市の繁華街の一角と聞いている角盤町へ行くこととした。

角盤町の路地には夕暮れに家路へと急ぐ人達に混じり、

もうだいぶアルコールが入った様子の数人もいる。

町の様子を見ながら少し細めの路地へ目を移した。

 

小さな看板で『さざなみ』と板書された小料理屋が目に入った。

暖色系のライトに照らされ、

さざなみの四文字を抜き取った水色地の新しい暖簾が下がっている。

暖簾から中を覗くともまだお客さんは居らず静かだった。

あまり変な店でもなさそうなので、

新規開拓に自分用の店として入ってみることとした。

 

「ガラッ、すみません、店空いてます?」

『はーい、いらっしゃい。今開けたところですので少々お待ち下さい』

とカウンターの奥の厨房から聞こえてくる。

女将さんの姿は見えなかった。

慎一はどこに座ろうかと考えて小料理屋の中を見回した時に、

突然、激しい頭痛に襲われた。

激しいフラッシュバックが起こり目も開けていられないくらいだった。

そして意識が混濁していく。

慎一は頭を押さえながら小上がりの畳間へ倒れこんだ。

 

静香は大きな音がしたので驚いて奥の厨房から顔を出した。

お客さんが小上がりに倒れている。

「お客さん、大丈夫ですか・・・あっ」

お客さんの顔を見て、今度は静香が立ちすくんでしまっている。

予想もしていなかったことに静香もしばらく動けずにいたが、

急いで店の扉を閉めて、『本日閉店』の札を下げた。

 

静香は火元を全て止めて

小上がりに座り

彼を膝枕し

彼の髪や背中や肩をそっと撫でている。

 

そっと撫でられるたびに痛みが引いていく。

『この不思議な感覚は何だろう』と目を開けると静香さんがいた。

慎一は、一瞬で全てを思い出し・・・心が理解した。

『この縁(えにし)を大切にした先には幸せがあるはず・・・』

 

「静香さん、ただいま」

「慎一さん、お帰りなさい。もうじき美波もくるわ」

(つづく)

29.局アナ盗撮事件を解明せよ 2

翔には腑に落ちないことがあった。

先ず画像の精度の問題。

①山本アナの裸体画像解析

 着替え画像はキチンとピントがあっているが、

 シャワー画像でバストトップにはピントが合っていない。

 首や胸の部分を拡大してみるとやはり巧妙に修正又は差し替えられた部分が見えた。

 身体の線は年齢の割には綺麗に写っている。

②佐々木アナの画像解析

 着替え画像はキチンとピントがあっているが、

 男に抱かれている画像は顔部分が差し替えられていた。

 身体の線は着替えの時より若干崩れ気味だった。

 とても気持ちよさそうな顔で写っている。

 男の顔は横顔ではっきりとは写っていないが、

 中年のような身体で首元の痣に特徴があった。

③白川アナの画像解析

 着替え画像はキチンとピントがあっているが、

 男に抱かれている画像は顔部分が差し替えられていた。

 酸っぱい物を食べたような顔で写っている。

 男の顔は横顔ではっきりとは写っていないが、

 結構年配な身体で髪の毛の生え際に特徴があった。

 

次に暴露画像の種類と世間への影響度についてである。

山本アナ :着替えとぼやけた裸体画像だけなので商売上大した影響はない。

佐々木アナ:お嬢様としても有名で朝の顔でもあるので、

      着替え画像はともかく男との画像は致命的である。

白川アナ :朝の番組の担当でもあり、

      裸のヨガ画像はともかく男との画像は致命的である。

 

翔はRyokoへ

『男に抱かれている佐々木アナと白川アナの顔つきと同じ画像』

をネット上で検索させた。

しばらくすると、

佐々木アナの入社当時のバラエティー番組で露天風呂に入っている画像が、

白川アナのバラエティー番組の罰ゲームで酸っぱい物を食べさせられた画像が

複数件ヒットした。

 

ネットで拡散された画像を詳細に調査してわかったことは

使われた合成技術は非常に巧妙で素人にはできないものということだった。

ただ合成にはその技術者の癖が出るのでその技術に関してRyokoへ検索させた。

これは少し時間がかかるのでとりあえず今日は家へ帰った。

その日から翔はクライアントの山本アナに不審を感じ、彼女の素行調査を開始した。

(つづく)

37.再赴任

「次は米子、米子」

慎一はひとつ背伸びをして手元にある人事異動通知書を見た。

                人事異動通知書

京都支店融資部 

日下 慎一  殿

                                  関西中央銀行本店

                                  人事部長 清水 英雄

貴殿を平成10年4月1日付で山陰支店への異動を命ずる。

                                            以上

 心の中の何かが記憶の蘇ることを邪魔していると感じている。

その部分が明確にならないと次の人生が踏み出せないとも思っている。

ただ焦るつもりは全くなかった。

まあ山陰の知識が無い以外、業務に支障は無いのでじっくりといく予定であった。

部屋は偶然、前と同じところが空いていたようだ。

部屋は覚えていないが、ベランダから見えるあの山にはうっすら記憶があった。

 

新しい配属先である『預金課』へ挨拶に行くと、

皆は『お久しぶりです』と言ってくれているが、

慎一には全く新しい顔の人達で戸惑いも感じている。

新しい知識とスキルを覚える毎日で、

無理をしないようにしていても自然と無理が掛かってきている。

朝に家を出て、夕方に弁当を買って帰っては寝る毎日だった。

ただ新しい業務は面白く、色々と深く考えることができ

新しい提案も考えるようになれそうな予感が出てきている。

思い出そうとする努力さえしなければ、ただ特に不満もなく毎日が過ぎていく。

毎日仕事で埋めていく慎一の脳裏からは

1月に頭痛の中で会った静香と美波の記憶は完全に消えていた。

 

米子市が桜色に染まるある土曜の朝、

湊山公園で桜を穏やかな気持ちで眺めている。

中海の水面は桜の花びらに染められており、

水鳥公園の鳥達も花見をしているのか、

ときおり水鳥の声らしきものが響き渡る。

賀茂川沿いの白壁土蔵を背景とした桜並木も見もので多くの人が散策している。

頬をなでる風も気持ちよく、すこぶる気分が良かった。

去年もきっとこんな風に桜が咲いていたのだろうなと思うと惜しい気がしてくる。

そうすると少しずつ頭痛に襲われるため

思考を停めて風に揺れる桜に見入った。

すべてがこんな状態なので機械的に仕事をしているのが一番良かった。

 

5月の連休は、27日28日30日1日を休めば長期となるが、

預金課員は無理で皆で調整し休暇を取り合った。

慎一は特に用事はなかったので1日に休暇を取り連続5日間の休暇とした。

全体的に短いため神戸には帰らずにこちらでゆっくりと過ごすつもりだった。

30日の夜は、米子市の繁華街にでも出てみようと考えていた。

(つづく)