はっちゃんZのブログ小説

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32.局アナ盗撮事件を解明せよ 5

翌日、都倉警部に事務所へ来てもらい事情を話した。

都倉警部は騙されたことに驚いた様子で気分を害している。

そこで警部の知っている週刊誌を使うように指示される。

一応変装した翔は『週刊GATSUGATSU』の三枝編集長を紹介され打ち合わせた。

三枝編集長もあの写真を追っていたようで、

染谷専務と山谷副社長の確執、

山本アナの移籍の噂、

山本アナと副社長の関係、

白川アナと染谷専務の関係の写真を撮影していた。

編集長は、佐々木アナとの関係がわからなかったので記事にできなかったらしい。

翔は情報元を伏せる約束で、画像情報を渡した。

 

『週刊GATSUGATSU』の発売日は大反響だった。

暴露写真は山本アナが

佐々木アナと白川アナの人気を下げるために流されたこと。

山本アナとヤエスハッピーテレビ山谷副社長との爛れた関係。

ヤエスハッピーテレビの白川アナと染谷専務の爛れた関係。

佐々木アナと男の写真は、

山本アナとディレクターとの合成写真であること。

白川アナと男の写真は、

専務と銀座の女との写真であったことが暴露された。

 

それによりヤエスハッピーテレビと東京スーパーテレビの玄関前は

他社のマスコミで一杯になりその対応に追われた。

ヤエスハッピーテレビは副社長と専務を子会社へ出向させ

山本アナの移籍は不可能となり、

朝の顔は丸つぶれとなり、恋人のディレクターも異動となった。

とばっちりの白川アナはこのスキャンダルで

一線から身を引いて事態は収まった。

結果的に局は佐々木アナを朝の顔としメンバーを刷新させた。

その後『お嬢様の着替えシーン』として話題になっているが

佐々木アナのスタイルの良さが逆に宣伝になっている。

『天網恢恢疎にして漏らさず』という事件だった。

(つづく)

40.美波の言葉

小樽へ旅立つ前夜、美波が二階から降りてきた。

「お母さん、長い間、色々とありがとう。

 美波はもう大学生だから一人でも大丈夫、だから安心してね」

「あらあら、そんなお嫁に行くようなことを言って・・・

 少し遠いかもしれないけれど心配してませんよ。

 でも無事第一志望に受かって本当に良かったね。

 これで亡くなったお父さんに喜んで貰えるわ」

「そうだね、お父さんも喜んでると思ってる」

「きっとそうよ。よくがんばったって」

「お母さん、もう1つ言いたいことがあるの。おじさんのこと」

「・・・日下さんのこと?・・・」

「うん、これはずっと前から思っていたことなんだけど、

 もしおじさんがお母さんと結婚したいと思ってて

 お母さんが結婚したいと思っているなら

 私のことは気にしないで欲しいんだ。

 私のことを考えて二人とも気持ちを抑えているのはわかってるんだ」

「美波・・・そんなことは・・・」

「お母さん、お父さんが亡くなってもう15年だよ。

 いつまでも死んだ人に縛られるのは、

 お父さんも望んでないと思ってるの。

 それにお母さんは今もこんなにきれいんだし、

 きっとお父さんもこんなに長い間、

 一人でいるって思っていなかったかもよ。

 おじさんも家に来るたび、

 たくさんお父さんともお話しているみたいだし

 何よりずっとおじさんがお父さんだったらいいなと思っていたの。

 この話をするのは

 私がこの家を出て行く今がちょうどいいと思っていたの」

「まあ、いつの間にこんなことを言うようになったのかしら・・・

 ありがとう。その気持ちだけを貰っておくわ。

 日下さんとのことは神様にお任せしているの、

 彼の気持ちが固まったらね。

 私は死別だし、彼は初婚だから簡単にはいかないと思ってるわ。

 でも心配しないで、お母さんは強いから大丈夫」

「このことは言ったからね。

 あんないい人、そんなにいるもんじゃないよ。

 美波がお母さんだったら、

 自分から結婚してって言うと思うよ。ははは」

「もうどこまで本気かわからないわねえ。

 お前はそんなこと心配しなくていいの」

「お母さん、美波は妹が欲しいなあ」

「もうそんなこと言って、早く寝なさい。明日は早いんだから」

「はーい。おやすみなさい」

(つづく)

31.局アナ盗撮事件を解明せよ 4

副社長とのことが終わり山本アナはホテルを出て、

隣のホテルへ入っていく。

隣のホテルではディレクターが待っていた。

「ねえ、シャワー浴びていいでしょ?ジジイが嘗め回して汚いの。

 役に立たない癖に欲望は一人前なのよね。口直しにお願いね」

「ああ、早く移籍して俺を引っ張ってくれよ。

 もう同期は近々出世するみたいだから、

 あの佐々木の起用で出世しやがった。くそっ!

 今頃、きっと抱いて喜んでいるんだろうなあ」

「大丈夫、あのネンネはもう立ち直れないわ。

 これ以上傷つくのが耐えられなくて家族も辞めろというはず。

 そうなればあなたの同期への責任問題が出るから

 出世は取りやめになる筈よ」

「怖い女だなあ、ベッドではすごく可愛いのに」

「ふふふ、女には色々な顔があるものよ。

 私を裏切らないでね、わかってる?」

「おうおう怖い怖い、わかってるよ、

 俺もここまでやったら後には引けない」

「その意気よ、時期を見てあなたが嫌いな佐々木を抱かしてあげるわ」

「そうか?それは楽しみ、待ってるぜ、ひいひい言わしてやる」

「待っててね。もうじき白川が失脚して後釜に私が移籍すれば

 あなたを引っ張っるように副社長には頼んでいるから」

 そこからはまたもやよく似た展開で始終した。

 

しばらくして

「ねえ、佐々木のあの写真は誰とのものなの?

 あの首元の痣はあなたよねえ」

「ああ、あれは俺と君の写真だよ」

「えっ?いつ撮ったの?あなたの相手が気になって仕方なかったわ」

「ああ、焼餅か?あれは君だよ。

 たまに君を鑑賞するために撮り貯めているんだ。すごく綺麗だよ」

「もしどこかに漏れたら困るからすぐに消してよ」

「君が約束を守ったらね。君の前で消去ボタンを押させてあげるよ」

「でも私の身体を使ってまで佐々木としたいなんて相当なご執心ね」

「いや、あんな人形みたいな女には興味は無い。

 俺様を無視したから憎いだけだ」

「相当に怒っているわねえ。ねえ、私はどう?気持ちいい?」

「そりゃあ言わずもがなだ。いい泣き声で最高だよ、奈々は」

「こんな風にしたのはあなたでしょ?責任とってよね」

「わかってる。もう俺無しではこの身体は駄目だろう」

「あっ、また、眠れなくなっちゃう、

 やめて、・・・いや、もっと・・・」

また始まったので盗聴は中止した。

 

白川アナは、毎日スポーツジムへ通っている。

そのジムに専務が毎週水曜日に来ている。

二人で示し合わせて隣のホテルで一戦を交えるようだ。

専務がジムを出てきた時、

浮浪者に変装してぶつかってクモ助を背中に配置した。

ぶつかったところを汚そうに振り払いながらホテルへ歩いていく。

クモ助はいつものように背広の襟足から入り、

『聞き耳タマゴ』を埋め込み、路上へ落ちて翔の回収を待った。

 

「ねえ、専務、あの画像は私じゃないけど誰と寝て写真を撮られたの?

 あんな体格していないし、私はあんな顔しないしすごく不思議」

「いや、よく似た顔の時があるぞ。最後はいつもあんなだぞ」

「えー、やだー、そんなこと言わないで、

 だってあなたがこんな風にしたのよ」

「そうだったな。お前はわしとの時が初めてだったからなあ、

 あんなに何も知らなかったお前がよく感じるようになったものだ。

 しかし、あの画像はいつ撮られたのか、

 副社長の山谷があの写真の男がわしだと

 いつ気が付くか気が気でないぞ。何とかならないか・・・」

「今、山本アナが警察の紹介で探偵を紹介されたけど

 なかなか犯人がわからないみたい」

「このまま行けば、わしが失脚することになる。まいった」

「えーそうなの?だったら私どうしよう。せっかくトップアナなのに」

「まあ、何かあれば、

 ちょっと怖いのが知り合いにいるから手伝って貰うか」

「でもきっともうすぐ皆が忘れ始めるわよ。日本人はすぐに忘れるから」

「そうだな、あの写真から探ってもらうか」

「頼んだわよ、ねえ早く早く、

 いつものね・・・早く・・・舐め・・・あっ」

そこからは乱痴気騒ぎが始まったので盗聴は一時休止。

 

佐々木アナは自宅にこもって出てこない。

家族だけが出入りしている。

クモ大助を使って盗聴を開始した。

「麗子、そろそろ何か口に入れないと身体を壊すわよ」

「はい、でも食欲がないの。もし復帰したら、

 きっとあの写真と重ね合わされて見られるんだ

 と思うと耐えられないの」

「そんなに思いつめるものじゃありません。

 もう世間は覚えていないわよ」

「そんなはずないわ、私は東京スーパーテレビの朝の顔なのよ。

 もう外を歩くのも嫌」

「まあ、世間が忘れるまで待つしかないでしょうね。

 いっそのこともう辞めて家に戻りなさいよ」

「そのことも考えてるの。

 着替えはまだ我慢できるけど・・・もう一つは絶対嫌。

 私は本当に彼もいないし、まだ綺麗な身体なのに・・・」

「探偵さんはどういってる?」

「なかなかむつかしいって」

「そうだろうねえ。どうしたらいいものかねえ」

「会社には長期休暇を申請したわ。別にこのまま消えてもいいし」

「それならしばらくこのままいましょう、ね?麗子」

「はい、お母様、しばらくお世話になります」

(つづく)

39.美波の受験

慎一が米子へ戻り、去年と同じように時間が流れていく。

ただ今年は美波ちゃんの進学を決める大事な1年なので

今までのようにはいかない。

美波ちゃんのテニスは春の県大会でベスト8まで行った。

本人としては最後までベストを尽くしたので満足だったようだ。

そこから受験まで勉強一色となり、

塾へ力が入り予習復習に余念がない毎日が続く。

 

そんな時、美波ちゃんから思いがけない話があった。

北海道の雄大な自然に触れてみたい。

北海道の富良野や知床などの写真集を見る機会があり、

北の雄大な地でしばらく暮らしてみたいと思ったらしい。

全く知らない人ばかりの中で生活をして自分を試してみたいと考えた。

『それに仙台にはお婆ちゃんもいるし、

 たまに遊びに行けるから安心して』と笑っている。

 

将来の進路に関しては、

仕事はおじさんと同じの金融関係を考えていること。

就職率100%という驚異的な大学『小樽商科大学』を第一希望とした。

小樽は北海道でも通商、金融関係では非常に古い歴史のある街だった。

写真では運河や煉瓦造りの倉庫などのある街並みで観光地としても有名である。

 

静香も慎一も美波の受験生活のバックアップを第一として暮らした。

その結果、無事第一望の『小樽商科大学』に合格した。

静香は本やテレビでしか見たことのない北海道という土地へ行く娘を心配したが、しっかりした考え方を持っていることに今更ながら驚きそして見送ることとなった。

美波が独り暮らしになるため、静香は一度部屋を見たいと言ったが

『大丈夫、女性専用のマンションだから安心して』

と言うので任せるしかなかった。

一人になって良く考えてみれば

美波を身ごもった自分の年齢と変わらないことに気がつき

時間の流れの早さを感じた。

美波を無事育て上げたことに喜びもあるが、

母親としての役目がなくなったことへの寂しさも感じた。

 

3月は美波の生活用品や北国専用の服などの購入に時間を使った。

そんな慌ただしい毎日も、

いよいよ米子空港を飛び立つという日が近づいてきた。

『入学式は交通費が勿体ないから出なくていい』

と大人びたことを言ってくる。

『それに帰りが羽田空港乗継なのでドジな母さんが心配』と言ってくる。

せめて写真をという事で、前日に入学式のスーツ姿を写真屋で撮影した。

慎一は運転手だったが、

最後に3人で撮ろうという美波ちゃんの言葉で一緒に撮った。

慎一から美波ちゃんへ

通学用にも使える『COACHレザートートバッグ』を贈った。

(つづく)

30.局アナ盗撮事件を解明せよ 3

翌朝、事務所へ出るとRyokoが検索結果を出していた。

やはり合成技術の該当者は、TSV(東京スーパーテレビ)の人間だった。

百合へ事件経過と状況証拠を伝え、

仮に山本アナから連絡が入った場合の答え方について打ち合わせた。

決して彼女に調査していることを悟られてはならなかった。

 

山本アナは、朝早く家を出て

ニュース番組の打ち合わせなど夜遅くまで仕事をしている。

ある水曜日の夜、おめかししてタクシーで会社を出て行った。

翔は、バイクに乗って300メートルほど離れて尾行する。

新宿のとある料亭へ入っていく。

政財界の大物が集まる店と評判の料亭だった。

場所を突き止めたので百合に連絡すると、

ちょうどアスカがメンテナンスで事務所にいたので

バトルカーに乗って来て貰いバイクと交代した。

バトルカーを近くのコインパーキングに停め、トランクからドローンを発信させた。

ドローンで透視撮影をしながら、クモママを屋根瓦へ投下した。

ドローンをトランクへ格納しクモママの操作に没頭した。

まだ食事の時間帯なので衾は開けられている。

透視画像から考えて山本アナと思われる女性のいる部屋が確定できた。

早速クモママを移動させた。

 

山本アナはお茶にも手をつけず待っている。

ニュース原稿を見ている時と違い、綺麗に化粧をして色気ムンムンだった。

クモ助も出動させ、部屋の入口の天井で待機させた。

やがて女中に先導されて1人の男が現れた。

顔の写真を撮ってRyokoに解析を依頼する。

いつものようにクモ助を男の背中へ落とし襟足に隠れて待機させた。

背広はすぐに脱がされて部屋の隅にある洋服入れへ仕舞われた。

クモ助はオナモミ型盗聴器『聞き耳タマゴ』を襟元の繊維へ仕込んだ。

次にその隣に吊られている山本アナの服の襟元にも仕込んだ。

あとはそっと影へ隠れて女中が料理を持って入ってくる時に

衾の合わせ目から脱出してクモママまで戻ってくるだけだった。

この『聞き耳タマゴ』にはGPSも入っているので

この男と山本アナの今後の場所はすぐわかることとなった。

 

Ryokoからの解析結果が送られてきた。

相手の男は、白川アナが移籍すると噂されている

YHT(ヤエスハッピーテレビ)の副社長 山谷越太郎だった。

夕食が終わりタクシーに乗ってホテルに移動すると一戦が始まった。

山本アナは少女っぽい部屋に住んでいるだけあって、

いつもより少し高めのアニメのような声で甘えて副社長へ奉仕し始めた。

「奈々って呼んで下さい。私の事をいつものようにお好きにして下さい」

「奈々、そうかそうか、わしが元気になるまで泣けよ、ははは」

『パシッ、パシッ』

「はい、あっ、痛い、もっとお願いします、もっと・・・」

「ははは、どうだ、どうだ」

「あっすてき、もっと強くお願いします。もっとそこに当たるようにお願い」

「こんな大事なところをいいのか、わかった、ははは」

「あっ、あっ、あっ・・・」

こんな時間がずっと続きやっと終わった。

「ねえ、副社長、いつに私を引き抜いてくれるの?」

「専務派の白川を潰してからだな」

「あの写真が出たら、もう駄目じゃないですか?

 ましてや専務に抱かれている写真を公表されてるし」

「そうだな、あいつは最近落ち着きがなくなって、

 俺に何を言われるか心配みたいだな」

「あと少しね。今、警察の紹介の探偵に頼んでるけど

 頼りなくてわからないと言ってる」

「あいつの技術はすごいもんじゃ、さすがに誰もわからないだろうなあ」

「ええ、あとは白川アナを潰すだけ」

「佐々木アナにはかわいそうなことをした、お前もひどい女よなあ」

「いいのよ、私に並ぼうなんていい気になり過ぎなの、男も知らない癖に」

(つづく)

38.再び『さざなみ』へ

家に戻り着替えてから米子市の繁華街の一角と聞いている角盤町へ行くこととした。

角盤町の路地には夕暮れに家路へと急ぐ人達に混じり、

もうだいぶアルコールが入った様子の数人もいる。

町の様子を見ながら少し細めの路地へ目を移した。

 

小さな看板で『さざなみ』と板書された小料理屋が目に入った。

暖色系のライトに照らされ、

さざなみの四文字を抜き取った水色地の新しい暖簾が下がっている。

暖簾から中を覗くともまだお客さんは居らず静かだった。

あまり変な店でもなさそうなので、

新規開拓に自分用の店として入ってみることとした。

 

「ガラッ、すみません、店空いてます?」

『はーい、いらっしゃい。今開けたところですので少々お待ち下さい』

とカウンターの奥の厨房から聞こえてくる。

女将さんの姿は見えなかった。

慎一はどこに座ろうかと考えて小料理屋の中を見回した時に、

突然、激しい頭痛に襲われた。

激しいフラッシュバックが起こり目も開けていられないくらいだった。

そして意識が混濁していく。

慎一は頭を押さえながら小上がりの畳間へ倒れこんだ。

 

静香は大きな音がしたので驚いて奥の厨房から顔を出した。

お客さんが小上がりに倒れている。

「お客さん、大丈夫ですか・・・あっ」

お客さんの顔を見て、今度は静香が立ちすくんでしまっている。

予想もしていなかったことに静香もしばらく動けずにいたが、

急いで店の扉を閉めて、『本日閉店』の札を下げた。

 

静香は火元を全て止めて

小上がりに座り

彼を膝枕し

彼の髪や背中や肩をそっと撫でている。

 

そっと撫でられるたびに痛みが引いていく。

『この不思議な感覚は何だろう』と目を開けると静香さんがいた。

慎一は、一瞬で全てを思い出し・・・心が理解した。

『この縁(えにし)を大切にした先には幸せがあるはず・・・』

 

「静香さん、ただいま」

「慎一さん、お帰りなさい。もうじき美波もくるわ」

(つづく)

29.局アナ盗撮事件を解明せよ 2

翔には腑に落ちないことがあった。

先ず画像の精度の問題。

①山本アナの裸体画像解析

 着替え画像はキチンとピントがあっているが、

 シャワー画像でバストトップにはピントが合っていない。

 首や胸の部分を拡大してみるとやはり巧妙に修正又は差し替えられた部分が見えた。

 身体の線は年齢の割には綺麗に写っている。

②佐々木アナの画像解析

 着替え画像はキチンとピントがあっているが、

 男に抱かれている画像は顔部分が差し替えられていた。

 身体の線は着替えの時より若干崩れ気味だった。

 とても気持ちよさそうな顔で写っている。

 男の顔は横顔ではっきりとは写っていないが、

 中年のような身体で首元の痣に特徴があった。

③白川アナの画像解析

 着替え画像はキチンとピントがあっているが、

 男に抱かれている画像は顔部分が差し替えられていた。

 酸っぱい物を食べたような顔で写っている。

 男の顔は横顔ではっきりとは写っていないが、

 結構年配な身体で髪の毛の生え際に特徴があった。

 

次に暴露画像の種類と世間への影響度についてである。

山本アナ :着替えとぼやけた裸体画像だけなので商売上大した影響はない。

佐々木アナ:お嬢様としても有名で朝の顔でもあるので、

      着替え画像はともかく男との画像は致命的である。

白川アナ :朝の番組の担当でもあり、

      裸のヨガ画像はともかく男との画像は致命的である。

 

翔はRyokoへ

『男に抱かれている佐々木アナと白川アナの顔つきと同じ画像』

をネット上で検索させた。

しばらくすると、

佐々木アナの入社当時のバラエティー番組で露天風呂に入っている画像が、

白川アナのバラエティー番組の罰ゲームで酸っぱい物を食べさせられた画像が

複数件ヒットした。

 

ネットで拡散された画像を詳細に調査してわかったことは

使われた合成技術は非常に巧妙で素人にはできないものということだった。

ただ合成にはその技術者の癖が出るのでその技術に関してRyokoへ検索させた。

これは少し時間がかかるのでとりあえず今日は家へ帰った。

その日から翔はクライアントの山本アナに不審を感じ、彼女の素行調査を開始した。

(つづく)

37.再赴任

「次は米子、米子」

慎一はひとつ背伸びをして手元にある人事異動通知書を見た。

                人事異動通知書

京都支店融資部 

日下 慎一  殿

                                  関西中央銀行本店

                                  人事部長 清水 英雄

貴殿を平成10年4月1日付で山陰支店への異動を命ずる。

                                            以上

 心の中の何かが記憶の蘇ることを邪魔していると感じている。

その部分が明確にならないと次の人生が踏み出せないとも思っている。

ただ焦るつもりは全くなかった。

まあ山陰の知識が無い以外、業務に支障は無いのでじっくりといく予定であった。

部屋は偶然、前と同じところが空いていたようだ。

部屋は覚えていないが、ベランダから見えるあの山にはうっすら記憶があった。

 

新しい配属先である『預金課』へ挨拶に行くと、

皆は『お久しぶりです』と言ってくれているが、

慎一には全く新しい顔の人達で戸惑いも感じている。

新しい知識とスキルを覚える毎日で、

無理をしないようにしていても自然と無理が掛かってきている。

朝に家を出て、夕方に弁当を買って帰っては寝る毎日だった。

ただ新しい業務は面白く、色々と深く考えることができ

新しい提案も考えるようになれそうな予感が出てきている。

思い出そうとする努力さえしなければ、ただ特に不満もなく毎日が過ぎていく。

毎日仕事で埋めていく慎一の脳裏からは

1月に頭痛の中で会った静香と美波の記憶は完全に消えていた。

 

米子市が桜色に染まるある土曜の朝、

湊山公園で桜を穏やかな気持ちで眺めている。

中海の水面は桜の花びらに染められており、

水鳥公園の鳥達も花見をしているのか、

ときおり水鳥の声らしきものが響き渡る。

賀茂川沿いの白壁土蔵を背景とした桜並木も見もので多くの人が散策している。

頬をなでる風も気持ちよく、すこぶる気分が良かった。

去年もきっとこんな風に桜が咲いていたのだろうなと思うと惜しい気がしてくる。

そうすると少しずつ頭痛に襲われるため

思考を停めて風に揺れる桜に見入った。

すべてがこんな状態なので機械的に仕事をしているのが一番良かった。

 

5月の連休は、27日28日30日1日を休めば長期となるが、

預金課員は無理で皆で調整し休暇を取り合った。

慎一は特に用事はなかったので1日に休暇を取り連続5日間の休暇とした。

全体的に短いため神戸には帰らずにこちらでゆっくりと過ごすつもりだった。

30日の夜は、米子市の繁華街にでも出てみようと考えていた。

(つづく)

28.局アナ盗撮事件を解明せよ 1

今、ネットではある情報が炎上している。

有名アナウンサー数人の全裸写真がネット上へ投稿されてしまったからだ。

一度、これが出てしまうと

コピーのコピーが出回り始めどうしようもなくなってしまう。

最初の被害者になったのは、

TSV(東京スーパーテレビ)からの移籍も噂されるほどの

実力派『山本奈々』アナ。

次がポスト山本アナと噂されている同局の『佐々木麗子』アナ。

山本アナが移籍すると噂されている

ライバル局のトップアナの『白川絵里』アナだった。

何気にネットを見ていて、翔が無意識についついプチッと押してしまった。

山本アナは、着替えている画像とシャワーを浴びている画像

佐々木アナは、着替えている画像と男に抱かれている画像

白川アナは、裸でヨガをしている画像と男に抱かれている画像だった。

 

それを百合が見逃すはずも無く、さっそく

「私のことしか見ないって言ってて、ふーん」

「違うよ、何気に百合に似て可愛い目だなと思ったんだよ」

「はいはい、所長、そんな画像を見る時間があるなら早く仕事へ行って下さい。

 確か昨日、いつものお婆さんからの依頼があったと記憶していますが」

「はい、わかりました。じゃあ、行ってきます」

 

翔が立ち上がった時、クライアントが入ってきた。

大きなサングラスとマスクで隠しているがどこかで見た顔だなと思ったら、

さきほどのネットの女性だった。

「いらっしゃいませ、こちらへどうぞ」

「ど・・・どうぞ、こちらへ」

 

クライアントは『山本奈々』アナだった。

目つきもきりっとして、大学のミスコン優勝者だけあってオーラが強かった。

今まで見ていた画像がチラリと頭をかすめるが必死で振り払った。

今回の依頼は3人のアナウンサーからのもので代表して、

一番年上の山本アナが来たとのことで

何とか犯人を見つけて欲しいとのことだった。

本庁の都倉警部にテレビ局の上層部が相談し翔が紹介されたようだ。

週刊誌はおもしろおかしく3人を報道し、裸の画像がドンドン出ている。

全員、若い女性でもあり精神的にも傷ついて番組を休んでいるらしい。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:山本奈々様、佐々木麗子様、白川絵里様。

依頼人状況:会社員(アナウンサー)

種類:ネットへの裸体等の暴露被害

経過:ある日突然、ネット上に画像が投稿された。

調査方針:盗聴方法の解明と装置の撤去。犯人の特定。

 

先ず山本アナの部屋へ行き盗聴装置を探索した。

山本アナの部屋は、意外と少女趣味でたくさんのぬいぐるみが置かれている。

そのぬいぐるみの一つから盗撮装置がでてきた。

居間と寝室のコンセントからは盗聴装置、

風呂からは全く出てこなかった。

 

佐々木アナの部屋へ行き同じように探索した。

綺麗に掃除され整頓された部屋でネットに出たような生活は想像できなかった。

すごく落ち込んでおり気の毒なくらいだった。

寝室に置かれているファンからのボトルシップに盗撮装置、

居間と寝室のコンセントからは盗聴装置のみだった。

 

白川アナの部屋も同様に探索した。

あまり掃除には意識の無い女性のようで、無頓着に適当に置かれている。

ファンから届けられたぬいぐるみや、ボトルシップに盗撮装置、

居間と寝室のコンセントからは盗聴装置のみだった。

 

念のため、Ryokoにも画像を送り、

前の事件のように建物構造からの盗撮装置がないか確認してみたが無かった。

ぬいぐるみもボトルシップもテレビ局に届けられてからアナウンサーへ渡される。

相手は偽名を使っている可能性もあり特定は不可能だった。

(つづく)

36.春の息吹

2月も半ばを過ぎとなると暖かい陽射しの日が増えてくる。

慎一はその陽射しを受けながら徐々に活性化していく身体に気がついた。

頭蓋骨の線状骨折も接合し、肩の固定していたネジを外すと

身体は完全に元に戻りつつあることがわかった。

脳波測定からも異常なものはでていないが記憶だけが完全ではなかった。

医師からは

記憶には短期と長期があって、事故などの記憶喪失は短期のものが多く、

長期記憶まで障害を受けるのは、心的外傷の可能性が高いと言われている。

記憶はまだ完全には戻っていないが高松支店の頃までは戻って来つつある。

携帯のマニュアルも読める意欲が戻り

以前来ていた静香さんや美波ちゃんからの溜まっていたメール全て読んだが

心が何かを察知しているのか、その時の光景が浮かんでこない。

 

そんな時、人事部から電話があり、

京都で慎一が手掛けた仕事は先方も喜んでおり成功しているので、

京都にいるよりも元の米子に戻ってゆっくりと体調を戻して欲しいと言われた。

米子で『預金業務』の異動が発令された。

 

幸恵は静香へ異動でそちらにいくことを連絡し、兄のことを頼もうとしたが、

静香の返事は、以前と違いあまりにそっけないように感じた。

幸恵は、もしかしたら彼女はそっけない風を装って、

自らを落ち着かせているのかもしれないとも感じた。

この前の兄の反応を見ていれば、

わかる気もするが妹としては兄が心配だった。

以前の兄に戻ることへの心配と体調管理のことだった。

 

静香は幸恵さんからの連絡を聞いて、喜び半分、戸惑い半分だった。

彼のあの時の様子では元に戻ることは難しいと感じてのことだった。

彼が米子に来る日は待ち遠しいが、期待し過ぎることへの警戒心もあった。

美波にはいらない希望を抱かせないようにこのことは話さなかった。

もし美波が偶然それを知ってもそれはそれまでと考えていた。

 

あの時、『もう会わないと決めた心』が早くも揺らぎ始めている。

神戸から帰ってからは、1人になるといつも涙がにじんでくる毎日だったが、

美波のためにも元の母親に戻らなければならないと心を説得し続けていた。

そんな心の悲鳴を神様が聞いていてくれたのだろうか・・・

静香は『縁』へ感謝した。

そして、あの時の彼の言葉を信じて、ただ待つこととした。

(つづく)

27.翔とミーアと百合2

夕食が終わりゆっくりとしていると

「翔、私はそろそろ帰るよ、もう遅いから館林さんをお送りしなさい。

 そうそう、これはつまらないものですがご自宅の皆さんでお食べ下さい」

たくさんの野菜を百合用に詰めている。

「そんなにたくさんは、1人で住んでいますから」

「まあ、あなたのようなお嬢様がお1人ですか、それはいけません。

 翔、必ず館林さんをお守りするのですよ」

「いえ、そんなに大層なことではありませんから」

「いえ、大丈夫です。翔はこう見えても、

 まあまあできますから安心してください」

「もう、まだまだだと言ったり、そうじゃないと言ったり・・・

 確かにもう遅いから館林さん送るよ。今日はありがとう」

「お婆様、では私は帰ることとします。

 今日は大層に美味しいお料理をありがとうございました。」

「いえいえ、田舎料理ですから、気にしないで下さい。

 お口に合えばと思っています」

「すごく優しい味で美味しかったです。

 今度、機会があれば教えていただけませんか?」

「こんなので良かったら、いつでもお安い御用ですよ。

 次にお会いできる時を楽しみにしています」

「じゃあ、婆ちゃん、送ってくるよ」

「ああ、頼んだよ」

 

百合を電車で送りながら謝っていると、

「翔さんはあんな優しいお婆様に育てられたのですね」

「ああ、優しくて厳しい婆さんだよ。

 俺が6歳の時に両親が死んでからずっと育てて貰ってる。

 爺さんがこれまたすごい人でねえ。さすが夫婦だな」

「そうなんですか。翔さんのお爺様にも会ってみたいな」

「いや、偏屈な爺さんだからいいよ」

「こんなに強い翔さんを育てたお爺様なのでしょう?会いたいです」

「うーん、タイミングが合えばね。

 爺さんは女の子にはからっきし弱いから、きっと驚くだろうなあ」

「きっとですよ。約束ですからね。

 でも本当に美味しいご飯でした。

 ミーアも安心していたし私すごく楽しかった」

「そうだな。あの料理を食べると元気が出るよ。

 もちろん、百合のご飯が一番だけどね」

「そう言ってもらえるとうれしいです」

百合のマンションに着いたのでエントランスまで送ってアパートへ戻ってきた。

翔は、百合への婆さんの態度が気になった。

あの狸婆さんは何かを知っていると感じた。

(つづく)

35.静香親子、神戸へ

静香は、今週の土曜日に彼の実家に行くことを決め、妹の幸恵さんに伝えた。

『娘』と一緒に行くことを伝えると、

一瞬の間はあったが、幸恵さんは兄も記憶が戻ればいいなと大喜びだった。

 

土曜日は、米子駅で彼の大好きなできたての『ふろしき饅頭』を買い

朝一番のスーパーやくもに乗って岡山経由で新幹線に乗り換えて新神戸へ向かった。

そこから在来線に乗り換えて神戸駅へ降りた。

当然のことながら神戸は静香が依然住んでいた時とは全く印象は変わっていた。

 

慎一の実家の近くに行くと幸恵さんが長男の遼くんと一緒に待っていた。

遼くんが『オネーチャーン』と手を振っている。

『はじめまして美波です』と言って遼くんの手を繋いで家へと向かっている。

静香と幸恵はお互い挨拶をして歩き始めた。

その時、幸恵の視線が静香の左手に流れたことを自覚した。

静香は夫と死別してから指輪類は一切していなかった。

指輪が夫の代わりにはならなかったからだった。

 

玄関では慎一さんのご両親や幸恵の夫が待っている。

「初めてお目にかかります。後藤静香と申します。

 米子で日下さんには良くして頂いた者で

 日下さんが大変な怪我をされたと聞き急いでお見舞いにまいりました。

 これはつまらない物ですが、日下さんがお好きだった『ふろしき饅頭』です。

 今朝に蒸しあがったものですから皆さんでお食べ下さい」

「こんにちは、娘の美波です。

 おじさんには色々と良くしてくださって感謝しています。

 今日はおじさんの顔を見たくて参りました」

「まあまあ、こんなところで立ったままもなんですから、どうぞお上がり下さい。

 慎一ももうじき出てくると思います。さあ、どうぞ」

 

静香と美波が居間に通されて、お茶を飲みながら色々と話していると

慎一がゆっくりと奥の部屋から出てきた。

頭や肩には厳重な包帯が、顔や手足にはまだ絆創膏が貼られている。

心なしか顔つきにいつもの精彩が見られない。

「兄さん、今日は米子から後藤静香さんと美波ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ」

幸恵が気を利かして、家族を部屋から出して3人だけにした。

「おじさん、会えて良かった。美波だよ、覚えてる?」

「みなみ・・・ちゃん?」

「美波、そんなに焦らないで、日下さんもびっくりしてるでしょ?」

「そうだった、おじさん、ごめんね」

「・・・」

慎一は頭の中の白い霧は晴れつつあるが、記憶の霧は晴れてこなかった。

確かにこの2人とはどこかで出会った気はしているが、

ほんの4か月前の話だそうだが、米子と言われても現実感はなかった・・・

 

しばらく色々と話してはいたが、

慎一は頭痛がひどくなって、吐き気がするようになりトイレへ向かった。

静香が後ろから背中をさすってくれている。

美波が我慢できずに泣き顔になって外へ出て行った。

慎一の症状が落ち着いてから

「日下さん、じっくりと養生してください。

 またいつでも米子に遊びに来てくださいね」

「すみません。美波ちゃん・・・でしたか、後でお詫びしといてください」

 

静香は幸恵さんへ米子に帰る事を伝えて日下家を出た。

幸恵は美波ちゃんの態度から兄の記憶が戻らなかったことに驚いてずっと謝っている。

『彼に私達のことはもう話さないで欲しい』とお願いした。

そして、もうこちらには顔を出さない考えであることを伝えた。

彼の苦しみをこれ以上見たくなかったからだ。

私たちと会えば彼を苦しませることになるからだった。

彼のあの様子ではやはり思い出す事は、記憶が戻る事はすぐには無理だと感じた。

『もう二度と彼に会う事はない』と心に決めた。

美波にはかわいそうだが、けがをしたからとの理由で納得させるしかなかった。

しかし、静香も美波も彼との1年半は一生忘れない出来事だった。

『縁(えにし)』という言葉が浮かんだが、今は祈る気持ちにはなれなかった。

彼によって開かれた静香の心の扉は彼によって閉じられた。

また彼に出会う前の静香と美波の日常が始まるだけだと思いこもうとした。

(つづく)

26.翔とミーアと百合 1

翔がミーアを飼い始めてから百合が翔の部屋へ来る回数が増えている。

そうなってくるとお互いが急速に親しみを増してくるもので、

百合のぎこちない笑顔が自然なものとなるまで時間はそれほどかからなかった。

元々百合は翔の強さを尊敬しているし、態度はぶっきらぼうだが、

本当の彼の優しいところを知っているので恋へと変わるのは自然だった。

翔も小さい時から修行一本の生活で女の子とは全く接点がなかったし、

ネットを見て、デートだとかファッションだとかに時間を費やすつもりはなかった。

実は百合もそういうことは苦手というより興味がなかったので二人の波長はあった。

百合は生物化学研究室で研究をする傍ら、同好会にも顔を出し学生生活を楽しんだ。

翔とはまだ手もつながない関係だったがそばにいるだけでお互いが落ち着いた。

二人には一緒にいるだけで何をするでもない時間が意外と心地良かった。

 

百合が翔のためにご飯を作るようになると

質素ではあるが吟味された素材を使った料理は翔のお気に入りになった。

翔も今流行りの草食系男子では決してないし、

健康な男であるから女性にはそれなりの感覚を持っているが、

なぜか、特に百合に対してはその笑顔だけで十分満たされてしまっていた。

ぱっと花が咲いたような笑顔、

キラキラ光るあどけない瞳、

口許からこぼれる真珠のような歯、

翔はその全てが好きだった。

次期党首候補として、男として、人間として無責任なことはしないと決めていた。

ただミーアを挟んでの二人でいるだけで満たされる暖かい関係を好んだ。

 

ある時、百合が翔の家へ向かっていると、

大きな風呂敷を持っているお婆さんがベンチに座って汗を拭きながら休んでいる。

「お婆さん、そんなに大きな荷物を持って大変ですね。

 もし良かったら、行かれる場所まで荷物を持ってお手伝いいたしますよ」

「あらまあ、こんな若いお嬢さんが、ありがとうございます。

 実はこの近くに孫の住んでいるアパートがあって、

 田舎から野菜を持ってきたのですよ。助かります」

百合とそのお婆さんが連れ立ってアパートに向かっていくと

なんと翔のアパートだった。

そして向かう部屋も翔の部屋だった。

百合は驚いて

「もしかして、桐生さんのお婆様ですか?」

「はい、そうですよ。翔、ドアを開けておくれ」

「ああ、婆ちゃん、開いてるよ。

 あっ、百合、さん、も一緒だったの、驚いた」

「偶然、お婆様にお会いして一緒に来ました」

「ああ、私がベンチで休んでいるとこのお嬢さん、百合さん?

 手伝いますよと声を掛けてくれて、持ってもらってたのさ」

「ああ、館林さん、ありがとう。助かったよ」

「えっ?館林?さん・・・」

「ええ、いつも桐生さんにはお世話になってます」

「まあ、そんなところで話もなんだから部屋へ入ってよ」

「ああ、そうだね。あらっ?この前来た時とはえらく綺麗になってるねえ」

「うん、館林さんにたまにやって貰っているんだ」

「いえ、そんなにうまくできている訳ではありません」

「ふーん、館林さんにねえ」

三人は部屋に入り、百合がお茶を入れる準備を始めた。

「こんなことまでしていただいて申し訳ありません」

「いえ、私が入れます。お婆様にしていただく訳にはまいりません」

「それはそれはありがとうございます。翔、館林さんに座布団を出しなさい」

「あ、はい、座布団は座布団は・・・」

「あの、押入れの右下にしまっています」

「ああ、ありがとう」

「何だね、この子は、もしかしてみんな館林さんにさせているのかねえ」

「いえ、そういう訳ではありません。私が昨日掃除した時にしまったもので」

「いつも孫の翔に良くして頂いてありがとうございます」

「いえいえ、私が桐生さんに助けて頂いてばかりなのでほんのお礼です」

「まあ、何をしたかはわかりませんが、

 この子はまだまだですから、いい気になるのでおだてないで下さい」

「婆ちゃん、もういいよ。館林さん、ごめんね、ありがとう」

「いえ、全然気にしていません。お元気で明るいお婆様で私は好きです。

 うちの葉山の祖父母も元気すぎてこちらが困るくらいですから」

「へえ、葉山に居られるのですか・・・

 年寄りは元気でいるのが一番ですからお大事にされて下さい」

「はい、ありがとうございます」

今夜は翔と百合とミーアに翔のお婆さんが入って4人で賑やかな夕食となった。

(つづく)

34.幸恵の疑問

幸恵は以前から不思議に感じていることがあった。

兄の慎一が父親へある時から理解を示すようになったことに対してだった。

『夫婦の事は夫婦でしかわからない。子供にはわからない』

『お酒を飲んでいない父さんを知っているのはお母さんだけやから』

兄とは長い間一緒にいるがそんな言葉は聞いたことがないものばかりだった。

兄は米子に赴任してから大きく変わったと感じている。

今までは仕事だけの人だったが最近は仕事以外のことにも興味を持っている。

もちろん昔も今も相変わらずの仕事漬け人間であることは確かだが、

少しは人間らしく変わったと感じている。

 

その時に幸恵はあの写真立てのことを思い出した。

兄に内緒で段ボールの中から取り出した。

花見とテニス大会の時のようだ。

良く似た印象の笑顔の母娘が一緒に写っている。

兄の顔も今まで見た事も無いような明るい笑顔だった。

そして、携帯電話の声と写真の母親らしき女性が重なった。

幸恵は急いで携帯電話を出して着信履歴を見るとあの時の番号が残っている。

急いで彼女へかけ直した。

 

「はい、後藤です」

電話番号は彼の物だがもし奥さんだったらいけないと思ったのだ。

「もしもし、私は日下幸恵と云う者で日下慎一の妹です。

 先日お電話があったようですが、兄に連絡があったのではないのですか?」

「は、はい、ああ日下さんの妹さんですか?

 はい、日下さんがどうされているかと思ってお掛けしたのですが、

 お元気ですか?」

「実は・・・」

幸恵は今までの経緯と兄の怪我の状態や記憶喪失になっていること、

携帯電話は壊れていたので昨日新しいものに変えたことなども伝えた。

控え目ながらしっかりとした電話の受け応えから、

どうやら兄が好みそうな女性であることがわかった。

そして兄が米子で付き合っている女性ではないかと思い、

年も近いであろう後藤さんに幸恵は好意を覚えた。

そして「もし良かったら一度、兄に会って貰えないですか?」と伝えた。

 

静香は電話を切って、あまりの出来事にその場で座り込んでしまった。

一瞬、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。

ほんの今まで彼を忘れようと考えていたところだったからだった。

美波にどう伝えようか考えて、

やはり悲しいけれど正直に言うしかないと思っていたからだった。

彼がそんな大変なことになっていたのに

私は自分のことばかり考えて恥ずかしかった。

今はとにかく彼の身体の怪我と記憶喪失の事が気になった。

怪我のせいでここ数年の記憶がないらしい。

(つづく)

25.幼い兄妹(きょうだい)の依頼 5

 「おまえ たれ ある」

趙が突然客室へ入ってきた。

翔は急いで彼女をベッドの後へ隠れさせると趙へ攻撃した。

それなりに中国拳法使うが、高齢で体力も続かなくなりフウフウ言い始めたので

後頭部へ手刀を落とし昏睡させた。

続いて秘書らしき男も入ってきたが、趙を盾にしているので攻撃してこない。

甲板まで出ていき理恵子さんに内側から鍵を掛けさせた。

後から気配を消した先ほどの秘書が無言で拳を放ってきた。

口が丸くすぼめられているのが見えた。

さっと盾の趙を前に出し拳を避けると趙が苦しみだした。

趙の顔面を見ると細かい針が突き立っている。

そのうち趙が痙攣を起こし始めた。

毒針だった。

 

こいつがこの前の事件のボスを拘置所内で殺した男に違いなかった。

何とかしたいと考えていると海上保安庁が近づいてきた。

男が浮足立って逃げに入った。

手の平からクモの巣を発射した。

男はデッキの柱に縛り付けられた。

急いで振動棒で機関部を破壊し、目につく武器類をバラバラにした。

 

向こうからもう一人がダブダブの服をはためかせながらやってくる。

両手から光る物が投げられた。

手の位置がまっすぐに心臓と首筋を狙ってきている。

さっと避けて近寄り蹴りを放つ。

袖からキラリと光るものが見えた、長い針のようだ。

男は上に跳んで避けながらこちらに蹴りを放ちつつ針を投げる体勢は変わっていない。

この針にも毒が縫っている可能性がある。

蹴りを受ける振りをして後に倒れこむ隙を作ると

すぐさま敵は馬乗りになり針を突き立てる体勢となった。

その瞬間、後頭部に蹴りを放った。

男の顔の表面が浮くほどの強烈な蹴りだったので男は吹っ飛んで倒れている。

もし蹴りを避けられてもその瞬間、隙が出来た脇腹へ抜き手が入る。

 

もう一人の太った男が向かってくる。

無防備に向かってくるので蹴りと拳を繰り出したがすべて弾き返された。

どうやら硬気功のようで物理的攻撃は効きづらい。

腹筋の間に抜き手を狙ったが入らない。

こうなれば相手にはかわいそうだが使うしかなかった。

翔は『一本拳』を使い指の根元までたっぷりと水月へ打ち込んだ。

さすがの敵も転げまわって苦しんでいる。

そっと後へ回り後頭部へ手刀を入れて昏睡させた。

これでこの事件は一見落着だった。

後でわかったことだが、趙が東京におけるチャイニーズマフィアの一人であり、

「臓器売買」「人身売買」「仕事人による殺人」組織は壊滅させることができた。

 

理恵子さんは、覚醒剤中毒となっており、施設に入り断薬をしている。

子供たちは少しの間という事で児童相談所へ預けられた。

この兄妹から聞いたところによると、

木の根元でお腹が空いて寒くなって、意識がだんだん無くなって来た時

お父さんが現れて翔のところへ導いたらしい。

その後、ずっとお母さんの近くにいたそうで、

ある時、突然お兄さんの元へ引っ張られて助けてもらったと言っている。

指輪もいつの間にか無くなっていたと言っている。

(つづく)