はっちゃんZのブログ小説

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62.消された記憶1

現場で取調べを受けた二人は、早々に解放されるとミーアの容態を見た。

百合を助けようと男に向かっていったミーアは、ほとんど息をしていない。

急いで動物病院へ連れて行った。

医師からは『予断を許さない状況』と言われている。

内臓から出血しており長時間の大きな手術となった。

二人の必死の祈りの甲斐もなくミーアの命は天国へ上って行った。

ミーアは病院専用のお墓へ丁寧に埋葬された。

泣き崩れる百合をタクシーでマンションへ送っていく。

 

翔はすぐに帰ろうとしたが、赤く目をはらした百合が翔の治療を始めた。

真剣な眼差しで腕や顔の怪我へ薬を塗り、絆創膏をして包帯を巻いていく。

百合の表情が悲しげで苦しげだった。

怪我の手当てが終わり、コーヒーを入れてくれた。

 

「翔さん、お願いがあります。

 私を、ミーアの分まできつく抱きしめて下さい」

翔は百合をソファで強く抱きしめた。

再び百合の眼から溢れる涙が、服の胸を濡らしていく。

『ミーア、ごめんなさい。ありがとう』

翔の胸の中で百合の声がずっと響いている。

翔と百合は時間を忘れてじっと抱き合った。

いつの間にか二人は泣きながら熱い口づけを交わしていた。

 

しばらくして、百合から

「翔さん、実は、銃口が私を向いた時、

 小さな時の光景が一瞬よぎったのです。

 私は過去に一度は拳銃を突きつけられた経験があるようです。

 その時の光景はあたり一面が真っ赤でした。

 多くの男の人と女の人が真っ赤に染まって並んで眠っていました」

「えっ?誰なの?」

「はい、どなたか知りませんが、

 そのうちのお二人には、

 私にとってすごく懐かしく感じる優しい笑顔が思い出されます。

 それと近くに男の子の顔が見えました」

「男の子?」

「強く大きな眼をして私の前に立って守っていてくれていました」

「うーん、そういえば俺にも良く似た記憶がある。いや、夢かもしれないが」

「もしかしたら私も夢かもしれません。

 翔さんが私を守ってくれた時の記憶が混ざったのかも」

「俺の両親は俺が小さな時に死んだらしい。

 飛行機事故だったと爺さんから聞いている。

 その現場に行ったらしいのだが全く記憶にないのが不思議で仕方ないんだ」

「そんなことが・・・翔さん、寂しかったでしょうね」

「いやあ、親のいないことが普通だったから。

 それに爺さんが厳しくてそんなことを思う間もなかったよ」

「不思議なのは、その男の子の眼差しが翔さんととてもよく似てることなんです」

「そうなの?それは不思議だね」

「その男の子は、たしか・・・ああダメです。全く名前が出てこない。

 でも、どうしてこのことを今まで思い出さなかったのでしょう。不思議です」

(つづく)

61. 逆恨み3

もう一本ナイフを出した男に向かって、

百合を心配そうにじっと見ていたミーアが飛び掛かった。

「うわあ、なんだ?この汚いノラ猫が」

『ガリッ』

ミーアが男の顔に爪を立てた。

「てめえ、いてえな」

男の大きな手に掴まれた小さな身体は壁に思い切り打ちつけられた。

『ドン、ベチャ、ミギャー』

 

「ミーア」

百合が大声で叫んでもミーアは起きてこない。

「このクソ猫が爪を立てやがって、ほーらよ」

思い切りミーアを蹴り上げる男。

ボールのように壁に叩きつけられるミーアの小さな身体。

「おいおい、俺を助けてくれよ」

「これはやばいな。今回、俺は抜けさせてもらうぜ。じゃあな」

後から来た男が部屋から逃げて行ったため

急いで百合の縄を解いて隣の部屋へ避難させた。

 

翔は部屋の前に立ち、男達から百合を守っている。

悶絶している男がいつ目を覚ますかわからないし、

ボールペンを付きたてた男はまだ拳銃を取ろうと視線が向いている。

男はボールペンを抜いて腕を自由にすると

痛みと怒りに奮えながらもう一本ナイフを出そうとしている。

翔はすっと移動するとその手へ蹴りを入れた。

「うっ、痛ってえ」

男の胸にナイフが突き立っていた。

 

翔の意識が悶絶している男から逸れた一瞬

「くそー、こうなれば女を道連れにしてやる」

気絶したふりをしていた悶絶した男は、

その瞬間に百合のいる部屋に入った。

翔は一瞬、腕に突き立てているナイフをその男の太ももへ投げつけた。

ナイフは見事に太腿に深々と突き立った。

「ぎゃあ、痛ってえ」

男はその場に倒れるがとジリジリと百合へ向かって行く。

「くそ、くそ、絶対に許さねえ」

男の手が百合を襲おうとしたその時、

百合がその勢いを利用してその男を翔の方へ投げ飛ばした。

 

男はなぜ投げられたか理解できないように驚いた顔をしてよろよろ立ち上がった。

当然、翔は正面に立つと顎への上段蹴りを入れた。

吹っ飛び崩れ落ちた男を近くにあったコードで縛った。

次に

胸にナイフを突き立った痛みで転がって暴れている男に近寄ると

側頭部へ蹴りを入れて昏睡させた。

そして警部へ連絡して逃げた男の情報を伝え、男達を逮捕してもらった。

百合は急いで、倒れているミーアを抱きしめている。

警察の現場検証の結果、

隣の部屋から笑気ガスのホースが天井板を少しずらした穴につながれていた。

百合の両親が警備の厳重なマンションを借りている意味を知った。

こんな部屋にもう二度と百合を来させてはいけないと感じた翔だった。

(つづく)

60. 逆恨み2

『ベリッ』

口に貼られたガムテープを乱暴に剥がされた。

「お前は」

「あの時は世話になったな。

 警察なんて泣いて反省したふりをすればちょろいもんだぜ。

 俺たちは将来、医者になる人間だぜ。信用されて当たり前なんだよ。

 『もう彼女には近づくなよ。お前にもいい人が必ず現れるから』とか馬鹿だぜ。

 医学部に入っているくらいのこの頭には警察官なぞ、馬鹿にしか思えないさ」

「それで・・・」

「何も女を傷つけた訳でもないので楽勝さ。初犯は軽いからなあ。

 貴様、俺様に大変な苦痛を味合わせてくれたな。

 俺様は将来医者になってお前達貧乏人を救ってあげる偉い人間なんだぞ。

 お前達みたいな庶民は俺様達の言う事をきいておけばいいんだ」

「お前には、この前言ったはずだぞ、今度見かけたら殺すと」

「ははは、おい、こいつ馬鹿なのか?まだ状況を理解できていないみたいだな」

「本当だ。お前さあ、こんなに芋虫みたいになって何ができるの?」

「おい、まずは聞いておきたい。彼女には何もしていないな?」

「ああ、今はね。綺麗なお顔で、どんな顔でお相手してくれるのか、楽しみだ」

「お前達、二人だけなのか?」

「いや、もう一人呼んでいる。もうじきくるだろうな」

「おい、お前達、そんな犯罪は辞めた方がいい。

このまま帰れば今日は無い事にしてやるから」

「ははは、お前、今さっきから何言ってるのさ。少しわからせた方がいいな」

 

二人は、翔を囲んで殴る蹴るを繰り返す。

その時、その物音に百合が意識を取り戻した。

可愛い丸い眼が大きく見開かれて、痛めつけられている翔を見つけた。

アザだらけになった翔の顔をじっと辛そうに見つめている。

翔が目を瞑っているように目配せした。

百合は再び意識を無くしたふりをして目を瞑っている。

 

呼び寄せた一人がドアをノックした。

二人の意識が翔から一瞬離れた。

その瞬間、翔は肩の関節を外して手錠を前に回すと関節を入れなおし、

百合の方へ転がって行った。

次に手首の関節を外して手錠を外し、両手を自由にさせた。

片方の足首の関節も外し脚の手錠も外した。

二人は驚いて翔を殴ろうと向かってきたが

ブラジルの格闘技「カポエラ」の要領で二人を蹴り上げた。

一人は急所に決まり悶絶した。

 

「ふふふ、そんなこともあろうかとこれを用意していたのさ」

男は改造拳銃を懐から出した。

翔はニヤリと笑って

「おい、そのままでは弾は出ないぜ」

男は驚いたように拳銃を見た。

翔から視線が離れたその瞬間、翔は胸ポケットに差していたボールペンを投げつけた。

男の拳銃を持つ手の平に深く突き立った。

拳銃が床に転がった。

安全装置がかかっているため暴発しなかったが、翔は肝を冷やした。

拳銃は百合の目の前まで転がっていった。

男が拳銃を拾おうと跳びついた。

翔はすばやく動き、

その男の手に突き刺さったままになっているボールペンを

再び深く突き刺して畳へ縫い付け、

拳銃を部屋の隅に蹴り転がした。

「ぎゃあ、イテー」

その瞬間、新たに来た男はナイフを投げてきた。

百合が後ろにいるので避けることはできず腕をクロスして受けた。

翔は前腕にナイフを突き立てたまま百合を守った。

(つづく)

20.お食い初め

もうそろそろ雄樹と夏姫の100日のお食い初めが近づいてきている。

歯固めの儀式用に北海道神宮内で

誰も踏んでいないと思われる場所の白い小石を6個拾い綺麗に洗い乾燥させた。

スーパーマーケットで真鯛2匹を買い、お食い初めの準備をした。

静香が真鯛の塩焼き、お味噌汁、高野豆腐や大根の煮物、ダシ巻卵や赤飯を作り

塗り物の膳2つへ盛り付けていく。

ちょうど顔を出した美波へビデオ係をお願いし、雄樹と夏姫を抱っこして

『子供が将来、食に困らないように。また、健やかに育ちますように』と祈り、

慎一は二人へ交代で祝箸を使ってお食い初めの儀式を始めた。

静香が二人の近くで姿勢が崩れないように支えている。

二人とも興味津々で箸や食べ物をじっと見て口許に来ると舐めている。

初めての味のはずなのに変な顔もせずに舐めていく。

『どうやらお父さんに似て食べ物が大好きかも』と美波が笑っている。

膳の赤飯1粒を二人の口に入れて、最後の『歯固めの儀式』で終わった。

 

まだ生まれてほんの3ヶ月なのにこんなに多くの儀式があることに驚いた。

自分が父親になって初めてわかったことだった。

子供たちの一日一日大きくなる姿を見ていると本当に愛おしく思えるのだった。

夫婦とはこういう歴史を積み重ねていき、年をとっていくのだと感じたが、

新人パパの慎一にはまだまだその実感はなかった。

 

やがて12月に入り美波が冬休みとなり、

高校受験を目前に迎えた中学生の家庭教師に力が入り始め、

家へ帰る回数が減ってきている。

北海道神宮に参拝した時も、

合格祈願として絵馬奉納とお守りを買って、

家庭教師の女の子へ贈っている。

 

根雪となる雪が積もり始める頃には

早いものでもう子供たちの首が座りはじめている。

そっと座らせるとしばらくじっとしているし、

うつぶせにしても顔を上げたままにでき始めている。

ある時、雄樹が寝返りを打ちそうになっている。

慎一が『がんばれ、がんばれ』と励ましていると

夏姫も同じようにし始め、二人殆ど同時に寝返りをうった。

当然二人とも元には戻れず顔を布団に置いて泣き始める。

二人を一緒に抱き上げてあやしていると二人の機嫌が直る。

 

『二人とも大きくなってきているので母乳だけでは足りなくなってきているの』

と静香が喜んでいる。

最近は昼夜逆転していないので静香も少しは楽になったようで顔色もいい。

お腹を空く時間も時間差でやってくるのでまだましだった。

最近は紙おむつがあるので便利だが、

自分の時代が布おむつだったことを考えると

母親や父親に対して感謝する気持ちが芽生えてくる。

子育ては決して一人ではできないほど大変なことだった。

それを静香はずっとやってきたことを考えると頭が下がる思いだった。

(つづく)

59. 逆恨み1

ネコの捜索事件を解決した翔は、ふとミーアとの別れを思い出した。

胸の奥からフツフツとした怒りが湧き出してくる。

そして深い悲しみに包まれる。

 

もう暦では春とはいいながら肌に当たる風はまだ冷たい。

翔の卒業式を間近に控えた土曜日の午後、

二人とミーアは部屋でゆっくりとテレビをかけ流し、

百合が翔の背中へもたれながら、お互い好きな本を読んでくつろいでいた。

 

突然、視界がボーっとなり始めた。

何気に百合を見ると眠そうな目つきになっている。

やがて少し頭がふらつき始めた。

翔の脳裏に警戒警報が鳴り始めた。

すぐに呼吸を止めたが、少量の何かが身体に入ったことを感じた。

テレビの音が遠くなり、意識が無くなりそうになる。

痛点を刺激したが遅かった。

百合も翔の方へ倒れこんできた。

翔の意識が闇の世界に覆われた。

 

『ガツッ!』

脇腹への強烈な痛みで目を覚ました。

すでに全身に痛みが広がっている。

相当に暴力を振るわれたようだったが、時計を見ると時間がそれほど経っていなかった。

瞼を開けると部屋の隅で後ろ手に拘束された百合が眠っている。

服の乱れもなく翔は安心した。

翔の両手は後ろ手に手錠を掛けられ両足も手錠で繋がれている。

 

果たして

過去に見た顔が翔へ向けられた。

以前、百合にイタズラしようとして翔にこっぴどく痛めつけられた男だった。

翌日に隣の部屋から引っ越して最近は見ていなかったので安心していた。

その男の隣には、最近隣の部屋へ越してきた男の顔があった。

二人とも知り合いらしく、ニタニタと笑っている。

 

「さすがに笑気ガスは良く効くな。大学からかすめてきて正解だった。

 こいつはすごく強いから注意しないといけないと考えて用意したんだ」

「そうなの?まあ確かにいい身体はしているが・・・」

「こいつに痛めつけられた肋骨は今も痛みがあるんだ。

 寒くなるとズキズキと・・・」

「ひでえことされたものだねえ」

「そうなんだ。こいつ俺様に逆らうんだ。

 こんな可愛い彼女も持ちやがって」

「そうだねえ。この前の女みたいに皆で回すか?」

「それもいいねえ。

 こんな奴に惚れてる女なんてろくでもない女だからそれがお似合いさ」

「俺、結構、こんなお嬢様っぽい女が好きだな。

 どんな風に泣くんだろう。

 いや、以外と好き者で腰くらい振り始めるかもね」

「そうだな。今までの女は、最初は嫌がりながらも

 最後は腰を振り始めるんだからなあ。

 女なんて信用できないぜ。ふふふ。この女はどんな腰かな?」

「そうそう、どんな風に腰を振って喜ぶのか彼氏に聞いておこうか」

(つづく)

19.シシャモ祭りとラムジンギスカン

翌週、鵡川町で『シシャモ祭り』が開始されているため、

ドライブがてら鵡川港へ向かった。

鵡川町に入ると道中に多くのシシャモ販売店が並んでいるのでそこで買ってもいいが、

「『鵡川のシシャモ』は鵡川港で上がったものが本物」と同僚に言われたからだ。

鵡川港には、水産の店は1軒だけで船がたくさん停泊している。

もう肌寒いので母親と子供たちは車に残して慎一だけで買い物をした。

オス20匹3セット、メス20匹3セットを買って、1セットずつを

日下実家と仙台後藤家へ宅急便で送る手配をした。

残りの1セットずつは今週も美波が来るので一緒に食べることとした。

 

街の幹線道路には『シシャモ祭り』の幟がはためいている。

鵡川町内に設営されたシシャモ祭りの会場は観光客でごった返しており

多くのテーブルにはアルミホイルの置かれたホットプレートが設置され

今年上がったシシャモが焼かれており、

匂いだけでシシャモを腹一杯食べた気になってしまうくらい煙が上がっている。

 

鵡川のシシャモ祭りの帰り道に千歳市を通る国道36号線から右折して

苫小牧市にある『ノーザンホースパーク』へ立ち寄った。

広大な敷地のなかに多くの馬(約80頭)が生活していて、

かわいいポニーたちのショーや乗馬体験、

大自然のなかでの多彩なアトラクションを揃えている「馬のテーマパーク」だった。

駐車場で子供たちに母乳を飲ませながら、

子供たちが大きくなったら大喜びしそうだと夫婦で笑いあった。

 

その夜は美波が芳賀さんという友達を連れてお泊りにきた。

彼女達も鵡川町のシシャモは初めてらしく目を輝かせて食べている。

今まで食べていたシシャモは『カラフトシシャモ(キャペリン)』という魚で

鵡川町のものとは学術的、生態的に全く異なっていた。

店の人にはホットプレートにアルミホイルをひいてその上で焼くように言われたが

静香が持っていた七輪で焼くと魚から脂が真っ赤に熾る炭へと落ちて煙となる。

その煙がシシャモそのものに炭の香りをつけて生臭さを消していく。

オスは、大きさも厚さもメザシ並みで

頭から齧ると脂が乗っており、深い旨味が口中に広がる。

メスは、オスの半分くらいのサイズでお腹はキャペリンほど大きくない、

齧るとお腹の中にある卵が身と共に口中へほどけ出る。

その食感は大味なキャペリンとは異なり、

細かい卵は舌で潰れるくらい柔らかく、ほんのり優しい甘さが広がる。

『やはり本場物を一度は食べないとわからないもの』と皆納得した。

 

焼物の続きとして『ジンギスカン』にも挑戦した。

タレは市販だが、肉は『ラム肉』を用意した。

生後1年以上経つ羊の肉は昔から家庭で良く食べられており『マトン』と呼ばれる。

『ラム肉』とは、本来生後一年以内の子羊の肉を指すが、

羊肉の脂は人の体温では吸収されないため、

低脂肪高タンパク質で最近女性に人気の肉だった。

この肉はそのラムの中でも特に母乳しか飲んでいない仔羊のもので

柔らかくジューシーで特有の臭みが殆どなかった。

羊特有の匂いと言われているものは、元々草食動物特有で葉緑素由来のものらしい。

ただその成分の殆どが体脂肪に含まれている。

昨今の牛はダイズ、トウモロコシなどの穀物や干し草などを食べさせているので

牛肉にそのような匂いはしないだけで本来は同様の匂いがあるはずであった。

肉に含まれる脂分が鉄板部分から落ちるタイプのホットプレートで

ラム焼き肉パーティを開いた。

芳賀さんというお客さんを迎えて嬉しいのか雄樹と夏姫の始終機嫌が良かった。

(つづく)

58.新宿探偵事務所スタート4「偶然の大手柄」

【依頼内容】

依頼人氏名:篠原 由梨絵様。

依頼人状況:主婦

種類:ペット探し 猫

   (名前)ベン(種類)ベンガル(色)シルバー&スモーク・タビー

経過:昨日昼から戻ってこない。近くの公園を探したが見つからない。

   心配なので何とか早く見つけて欲しい。

金額:日当10,000円、救出料金50,000円

 

クライアントの邸宅は、市ヶ谷で納戸公園の近くだった。

翔は、クライアントの邸宅付近をネット検索し公園を中心に探すこととした。

いざ現場に行って周辺を見て回ったが皆目検討が付かなかった。

好奇心の旺盛なネコのようなので、事故にでも遭っていないかと注意しながら歩いた。

自宅から納戸公園の間をくまなく探すも一切手掛かりが無い。

道行く子供や大人一人一人に写真を見せて探した。

唯一の情報は、愛猫家からのもので、

やはり納戸公園内でよく似た柄のネコが歩いていたというものだった。

この付近には、なかなかいないネコちゃんだったので覚えていたらしい。

 

翔は最初の勘が外れていないことに自信を持ちながら公園に集中して捜索した。

ふとこの公園には昼間にもかかわらず中国人らしき人達が多いことに気がついた。

近くに中華料理屋も多いので何もおかしくないが、

その割には人数が多いし、ほとんど働いていない様子だった。

翔の勘が何かを囁いている。

とりあえず簡単な変装をして、彼らを見張る事とした。

彼らに不審に思われれば、ネコを探しているという理由付けが活きてくる。

夕方に彼らを尾行していくと小さな汚いビルへ入っていく。

 

「市ヶ谷Cビル」と看板が付いている。

少し離れてビル全体を観察すると屋上にやたらとアンテナの多いことに気がついた。

偶然ホームレスを見かけて、ネコの写真を見せると記憶にあるそうで、      

このビルに入って行ったらしい。

結構高そうなネコだったから捕まえて売ろうと思っていたようだ。

 

翔は、ビル1階の管理人室へ行き、ネコの写真を見せてみると

管理人は一瞬、口ごもり目が泳いでいる。

「いや、見たことがない。知らないよ」

「そうですか、残念です。このネコを見つけたら10万円貰えるんですけどねえ」

「10万円?そりゃあすごいなあ、あのネコ、いやすごいネコだなあ。

 まあ見つけたら連絡してあげるから俺にも少し分けてよ」

「もちろんそれはいいですよ。お願いしますね」

翔はそっと管理人の机の裏へ小さなマイクを貼り付けて退室した。

 

近くのカフェでゆっくりと盗聴に入った。

しばらくすると管理人に中国訛りの日本語が聞こえてくる。

「さきの日本人はなにようあるか?」

「迷いネコを探しているそうです」

「ネコ?どんなネコある?」

ベンガルという珍しいネコなようです」

「もしかして昨日捕まえたあのネコか?」

「今、どうされています?」

「捕まえて檻に入れている。あんなことしたたから折檻ね」

「あの高いアンテナの上に乗って折ったのだから仕方ないか。でもなあ」

「あのアンテナはすごく重要なアンテナ、ぽうえいしょのてんぱせんぷ傍受てきるね」

「ネコだから知らないでしょう。もう離してあげません?可哀想で」

「タメタメ、新しいアンテナ来たら、おかずにして食うあるね、

 ネコはぷた肉みたいで美味しいあるよ」

「ネコを食べるのですか?わかりました。でしたら私が肉にしてあげましょう」

「あなた日本人なのにネコ化けるの怖くないあるか?」

「いや、僕は犬が好きですから関係ありません」

「じゃあ、ばらして肉だけにしておきますから安心してください」

「お前、確か元肉屋たったね、任せたある。3階の部屋の檻に入れてるよ」

 

翔は場所がわかったので、夕方まで待ってビル裏の階段から3階へ昇った。

そっとノブを回すと幸運にも鍵がかかっていなかった。

そっと耳をすませば、微かに『ニャーニャー』と泣き声が聞こえる。

その部屋の電気は消えているので誰もいないと思い、そっと入ると男が一人寝ていた。

「お前、たれ、とろぼうか?」

翔は、すっと近寄ると水月に当身を喰らわせて失神させた。

檻に入った『ベン』を胸に抱いて、すぐさま部屋から出た。

廊下に二人の部下がいて翔へ殴りかかってくる。

翔は『ベン』を抱っこしながら、

二人の攻撃を避けて後頭部への一撃で眠らせた。

 

無事、『ベン』を保護して、都倉警部へ急いで連絡し、盗聴内容について知らせた。

警部は防衛省のメンバーとも打ち合わせ現場へ急行し一味を捕らえた。

本国からの指示で防衛省の情報聴取を目的としてこのビルを買っていたらしい。

目の前に駐屯所もあるのにも関わらず「スパイ天国の日本」の縮図を翔は知った。

クライアントにベンを渡しこの依頼は終了した。

後日、都倉警部から管理人室机の裏の盗聴装置を返してもらった翔だった。

これらの依頼をこなしていきながら翔の探偵事務所は、

警察にも協力し新宿で少しずつ名前が売れていくようになった。

(つづく)

18.銀杏の下で

冬が近づいてくると米子と違い、一気に札幌の街が染まり始める。

ニュースで北海道大学内の銀杏通りが紹介されている。

慎一は、家族で出かけた。

北海道大学』は、1876年本学の前身となる札幌農学校から開校され、

面積は1,776,24 9㎡(東京ドームで約38個分)と紹介されている。

大学病院の駐車場へ車を停めて、

双子用のベビーカーを出して家族で銀杏通りに向かった。

多くの市民が紅葉狩りに来ている。

みなが空や地面を見て笑顔で秋を満喫している。

 

雄樹と夏姫も陽に当たると金色に輝く銀杏が珍しいのかじっと見つめている。

慎一も静香もこんなに見事な銀杏通りを見るのは生まれて初めてだった。

大通公園も、赤系統の紅葉と黄色の銀杏のコントラストが美しかったが、

北海道大学の太陽光に照らされ金色に輝く銀杏が長い通り一面を染めており、

地面に落ちた葉も含めて上下の見える空間すべてが金色に染まっている。

秋は寂しさを感じるものと思っていたが、

それとは異なり目に迫ってくるほどの迫力があった。

そして、大学からの帰りに偶然もう一つの紅葉ポイントを見つけた。

北海道庁東門から駅前通りに向かう通りの銀杏の美しさも秀逸だった。

特に銀杏の間から見える歴史を感じさせる赤レンガの道庁が綺麗だった。

ここの通りは将来には「赤レンガ通り」として開発されるという噂もでている。

 

道庁の敷地内では、定期的に道内の多くの市町村からの名産品の店が集まり

名産品市(いち)が開かれている。

近くのパーキングに停めてベビーカーを押しながら4人で歩いた。

この市では北海道中から旬の物産が集まり、町の名前を掲げて販売している。

海の物は、花咲ガニ、イカの一夜干し、キンキ、北海シマエビなどが、

地の物は、ブドウ、リンゴ、サクランボ、カボチャ、ジャガイモなどが、

新米として『ななつぼし』『おぼろづき』『ゆめぴりか』『ふっくりんこ』が、

加工品としては、自家製ソーセージ、燻製製品など

その他、スイーツとしてはシュークリームやプリンなどが販売されている。

夜には美波も来るのでそれらを買い込んだ。

 

初めて食べた『花咲ガニ』

歯ごたえとして感じる肉質はみっしりと筋肉質でこれは蟹で一番だった。

味は脚やハサミだけでなく甲羅の中にある棘の身まで蟹として味が濃く

『これぞ蟹』というくらい本当に美味かった。

今までズワイガニやタラバガニを食べたが

それらとは異なる蟹であることがよくわかった。

しかし、慎一や静香にはじわっと味が沁みてくる松葉ガニも好きと感じた。

 

『北海シマエビ』は、道東地方の別海町野付湾で生息しており、北海道でもきれいな海にしか生息しないといわれる希少なエビで、茹で上がった綺麗な赤い色のため「海のルビー」とも呼ばれている。

北海シマエビ漁は、野付湾の風物詩となっている打瀬舟で行われているらしい。

この打瀬舟漁が、水深の浅い野付湾をシマエビの住処であるアマモを傷つけないようにエンジンを使わず帆を立てて風力で進むという明治時代から続く伝統漁法で、三角帆に風を受けて、ゆらりゆらりと漂うように漁を行う打瀬舟の情景は尾岱沼の風物詩になっており、北海道遺産に選ばれている。

漁期は、例年夏は6月中旬から、秋は10月中旬からのそれぞれ約2週間。 茹でたシマエビはもちろんのこと、年に2回の漁期の間だけ地元で食べられる踊り食いや刺身も人気とネットでは説明されている。

塩ゆでされたシマエビは身がキュッとしまってプリプリで、味も濃厚で絶品だった。

 

焼きあがったばかりの『キンキの一夜干し』は、

立ち上る海の香りと口中で広がる深海の旨みが日本酒を更に誘った。

最後に今回試しに買った『おぼろづき(新米)』のオムスビは、

十分に炊かれ蒸らされた米の表面はキラキラ光っている。

ほろりと口中でほどけ、独特の香りが鼻腔を通り、噛めば噛むほど甘みが増した。

以前北海道は寒冷地のため、米作には不向きと言われていたが、

品種改良のおかげもあって、非常に食感の良いお米が出来始めている。

(つづく)

57.新宿探偵事務所スタート3「情報網構築」

ある時、事務所近くの公園で高校生達に殴られているホームレスを見つけた。

高校生たちはにやにや笑いながら浮浪者を蹴りつけたり殴ったりしている。

翔は腹立たしくなり変装して急いで現場に急行した。

学生達は飛んで火にいる夏の虫と翔へ殴りつけてくるが

もちろん翔の身体には一切ふれることもできない。

そのうち疲れて全員座り込んでしまった。

「おい、もうこんなことは止めろよ、根性が腐るぞ」

彼らは恥ずかしいのかすごすごと逃げていった。

殴られていたホームレスを住むところまで連れて行こうとすると

彼の仲間が集まってきて、お礼の酒盛りが始まった。

彼らは自分達と一緒に飲み食いする翔を一目で気にいったようだった。

 

その経験から時間を見ては、翔独自の情報網を築くために、

変装してホームレスのナリをして毎日のように彼らと一緒に暮らした。

事務所に大した仕事はないので時間はいくらでもあった。

彼らはスマホも持っており、情報も早かった。

住んでいる場所には冷蔵庫などの家電やテレビのあるホームレスもいる。

毎日の仕事を手伝いながら彼らと仲良くなっていった。

 

彼らの情報網は結構広く、顔見知りが多いようで

ボス的な存在のホームレスは他のエリアのボスと連絡を取り合っている事がわかった。

社会的弱者と呼ばれる彼らだが、実態は決してそうではなく、

確かに体力はないが、向学心も高く博識でグルメであった。

翔はいつも何がしかのお酒やツマミを持って彼らの中に入って行った。

だんだんと打ち解けていき徐々に彼らの力を知り信頼される存在となっていった。

事務所近くのエリアのボスは、元が公務員だったようで翔は一番の仲良しになった。
(つづく)

56.新宿探偵事務所スタート2「初依頼」

『ピンポーン』と事務所のインターフォンが鳴った。

二人は飛び上がって一瞬固まった。

やがて気を取り直して、百合がドアへ向かう。

なんと桐生本家の華絵婆さんが顔を出した。

「おや?もう仕事を始めたのかね?」

「もう婆ちゃん、急に顔を出したから驚いたよ」

「お前の開業日に顔を出さないはずは無いだろうに」

「そんなことないよ。別にまだ開業してなかったつもりだったから」

「これは爺様からの餞別だって、当座の資金として大切に使いなさい」

「こんなに?ありがとう、遠慮なく貰うね。大切に使うよ」

「今日は一部だから、後はお前の口座に振り込んでおくからね」

「うん、いいの?」

「今日はお前の社会人のお祝いだから。

 でもこの資金だけです。 後はお前が何とかしなさい」

「はい、わかりました」

「じゃあ、私はもう帰るから」

「お婆様、早いのですね」

「百合さん、今日は少し立て込んでいましてね、また桐生へ翔と遊びに来なさい」

「はい、ありがとうございます。また教えてくださいね」

「私でよろしければいいですよ。でも百合さんは最初からお上手でしたよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。お婆様もお気をつけて」

「はい、翔、またね。今度はゆっくりと出来る時にくるから」

「ああ、わかった。婆ちゃん気をつけてね。爺様にもお礼を言っておいて下さい」

「ああ、仕事が落ち着いたら顔を出して、お前が直接言った方がいいと思うよ」

「そうだね、わかった、そうするよ。下まで送るよ」

「別にいいのに、じゃあお願いね」

翔はビルの外まで荷物を持って着いていき深々と礼をして婆さんを見送った。

百合が頼もしそうに翔を見つめている。

 

来客も一段落したのでゆっくりとしていると早速クライアントが来た。

ミンクの毛皮のコートを着た女性だった。

【依頼内容】

依頼人氏名:田中 怜子様。

依頼人状況:主婦

種類:屋敷内芝生の雑草刈り、害虫駆除。

経過:出入りの植木屋が体調不良で休職し芝生の雑草が目立ち始めた。

   明日、来客者があるので至急刈取りをして頂きたい。

   機械は家にあるので手ぶらできてくれればいい。

金額:作業料時給5000円、出張費5000円

 

翔は、急いでクライアントの屋敷までバイクで移動した。

都内にありながら信じられないくらい広い屋敷で長い塀がずっと続いている。

この屋敷の芝生面積は思ったより広く、

屋敷周辺のクモの巣などの駆除を行ったので終わったのは3時間後だった。

そして夕方になったため、

『ついでに大きな犬の散歩もお願い』と言われて出発。

犬はドーベルマンが2頭、ユキオとクルオだった。

ただ2頭共に運動不足なので、近くの公園で翔が目一杯走って散歩させた。

2頭とも最初は運動不足でハアハア言っていたが、

やがて走り慣れてくると翔よりも早くなった。

2頭とも久しぶりの本格的な散歩で大はしゃぎの様子で

散歩が終わって帰ろうとすると寂しがって翔のそばから離れなかった。

 

クライアントから

「とても丁寧な仕事で感心しました。今後もお願いしたいと考えています。

これからあなたの都合の良い時でいいから、週1回でいいからお願いしたい」

と継続的な契約を依頼された。

雑草刈り、クモの巣取り、2頭の散歩で月8万円と言われて喜んで契約した。

その後、独立して寄り付かない子供の代わりにずっとクライアントの話し相手となり

信頼関係を築いていき、1年後に契約金は月10万円へ変わった。

そして、このクライアントの知り合いにも紹介されて順調に依頼が増えて行った。

(つづく)

17.お宮参りと育児への参加

8月末にお宮参りのお祓いを北海道神宮へ予約した。

雄樹と夏姫は良い子でお祓いの間、静かにずっと眠っている。

ちょうど最近は、昼夜逆転しているために午前中は睡眠の時間帯だった。

写真屋でレンタル衣装を借りて雄樹と夏姫をおめかしさせて、

日下と後藤の両親へ写真を送る準備をした。

美波は二人の間でお姉さんとして綺麗に化粧して納まっている。

 

札幌の夏は短い。

9月に入ると瞬く間に朝夕の風が涼しくなる。

日中は暑い日もあるが、湿気がないため半袖では寒くなる時があるくらいだ。

慎一は最近、帰宅後交代で雄樹と夏姫へ粉ミルクを与えている。

母乳が良く出るといっても双子なのでさすがに足りなくなる心配と

一日中起きている妻の体調への不安もあり、

何種類か買って試してみて子供たちが飲んだ粉ミルクに決めた。

この粉ミルクは、赤ちゃんに必要な母乳成分のラクトアドヘリン、ラクトフェリンDHAオリゴ糖ヌクレオチド、β―カロチンなどが含まれていると記載されている。

 

妻は『小さく産んで大きく育てるのよ』と活き活きしている。

ふっくらしていた顔も早くも元に戻りつつある。

生まれた時はあんなに小さかった子供たちもどんどん大きくなっている。

まだ首もすわっていないわが子を抱いてミルクをあげていると

まだ抱き慣れていないせいだろうが、結構腕に力がいるので慎一は驚いている。

その間に妻を横にさせて休ませている。

たまに晩ご飯も慎一が作るようになった。

『美味しい、この子達も喜ぶわ』と笑っている。

 

聞いた話だが、食べた物で母乳の味は変わるらしい。

ならばと『さっぱり水炊き』を食べて、

翌日に『豚の味噌炊き』をするパターンとか、

北海道発祥の『スープカレー』を作った。

スープカレー』のルーは市販されているため

後はトッピングを工夫するだけだった。

大ぶり野菜(ニンジン、ジャガイモ、ブロッコリー、カボチャ、大根)をベースに

鶏肉の煮込んだ定番物から、

軽く炒め甘みを引き出したキャベツの上に

その時にある食材(チャーシュー、鶏中手羽の甘辛煮、豚の薄バラ肉の甘辛炒め)や

スライスしたステーキ肉などをトッピングとして追加した。

野菜の中でも煮込んだ厚切り大根は静香には好評だった。

 

「ねえ、あなた、いつもありがとう、

 今日、病院に行ったらお医者様がいつものようにしていいって」

「えっ?そうなん?本当にいいの?」

「大丈夫、でも子供たちがすぐ起きるから、あなただけでいいわ」

「そうか、少し残念やけど、子供たちが良く眠るようになったら埋め合わせるね」

「私の事は気にしなくていいわ。母乳期間はそうはならないから」

「そう?静香から母乳の甘い香りがする」

慎一は『胸は赤ちゃん用』と背中から優しく口づけをしていったが、

あまりに久しぶりだったのでいつもの余裕はなかった。

「ふふ、あなたが満足してくれて良かった」

「うん、おやすみ」

(つづく)

55.新宿探偵事務所スタート1

翔は大学を無事卒業して、新宿のビルの事務所に入った。

すでに室内には中古だが大きく綺麗な机やソファなどが揃えられている。

1階の葉山不動産に聞くと

『前の業者が残していったものだから使って貰っていい』との事だった。

翔はアルバイトで貯めた資金で固定電話を引き、

窓の外側に小さな看板「新宿探偵事務所(浮気調査不可)」を付けた。

そして開業届けを出し、お客様用のお茶セットや文房具など色々と揃えて開業した。

奥の部屋には生活兼修行部屋がある。

玄関のプレートには『新宿探偵事務所』と彫り込まれている。

 

開業の日に都倉警部がお祝いに胡蝶蘭を持って顔を出した。

百合はまだ春休みなので朝から生け花を飾っている。

お客さんがくればコーヒーを淹れて警部へ出している。

「翔、おめでとう。これはいい事務所だ。驚いた」

「ええ、館林さんのお陰です」

「いえ、翔さんが私の祖父に気に入られたからですよ」

「本当はお前を警察に欲しかったけど仕方ない。

 でも警察とは無関係じゃない仕事だから何かと俺に連絡してくれよな。

 俺もお前に協力はしたいし、お前の腕を埋もれさせるのは惜しいから」

「はい、まだお客さんもいないです」

「しかし、お前じゃあ、きっと儲からないだろうなあ。百合ちゃんがかわいそうだ」

「都倉警部、いいんです。翔さんはお金で動く人じゃないからいいんです」

「そうだな、まあがんばれよ、でも約束してくれよ。

 何か危険なこと、犯罪の匂いがあれば必ず俺に連絡をくれ。協力できるから」

「はい、わかりました」

「じゃあ帰る。それはそうと、俺の知り合いの金持ちのお婆さんとかに

 お前のことを宣伝しているから電話があるかもしれんぞ。まあがんばれ」

「はい、ありがとうございます」

 

「ねえ、翔さん、おめでとう。今日から所長ね」

「そうだな、先ずは家賃を儲けることから始まるけどね」

「それはゆっくりと考えればいいんじゃない?

 ねえ、たまに私もここで晩ご飯とか作って一緒に食べたいの。いいでしょ?」

「うん、大歓迎。百合のご飯はとっても美味しいから元気が出る」

「ふふふ、やっと翔さんから合格点をいただけました」

「いや、昔から美味しかったよ」

「桐生のお婆様にコツを習ってからの方が、

 美味しくなったことがわかりました。

 葉山の実家でもそのように言われています。

 それを先に教えられなかったとお婆様も悔しがっておりました」

「そうかなあ、俺は葉山の料理も大好きだけどなあ。それぞれと思うけど」

「ありがとうございます。きっとお婆様も喜びます」

「なんせ俺は百合が一番なのさ」

「ありがとう、翔さん・・・」

ソファに座る翔の隣へ百合が座り、顔を翔の方へ向けて目をつぶった。

翔はドキドキしながら、そっとその細い肩を抱きしめて口づけをした。

『ポッ』と頬を染めた百合の表情がとても可愛かった。

(つづく)

16.子供たちのお披露目

神戸から慎一の両親と妹夫婦と子供、仙台から静香の母親と兄夫婦が札幌へ来た。

全員札幌は初めてで夏場にも関わらずその湿気の無い気候に驚いている。

神戸組5人は日帰り、仙台組は3人なので一泊を予定している。

せっかくなので全国でも有名な円山『すし善 本店」の別棟の離れ座敷を用意した。

 

料理は『懐石 善』

前菜・吸物・刺身・鮑ステーキ・煮物・小鉢・寿司8個・味噌椀・デザートの9品。

北海道を始めとして全国から旬の食材を取り寄せての膳で全員大喜びだった。

特に以下は特筆すべきものだった。

『刺身』

 今朝取れスルメイカ、大間産のマグロ(トロ、赤身)、ボタンエビ、塩水ウニ、

 ホタテ、ホッキガイの盛り合わせは、それぞれが主張しあい美味しかった。

『北海シマエビとアスパラガスの和え物』

 旬の北海シマエビと旬のアスパラガスの甘みをより強調した肝の和えもの。

『蒸しあわび』

 九州から取り寄せた質の良い鮑をふっくらと蒸しあげており、

 その旨みは噛むほどに口中に広がってくる。

『握り寿司』

 食材毎に吟味された職人の仕事が生きており、さすが『すし膳』と言える味だった。

穴子にぎり』

 築地から取り寄せた穴子を使っており、ふわっと柔らかな上品な食感が最高だった。

 江戸前の寿司と同じで大変美味しかった。

夕張メロン

 しつこくない甘みと口の中をさっぱりさせる最後のデザートには最高だった。

美波はこれまで何度も回転すしを食べて十分に美味しかったので満足していたが、

『これを食べてしまっては回転してる寿司はもう食べられない』と悲しがっている。

 

雄樹と夏姫は、母乳をよく飲みよく寝てすくすくと育っている。

顔つきも雄樹は何となく慎一似、夏姫は静香似で見ていて飽きない。

静香、美波、夏姫と並ぶとみんな良く似ていて可愛かった。

赤ちゃんたちは空中の何かを見ているのかじっと見つめて笑っている。

妹の幸恵が『男の子と女の子を一気に産むなんて先にやられちゃった』

と悔しがっている。

やがて夕方となり名残惜しげに神戸組は帰って行った。

仙台組は3人なので一泊して翌日ゆっくりと帰るそうで家へ戻ってきた。

 

静香の母は、娘の様子や孫たちを見てはずっと嬉し涙を流している。

慎一と静香夫婦の結婚生活に安心しているのが良く分かった。

結婚式の時、母の少し不安そうな態度が静香は気がかりだったが、

今はまったくそんな風には見えなかったので安心した。

美波は久しぶりのお婆ちゃんと一緒なのでずっと隣にいて、

大学のことや小樽の生活の事を色々と話している。

静香の兄も夫とお酒を飲んで仕事の事など色々と話している。

静香は雄樹と夏姫に順番に母乳を与えながらみんなを見つめている。

ここに幸せの時間が詰まっていると感じているかのように・・・

(つづく)

54.翔、初めて葉山館林家へ 4

「ほう、その顔つき、やっと本気の力を出しそうだな。さぁ、きなさい」

「はい」

そこからは現在の翔が持つ最高のスピードと力で戦ったが、

とうとう爺さんには触ることもできなかった。

そして最後には又もや壁板へ叩きつけられた。

「よし、今日はここまで、翔君、なかなか鍛えてはいるがまだまだだ。

 もっともっと精進しなさい」

「はい、ありがとうございました」

「翔君、ところで百合との付き合いだが・・・」

『ゴクッ』

「まあ百合との付き合いは許そう。

 その代わりどんなことがあっても百合を守りなさい」

「はい、そのつもりです」

「君はなかなか筋がいい、我が一族に来てほしいくらいだが仕方ない。

 今後は百合とちょくちょく顔を出して、わしの相手をしなさい」

「はい、わかりました」

 

爺さんと二人、道場で正座をして向かい合った。

「聞いておきたいことがある、今後の事じゃ、将来はどんな仕事に就きたい?」

「はい、今それを考えていまして、弱い人困っている人を助ける仕事を考えています」

「警察ではなさそうな感じじゃな?例えば私立探偵とか?」

「あっ、そういう仕事ってテレビの中だけと思っていました」

「いや、普通にあるぞ。ただ浮気調査とかばかりだがな」

「浮気調査とかは・・・うーん。嫌です」

「そういうと思った。それなら『何でも屋』のような感じでやればいいだろう。

 浮気調査が嫌ならば断ればいい。

 実は新宿にある持ちビルの二階の部屋が空いている。そこを使ってみないか?

 事務所の奥にも広い部屋があるので寝泊り兼トレーニングルームとすればいい」

「はい、ですがそんな良い場所の部屋代はたぶん払えません」

「そうだな、月1万円でどうだ?

 1階の不動産屋が管理しているからお金が出来次第、支払ってくれればいい。

 実は変な人間には貸せないので困っていたところだった」

「1万円?すごく安いですね。助かります。これから資格とか取ります」

「探偵は普通自動車免許を持っていれば大丈夫。

 後は開業申請を出すだけで良いはずじゃ」

「そんな簡単なものなのですか・・・驚きました」

「自分の食い扶持くらいは稼ぐのじゃぞ、これで君の仕事は決まった。

 憂いがなくなれば後は鍛えるのみじゃ、がんばるのじゃ」

「はい、ありがとうございます」

「これからは君の正義を全うしなさい」

これで翔の大学卒業後の仕事は決まった。

(つづく)

15.誕生

金曜日の夜にとうとう記憶にある痛みが襲ってきた。

夫へすぐに声を掛けて、

入院グッズの詰めたカバンと一緒に病院へ連れて行ってもらった。

生まれるにはまだ時間がかかることを伝えて、外で待ってもらった。

夫は美波へ連絡しているみたいだったが、

電車時間も終わって明日の朝に来ることになったようだ。

 

だんだん痛みと強張りの感覚が短くなってくる。

呼吸を整えて、その時を待った。

そこからあの時の痛みと苦しみが始まった。

二回目なので不安もなく思ったより早く軽い出産だった。

まず一人目の声が響き渡った。

しばらくすると再度あの痛みと苦しみが始まった。

そして二人目の声が響き渡った時に静香から安堵の涙が出た。

二人の赤ちゃんを抱きしめて、交互にその可愛い頬へ口づけをした。

 

部屋へ運ばれていくと緊張している夫が入ってきた。

双子を一人ずつ抱きしめて見せると夫が笑っている。

夫へ抱きしめるようにすすめる。

「静香、ありがとう。よくがんばったな。おお、よしよし」

『こんなにちっちゃい、壊れそうで怖いなあ』恐る恐る交互に抱っこしている。

静香は大仕事を終えてほっとして家族を見つめていた。

 

当日は新生児ルームで眠っている雄樹と夏姫に母乳を飲ませに行っている。

翌日急いで札幌へ戻った美波は、二人を大喜びで抱っこしている。

二人は静香の隣に眠っている。

夫はずっとマスクをつけて見つめている。

嫌がる夫を説得して月曜日からは仕事へ行かせた。

病気じゃないから休ませる必要はなかったからだった。

『もう少しすれば家で一緒に暮らすから』と安心させた。

夫は後ろ髪を引かれるように仕事へ行った。

 

1週間後、医師より母体も子供たちも大丈夫という診断が出て、

夫へ連絡し病院に迎えに来てもらった。

家に帰ってからずっと夫は子供二人のそばから離れなかった。

来週土曜日には神戸から夫の両親と妹夫婦、仙台から母親と兄夫婦がくるらしい。

(つづく)