はっちゃんZのブログ小説

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10.テロ教団から都民を救え!3

翔は紅柳博士に寝ているふりをしてもらいながら布団の中で打ち合わせた。

瑠璃も『何とか外部と連絡は取れないか』と思っていた矢先のことなので、

翔のことを色々と確認しながら、今までのことを語った。

 

この部屋へ幽閉される1ヶ月前に遡る。

『細胞オートファジーシステムを阻止する因子』を発見したことが全ての発端だった。

瑠璃はその因子を細菌の遺伝子に組み込み、抗体を産生させワクチン製剤すれば、

細胞オートファジーシステムの障害が原因の疾病への予防になると考えた。

しかし、その細菌に感染した動物へのリスクとして

細胞オートファジーシステムが遺伝子レベルで停止すること、

接触感染をしていくことが判明した。

ただし弱点として

太陽光で死滅すること、

乾燥した空気中では数分しか生きていないことが判明している。

その事実を教団に報告してからずっと幽閉されている。

それを知った同僚の研究員は監禁状態に置かれ、

無理矢理、細菌の増殖研究をやらされているらしい。

 

翌朝、クモ大助1号からもデータが送られてきた。

2階謁見の間へ当たり屋グループのリーダーの金賀が指示を受けている。

「金よ。今日夕方の帰宅時間を狙って、あの馬鹿者共にリュックサックを持たせ、

 地下鉄駅で中の瓶を割るように指示しなさい。なあに心配はいらない。

 ただの薄めた酢だから重い罪にはならない。

 仮になってもこちらはまったく馬鹿共は知らないと言えばいい。

 まあ安全を見て、マンションの事務所は馬鹿共が出て行ってから撤去しろ」

「はい、わかりました。いよいよですね。憎きウェノムを根絶やしにする日ですね」

「そうだ、せっかく我々が日本に来て働いてやっているのに感謝もせず、

 あげくに攻撃してくる輩には、目に物、見せてくれるわ」

続いて、クモ大助2号からデータが送られてきた。

4階のドローン100機の部屋へ研究室から何かが運ばれてきている画像だった。

大きな噴霧器のような装置が取り付けられている。

今日は夕方から小雨との天気予報がテレビで放送されている。

昼前に隣のマンションから当たり屋グループ全員が、

リュックサックを担いで外出していく画像が、クモ大助1号から送られてきた。

 

当たり屋グループは陽動で、ドローンが真の狙いのようだ。

ドローンの狙いがわからない上に時間が迫っている。

先ずは都倉警部に大至急連絡し、簡単な情報を伝え化学警察隊の手配を依頼した。

事務所に都倉警部が来ると、データを渡し事件の詳細を伝えた。

やはり翔が危惧している点、人質の救出が非常に困難とのことだった。

仮に都倉警部が教団に入った場合、研究者などは殺される可能性が高い。

いやそれ以上に反撃されて警察隊が細菌で全滅する恐れがある上に、

教団周辺の一般の人間をも巻き込む可能性が高かった。

 

そこで「上中下三面作戦」を実行することとなった。

<上作戦>

都倉警部と部下数名がヘリコプターで教団本部屋上へ降り、

化学班を随行させドローンの発射を阻止する。

<中作戦>

都倉警部の直属部下をトップとして警察隊を配置させる。

<下作戦>

翔がマンション地下から潜入し、発電装置を破壊し、

闇に紛れて紅柳博士を中心とした研究者を救出する。

 

この作戦のポイントは、発電装置を破壊する時間であった。

その時に踏み込む必要があったからだ。

翔は隣のマンションに潜入し地下道への道を探した。

地図で大体の場所はわかっているので簡単であった。

しかし、警備員に見つかれば元の木阿弥なので

そこから注意してカメレオンウェアに身を包み、そっと移動していく。

監視カメラからでは、身体の後ろの画像を正面に流しているため見つかりにくい。

 

やがて、教団地下への入口に着いた。

鍵を開けるための装置はあるがそれを使えば潜入がばれてしまう。

ドアの隣のセメント壁に向けて、振動棒(京一郎作)を使い壁に丸く穴を開けた。

この道具は、物質には固有の共鳴する振動数に合わせて

振動数を発信することにより破壊も粉砕もできてしまう便利な道具だった。

その穴にカメレオンウェアで蓋をして潜入した。

 

ここからは、超硬質ガラスゴーグルの上にかけた赤外線探知装置で進む。

少し歩くと『大型の発電装置』が見つかった。

警部と打ち合わせた時間まで待ち『振動棒』にて超振動を発生させた。

突然、発電機が火花を発しバラバラに壊れてしまい、辺りは真っ暗になった。

すぐに赤い非常灯が明滅している。

補助電源は入ったが地下室にそれほどの光量はなかった。

 翔は博士の部屋へ近づき、壁に固有振動波を当てて粉々にすると連れ出した。

紅柳博士の説得で隣の研究部屋から他の研究者も一緒に来ている。

翔は研究員全員を地下道へと移動させた。

 

その時、運悪く金賀達と鉢合わせした。

金賀が、研究者を連れ出している翔を見てすばやい蹴りを放ってくる。

さすがテコンドーの段持ちだけあって、早い蹴りがぐんと伸びてくる。

後では子分達がナイフや銃を持ち出している。

翔は一撃でしとめる必要があった。

頭を狙ってきた金賀の蹴りを、一瞬頭を下げてよけたが踵落しが襲ってきた。

踵を受けながら、軸足の膝へ正面から蹴りこみ粉砕した。

『?!・・・○△×・・・○△×』

声にならない声を上げて転げまわっている。

蹴りの無いテコンドーは踊りでしかなかった。

子分達が銃を向けてきたが、研究者の正面に立って守った。

さすがバトルスーツ(京一郎作)全弾打ち込まれたが何も影響は無かった。

ただヘルメットに当たった時には跳弾を心配した。

子分達が戸惑って後退し始めたので追撃して全員をぶちのめした。

研究者達を無事マンションに届け、刑事達に保護をまかせるとすぐに教団へ向かった。

 地下2階から地上1階へと向かう。敵もこちらには気付いていない。

警備室に入り、数人の警備員を叩きのめして正門を開門するスイッチを入れた。

ここまでくれば警察隊が教団へ大挙押し寄せてくる。

 

道場に向かうと奥の椅子に座っている来光尊師と光精導師が驚いたように翔を見た。

光精導師が目を赤く光らせながら手をこちらに向けて開いた。

「お前がやったのか!このくされ日本人が!」

 

突然、翔の身体の動きが止まった。

いや、止められた。

全く動けない。

冷や汗が頬を伝った。

そのまま、手のひらの動きに沿って、壁や柱に飛ばされて何度もぶつけられていく。

凄まじいまでの念力であった。

バトルスーツとヘルメットで守られた身体とはいえ、

ぶつけられた衝撃はそのまま伝わってくる。

手足が折れるなどの致命傷は喰らわないが意識が飛びそうになった。

 

翔は、動かない手に力を込めて動かし、『振動棒』の目盛を最小にして放射した。

光精導師に向かって、見えない振動波が襲った。

『うっ、ああっ、なぜ、ああっ、ママ助けて、ああっ、あっふーん・・・』

光精導師の目がトローンとして腰をガクガクさせながら座り込む。

とたんに身体が自由となり、翔は立ち上がった。

来光尊師と母親の妙光院が目を丸くして

「王子、どうしたの?やっつけてしまって」

「もう僕は駄目、はあ、はあ、はあ」

「???」

振動機の出力を最小にすると『催淫効果』があって男性なら射精させてしまうため

もしもの時のために準備していた。

光精導師の能力は、射精後はしばらくなくなるとのクモ助情報のおかげだった。

ポカンと口を開けている二人を守ろうと格闘部隊が翔を囲んだ。

翔は、格闘モードで次々と倒していった。

 

やがて、屋上にヘリで降りた都倉警部が階上から降りてきた。

「全員、抵抗をするな。抵抗をすれば撃つ。お前達の企ては露見した。観念しろ」

全員、神妙な顔で逮捕されていった。

警部の話では、危機一髪だったそうだ。

ドローンを飛ばそうと操作している瞬間に電源が落ちたので、

電動で動く屋根を開けて飛び立たせることが出来なかったそうだ。

そのままドローンが飛び立てばテロを防ぐ手段はなかったからだった。

 

その夜、翔は百合と祝杯を挙げて美味しい料理に堪能した。

『翔さんが無事で良かった。兄さんの道具も結構役立つのね。ふーん』

百合が感心している。

今回は偶然とはいえ細菌テロを阻止できてほっとしている二人だった。

(つづき)

9.テロ教団から都民を救え!2

翌朝、色々と準備をしていると昼前に新しいクライアントが訪れた。 

【依頼内容】

依頼人氏名:高田洋平様。37歳。

依頼人状況:会社員。

種類:家族への宗教勧誘の被害。

経過:通学路歩行中の児童の列へ車をつっこまれて子供を失くした一家の父親

   当日の自分を責めさいなむ母親への執拗なまでの新興宗教の勧誘。

   妻が新興宗教のゼミにも出席するようになり家庭が崩壊し始めている。

調査方針:新興宗教の調査。

     新興宗教から妻を取り戻す方法を知りたい。

 

新興宗教の教団に関しては、ホームページもできており簡単に検索できた。

『来世光世会』

設立年:1999年。本部:新宿。聖職者名:来光尊師、光精導師、

教義:宇宙創成から現在を超え宇宙最後まで、アカシックレコードに刻まれた個人の

原罰を修行により変え、霊的に生まれ変わらせることにより、

将来永遠に魂の至福の世界で暮らすことが可能になる。

修行すれば死んだ人の声さえも聞こえ、死んだ人間の魂さえも救える。

信者数:50万人(2016年4月現在)。

 

通学路自動車事故のニュースのまとめを読み始めた。

加害者は、高齢者から若者まで多様で共通性は無い。

事故理由としては、眠くなったとか小学生の姿を知らないで列へ突っ込んだとか

被害者の親には聞くに耐えられない理由を話している。

共通性はないと思ったが、この理由に共通性があるように感じた。

犯人の姿や逮捕された時の運転席付近を映しているニュースがあり

画像を詳細に調べた。

そしてやっと腕時計が同じである点を見つけた。

 

事務所にある「量子コンピューター(Ryoko)」

へ写真や関連情報を入力すると出てきた。

腕時計

 製造元:来光財団

 住 所:来世光世会隣のマンション1階事務所

 配 給:車の安全運転祈願用に作成され、

     新宿の交差点で止まった車に善意として渡している。

翔がレンタカーを借りて新宿あたりを流していると、

運よく来世光世会本部前交差点で腕時計を貰った。

少し離れたところで裏蓋をそっと開けて確認してみる。

電波発信機らしきものと液体が封入されたカプセルが組み込まれている。

液体を解析してもらおうと京一郎さんへ連絡すると、

建設中の目黒の研究所の方へ持ってくるように言われた。

現在突貫工事中で厳重に覆いをされており、敷地の端にプレハブが立っている。

化学設備は簡単にできるらしくガスクロマトグラフィーで解析してくれるらしい。

京一郎さんの隣にはアイさんが助手で働いている。

 

偵察用ドローンからの教団情報は

『来世光世会本部』は、地下2階、地上4階の建物。屋上にヘリポートがある。

あらゆるところに赤外線が張り巡らされており、

侵入どころか脱出も不可能に近かった。

最上階に100台くらいドローンが待機している部屋の存在が異常だった。

ネット情報も追加すると

4階:尊師など指導者らしき人間の部屋が3つとドローン部屋。

3階:上級会員・研究者専用の部屋が多数。

中2階:尊師謁見部屋。武器・道具部屋。

1階:大型道場及び修行(洗脳)部屋多数と警備室。

地下1階:大型実験室。金属性檻の拘束室。

地下2階:動力室など。

地下2階と区画外の隣のマンションは地下道でつながっている。

隣のマンションの名義は来光財団でどうやら関係者が住んでいる様子。

 

いよいよ内部調査を開始した。

クモ大助1号は1階の修行部屋の外側の壁面へ、

2号は最上階尊師の部屋付近の外側の壁面へ待機させた。

音声は触手をガラスへ触れてその振動で聞き取る方式なので中に入る必要は無かった。

画像は8個の眼で見るので死角はない。

これから数日間はクモ大助1号2号からのデータを元に教団状況を調査していく。

送られてくる画像及び音声データは膨大なもので、いちいち聞いていると大変なため、

量子コンピューター(Ryoko)」へ音声解読機能及びポイント部分指示により

以下データのまとめが表示された。

 

①教団規模

教団代表者:来光尊師(父親)、妙光院(母親)、光精導師(息子)

警備員:5名 (3交代制)

職員(研究):5名、但し、1名は個室幽閉中

職員(事務):5名 

職員(法師):20名 ※金賀を中心に武道経験者ばかりで構成されている。

 

②来光尊師スケジュール

08:00 起床

10:00 2階謁見の間で新信者と謁見

14:00 1階大型道場にて指導、たまに修行の間にも顔を出す。

18:00 2階謁見の間で法師への指示

20:00 4階自室で気に入った若い女信者(事務)と遊んで過ごす。

 

③妙光院と光精導師スケジュール

09:00 4階自室で起床

10:00 ゲームやネット遊び

14:00 1階大型道場にて指導

19:00 謁見の間での教団員への指示内容を妙光院が自室で光精導師へ伝える

20:00 ゲームやネット遊び

22:00 母親のお相手

 

④特殊能力

来光尊師:50歳。手から電気を発する。頭上へ雷を落とす。(メカニズム不明)。

光精導師:22歳。強力な念力。相手の手足の自由を奪うほどの強さ。

     少年期、同級生への殺人容疑の情報を発見。(ただし2チャンネル)

     ※参照:「なぜ?誰が?こんな悲惨な事件を!全身骨折と失血死の遺体」

     母親との会話から、射精後は一時その能力が消える。

 

⑤当たり屋グループ

殆どが海外から日本へ「技能実習生」として入国し、職場から逃走した不法外国人。

一般市民からの恐喝金の半分を教団へ上納しマンションで身を隠す。

金賀が不法外国人を脅して当たり屋をさせている。表面上は教団と無関係。

 

午後になり、アイさんから分析の結果連絡があった。

『カプセルに封入されていた薬液は「濃縮エーテル」。

 ある波長の電波を受信すると

 カプセルから濃縮エーテルが空気中へ放出される仕組み』

 

この犯罪の概要が明らかになった。

当たり屋は、不法外国人を利用し資金を教団へ上納させる仕組み。

信者勧誘は、通学路事故の被害者となった親を信者として勧誘し財産を全て搾取する。

その事故発生方法は、時計をしている人間が通学路を通る時、

上空に待機したドローンを使って信号を発信し、

この薬剤を噴霧することで運転手を朦朧とさせ

通学中の児童の列へ突っ込ませるものだった。

修行部屋では

『現在、あなたの子供の魂は闇の世界へ送られている。

 親として心配ならば光の世界へ呼ばなくてはならない。

 この教団で尊師様の教えとおりにすれば必ず魂はあなたの元へまいります』

という会話から考えて、

思わぬ事故で正常な判断を失っている母親ならば子供のために入信すると思えた。

 

ただ2つほど気がかりな情報が入ってきている。

1つは

2階の尊師との謁見の間での幹部との会話の一部から、

何か大きなテロを考えている可能性が見えたからだった。

「今の政治を変える。そのために社会を変える。そのための犠牲が必要」

「きっと本国の国民にも喜ばれるはず」

「あの不良外人なら死んでも困らない」

「これでやっと地上からウェノムチョッパリを殲滅できる」など

 

もう1つは、

地下2階に幽閉されている女性だった。

色々とキーワードを打ち込んでRyokoに検索して貰ったら、

5名の研究者はリストアップできた。

その中で背格好が良く似ている人間は、

氏名:紅柳瑠璃

年齢:30歳

職業:大学で若くして細胞オートファジーシステム研究で新進気鋭の生物化学者。

   医師でもあり将来を嘱望されていたが、財団に就職する。

  『夢は世界の人を病気から救うこと』と当時の新聞では報道されている。

経過:来光財団に入団後、一切フェイスブック等への参加はない。

 

もし潜入して教団と戦いになった場合、先ず邪魔者とされ殺される可能性がある。

この女性を至急に調査する必要があった。

幽閉されている事実から考えて、教団に反した考えの人間と推測されるからだ。

食事は警備員が持っていくのでその時を狙うしかない。

これはクモ助の出番だった。

今回は『聞き耳タマゴ』を『おしゃべりタマゴ』に代えた。

 

クモ助を塀から歩かせてもいいが、時間が惜しいので、

翔は警備員がいつも使うラーメン屋の店員に化けて、警備室へ入っていった。

「今日は頼んでないけど、誰だろう?」

「はい、あれっ?間違ったかな?新人なものですみません。

 でも、もう麺が伸びちゃったら商品にならないので良かったら食べて下さい」

 

クモ助は、出前箱から密かに脱出し警備室の机の陰に隠れることができた。

食事当番の警備員が食事を持っていく時を狙ってズボンの裾の裏に張り付いた。

ここからは、彼らに連れて行ってもらう事とした。

 地下2階の幽閉部屋には、やはり紅柳瑠璃さんがやつれた顔でベッドに座っている。

警備員が食事を置くときにそっと床に落ちて、ロッカーらしきものの陰に隠れた。

電気はついているが全体的に薄暗いのでクモ助の移動は見えなかった。

警備員がいなくなってから、紅柳瑠璃さんを驚かさないように注意して、

天井部分から金属性の檻の中へ移動した。

 

紅柳瑠璃は昼ご飯を食べ終わって、ベッドに横になっていると、

天井に小さなクモのいることに気がついた。

ここは掃除の行き届いた地下室なので非常に珍しいことだった。

そのうち、クモから丸いタマゴ型のものが糸に吊られてゆっくりと下りてくる。

『紅柳博士ですか?応答願います』と小さな声がタマゴから聞こえてくる。

「はい、紅柳です。どなたですか?」と小さい声で質問をした。

「良かったです。私はあなたを助けたいと思っている者です。キリュウと言います」

「キリュウさん?わかりました。どうすればいいのですか?」

「現在、救出の準備中ですので待っていて下さい。

 このタマゴを耳の後ろに貼って貰えますか?私からの指示が聞こえやすいですから」

「はい、こうですね」

「はい、つぶやきでも音を拾いますから安心して下さい。ではまた連絡します。

 それと良かったらそのクモを襟の裏にでも挟んでおいて下さい。

 後で回収しますから」

紅柳博士はクモを手の甲に乗せると不思議そうに見ている。

生物だと思っていたが精巧な機械だったので驚いたようだった。

(つづく)

8.テロ教団から都民を救え!1

『ピンポーン』

二人はまたもや飛び上がって、ぴったりとくっついた頬も離れた。

今度は依頼人のようだ。

「は、はい、少々お待ちください。

 今、外出から帰ったものでこのような格好で失礼します」

奥の部屋で百合がビジネススーツに着替えている。

百合が事務所へ戻ると同時に翔が着替えに入った。

ゆっくりとキスする間もなく、二人に慌ただしい日々が戻ってきた。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:伊藤孝子様。35歳。

依頼人状況:主婦

種類:外国人による車の当たり屋被害

経過:信号で止まる前、横断歩道手前で外国人が車に身体をぶつける。

   それを理由に小銭、1回5から10万円をたかりに来る。

   その場で示談をしたことで警察は介入できず。

   依頼人は憔悴しており、恐喝行為が長期間となる可能性と恐喝行為が、

   家族や自宅周辺へ及ぶ可能性を危惧して依頼となった。

調査方針:当たり屋の調査。

     もし恐喝詐欺罪が適用できるようであれば証拠を持って警察へ届けるまで。

 

 まずは、東京都生活アドバイザーが発行している当たり屋被害の警告文書や

通学路車両進入事件の概要をネットで検索し被害者の状況や加害者の情報を集めた。

現在、都内では新宿付近で発生しており、都内全域へ広がる気配があるようだ。

アジア系を中心に不法外国人が当たり屋をしており、彼らは集団で行動している。

事故時点で車を囲まれ逃げる事ができず、免許証を取り上げられ、

その場示談以外は不可能な状況に置かれるらしい。

仮に警察が来ても当たり屋が『痛い痛い』と転げまわり、

救急車を呼ばされる羽目になり、病院に着くと無茶苦茶な診断書を作成されるようだ。

どちらでも結局、家を知られ家族などの目に触れることが増えてお金を要求される。

 

『そろそろ当たり屋グループから連絡があるのではないか』との情報を元に、

まず伊藤さんがいつもお金を渡している新宿御苑西口付近に待機した。

そのうち伊藤さんから連絡が入る。

「探偵さん?今、グループから連絡がありました。

 いつもの場所へ、今から60分後に来るようにと言われました」

「伊藤さん、了解しました。あなたに危険はないので安心して下さい」

「では、よろしくお願いします」

 

取引現場ではハンチング・キャスケットをかぶった中年顔に変装した翔が、

読書している暇人を演じ、カメラ内蔵の眼鏡をかけてベンチに座っている。

この『監視メガネ(京一郎作)』は読書するふりをして下を向いたまま、

正面を映すことができ、マイクロSDカードにも記憶し、

事務所へも画像を送ることができる。

その光景は偏光ガラスとなっており正面画像は見えるようになっている。

 

犯人グループが先に来て取引現場を見張っている可能性があるため、

メガネを360度モードにして監視網を広げ撮影している。

約束の時間の30分前にどうやら外国人グループは集まってきた。

やはり、だいぶ前に来て色々と見張っているようだった。

北口側から手足に包帯を巻いたアジア系外国人らしき人間もやってきた。

なぜか愛想良く皆にペコペコしている。

しかし、5万円くらいの金額にやたら人間が多いことに違和感を覚えた。

やがて時間が来て、うつむいて怖そうにしている伊藤さんがやってきた。

頭を下げながら、その包帯を巻いたアジア系外国人に封筒を渡している。

周りにいた数人のアジア系外国人が、近くで腕を組んで二人を睨んでいる。

伊藤さんが立ち去った後、封筒は奥で一番偉そうにしている男に渡している。

 

犯人達は販売機でジュースを買っている。

声がわずかに漏れて聞こえてくる。

包帯を巻いている男はフィリピン語鈍りの片言の日本語。

リーダーらしき男は、言葉の端々に日本語以外の鈍りが入っている。

それ以外の人間は、中国語やタガログ語を話している。

ジュースを飲み終わった後、彼らは南口の方へ歩いていく。

翔は、背伸びをして読書が終わったふりをして、彼らの後をついていった。

彼らは、今度南口付近でバラバラと散って待機し始めた。

翔は彼らを追い越して南口正面の喫茶店へ入り、南口が見える席へ座った。

道路を挟んでいるがズーム機能があるので監視には困らない。

百合からイヤフォンへ『店内に怪しい人物は不在』と連絡が入った。

伊藤さんの取引からきっかり1時間後に、

別の女性があの包帯男に近づいていき封筒を渡している。

それから、犯人グループは西口方向へ移動していく。

どうやら新宿御苑の各出口を取引場所にして、1日に何周も回りお金を回収している。

被害者はお互い顔を合わすこともなく、お金を渡していくので複数とは気づきにくい。

そうなれば、元の場所には2時間後には来るので網が張れる。

その時間には現場あたりは暗くなる時間である。

 

翔は事務所に戻り、クモ型発信機(名称:クモ助、京一郎作)を準備した。

このクモ助は、体長2センチくらいで、

服の裏地や襟の裏などにすばやく移動し縫い目を切り、

繊維の中に5ミリ程度のオナモミ型発信機(別名:聞き耳タマゴ)を埋め込んで、

再度接着剤で縫い目を修復し標的から離れて手元に戻ってくる。

このクモ助を取引場所の大きな木の枝で待機させ犯人グループを待った。

やがて犯人グループが集まってきた。

翔は、カメレオンウェア(名称:隠れ蓑、京一郎作)に身を包み、

木立ちの中で忍び寄る闇に身を潜めている。

取引が始まる前にクモ助を少し下降させ準備し、取引に合わせて落下させた。

クモ助は無事リーダーらしき男の肩へ落下し、

すばやくジャンバーの襟の裏へ移動した。

繊維の中へ『聞き耳タマゴ』を埋め込み、そっと地面へと落ちた。

そして、地面を歩き無事翔の方へ戻ってきた。

ここまでくれば、追跡して送られて来るデータを解析するだけである。

 

事務所へ戻りコーヒーを飲んで、彼らが新宿御苑での仕事を終えるのを待った。

京一郎さんが設置した「量子コンピューター(Ryoko)」は、

該当者の顔を入れるだけでネット空間にある情報の中から該当者の全ての情報が検索され一瞬で出てくる。

量子コンピューター(Ryoko)」の画面には、

某アニメに出てくる『セイバー』にそっくりな、

可愛く強い目を持つ少女がじっとこちらを見つめてくる。

音声検索も可能なので非常に便利な少女型コンピューターだった。

 

リーダーの男身元はすぐに割れた。

 氏 名:金賀 大好

 年 齢:45歳

 勤務先:来光(らいこう)財団 経理課 ※来世光世会の傘下団体の可能性95%以上

 住 所:不定、※新宿の可能性90%以上

 家 族:不明、独身の可能性90%以上

 特 技:テコンドー三段

 過去の犯罪歴:詐欺罪3件、傷害罪1件

 

クモ助に繊維内へ挿入されたオナモミ型盗聴装置『聞き耳タマゴ』は、

15分間に1回だけ場所情報を発信する。

翔が新宿界隈をゆっくりと流しているとクモ助からの信号が入った。

急いで受信済み信号を発信するとクモ助から今までのデータが一瞬で送られてきた。

このデータは受け取ってすぐに「量子コンピューター(Ryoko)」へ送信した。

発信場所は、予想通り『来世光世会本部』だった。

ランクルームからステルス型ドローンを発進させ、

『来世光世会本部』の撮影を開始した。

このドローンはあらゆる波長の光線で撮影できるので、

建物の中まで細かく撮影できた。

教団を全方向から撮影して夜9時頃に今日の調査を終えた。

体長10センチの変色系大型クモ型偵察機(名称:クモ大助)2匹を

ドローンから落とし、教団の壁に体色を同化させ待機させた。

 

その夜は百合の美味しい晩ご飯を目一杯食べて、

今度こそ誰にも邪魔されず二人きりの濃厚な時間を過ごした。

やはり百合は最高だった。

(つづく)

13.とまどい

『私、弱くなったのかもしれない』

ふと脳裏にその言葉が浮かんできた。

 

 静香はステーキハウス精山から帰宅後、お風呂へ入り、

パジャマを着てゆっくりとお茶を飲んでいる。

左手のバンドエイドを張り替えながらじっと今日のことを考えていた。

砂丘で自然と握り合った手の感触を思い出す。

大きく暖かい手だった。

朝のことを思い出すとほほに温度を感じる。

あの時、なぜか二人がずっとこの時間を過ごしていたかのような錯覚を覚えていた。

その瞬間、脳裏に夫勇二の顔が浮かび、焦って食器を落とし割れた破片で指を切った。

夫の事を隠すつもりもなかったが、聞かれなかったので答えなかっただけだった。

ただあの時は、彼にいらない気を使わせたくなかったから仏間の襖を閉めた。

結果として、仏間の襖は開けられ、彼が夫へ挨拶をしてくれた。

そして、気にする必要はないとの彼の行動で静香への優しさを見せてくれた。

あの時、彼が笑わせてくれなかったら、1日どんな顔をしていいのかわからなかった。

鳥取市米子市往復の時間は、おだやかで落ち着いた、それでいて楽しい時間だった。

 

 最初、お客さんで来た彼の何気ない仕草が夫と似ていたので気になっただけだった。

顔、身体の大きさ、声、言葉、すべてが夫とは異なっていたが、なぜか同じに見えた。

それ以降は、長年のお客さんのようになり、

静香と美波にとって一番近い男性となった。

 いつも彼の優しさに甘えている親子だと感じている。

美波は3歳の時に父親を亡くしているので父親のことはほとんど覚えていないはず。

ただ、毎日のように抱きしめられていた記憶はあるのかもしれない。

そのせいで、ファザコン気味なところがあるのは仕方ないと思っている。

彼の美波を見る時の表情は本当の父親のように優しく見つめている。

そしてときどきその視線は遠くをみつめている。

 花火大会の時も、十数年前の記憶がよみがえって、

夫と一緒に見ている錯覚を覚え、つい彼の肩にもたれそうになった。

『女将さん』と呼ばれたくなくて、『静香でいいです』と言った時は、

自分でも驚いてしまい、彼の方を見ることができなかった。

そんな自分を優しく受け止めてくれる彼の大きさに驚いている自分がいた。

 

 今まで、この小さな街で色々なことを言われても気にせず、

必死で美波と一緒に生きてきた静香にとっては、信じられない心の変化であった。

 

『本当の父親が良い、忘れたくない』と言い張る美波のことを考え、

一時期あった再婚話を断ってきた静香だった。

その美波が彼を慕っている。

静香の知らないところで会っている様子もある。

少しずつ大人になる娘を嬉しく思う自分と、

本当の父親が良いと言って泣いた娘の顔が交互に浮かび少し寂しくもなる自分がいる。

 

その時、美波が二階から降りてきた。

「お母さん、今日は疲れたし、美味しかったね。今度おじさんにお礼しなきゃね」

「そうだね。何がいいかしら」

「また、考えておくね」

「お願いね。お母さんも何か考えておくわ」

「じゃあ、お休み」

美波は二階へ戻っていった。

 

 美波は眠る前に、今日のことを思い浮かべた。

おじさんとお母さんの二人の応援してくれている姿。

『今日は負けといたろ』と言ったおじさんの笑顔。

今までで初めて味わったステーキの味。

3人で家族のように美味しそうに食べている光景。

母の幸せそうな笑顔。

 

美波は小さい時から母の笑顔が好きだった。

母の笑顔を見れば何も悲しくなかった。

いつの頃からかその笑顔が少なくなり、寂しい笑顔へと変わっていった。

この頃の母の笑顔は、昔の大好きだった笑顔だった。

 

おじさんも店以外では母のことを「静香さん」と呼んでいるのは知っていたが、

母がおじさんのことを「慎一さん」と呼んでいることを知ったことに驚きを感じた。

母の口からつい出たような感じだったので、普段の言葉ではないと思い、

おじさんのことを母は心では『慎一さん』と呼んでいると感じた。

 

美波はおじさんのことは好きだった。

その優しさは父親のように感じている。

母への優しさも同じでそれも好きだった。

 

母へ昔の笑顔が戻ったことは嬉しいが、

代わりに『何かが失われるのでは?』と漠然とした不安が心に湧き出てくる。

『もしかしたら父との思い出では?』と感じた。

母の心の強さは昔から意識しており、

美波もそれを見習って今まで何を言われても気にしなかった。

その母が、いつの頃からかおじさんの前ではその強さが消えていた。

その姿が本来の母と思っているが、

『亡き父の前だけで出していた母ではないのか?』

そう考えると、嬉しくもあり寂しくもあった。

 

美波はいてもたってもいられず、二階から降りてきて母へその不安を話した。

「お母さん、誤解しないで聞いてね。

 美波、どうしていいかわからないの。

 美波はおじさんがとっても好きだよ。

 死んだお父さんも大好き。

 今のお母さんの笑い顔が好き。

 おじさんの前で出す笑顔も大好き。

 昔に戻ったような気がすることもあるの。

 でも不思議だね、美波はお父さんのことを何も覚えていないのにね。

 おじさんといる時だけが、お父さんといる気がするの。

 これって、お父さんに悪い事?

 美波って、悪い子なの?」

 

静香は、突然の美波の告白に声も出なかった。

そして娘が大きく成長していることを知った。

そういえば、夫と付き合い始めたのも美波の年齢だった。

美波の話した言葉は、静香も同じだった。

ただ美波を独り立ちさせるまで娘を不安にさせるわけにはいかないと感じた。

「それは悪い事ではないわ。

 日下さんは優しい人だからあなたがそう感じても仕方ないわ。

 でも、あの人は転勤族だから米子へずっといる訳ではないの。

 あの人が米子にいる間、あの人がさざなみにくる間は仲良くしましょうね。

 お母さんも少し日下さんに甘え過ぎていたわね。

 あなたを不安にさせてごめんなさい。今後は気をつけるわ」

「お母さん、そうじゃないの。そうじゃないの。わからないだけなの」

「いいのよ。いつかあなたが大人になったらわかることよ」

 

その日から、母はいつもの母に戻った。

寂しい笑顔の母へ・・・。

(つづく)

12.帰途の二人

 せっかくここまで来たのだからと鳥取砂丘でお弁当を食べることとした。

砂丘にはラクダが歩いており、まるでアラビア映画のような光景が広がっていた。

ただ異なるのは、砂丘の向こうは砂の海ではなく蒼い日本海がだったことだった。

砂丘入口から海岸まで行って戻ってくるのは、

途中に大きな砂山があるため結構大変だった。

二人はゆっくりと海岸部まで下りて行った。

そして引き返したがあまりの急な坂のため、息も切れた二人は自然と手を握り、

汗を拭きながら砂山の頂上へ戻り、並んで座った。

「疲れた。実は砂丘は小学校の日帰り旅行以来です。

 こんなに急な坂だったんですね、昔の事で忘れてました」

「これは思ったよりきつかったですね。でもここから見える風紋は綺麗ですね」

「ええ、そうですねえ」

じっと日本海の波を見つめている静香さんの少し寂しげな横顔を見つめながら

この砂丘は何千年間、常に新しい風を吹き込み新しい風紋を作ってきた。

人の悲しさや苦しさもこの風紋で消すことが出来たら・・・と慎一は思った。

 

朝に通った『白兎海岸』は、古事記に出てくる有名な神話発祥の地で、

物語としては、昔淤岐ノ島に流されたうさぎがワニザメをだまして

気多の崎まで渡ろうとしたが、

だまされたことに気がついたワニザメに皮をむかれて苦しんでいる時に、

大国主命が通りかかり「真水で身体を洗い、ガマの穂にくるまっていなさい」

と言われ完治したという神話「因幡の白うさぎ」の舞台だった。

この砂浜から見える岩礁はワニザメの背中に似ておりそれを模倣したとのことだが、

この神話に関しては諸説がある。

日本に生息しないワニがモチーフになっており、

よく似た内容の神話が南国にあることから、

原日本人の一派が神話と共に日本へ渡って来た説、

昔、この地方では『鮫』のことを『ワニ』と言っていたためにできた説がある。

 

どちらにしろ、現在の日本人ができるまでに、

日本の南の国から海流に乗ってきた人間、

日本の北それもカムチャッカ半島やサハリン地方から来た人間、

朝鮮半島を伝って来た人間、

中国から直接来た人間、

これら4種の人間によって日本人はできたと言われており、

人間や米の遺伝子研究や神話からもそれらは解明されつつあるなど、

本で知った事などを静香さんへ伝えた。

そんなとりとめもない話を興味津々でずっと聞いてくれている静香さんへ、

このような時間を二人で長い間持ってきたかのような錯覚を覚えている慎一がいた。

 

 国道9号を左折し、鹿野温泉を通過し三朝温泉の方へ走る。

途中、国宝指定の『三佛寺投入堂』のある三徳山が左に見える。

しばらくすると、三朝温泉の看板が出てきた。

山間にある結構大きな温泉郷が見えてきた。

三朝温泉』今年で開湯830周年、源義朝由来の温泉。

三朝の名は、三晩泊まるとどんな難病も治るというところから来ており、

泉質はラドンを多量に含む湯で肌ざわりがよいと看板には説明されていた。

川沿いの露天掘り「河原の湯」には、よしずが立てられ、

橋や道路からは見えないようにはしているがあまり意味はない。

「河原の湯」には誰も入っていなかったので二人は並んで足湯を楽しんだ。

 

国道9号へ向かう途中に倉吉市がある。

倉吉市は人口5万人、鳥取県3番目の大きな市で歴史も古い町である。

特に玉川沿いに並ぶ白壁土蔵群は江戸、明治期に建てられた建物が多い。

玉川に架けられた石橋や、赤瓦に白い漆喰壁の落ちついた風情のある街並みは

歩いていて心がおだやかに感じられた。

また、『トイレの町』としても有名で「まちづくりは快適なトイレから」

をコンセプトに昭和60年から多くのトイレの整備をしてきたらしい。

有名な金色のトイレへ行き、二人とも感心しながら用を足した。

 

ここからは一路米子市へ向かう。

左側に山陰富士の大山を眺めながら、日本海へ沈む夕日が波を美しく染め目に優しい。

後藤家に変える前にマンションの駐車場に車を停め、

マンションからタクシーで移動し、お茶を飲んで美波ちゃんを待った。

慎一は暗くなってから帰ってきた美波ちゃんへの試合での勝利のお祝いに、

朝日町の南側、西倉吉町にある『ステーキハウス精山』をプレゼントした。

 

美波ちゃんは『サーロインステーキ150g』

静香さんは『ヒレステーキ100g』

慎一は『サーロインステーキ200g、ヒレステーキ50g』を注文した。

美波ちゃんはフレッシュジュース、慎一と静香はワインを頼んだ。

「美波ちゃん、乾杯!今日はよくがんばったね」

「でも、2回戦で負けちゃったので悔しい」

「ああ、あのダブルスは確かに強かったわ。負けても仕方ないわ」

「まあまあ、美波ちゃん。今日は負けといたろ!でいいやん」

美波ちゃんは吹き出した。

「ははは、おじさん。それいい、そう、今日は負けといたろ」

「そうそう、その意気、今度勝てばいいだけや」

「ふふふ、美波が、元気出てきて良かった」

 

『前菜のレバーとミンチのベーコンパテ』が出てきて、ワイワイと食事が始まった。

『野菜サラダ』

そして『ジュウジュウ』と舌に直撃する音と共に

メインディッシュのステーキが並べられた。

美波ちゃんが急いでステーキを切り一口。

「・・・美味しい・・・溶けちゃって舌に残らない・・・」

そうなのだ。

この店のステーキは秀逸で、よく接待でも使われると聞いていたので招待した。

先ずは、サーロインを一口、

『ジワリ』と舌へ肉汁が溶け出し、細かい脂の刺しの入った繊維がほどけていく。

口中の肉が溶けてしまったように無くなると、

次に、ヒレを少し切り一口、

重厚な赤身そのものの味、その細やかな肉質はひと噛みすれば消えていく。

口中を覆っていたサーロインの脂がヒレのこのひと噛みで流されていく。

常に新鮮な『サーロインとヒレの二重奏』であった。

美波ちゃんも静香さんも徐々に言葉が少なくなった。

あっという間に時間は過ぎ、ガーリックライスで締めくくった。

美波ちゃんが眠くなってきているのがわかった。

今日は全員疲れたという事で二人をタクシーに乗せて送った。

(つづき)

7.葉山館林邸2

 翌朝、翔は朝日が昇るにはまだ間がある時間に目覚めた。

屋敷内のどこかで無言の裂帛の気合いらしきものが発されたためだ。

この家で事件が起こるはずがないのできっとあの爺さんが発したものだと思い、

トレーニングウェアに着替えて部屋を出た。

屋敷を出て、葉山の海岸をランニングする。

ほんのり朝焼けの海が優しく息づいている。

深呼吸一つ、少し塩気を含んだ風が気持ちいい。

砂浜は足の鍛錬には持ってこいで、片足5キロのアンクルベルトは必要なかった。

事務所にも自宅にもトレーニングルームを準備して常に鍛錬は怠らない。

これが翔の長年続く習慣で、鍛錬は技術を鈍らせない唯一の方法だった。

十分、身体が暖まった頃、屋敷へ戻り、地下室にある鍛錬の間へ向かった。

向かって左が男道場、右が女道場となっている。

 

男道場に入ると、やはり爺さんと執事の藤原さんが鍛錬している。

「おはよう。翔君、ゆっくりと眠れたかね?」

「あんな、激しい気合いを発して眠れるはずないじゃないですか。

 驚いて飛び起きちゃいましたよ。今、走ってきました」

「いい感じで暖まったようだの。どうだ久しぶりに手合せでもするか?」

「うーん、もう少し準備させて下さい」

「わかった。準備が出来たら声を掛けてくれ」

「はい、わかりました」

 

この爺さん、本当にヤバイ爺さんで出来るだけお近づきになりたくない人である。

理由を言えば、もう65歳手前のはずだが本当にすごく強い。

某アニメで言うなら○メ○メ波のないカ○仙人くらい強い。

もしかしたらこの爺さんなら出すかもしれない危惧はある。

武芸百般を使いこなすうちの爺さんと同じくらい強い。

もう何年もこの屋敷に来ているが、いくら鍛えても一度も勝てない。

隣の女道場からは、投げたり打ったりしている気配が伝わってくる。

『百合も今朝は婆さんに鍛えられているんだなあ』と思った。

身体中の関節を柔らかくして、筋肉をほぐし深呼吸をした。

爺さんのそばに執事の藤原さんが正座で待機している。

 

「おっ、いいのか?では、来なさい」

実はこの屋敷で泊ると決まった時から、

翔はこの爺さんに一泡を吹かせるべく技を練っていた。

今までは、やみくもに攻めて行ったから駄目だったのだと思っている。

今回は、わざと途中で隙を作り、爺さんが攻めてきた時に、

思いも寄らぬ方法で攻撃するつもりだった。

悟られてはいけないと思い、

最初から手抜きなしの必殺の意識で蹴りや拳を打つも全ての技が一切当たらない。

ゆるやかに風のような円の動きで一瞬たりとも触れることもできない。

そう30分は攻めた頃、

翔が満を持して大技の後ろ回し蹴りを放った時、

「小僧、甘いの」

爺さんが翔の背中へ回りこんで拳による攻撃を開始している。

『今だ』

翔は、回し蹴りの足の勢いは消さないまま、軸足でジャンプし、

オーバーヘッドキックの要領で爺さんを狙った。

逆さになった世界で、爺さんの顔が見えるはずなのに足が見える。

「小僧、考えたのう。じゃが、まだまだじゃ」

翔が両手で顔を守りながら、空振りをして床に立つ瞬間に、

爺さんの後ろ回し蹴りを腹に喰らっていた。

身体が壁板に強く叩き付けられ受け身を取っていた。

腹部から全身にしびれが広がっていく。『発勁』だった。

 爺さんの技は、『陳家太極拳(ちんかたいきょくけん)』。

日本人で唯一のマスター。剛柔相済、快慢兼備の動作を理想として、

柔軟さや緩やかさだけではなく、跳躍や震脚などの激しい動作も行われ、

発勁は、暗勁だけではなく明勁も得意としている拳だった。

「最初から少しテレフォンパンチ気味な動きだったので警戒していたから

 対応できたが、何も知らない相手だとこれは怖い技だな。

 まず、脳天を狙われる足まで意識がついて行かない。

 しかし、それ以上にこれをこなす技術を身に付けていることに感心した。

 今日はこれまでにしよう。今度来る時までまた練っておけよ。楽しみにしている」

『くそっ、また勝てなかった。○メ仙人め』と心でつぶやいた。

 

 爺さん、婆さんと百合4人で朝食をとった。

三浦半島で取れた身体に優しくデトックス効果のある食材が並べられている。

見た目は質素だが、一品一品は吟味されたものを使われている。

先ほどのトレーニングを忘れたかのような穏やかな朝食風景だった。

 食後、部屋で百合とゆっくりとコーヒーを飲んだ。

「翔さん、今日はどうだったの?」

「やっぱり、負けちゃった。今回は、いい勝負できると思ったのになあ」

「私は、お婆様に叱られちゃった。鍛え足りないんだって」

「お互い、これからと言う事でいいじゃん」

「そうね。これからよね」

二人は、今日初めてのキスをした。

 

 10時に京一郎さんが、この前の検査結果を伝えにくるらしい。

爺さん、婆さんも同席するようで、二人は緊張して待った。

「やあ、翔君、お待たせしたね。朝から大変だったね。

 実は全て解析できた訳ではないことを最初に話しておこうと思う。

 検査結果は、君の身体はこれ以上無いくらい健康体であり、

 武道家としては最高の筋肉と骨格と神経を持っている。

 さて、ここからが重要だ」

翔と百合がじっと京一郎を見ている。

「君の脊髄液には、

 ごく微量だが地球上にはない物質が含まれていることがわかった。

 君がいた千葉の港と付近のものを全て精査したが関連性は見つからなかった。

 ただ新聞記事から、当日夕方に非常に大きな流星のあったことを突き止めた。

 百合が、君の額の傷のことを覚えていた点から推測すると

 可能性として一番高いのは、非常に突飛な理論ではあるが、

『隕石の中の金属性物資が君の頭に入った』としか考えられない」

 翔と百合は顔を合わせて不安な顔になっている。

「そして、君の能力との関係は全く不明で、今後の研究に期待したいところだ。

 事実として、

 君は自分の身につけている物と一緒に空間を跳ぶ能力を確実に持っている。

 君の松果体は、子供のように一切石灰化していないし大きく活性化している。

 その金属性物質がその石灰化と活性化に何らかの関係はあるものと推測できる。

 その物質は君の遺伝子への影響は全くなく何の変化も起こしていない。

 君の生存本能と百合への強い想いがその能力の引き金になっている。

 の5点が今回、明らかになった点だ。

 その能力については、もっと調べたいが、

 その前に地球外からの物質の正体を突き止めることが、

 現在の最優先事項であるということだ」

「それで、兄さん、あの能力はいつ使えるの?」

「それは、わからない。あの時に再検証は出来たが、再々検証が必要だな」

「えっ?再々検証?百合、どうしよう」

「いや、まだそれはする段階ではない。君は今まで通り生活していればいい。

 ただ、不思議な事があれば、すぐにレポートとして提出して欲しい。

 勿論、ただとは言わない。レポート代は奮発するつもりだ。よろしく。

 では、僕は忙しいのでこれで失礼する」

翔は、とりあえず普通に暮らしていれば危険はないと知ってほっとした。

 

 翔と百合が館林邸から東京へ戻る日が来た

出発する朝に京一郎が顔を出した。

レポート依頼として試作品の武器を翔へたくさん用意しているとの話だが、

すでに新宿の事務所内トレーニングルームに格納庫を作っているようだった。

爺さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「京一郎、なぜ機械に頼るのか?頼れるのは己の鍛錬した身体のみと思うが・・・」

「爺様のそのお話はもう何度も聞いています。人間の技では必ず限界があります。

 それを補佐しいつでも100%以上の力を出せることが必要なのです。

 実際に、私の作った手元にある『現代版斬鉄剣』の仕込み杖は

 軽くて切れ味も最高でしょ?

 私は人間の力を馬鹿にはしていません。成長していくのは機械には無理ですから」

「それはわかっておるが、翔君がそれに頼ることが心配じゃ。

 張り詰めた空気の中での鍛錬こそが、技は磨かれ完成されていくのじゃからのう」

「館林の爺様、その教えは忘れません。この翔、毎日鍛えます」

「翔君、それは当然だ。相手が多数の時、飛び道具を持たれている場合など、

 君の身を守る必要性からこれらの武器や道具は作られている。

 所詮は道具だから、あまり気にしないで、使い捨てのつもりで使ってくれたまえ。

 それとこれも使用感や不自由部分は遠慮なくレポートとして送ってくれたまえ」

 

翔と百合は、用意されたライダースーツとヘルメットを着用しバイクで出発した。

翔にぴったりとくっついた百合の胸の感触は最高で運転を忘れそうだった。

百合ももうじき二人きりになるのがうれしくて強く抱きしめてきている。

ヘルメットのマイクを通じて、もういちゃつき出している。

「やっと二人きりになれるね。百合。帰ったら、もっともっとくっついていい?」

「もう翔ったら、せっかちね。ふふふ、いいわよ」

『何が、この翔、毎日鍛えますだ』

と爺さんから大目玉を食らいそうな会話だったが、

若い二人は年寄の言う事は全く気にしていなかった。

 もう何日間もイチャイチャしていない二人はもう待ちきれない気持ちだった。

ようやく事務所に着いた。

ソファーに座るのさえ待ちかねたように抱き合ってキスをした。

「これが百合の匂い、すごくいい匂い、百合、大好き」

「翔、私もだーい好き」

 

『ピンポーン』

インターフォンの音に二人は飛び上がった。

「百合様、翔様、お荷物をお持ちしました。

 お部屋へ入りましてよろしいでしょうか?」

二人は焦った。レイさんを忘れていたのだ。

レイさんは、二人のスーツケースを置くと、

残りの道具類はトレーニングルームの壁の格納庫へ近づいた。

ボタンひとつで壁の扉がせりだしてきて、中の棚にはすでに多くのものが並んでいる。

「車は地下駐車場へ置いておきますのでマニュアルを読んでお使い下さい。

 それと、京一郎様からの伝言でございますが、

 目黒区のビルを購入して現在『目黒館林研究所』を建設中であるので完成時には

 招待するから参加するようにとのことでございます。では二人ともごゆっくり』

やがてアイさんが車で迎えに来てレイさんも帰った。

『これでやっと、本当に二人きりになった』

二人は大喜びでまたまたソファで抱き合った。

(つづき)

11.美波、秋の県大会新人選へ出場

 9月、10月は上半期末と下半期始めのため慌しい日々が続いている。

土日も家に書類を持って帰る日々が続き、なかなかゆっくりとできる日がない。

そんな中でも『忙中、閑あり』、その金曜日にやっとゆっくりとできる日ができた。

それでも夜8時まではデスクワークだった。

頭も身体もフワフワになりながら小料理屋『さざなみ』へ入った。

「いらっしゃいませ、あっ日下さん、今日はゆっくりできるの?」

「うん、やっと今日とこの土日はゆっくりできるようになった」

「お疲れ様、あまり無理なさらないでね。はい、先ずはビールをどうぞ」

「ありがとう」                                                                                                 

『ゴクリ』

身体中の疲れを流すようにビールが拡がっていく。

目を閉じてその感覚を楽しんでいる。

「うん、うまい」

ふと、目を開けると静香さんが笑顔でじっと慎一の顔を見つめている。

「うん。ほっとするなあ。やっぱりこの店はいいなあ」

「ありがとうございます。ここ最近は本当にお忙しそうでしたねえ」

「うん、これから12月中間決算、3月決算に向けての時期なんで皆、

 気が急くみたいで」

「そうでしょうねえ。お身体には気をつけてくださいね」

「うん、ありがとう。じゃあ何かつまみをよろしく。今日はトップ水雷にする」

「はい、わかりました。どうぞ」

静香さんから枡に入ったコップが置かれ、

コップの縁からこぼれるほどたっぷりとトップ水雷を入れてくれる。

 

いつものようにゆったりしていると美波ちゃんが顔を出す。

「あれっ?おじさん、今日はゆっくりできるの?」

「ああ、久しぶりに明日の土日もゆっくりとできることになった」

「やったあ、じゃあ晩ご飯一緒に食べようよ」

「うん、そのつもりで来てるよ」

「良かった。ここ最近、おじさん忙しそうだったものね」

店のお客さんは慎一だけだったので、美波ちゃんに案内されて小上がりへ移動する。

「そうそう、おじさん、明日土曜日ね、鳥取市で新人戦があるんだ」

「新人戦って、テニスの?」

「そう、すごくがんばって来たんだ。うまく行けば優勝できるかも」

「それは楽しみや。わかった。今決めた。応援に行く」

「えっ?いいの?やったあ。お母さん、おじさんが鳥取に来てくれるって。

おじさん、美波、すごくがんばるからね」

「もう、美波ったら、日下さんに無理ばかり言って、

日下さん、お疲れなのに。別に無理して行かなくてもいいんですよ」

「別に無理はしてないよ。鳥取市の方は初めて行くから楽しみ」

「お母さんも日下さんと一緒に応援に来てくれたらいいのに」

「女将さん、そうしよう。僕は鳥取市あまり知らんから一緒に行こうよ。

 せっかく美波ちゃんが、がんばっているのに応援せな、あかんやろ」

「お母さん、応援せな、あかんやろ、って」

「日下さん、いいんですか?いつも良くして下さってありがとうございます。」

「女将さんにはナビして貰いますから、よろしく」

「お母さん、ナビをよろしく」

「もう、美波ったら、日下さんの真似ばかりして」

「ははは」「へへへ」「ほほほ」と笑い声が、小料理屋『さざなみ』に広がった。

 

土曜日の朝、後藤家へ向かうと

美波ちゃんは、朝一番の電車に乗って会場へ向かっていると聞いた。

「まだ早いのでお茶でもしませんか?」

「そうですね。少しお茶でも飲みますか」

「ご飯はお食べになりました?お昼のお弁当の作った時におにぎりも作りました」

「それはありがたい。いただきます」

「いつも美波が無理言ってすみません。では準備しますね」

静香さんは、気分がいいのか鼻歌を口ずさみながらご飯を作っている。

「あっ」

『ガチャーン』と食器が落ちた。

「大丈夫?」

「はい、大丈夫ですから」

左手を見ると、血がしたたっている。

「静香さん、救急箱はどこ?」

「隣の部屋です。あっ」

 

 慎一が急いで襖を開けると、そこは仏間で仏壇からまだ線香の香り漂っている。

タンスの上にある救急箱を持つと居間へ戻った。

慎一は、静香の手の傷を調べ、消毒をした。

傷は思ったより小さかったが、深そうだったので大きめの救急判を張った。

その間、静香は無言でやや蒼い顔をしてうつむいている。

目頭が少し赤い。

「ああ、そうや。よく考えたら、家に来てるのに旦那さんに挨拶するのを忘れてた。

 これはいかんなあ。静香さん、挨拶させてもらいますね」

慎一は仏壇の前に座り、両手を合わせた。

 

気を取り直して、

「実は静香さんが、以外とドジなことがよくわかった。

お店ではこれっぽっちも見せないけどね」

「えっ?ドジ?ひどーい。少し考えごとしてただけなのに・・・」

静香さんの顔つきから緊張が消えていき、ふくれっ面になった。

「静香さんもそんな顔するんやね?可愛いやん?」

「えっ?ヤダー、恥ずかしい。見ないで」

と顔を隠している。

 

 慎一は胸を撫で下ろした。

1人の愛する人間の死は、残された人間に多くの苦しみを残すことを知った。

きっと静香さんは仏壇を気にしたのだと思う。

生きている僕と死んでいる夫、両方に対して、罪悪感を持っていると感じた。

美波ちゃんから聞いたところによると、旦那さんはもう14年前に亡くなったはず、

それから考えると、3人だけの結婚生活は短かったように思える。

その思い出だけであと何年生きていくのか・・・

 

「日下さん、ご飯ができましたよ。どうぞ。

 実は、私もまだ食べていなかったのでご一緒させてね」

朝ご飯は、

『目張りおにぎり』

大きなおにぎりに高菜漬けが巻かれていて、中の梅干は自家製らしい。

『出汁巻き卵、大根オロシ添え』

『アゴ出汁の味噌汁』

食後のお茶『白折』をゆっくりと飲み、準備が出来次第出発した。

 

 旗ヶ先から、県道47号線(米子境港線)へ出て、鳥取大学医学部の横を通り、

米子国際ホテルを左折し、県道207号線(皆生街道)へ入り、突き当たりの国道431号線を左折して進む。

 米子市内の間は、左側は弓ヶ浜のある美保湾が横たわり、

前方には秀峰大山が聳え立つ。

ほんの少し前まではあんなに新緑が目立っていたが、もう山裾から色づき始めている。

やがて、米子市をでて国道9号線山陰道)へ入り鳥取市へ向かう。

運転席より左側が日本海、右側が山の景色がずっと続く、

小さな町が現れては離れていく。

米子市を出て1時間半くらいすると白兎海岸の看板が見えた。

ここまで来れば、目的地は目の前である。

『布施運動公園』の標識を探し向かっていく。

湖山池を越え、鳥取大学の横を通り過ぎていくと試合会場があった。

 

 開会式の時間が迫っている。

急いで駐車場に停めて、お弁当や飲物のかばんを持って大会会場へ向かう。

会場近くに行くと、美波ちゃんがこちらを見つけて走ってくる。

「遅かったから心配したんだよ。良かった間に合って」

「ちょっとお母さんが『ドジ』ことしたから遅くなった」

「ああ、美波に言っては駄目、もう、しん・・・」

「ふーん、どんなドジをしたのかは帰って聞くとして、みんなで写真を撮ろうよ」

3人は美波ちゃんを真ん中にして、相方の遠藤さんに撮影して貰った。

美波ちゃんの笑顔が明るくてまぶしかった。

 試合が進んでいき、いよいよ美波ちゃんと遠藤さんペアの試合が始まった。

それまで『日焼けが怖いわ』などと言って日傘を必死で刺していた静香さんが、

日傘そっちのけでハンカチを握りしめ、じっと試合を見つめている。

時々、『あ~あ』『そう、そこ』『うーん、これは相手がうまい』などと口にしている。

3ゲームはストレートに先取したが、そこからは1ゲームずつの取り合いになった。

何とか6ゲーム先取することができ、美波・遠藤ペアは無事1回選を突破した。

次の試合はしばらくして始まる。

美波ちゃんは二人の方を見て、両手を大きく振って笑っている。

慎一と静香さんも手を振った。

「このチームがこの大会の優勝候補みたいだがあ」

相手チームを知っている人の声が聞こえてくる。

確かに今度の相手はこういう場に慣れているのか試合運びがうまかった。

態度も堂々としており、相当に練習しているようで憎らしいくらいに強かった。

試合が進むにつれ、だんだんと静香さんから聞こえる声も小さくなった。

残念ながら、美波・遠藤ペアは敗退した。二人は抱き合って泣いている。

静香さんも少しうつむいている。相当に力が入っていたのでその気持ちは理解できた。

勝負の世界はきびしい。実力の差がそのまま結果となる。

午後の全試合を見学する美波ちゃんへお弁当を渡し、二人は帰途に着いた。

(つづく)

10.がいな大花火大会

境港市から後藤家に戻るコースを、弓ヶ浜経由に変えて、弓ヶ浜公園に降りた。

弓ヶ浜公園は今後、夢みなと博覧会から大型遊具を譲り受け、

『弓ヶ浜わくわくランド』を開園予定だと聞いたので米子市民は楽しみにしている。

 後藤家へ到着し慎一は食材の発泡スチロールを抱えて向かった。

「失礼します」

「どうぞ、汚いところですが、上がってください」

玄関に入ると綺麗に生け花が飾られており、靴は女性物だけが並べられていた。

「娘と二人だけですので、遠慮せずお上がりください」

「はい」

「こちらでゆっくりとテレビでも見ていてください」

玄関からダイニングキッチンを抜け、親子二人が団欒している8畳和室へ案内された。

 

慎一が座るとお茶が入れられた。

香りが高く抹茶を緑茶で割った感じのお茶。

「これは、白折(しらおれ)と言って、こちら山陰のお茶です」

口に含むと、すぐに濃い甘さと同時にお茶独特の渋さが感じられ、

舌触りとしてはトロリとした感触で非常に美味しかった。

「美味しいでしょ?私、いつでもこのお茶を飲んでいます」

「うん、すごく美味しい。甘いものでも欲しいところやねえ」

「でしょ?これは松江の殿様が甘い物を作った時に作ったお茶らしいですよ。

でもそこは我慢して下さい。ご飯はもうすぐ出来ますから」

和室にはお茶の甘い香りに混じり、淡い線香の香りも漂っていた。

女将さんは、ピンク地に白い水玉のエプロンを着けて、台所でテキパキと動いている。

美味しそうな匂いが鼻を突いてきて、突如腹の虫が騒ぎ出した。

女将さんがお盆にビールとコップ、『イカゲソと胡瓜の酢味噌和え』を持ってきた。

「さあ、お腹空いたでしょ?お先にビールでも飲んでいてください」

女将さんがコップへビールを注いでくれる。

「では、お先に頂きます」

ビールを飲み、酢の物をつまみ、テレビを見て、たまに料理をする女将さんを見る。

『きっと結婚してたらこんな風景が普通のこととなるんだろうなあ』。

ふと以前結婚を前提に付き合った夏美の顔を思い出して、少しビールが苦く感じた。

 

やがて晩ご飯が始まった。

『キスの天麩羅、抹茶塩』

 揚げたての熱々をハフハフとかじると白身魚特有の甘みと皮特有の香りが広がった。

『大粒岩牡蠣の酒蒸し』

 夏場が旬の岩牡蠣。肉厚で海のミルクと言われるほど濃厚な味わいが舌をうつ。

『アワビ、サザエの刺身、肝添え』

 コリコリとした歯ごたえに肝の苦さが口中を磯の香りに染める。

『アジの塩焼き』

 夏の代表魚。旨さから名前がついただけあり、塩焼きでシンプルに頂いた。

『味噌汁』

 山陰名産のアゴ(トビウオ)を出汁の使った味噌汁で深いコクがあった。

 

美波ちゃんの育ち盛りの食べっぷりに感心しながら、

料理のあまりに美味しさについつい箸を持つ手が止まらない。

稲田姫』もたっぷり飲み、料理も一杯食べて満足な一時となった。

途中、女将さんへお酒を勧めたが、前のことで懲りたのか

この頃はこれにしていますと『梅酒炭酸たっぷり割り』を飲んでいる。

 

「お母さん、ちょっと来て、ちゃんと着れないよう」

「はいはい、ちょっと待ってね」

「これで昨日みたいに綺麗になってる?」

「なってるわよ」

「お母さんありがとう。じゃあ、いってきまーす。おじさん、また後でねえ」

 

美味しいご飯の後に、

騒がしい浴衣への着替え時間が始まり、

やがて静かになった。

 

「ふう、あの子ったら、今日は、はしゃいじゃって。

 あの子って、あんなにはしゃげる子だったのね。

 きっと日下さんがお相手してくれたからですね。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ美味しい楽しい時間を感謝してます」

二人は静かに白折を飲みながら、テレビを見てゆっくりと過ごした。

 

そろそろ花火大会の始まる時間だった。

女将さんは、『少し待ってて下さいね』と二階へ上がって行った。

しばらくして、長い髪をアップした浴衣姿の女将さんが降りてきた。

二人は連れ立って家を出て、湊山公園まで歩いていった。

多くの家族連れやカップルが笑いながら花火の見える場所へと足早に集まっていく。

あまりの人出に美波ちゃんは見つからなかった。

 花火が打ち上げられる中海(なかうみ)は、

弓ヶ浜半島島根半島に閉ざされた内海で、

穏やかな水面を茜色に染めて沈む夕陽が素晴らしく、

特に湊山公園から眺める夕景は絵になる珠玉の風景と米子市民からは言われている。

その中海に面した岸辺で大花火の舞台を前に二人で並んで座った。

 

「女将さん、ここだったら花火が目の前だし楽しみやね」

「日下さん、すみません、ここで『女将さん』は止めてください。お店ではないので」

「そう?だったら、うーん・・・」

「静香でいいです」

「?!・・・・・」

慎一の心臓の鼓動が高鳴り、女将さんの顔をそっと見た。

もう花火が打ちあがる時間のため、夜のとばりが落ちてきている。

女将さん、いや静香さんの顔は見えなかった。

 

 やがて、米子がいな祭りの最終日を飾る大花火大会が始まった。

様々な花火が打ち上げられ、夜空を染め、星空を飾っていく。

海面を仕掛け花火が彩っていく。

瞬く間に花火大会の時間が終わった。

ふと、気が付くと慎一の肩に触れるか触れないかで静香さんがそっと寄り添っていた。

目をつぶっても、大輪の夏空の花が網膜に焼き付けられていた。

これで山陰米子、夏の風物詩は終わった。

6.葉山館林邸1

 翔が超能力を発現した後に再度検査して比較データをとり今日は終わった。

研究所の地下道のエスカレータに乗り、葉山館林邸へ運ばれていく。

翔はと言えば、1年ぶりに顔を出すので緊張している。

ここ館林家の爺さんや婆さんは、

桐生家実家の爺さんや婆さんと同じくらいやばい人達なのだ。

執事の藤原さん(正真正銘の人間、アンドロイドではない)に案内されて、

一階の奥の部屋へ入った。

大きな和室で上座に、館林家頭首、つまり百合の爺さんの隆一郎翁と婆さんの悠香さんがにこやかに座っている。

「ただいま。お爺様、お婆様、しばらくお世話になります」

「おう、よく来たな。この前の事件解決は立派だったな。

 都倉君が感謝しておったぞ」

「あ、ありがとうございます。お陰様で無事解決することができました」

「何を硬くなっておる。何回も来ている屋敷じゃないか?

 リラックスじゃ、リラックス」

「はい、そうします」

「お爺様、お婆様、今日は兄の実験で、翔さんは大変疲れてるの、

 少しゆっくりとさせてあげたいの、いいでしょ?」

「おう、おう、確か、あやつは昨日夜から、

 やたら興奮しておったのう、婆さんや」

「そうだったねえ。

 あの子はほんに一生懸命になると回りが見えなくなるからねえ」

「まあ、どうせ、つまらないものを作るつもりじゃろうなあ。

 翔君、ここは知っての通り何もないところじゃが、ゆっくりとして行きなさい」

「はい、よろしくお願いします」

「では、お爺様、お婆様、翔さんをお部屋へ案内するね」

翔は用意された部屋に入って、カチンコチンになった身体をほぐした。

百合がすぐ入ってきて、

「翔さん、今日は疲れたでしょ?少し海岸を散歩しない?もうすぐ晩ご飯よ」

 

 翔と百合、二人が部屋から出て行った後、しみじみと二人が

「運命とは不思議なものじゃのう、あの時、切れたと思った縁が繋がっておる」

「そうですねえ。あの二人は許婚だったことを知らないものねえ」

「それにしても翔君の父君龍一殿、母君沙耶殿の事故は痛ましいことじゃった。

 その折に切れたものと思っておったが、

 神様も粋なはからいをするものじゃなあ」

「そうですね。百合のあの光り輝く笑顔、

 あれは翔君が百合に与えたものですもの」

「しかし、あの時、百合と翔君はお互いの記憶を消したはずだが・・・」

「記憶は消えても、思いは残ります。きっとそれが二人を引き合わせたのですよ。

 でもあの二人なら、いつか消した記憶を元に戻すような気がします」

「そうなれば、われらは嫌われようなあ」

「あの二人ならきっとわかってくれますよ」

「それにしても、翔君のあの佇まい、桐生家麒一殿が相当に鍛えたものと見える。

 桐生家も元気のいい『小鬼』を育てたものよ。

 まだまだじゃが、徐々に完成されよう」

「そうですね。百合も今一度、

 鍛え直す必要があるかどうかをこのたび確かめます」

「翔君との手合わせは楽しみじゃ。今回はどれほど強くなっておるかのう」

「ふふふ、翔君が来ると聞いた時からご機嫌でしたものねえ。

 あまり自信を無くさせてはいけませんよ。これからの若者に」

「そうじゃが、あの可愛い百合の夫となるならばそれなりの技量がいるのは当然」

「また始まった。あなたの百合びいきが」

「当然じゃ、わしの可愛い孫娘、我が一族一番の姫だからのう。

 でも翔君も好きじゃ」

「私もあなたもあの二人が来る時は、心身共に若返りますねえ」

「そうそう、あの二人はわしらのアンチエイジングための薬じゃ」

「ほほほ、そんなことを言うとあの二人がかわいそうですよ」

「わしらの年寄りが、元気でいてこそ館林、桐生共に栄えることができようぞ」

「そうそう、その意気ですわ、あなた」

 

 葉山海岸は、湘南海岸サザンビーチに近い事もあり、

秋にも関わらず柔らかく少し温かめの風が百合の髪をそよがせる。

おだやかな波に遊ばれる真っ白い砂浜、

流れてきた海草や貝殻と遊ぶ小蟹達、

夕飯を探しているのか、ゆったりと飛ぶカモメ、

二人は砂浜に座り肩寄せあって海を眺めていた。

「ねえ、翔さん、私はあんな能力には頼らなくていいと思うの」

「本当に怖かった。便利だけどあんな怖い思いするなら普通に闘った方がいい」

「違うの、あの能力に安心して、逆に危険な中に入るほうが怖いから」

「まあ、頼りにするほどの力はないと思うんだ。自由に使えるとは思えないし、

 あくまでも最大の危機の時に百合の元に帰る最後の手段にとっておくつもり」

「私はその最大の危機が嫌なの。それにもしあの能力が出なかったら、

 その瞬間からあなたとはもう会えないのよ。

 私はあんな能力には期待したくないの」

「百合、そう簡単にあの能力が出るはずないよ。安心して、使わない。誓うから」

「あの兄が本当にそれを許してくれるかをどうかを心配してるの。

 何といっても館林一族の長い歴史の中で最高の頭脳を持っている人なのよ」

「えっ?そうなの?」

「そう、今まで謎を謎のままにしてきた人ではないの」

「そうなると、もしかしてあの能力を?」

「そう、必ず使えるようにする人。本当に怖い人なの。

 私すごく後悔しているの、相談なんかするんじゃなかったって。ごめんなさい」

「いいよ、俺のためだもん。今は何も考えたくない。

 ねえ、ひざまくらしていい?」

「ふふ、翔ったら甘えん坊さんね。今日は疲れたでしょう?いいわよ」

翔は頭で百合の形の良い腿の弾力を楽しみながら、夕日に輝く波を見つめていた。

百合は膝枕している翔を菩薩のような微笑で見つめている。

(つづく)

9.がいな祭りと境港

 夏の山陰地方は涼しいと、関西や四国地方を勤務してきた慎一は感じている。

肌にあたる日差しの強さとか最高気温を比較してわかったことだった。

米子城跡にある湊山公園を散歩している時など木陰に入ると吹き渡る風は涼しかった。

8月始めの土日二日間、ここ米子市では『がいな祭り』があるそうだ。

静香美波親子も見に行くようで

『会えたらいいね』とこっそりとウインクした美波ちゃんの笑顔が脳裏に残っている。

 

『ドーンドーンドーン』

遠くから、がいな祭り開始の『ふれ太鼓』が響いてくる。

米子がいな祭りは、駅前ステージ、駅前だんだん広場、文化ホール多目的広場、

駅前通り、本通り商店街や湊山公園でステージが作られ、

そこで様々な企画が開催されて、進行されてゆき、

最終日、中海海上での『がいな大花火大会』で締めくくる。

ちなみに、『がいな』とは、山陰地方の方言で「大きい」を意味するものである。

 

 夕方からが本番だと聞いていたので仕事の資料を整理してゆったりと過ごした。

少し暗くなってから部屋を出た。

『がいな太鼓』があらゆる会場で鳴り響き、街全体へ熱き鼓動を伝えている。

『がいな万頭』が道路で踊っている。

枝のついた長い竹に多くの万頭を吊り下げ、

踊り手がその竹を額や胸などに立てて踊る。

その技を競うようで、子供も大人も器用に踊っている。

この祭り、『秋田の竿灯祭り』を取り入れて、米子地方で盛んになったものらしい。

慎一は色々な会場を見回って楽しんだ。

市民は皆、大人も子供も一年で一番大きなこの祭りを満喫している。

 

 偶然、湊山公園で静香親子に会った。

二人とも鮮やかな色の浴衣でおめかししている。

「おじさん、こんばんは、やっぱり会えた。良かったね。お母さん」

「うん、そうね。日下さん、いかがです?」

「大きな祭りやねえ。さすが『がいな』と言うだけあるねえ」

「そうでしょう? 

 私は、明日夜の花火を一番楽しみにしているんです。

 でも今年は、美波は友達と一緒だと言われて、

 私とは付き合ってくれないんですよ」

「そうだ、おじさん。明日、お母さんと一緒に花火を見ない?」

「美波、またそんな無理なことを。日下さん、いいんですよ。

 気にしないで下さい。花火は家の二階からでも見えますから、今年は家で見ます」

「いや、僕も暇やし、もし女将さんさえ良かったら花火を一緒に見ないですか?」

「えっ? いいんですか? 私みたいなもので・・・」

「その言葉は、こっちの話やで。僕としたら願ったりかなったりや」

「お母さん、一緒に見る人ができて良かったね」

「もう、美波ったら。お母さんは良かったけど、日下さん、無理させてませんか?」

「ううん、全然やで」

「じゃあ、そうしましょう。よろしくお願いします」

三人は並んで祭りを楽しんだ。

 

 帰り際に、美波ちゃんが

「お母さん、明日のお祭り前に、うちの家で皆でご飯食べようよ。いいでしょう?」

「まあ、日下さんにも都合があるでしょうに」

「いいや、残念ながら。実は、ありそうで無いのが独りもんの悲しさですわ」

「良かった。断られたら寂しいなと思っていたの。おじさん、ありがとう」

「いいや、こっちこそや。明日境港の市場を見に行こうかと思っていたから、

 ちょうど良かった。女将さん、何か買って来ようか?」

「うーん、そう言われてもすぐには浮かばないわ」

「じゃあ、明日、皆で市場に行こうよ」

「それがいいな。それだったら買うものわかるやろ?女将さん」

「そうですが、本当にごめんなさいね。美波ったら無理ばかり言って」

「いいですよ。どうせ暇やし、境港市場の案内をお願いします」

美波ちゃんの発案でとんとんと明日の予定が決まった。

 

 翌日は、少しはおしゃれでもと思い、白いサマーセーターを出した。

朝10時くらいに美波ちゃんから電話連絡があり、後藤家への道を教えてくれた。

家の前にはもう二人は待っていた。

いつもお店では髪を丸めてアップにしている、小顔で切れ長の目の女将さんが、

今日は長い綺麗な髪を落として、一つにまとめている。

白いパンツに薄いオレンジ色のブラウスを着て、白いカーディガンを羽織っている。

慎一は一瞬早くなった心臓の鼓動を、CDのスイッチ入れることで抑えた。

後藤家は旗ヶ崎の一軒家で二人が住むには大き過ぎるように感じた。

「おはようございます。今日はありがとうございます」

「おじさん、おはよう」

「おはよう、さあ出発しよう」

境港市へ向かう途中、

神話や神社が趣味であることを伝えると二人は興味津々で聞いている。

軽く打診して見ると、二人から『初めてだから行ってみたい』と返事が返ってきた。

先ずは境水道大橋を通って、『えびす様の総本宮』と言われる美保神社へ参拝した。

 

美保神社のご蔡神は『三保津姫命』『事代主神(えびす様)』の二柱。

『三保津姫命』

高天原の高皇産霊命の御姫神で、大国主神の御后神。

高天原から稲穂を持って降臨され、人々に食糧として配り広められた神様。

「五穀豊穣、夫婦和合、安産、子孫繁栄、歌舞音曲(音楽)」の守護神。

美保という字はこの神の御名に縁があると伝えられている。

事代主神(えびす様)』

大国主神の第一の御子神

鯛を手にする福徳円満の神えびす様として世に知られる。

「海上安全、大漁満足、商売繁昌、歌舞音曲(音楽)、学業」の守護神。

出雲神話・国譲りの段において御父神・大国主神より重要な判断を委ねられた神様。

その他、神社内には客神として、

大妃社、姫子社、神使社、宮御前社、宮荒神社、船霊社、稲荷社など

多くのお社が祀られていた。

 本殿は、大社造であり国の重要文化財である。

向かって右側の「左殿(大御前)」に三穂津姫命、

向かって左側の「右殿(二御前)」に事代主神をお祀りしいる。

この二殿を「装束の間」でつないだ特殊な形式で、

美保造または比翼大社造と呼ばれている。

事代主神』は、現在の皇室にて祀られている「宮中八神」のうちの一柱でもあり、

大変興味深かった。

 静香親子は、慎一から神様に関連する神話の説明を感心して聞きながら、

神妙な面持ちで慎一の真似をしてお参りした。

少しマニアック過ぎて引かれたかと思ったが、二人はニコニコとお礼を言ってくれる。

 

 境港市は、古代からの港町で鬼太郎の作家である水木シゲルの故郷として有名で、

水木シゲルロードのあちこちに妖怪の像が飾られている。

三人とも少しお腹が空いたので、昼食を食べようと、境港さかなセンターへ向かった。

センター内はショッピングコーナーと市場食堂があった。

早速、食券を買って、刺身定食、あらだき定食、寿司定食を頼み舌鼓をうった。

ご飯の後、喜太郎神社にお参りし、夢みなとタワーに登り、そこからの光景、

日本海と大山へ続く曲線を描く弓ヶ浜の美しさ』に目を奪われた。

 

 女将さんが「安いわ」と目の色を変えてショッピングセンターで干し物を購入し、

最後に、当初の目的である「境港水産物直売センター」へ行った。

多くの美味しそうな魚が水揚げされ、足の踏み場もないほど並んでいる。

海産物の買い物は女将さんに任せて、美波ちゃんと一緒にセンター内を散策した。

「ねえねえ、きっと私達、親子に見えるね」

「そうやろうなあ」

「私、こんな光景を夢見ていたの」

「へえ、そうなんや、僕が仮にお父さんだったら美波ちゃんみたいな娘はうれしいな」

「ありがとう、おじさん。この話はお母さんには内緒ね。約束よ」

「うん、わかった。約束する」

美波ちゃんが女将さんを見つけて走って行く。

親子二人の笑顔が輝いていた。

(つづく)

5.いつ出るの?超能力!

「ではさっそく、翔君、跳んでくれたまえ」

「???跳ぶ?」

「いや、だから、もう一度跳んでくれたまえ」

「???」

「もう一度、テレポーテーションをしてくれたまえと言っているんだ」

「もう一度と言われても・・・」

「楽しみにしているよ」

翔は、『ヤッ』『ホッ』『エイ』『テヤー』とか叫んで、

空手の構えとか蹴りを放つも何も起こらなかった。

「うーん、もう一度できないと検証できないのだが・・・困った」

「では、あの時同じ気持ちで頑張ってくれたまえ」

「同じ気持ちと言われても、あの時は百合のことだけ考えていたので・・・」

「うん?それかもしれない。百合のことだけを強く考えて見なさい」

「兄さん、何を言うの?そんなことで変わるはずないじゃない」

翔は百合のことだけ考えた。すると昨夜のことを思い出した。

「何を赤くなっているのだね?お互い好きあっているのはバカが見てもわかるのに」

「そこまで私達って開けっぴろげ?異議あり、そこまで単純じゃないわ」

「異議?単純じゃない?それはお前の勘違いだ。どう見ても翔君が尻に敷かれてる」「尻に敷いてるって、そんな失礼なこと、兄さんでも許さない」

「尻に敷いているのが嫌なら、翔君がお前にベタ惚れで弱い立場だと言おうか?」

「そうかもしれないけど、私も同じくらい弱いもん」

「ああ、わかった、わかった。何の話だ?今はそんな無駄な話は不要だ」

「翔君、馬鹿な妹で失礼した。さあ続けてくれたまえ」

『馬鹿って何よ』と食って掛かる妹を無視して兄はじっと待っている。

 

 やはりいくら百合を想っても、何の変化もなかった。

「まあ、普通の状態では無理だとわかったので精密検査をしよう」

 

 全身の検査が始まった。

血液検査、身体測定、レントゲン、CT、MRI、脳波測定、筋電測定、

陽電子放射断層検査(PET)、胃大腸カメラ、眼底検査からあらゆる検査をした。

これらの検査はすべて医療ロボットが行った。

京一郎は、じっと検査結果を見つめている。

「うーん。メラトニンセロトニン値が高い以外は何もない。素晴らしい肉体だ。

 これほどの格闘に特化した肉体に初めて会った。すばらしい」

メラトニンセロトニンが高いと何かあるのですか?」

「このホルモンに影響を与える臓器と言えば、松果体しかないな。少し絞ろう」

「翔君、松果体と言うのは脳のちょうど真ん中にあるのだが、何か心当たりは?」

「いえ、何も」

「少し、CTやMRIやPETで拡大合成してみよう。

 ふーん。何か額から何か入った跡が見えるが・・・」

「それなら、翔さんの眉間の間に、当時はポツンと穴が開いていたような気が・・」

「そうなの?どうしよう」

「でもすぐにふさがっているわよ。キスの時も目立たなかったし・・・」

『あっ』と口を押えて、百合が真っ赤になってうつむいている。

「翔君、結論を言えば、君の松果体は非常に若い、いや若過ぎるということだ」

「若い?それがなにか」

松果体は年齢を行けばいくほど石灰化していく組織なんだ。

 大きさそのものは7歳までは発育するがそれ以降は変化しない。

 要するに君の松果体は石灰化していない7歳と同等の状態だということだ」

「7歳と同じ。うーん。それってどうなんだろう・・・」

「ただ、興味深いことにこの組織は昔から超能力に関係していると言われている。

 ただ科学的には一切証明されていない。よく第3の目とか聞いたことあるだろう?」

「はい、そんな話なら聞いたことがあります」

「ではさっそく、脊椎液を採取しよう。怖くないし麻酔するから痛くないよ」

「はい、よろしくお願いします」

「さっそく、成分を調べてみるよ。

そうそう今日は、これくらいにして、少し一緒に来てくれないか」

 

翔は京一郎に続いて屋上へやってきた。

「こちらに来たまえ。こっちだ」

京一郎が屋上の縁に立っている。

不思議に思い翔が隣に立つ。

「翔君、あちらを見たまえ。綺麗な海だねえ」

京一郎の指差す方向を見た時に、突然後ろから押された。

足元がフワリと離れて、屋上の高さから落ちていく。

翔は何が起こったかわからなかったが、

この高さからコンクリートに落ちれば只では済まない。

千葉の時のようにまたもや、とっさに『百合』を思った。

 

『二人、どこに行ったのかしら。危ないことされてなければいいけど』

百合は心配していた。

その時、叫び声が聞こえて、ソファに座っている百合の上に何かが落ちてきた。

とっさに百合は転がって避けた。

果たして翔が百合のいたソファへ頭から落ちてきた。

翔は、またもや気絶している。

百合は急いで翔の背後に廻り蘇生術を促して覚醒させた。

「うわあ、助けて。あっ、百合、怖かった。今度は駄目かと思った」

翔が大きく息を吸い込んでキョロキョロしている。

『パチパチパチ』と拍手の音が聞こえる。

「翔君、大成功、大成功、これは素晴らしい能力だ」

翔は、百合の後ろに隠れそうに怖がっている。

「確かに君は屋上からこの部屋へテレポーテーションしているよ」

「翔、何があったの?」

「百合、彼はわからないだろうから僕から説明しよう。

 翔君を少しでも前のケースに近づけようと屋上から突き落としたんだ。

 もちろん油断していたところだったので効果があったはずだ。

 そこで興奮状態が瞬間に誘発されテレポーテーションが発現した」

「突き落とした?何を考えてるの?もし翔が死んだらどうするつもり?」

「大丈夫、彼が落ちるであろう場所には、

 レイとアイを待機させていたので地面に落ちることはないはすだ」

「そんなことまでしなければできないなんて、もう協力しません。翔、帰りましょ」

「百合、もっと冷静になりなさい。このすばらしい能力を理解しなさい。

 この能力が常に発揮されれば、翔君が危なくなった時にも、

 百合、必ずお前の元に跳んでくるんだぞ。

 お前もこれから心配しなくて良くなるだろう?」

「そうだけど、こんな実験は絶対嫌!」

「もう、実証されたので同じことをする必要はない」

「それならいいのよ。また同じことするなんて言ったら、翔がかわいそうで・・・」

「ほう、あの百合が涙ぐむとは・・・翔君、君もなかなかの男だ」

(つづく)

8.美波の秘密

 ある夜、美波は土曜日のプールへの準備をしていた。

母には友達と皆生温泉プールで泳いでくると言っている。

「あなたがプールにねえ。どういう風の吹き回しかしら。水はもう大丈夫なの?」

と不思議そうに美波を見ている。

本当は、皆生プールへ日下さんと行くのだが、

お母さんには内緒で泳げるようになって驚かそうと考えていた。

 

美波が幼い頃、母とお風呂に入っていた時、

「ねえ、お母さん、お父さんはどうして死んだの?」

「お父さんは、大きなお船に乗っていた時、

 大きな波が来て海に落ちて溺れちゃったの」

「ふーん。海ってこのお風呂より大きいの?」

「そう、すごく大きくて深いのよ」

美波は、そっと湯に顔をつけた。

しばらくすると、すごく息が苦しくなって、涙が出てきた。

お母さんが急いで美波を抱き上げた。

「どうしたの?」

「お顔つけたら、すごく苦しくて怖かった。きっとお父さんも苦しくて怖かったのね」

「もう、そんなことしちゃあ、だめよ、美波」

と母は泣きながら強く抱きしめてくれた。

それ以来、美波は水に顔をつけることが出来なくなっていた。

怖くて身体と心が硬直してしまうのだった。

 

 母と3人で晩ご飯を食べて以来、夜は日下さんが来れば一緒に食べている。

日下さんとの晩ご飯は、家族で食べているようで楽しくて美味しかった。

きっとお父さんが生きていたらこんな食卓なんだろうなと感じた。

特に、母の笑顔を見ているのが好きだった。

美波が物心ついてから、母の楽しそうな笑顔を見たことがなかったからだ。

最初は、母の明るい笑顔に戸惑ったけれど、

『これが本来のお母さんの笑顔だ』と思うと嬉しい気持ちで一杯になった。

しかしその反面、なぜか少し寂しい気持ちもしている。

 母が後片付けしている時、日下さんと二人で色々な話をしている。

高校時代は水泳部所属で県でも結構いいところまでいったと聞いた。

水が苦手な美波は、すぐにコーチをお願いした。

日下さんなら父のようだし、嫌らしい目で見るオヤジじゃないから安心だった。

「最近、運動不足で腹が出てきたかも、

 格好悪いからちょっと鍛えとく」と張り切ってる。

そして、こっそりと携帯電話の番号も交換している。

毎日静香も帰るのが遅く、美波も部活動や塾で遅い。

美波を心配な静香は、まだ高校生には早かったが、

米子東高校へ入学した時のお祝いとして携帯電話を買っていた。

 

 日下さんのマンションまで行くと、白いクルーザーから日下さんが顔を出した。

美波が乗り込むとすぐに出発した。皆生温泉プールまでは10分ほどだった。

美波がプールに行くと、すでに日下さんは入念にストレッチをしている。

水泳で鍛えていたせいか、お腹も出ておらず、スレンダーな身体をしていた。

美波がストレッチをしている間に日下さんは、プールに飛び込んだ。

クロールで25メートル、平泳ぎで25メートル、背泳で25メートル泳いで上がってきた。

日下さんは本当に魚のように早く綺麗に泳いでいた。

「ああ、もう疲れた。久しぶりやから身体が重い。まだちょっと本調子でないなあ」

「ううん、すごく早くて綺麗だった。私も日下さんみたいに泳ぎたい」

「すぐに泳げるようになるよ。テニスしてるくらい運動神経がいいんやから」

「うん。でも・・・」

 

慎一は美波ちゃんを呼んだ。

「大丈夫、大丈夫。そっとプールに入っておいで」

「はい」

美波ちゃんはプールに入ってきたが、顔色が蒼くなり息が早くなっている。

水泳が苦手とかのレベルでなく、水に恐怖している様子だった。

顔も強張り身体も硬直して足も一切動いていない。

慎一は水にここまでの恐怖感を持った人間にあったことはなかった。

このままではいけないと思い、

「美波ちゃん、先ず、あっちの浅い方に行こうか」

「はい、ごめんなさい。笑わないでね。怖いの」

「大丈夫、さあ、あっちへ」

慎一は浅い方へ美波の手をしっかり握り引いて行った。

美波ちゃんの身体から徐々に強張りが取れていく。

腰くらいの水位になって、やっと美波ちゃんへはにかみ笑いが戻った。

 

「じゃあ、美波ちゃん、まず、僕の手を持って身体を伸ばしてごらん」

「浮かないよう」

「大丈夫、僕が手を持っててあげるから」

美波は言われた通り、恐る恐る身体を伸ばした。

足がプールの底から離れた。

「じゃあ、次は少し顔をつけてごらん」

「そうそう、少しずつだよ」

「では、そこから上を向いてごらん、頭と肩を持っててあげるから安心して」

美波の肩と頭は日下さんの手で支えられている。

「では、少し深呼吸して、そうそう、

 耳をつけると何か聞こえてくるから聞いててごらん」

「???」

美波は耳を凝らした。

確かに、水を通して色々な音が聞こえてくる。

シュンシュンという音に混じって、人の声のような音が耳に入ってくる。

最初は身体が強張っていてあまり聞こえなかったが、落ち着くにつれて、

なぜか優しく包んでくれているような暖かい音に変わっていった。

「ここはプールやからたくさん音がしてうるさいけど、

 これが海だったら本当に静かで何もかも溶けていくみたいになって、

 いつまでもこうしていたいと思うようになるよ。

 それがきっと海の心だと僕は思っているんや」

じっと耳を済ませていると知らぬ間に水への怖さが少しずつ溶けて消えていく。

『海の心』その不思議な響き・・・

いつかその『海の心』を聞いてみたいと美波は思った。

(つづき)

4.『葉山館林研究所』到着

 翌日、朝8時にマンションの玄関に京一郎からの車が停められた。

「百合お嬢様、そして桐生 翔様、おはようございます」

「おはよう。アイさん。わざわざありがとうございます」

「いえ、百合お嬢様、お安い御用でございます」

「だいぶ、道が混んでいたのじゃない?」

「いえ、大丈夫です。もしお急ぎならスペシャルモードに変えますが?」

「いえいえ、ノーマルモードでお願いします。そんなに早く着きたくないので・・・」

「京一郎様は、朝早くから私にまだかまだかと催促されたのですが、

『通常家庭では8時頃が普通でございます』と何とか説得して

 今朝はまいりました。我々は24時間大丈夫ですが」

「そうよねえ。でも兄を説得するなんてすごいなあ。私も教えてもらおうっと」

「いえいえ、我々アンドロイドが

 ディープラーニングで学習した結果でございます」

 

 翔は、身体が浮き上がるほどの衝撃を受けていた。

『アイさん』がアンドロイドと全く気付かなかったのだ。

芸能人で言えば、どことなく佐々木希似の綺麗な女性が運転手だと信じていた。

『アイさん』の肌の質感も人間と変わらない。

確かに表情に若干ぎこちないところはあるが、寡黙な人間とそう変わらない程度だし、

人と会話をキャッチボールできることに驚きを感じた。

 百合の話では、彼女は兄さんが開発した『OJO(オジョ-)システム』のロボット

で、家事能力や強力な戦闘能力を持っているらしい。

要するに可愛い顔でエプロンをつけたターミネータみたいなものだった。

首都高速道路に乗り、雪色の富士山を眺めながら、そっと百合と手を絡ませていた。

1時間もすれば葉山に着くだろう。その間ずっと変わり行く東京の景色を見ていた。

 

「そうそう、翔さん、しばらく葉山の祖父母の家で厄介になるのでそのつもりで」

「えっ?そうなの?そんなことになるならもっと早く言ってよ」

「もっと早く言ったどうかしてたの?」

「いや、色々と準備もあるし」

「服や下着はもう用意してるわよ」

「そうなの?そう言えば、朝早く起きてドタバタしてたよね?そうか」

「そう、ここは『私のフィアンセ』としてきちんとしてね」

「フィアンセはいいけど・・・きちんとと言われても・・・」

「大丈夫よ。私が好きな翔だから!自信を持って」

「そうかなあ・・・うん、がんばる」

百合が『おまじない』と言って、そっと頬にキスをしてくれた。

やがて葉山まで3キロの案内板が見えた。

 

 ここ葉山でも紅葉に彩られて町を秋色に染め上げている。

今日も雲ひとつない空は青く、葉山の海は蒼く、

それらに挟まれた空間の紅葉が美しかった。

その街並みの中で高台にひときわ輝く白亜の建物があった。

ここが百合の兄、京一郎が経営する『葉山館林研究所』だった。

昔アニメで見ていた巨大ロボットが出てくる研究所のような外観だった。

 正門は閉まっているが、アイさんが車のパネルを操作し門を開けていく。

次には建物横の道路部分が下がり、地下の駐車場への通路が出現し入っていく。

地下駐車場には、高そうな立派な車が何台も停まっていた。

一番奥部分に到着すると、アイさんが外に出てドアを開けてくれる。

恐縮しながらアイさんの先導でエレベータに乗り、地下階から1階へ上がっていった。

そこは応接室だった。

「いらっしゃい。首を長くして待っていたよ」

「もう、会ってからまだ1日も経ってないじゃない。大げさね」

「いや、それほど待ち遠しかったという意味さ」

「それは分かっているわ。今日は翔さんに何をするの?心配なの」

「そう怖い事はしない。安心しなさい。

 お前からある程度話を聞いているから大体の想像は付く」

翔はドキドキしながら二人の会話を聞き入っている。

「翔君、先ずはコーヒーでもどうだ?レイ、コーヒーを三つ頼む」

「はい、わかりました」

『レイ』と呼ばれた女性が、芸能人で言えば深田恭子似の、

スタイルのよい綺麗な職員だと思っていた翔は、この女性もロボットだと知り驚いた。

スムーズな全身の関節を使った柔らかい動きで歩いており人間と見まがうほどだった。

応接室の奥に行きお盆に載せてコーヒーを持ってきて、3人へ1人ずつ配膳していく。

「もう一度、翔君からその時のことを聞いておきたい。

 それから検査し、そのデータを私の人脈の中で最適な研究者と検証するつもりだ」

「はい。わかりました」

心配そうな顔で隣に座る百合を見ながら、その時の状況を話した。

「ふーん、そう、なぜ空間を跳べたかが一番の問題だな。これは面白い」

「千葉から東京までは相当な距離がある。それに足のセメントも気になる。

 セメントと服などが別なのも気になる。

 面白い、非常に面白い。今日からしばらく眠れないな。翔君ありがとう」

「???」

「いやあ、こんな面白い謎を提供してくれて感謝している。

 この原理が解明できれば、人類の新たなる進化に寄与できる。

 交通手段は一切必要なくなる。究極のエコが完成する。すばらしい!」

狂、いや京一郎は、興奮して叫び始めた。

百合が心配そうに二人を見つめている。

3.京(狂)一郎、見参!

 百合が秘書兼事務員となって、『新宿探偵事務所桐生』は大きく変わった。

というより百合カラーに変えられた。

事務所の名前も『Kiryu detective agency』と変わり、入口もカラフルなドアとなり、

可愛いアニメ調のホームページも開設され、女性も気安く相談できるような事務所へと様変わりした。

これら全てが百合の貯金から出されたもので翔は1円も使っていない。

時々、顔を出す都倉警部も目を白黒させて居心地悪そうにコーヒーを飲んでいる。

「翔、すごい彼女を持ったな。これで警察に入りたがらない理由がよくわかったよ」

「違いますよ。でもすごいでしょ?これだけしっかり者で可愛いのだから・・・」

「はいはい、ご馳走様。才色兼備ね。

 もう十分甘いコーヒーは飲んだので本庁に戻るよ」

「甘い?ブラックのはずなんだけど」

「ああ、ブラックだよ。追加の百合ちゃんの砂糖が甘過ぎた」

「もう、早く仕事に、さあ戻って、戻って」

「はいはい。ではまたな」

「はい、お~疲れ様でした~」

ニヤニヤ笑いながら都倉警部が本庁へ戻って行った。

 

 警部と入れ替わりに電話が鳴った。

「はい、こちら『Kiryu detective agency』でございます。

 はい、大丈夫でございます。11時でございますね?お待ちしております」

「所長、11時にクライアントが来られます。依頼内容は『ペット探し』でございます。いくらでもいいとおっしゃっていますので、至急料金で引き受けましょう」

「ペット?何かなあ、力が入らないなあ」

「所長、今月はまだ依頼がありません。このままでは事務所代も払えませんよ」

「百合、わかったから。もう、いつもの口調でお願い。何か緊張しちゃうよお」

「もう、翔ったら仕方ないわねえ。

 あなたがすぐに仕事を忘れるから秘書モードにしているのに」

「だって、何か怖いんだもん」

「わかったわ、二人きりの時はいつものようにするね」

「お願い。ふー、良かった。これでゆっくりとコーヒーが飲める」

 

 約束時間が来て、ペット探しのクライアントが事務所に入ってきた。

事務所内装を見回しながら、『綺麗なお部屋だから安心してお願いできるわ』と独り言を言っている。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:倉持 香苗様。60歳。

依頼人状況:主婦

種類:ペット捜索

   猫、種類は純血種アビシニアン、色は白、名前はクレオパトラ

経過:直近の状況は、新宿御苑北側で車から出奔。昼になっても帰ってこない。

 

「おいくらなら見つけていただけますか?」

「通常、ペット捜索は5万円からですが・・」

「ペットって、失礼な、クレオパトラは我が娘も同然なのに」

「失礼しました。大切な娘も同然でございましたね」と百合がフォローを入れた。

「そうそう、娘も同然、わかればいいのよ」と機嫌が戻る。

「では今日中に連れて来て頂けたら20万円、明日以降なら10万円でいかがかしら?」

「はい、なるべく早くクレオパトラちゃんを探します」

「では、お願いしますね。なるべく早くね。

 今はお腹を空かしていると思うの、心配で・・・」

「はい、確かに承りました。安心してください。所長は非常に優秀ですから」

クライアントは、頭を下げながら帰っていった。

ペット探しに20万円も軽く使う人種がいることに驚いたが、

今月1件の依頼もない寒い台所事情の今は非常にありがたかった。

 

最初にいなくなった場所新宿御苑へ自転車で向かった。

お嬢様猫が野良猫みたいにうろつくはずはないので、

たぶん新宿御苑内にいると考えていた。

ただ御苑付近の道路で事故にでもあっていたらと心配だった。

交通事故を心配して道路沿いから調べていったが、

幸いなことに該当する白い猫はいなかった。

 

今日は雲一つない秋晴れで、新宿御苑の紅葉は今が最盛期だった。

多くの人が散策しており、うっとりとした目で彩られた木々を見つめている。

仕事が無ければ、百合と一緒に散策したいところだった。

広すぎる新宿御苑の北側を必死で探し回ったが見つからなかった。

 

振り乱したような白髪の爺さんも長いステッキを持ってベンチに座っている。

翔も少し休もうとベンチに座った。

『あーあ』と背伸びして偶然見上げたら、白い動物が枝に座っている。

持っている写真で確認したがそっくりだった。

どうやら枝に昇ったはいいが、高すぎて怖くなり下りることができなくなったようだ。

クレオパトラちゃん。下りておいで」と真下から声をかけるも無視している。

「その猫は君の猫か?」

「いえ、頼まれて探していたんです」

「わかった。真下、そう、そこらで腕を広げて待っていなさい」

「???」

おもむろにサングラスを掛けるとクレオパトラらしき猫を見つめた。

すると白い身体は翔の腕に落ちてきた。

「???」

「眠っているだけ。しばらくすると目を覚ますので安心しなさい」

 

その時、ガラの悪そうな顔つきのヤクザ達が走って集まってくる。

彼らは『やっと見つけた』『今度こそ袋だ』『てめえ、この野郎』と叫んでいる。

この前のリベンジをされるのかと覚悟し、クレオパトラをジャンバーの胸へ入れた。

これ程度の奴らだったら、この胸の猫にかする事もなく倒せる自信があった。

しかし彼らの視線の方向は翔ではなかった。

隣の白髪の爺さんだった。

「あれ、見つかってしもうたかい。どうするつもりじゃあ」

「てめえこそ、うちに何の恨みがある?

 事務所の壁だけでなく窓ガラスまで粉々に割りやがって。

 それに組長の大事な置物まで粉々にしやがって、

 この前に見つけてからずっと探してたんだぜ。

 今日こそ絶対逃がさねえ」

「ほっほっほっ。恨み?ヤクザが恨まれない方がおかしいじゃろ?

 捕まえる?それが出来るかのう?試してみるか?

 お前達、人間として生まれてきたからにはもっと真っ当な仕事をせんか?」

翔は我慢できなくなって

「おい、こんなお年寄り相手にこんなに大勢で、卑怯も甚だしい。僕が相手だ」

「てめえ、何者だ。関係ねえ奴はひっこんでろ」

「いや、関係ないことはない。この人には今助けてもらった」

「訳のわからねえことを、てめえら、二人とも袋にしな」

「できるかのう、ほっほっほっ」

爺さんが、サングラスの取っ手を回した。

ヤクザたちが、みるみるフラフラし始め、全員がその場で倒れてしまった。

「おい、翔君だったな、逃げるぞ。心配ない。眠っているだけだから」

「???なぜ名前を?」

「先にタクシーで君の事務所に行ってるからね」

翔は、急いで事務所にクレオパトラと一緒に戻った。

ドアの前ではさきほどの爺さんが待っている。

「思ったより早く着いたね。さあコーヒーでも飲もう」

と事務所へ入っていく。 

「いらっしゃいませ。ただいま所長は不在でございまして・・・」

「百合、何を言ってるんだ?俺だよ、俺?」

「俺?と申されても、私はあなた様を存じませんが・・・」

「うん?ああ、このせいだったな。悪い悪い」

 

爺さんは、突然、両耳を掴むと左右に引っ張った。

すると両耳がグンと伸びた。それを前に回す。

とたんに顔部分に割れ目が出現してきて、左右にパカッと分かれた。

中から30代中頃と思われる顔が出現した。

「兄さん?・・・どうして・・・」と百合が目をまんまるにして絶句している。

「いやあ、面白かった。なかなか百合が翔君を連れてこないから来ちゃった」

「なかなかって、電話をしたの昨日じゃないの」

「そうだった?うーん、忘れちゃった」

翔はもちろん何が何かわからなくてポケッとしている。

どうやら、このジジイ、いや男性は百合の兄だったらしい。

 

百合がみるみる耳まで真っ赤になって翔から顔を背けている。

「だからなかなか会わせたくなかったの!兄さん、どうして普通にしてくれないの?

 私が恥ずかしいじゃない!だからみんなから狂いの字の京一郎て言われるのよ!」

「そうなの?このマスクはよく出来てるだろう?この質感、人間とそっくりだよ」

「そんなこと、言ってるんじゃないわ、私は・・・」

「まあまあ、もうじきハリウッドでも使用する契約を結んでいるんだ。喜んでくれよ」

「そうじゃなくて・・・」

「ああ、もしかして翔君では俺が気に入らないかもって?

 いや、想像してたよりずっといい男だ。百合、よくこれほどの男を捕まえたな。

 もしうちの親や爺さんや婆さんが反対しても俺だけは味方するぞ」

「そ、そ、それはありがとう・・・」

と二人の会話は全く噛みあっていない。

翔はあまりの噛みあわ無さに漫才を見ているみたいで腹を抱えて大笑いをしていた。

「翔さん、何を笑っているの?私がこんなに困っているのに」

「いや、えっ?困ってたの?ごめん、ごめん」

「もう翔さんたら、覚えてなさい。帰ったら怖いんだからね」

「え~、俺は無実だと思うんだけど・・・」

「駄目」

「百合、ごめんよ。ごめんよ」

「百合、彼もこんなに必死で謝っているのだから許してあげなさい」

「えっ?一体誰のためにこんなことになったのよ。もうーいいわ、許してあげる」

「翔君、良かったな。百合が許してくれたぜ」

翔は謝りながらも我慢できず大爆笑した。もう腹筋が痛かった。

 

 その後、百合と二人で無事クレオパトラちゃんをクライアントの邸宅まで届けた。

クライアントは猫の顔を見ると涙ぐんで頬ずりしている。

クレオパトラちゃんは紅葉狩りをしていましたよ」

「そう、それなら明日も新宿御苑に一緒に行きましょうねえ」

と語りかけている。謝礼金を貰い今日の依頼は終了した。

帰り道に京一郎から連絡が入り、明日にでも研究所に来るように言われた。

「運転手はアイに任せているので迎えの車に乗って来なさい」とのことだった。

 その夜の百合は怖かった。晩御飯を作らされ、いいと言うまでキスも出来なかった。

でもご飯を食べるとすぐに許してくれていつもの百合に戻った。

2.翔、帰還?!

 製薬会社の研究室に勤める百合は、今朝から胸騒ぎに襲われ、

不安が去らなかったため早々に実験を中止し早退した。

シャワーを浴びても気分がすっきりしなかった。

化粧水を塗りながらスキンケアをしている自分の顔が写る。

 

いつもはレイヤーカットのストレートセミロングにしているが、

昨日夜、行きつけの美容院で厚めの斜めバングを入れてイメージチェンジをした。

少し丸い顔、二重の目、大きな瞳、まっすぐな眉毛、鼻梁が通った形の良い鼻、

口角の上がったバランスのとれた厚さの唇、笑えば綺麗な白い歯が見えるが、

恋人の翔が惚れ込むその笑顔、今は全く見えなかった。

 

スキンケア後、ベッドに横になったまま翔の顔を浮かべた。

昨日夜からずっと翔からの連絡がない・・・

こんなことは初めての出来事で、彼が心配で仕方なかった。

 その瞬間

「百合、すごく愛してた」と大声が部屋へ響き渡った。

ベッドで横になっている百合の身体の上に何か濡れた重い物体が落ちてきた。

「キャー」

百合は反射的に身体の上の物体を上方へ巴投げでその物体を投げた。

「ドーン、ムギュ」

部屋の中にはびしょ濡れの翔が気絶していた。

「翔さん、あなた、どうしたの?何があったの?」

翔に声を掛けたが意識は戻らない。

百合は、なぜここへ翔が出現したのか理解できなかったが、

急いで脈拍と呼吸を調べ、異常のないことを確認した。

今は一刻も早く、濡れた身体を拭き、服を着替えさせ、

冷えた身体を暖めることが一番大切だった。

 百合は必死で冷たくなった翔の身体を強くさすり抱きしめた。

百合の心が『早く目覚めて。翔、早く目覚めて。お願い』と叫んでいる。

しばらくすると徐々に身体が温かくなって顔色も少し赤みが差してきた。

翔の眉間にポツンと盛り上がった穴が気になったが、もうふさがりかかっている。

じっと彼の顔を見ていると、いつの間にかニコニコ顔になっている。

百合は摩擦する手を緩めた。

 翔はふっと目が覚めると「百合」と叫び、急いで起き上がった。

じっと部屋を見廻している・・・その視線が百合の顔に止まった。

「あれっ?ここは?」

「私の部屋よ」

「あれっ?なぜここに?」

「無事帰ってきてくれて良かった」

百合はほっとして彼の厚い胸に顔をうずめた。

翔の頭の中は???の状態だったが、隣に百合がいると身体が熱くなってきた。

我慢出来ずに目の前にある弾力に富んだ形の良い唇にむしゃぶりついた。

「少し塩辛いわ。翔さん、シャワーを浴びてらっしゃいな」

「塩?あっそうだった、海の中だった。わかった、シャワー浴びてくるよ。

百合も一緒にどう?」

「やだわ、恥ずかしい」

「そう言わずにさ。ね?ゆーりちゃん?それに俺の服で汚れたでしょ?ね?」

こうなると翔が絶対にあきらめないことを知っている百合は苦笑しながら

「もう仕方ないわねえ。ほんとに翔ったら聞かん坊なんだから」

「じゃあ、お姫様抱っこっと」と百合を軽々と抱き上げるとシャワールームへ向かった。

百合の身長は165センチで日本人としては結構高いが、翔が180センチなのでちょうど良かった。キャアキャア言いながら二人でシャワーを浴び、バスタオルを巻いた百合をまたお姫様抱っこしてベッドへと戻ってきた。

 抱き上げた時、目尻の涙の跡に気付いていた翔は一層愛おしくて堪らなかった。

翔は爆発したかのような激しい愛情をその壊れそうな肢体へと注ぎ込んだ。

 

 余韻にひたる二人。

「百合、すごく大好き、愛している」

「私も」

「良かった。百合に会えて」

「ねえ何があったの?」

「実はね・・・あっ?都倉警部に連絡しないといけないや。百合、携帯を貸して」

「うん?どうぞ」

「都倉警部ですか?連絡が遅れましてごめんなさい。えっ?はい無事でした。

 よくわからないですが、今百合の部屋にいます。

 ええ、心配かけて申し訳ありません。はい。今夜はゆっくりと休みます。

 そうそう事件はどうなりました?えっ?ダイナマイトを使われた?

皆さん大丈夫でした?それは良かった。一網打尽にできたのですね。

良かった。おめでとうございます。

また、明日にでも本庁に顔を出します。ではお休みなさい」

 その時、翔のお腹が急にグウグウ鳴り始めた。

「安心した途端に腹が減ってきた。百合、お願い、何か食べさせて」

「ふふふ、もう、仕方ないわね。でも私もお腹空いたし何か作るわ。何がいい?」

「百合が作るものなら何でもいいよ。だって美味しいもん」

「そうねえ、いいお豆腐を買ってあるの。湯豆腐でもどう?」

「おっ?それはしぶい選択。身体に優しそうだ」

 

 二人は晩御飯も終わり、ソファーに隣り合って食後のコーヒーを飲んでいる。

テレビでは「暴力団虎志会覚醒剤シンジケート一斉検挙」の話で持ちきりだった。

「この事件だったんだよね」

「そうなの、無事に一味を検挙出来て良かったわね」

何かを言いたげに翔をじっと見つめている。

「百合、今日はありがとう。驚いただろう?実は俺も意味がわからないんだ。

 わかっているのは今ここで俺が百合と一緒にいるってことだけ」

「どういう意味?」

翔は順を追って、このたびの事件の顛末を話した。

最後まで話した時に百合の瞳から大粒の涙が頬を伝って落ちた。

「どうして、あなたはそんな危ないことをするの?

 あなたのお婆さんへの気持ちはわかるけど、

 探偵の領域を逸脱していると思わないの?

 私はすごく怒っているの。もし翔が死んでいたら私は・・・」

百合は堪えきれずに翔の胸に顔を埋めて両の拳で叩いた。

翔は百合をじっと抱きしめていた。

 

『確かに百合の言うとおりだった。

今回の不思議なことがなかったら俺はここにはいなかった』と初めて気付いた。

 

ひとしきり泣いた後、百合がじっと見上げながら、

「ねえ、あなたを暖めている時、急にニコニコし始めたけど、何か覚えてる?」

「うーん、ええと、そうだった?」

「そうよ」

「そうだ思い出した!あの時、百合と抱き合っている幸せな夢を見てたんだ」

「私は、必死であなたを暖めている時に、幸せな夢をね?もう知らない!」

百合は翔の頬に軽くパンチをいれる仕草の後、

お互い顔を見合わせてプッと拭き出した。

「そうそう、今度兄に会ってみない?その不思議な出来事の理由がわかるかも」

「そうなの?兄さんに?わかった。明日以外ならいつでもいいよ」

「それはそうと、私は決めたわ。あなたの秘書になります」

「えっ?今の仕事は?」

「今の会社は兄の研究所とよく共同研究しているのでいつでも復帰は可能よ。

 そんなことより、もう翔が帰ってこないとか連絡もつかないとかで1人で待っている

 のはもう嫌」

「それは・・・ごめんね」

「私に心配を掛けたくないなら、秘書に雇いなさい。もちろんお給料はいらないわ」

「いやあ、給料を頂戴と言われても一人分もギリギリだから、良かった安心した」

「ふふふ、私の顔を毎日見ることができて幸せでしょう?翔?」

「ううん、とってもし、あ、わ、せ、かなあ」

「なにか無理しているように聞こえるわ。どうなの?」

「いや、嬉しいけど、百合を危険な目に合わせたくないんだ」

「大丈夫。私とても逃げ足速いから安心して。足でまといには絶対にならないわ」

と、いうことで翔には百合という最愛で最強の秘書ができた。

(つづく)