『ゴウーーーー』
ふたたび樹を渡る風の音が耳を打った時
樹の根元でカラカラになって倒れていた老人の死体の眼が『カッ』と開かれた。
「ドウヤラ ダマセ ナカッタ カ ナゼ ワカッタ」
とユラリと立ち上がる。
シワシワでカラカラの身体へ血液が流れ始めたかのように
急速に肉厚の肉体へと戻っていく。
「お前から戻ってきた式神の傷を見れば魔物は1体でないことは明白だった。
お前が最初の肉体から移動した事は戦いながらわかっていた。
後は、お前が憑依できない肉体だけにするだけだった」
「ヌヌヌ ヌカッタ ワ ハヤク ニゲテ シマエバ ヨカッタカ」
「そうすれば、お前だけを先に処理するだけだった」
「・・・・・」
「真美、兄さんと一緒に戦っていてくれ。僕は準備に入る」
「はい、わかりました。では、翔様、失礼いたします」
真美は『御札』を胸元から出すと
呪文を唱えながら翔の背中へ貼り付けた。
それは糊も何も付いていないのに
ピタリとバトルスーツへ吸い付くように貼りついた。
その瞬間に祠の森で味わった感覚が全身を包んだ。
「これで憑依されることはありませんのでご安心下さい」
「憑依って、あの化け物が僕に?」
「はい、どんな時でもあの魔物は憑依を狙っています。
きっと我々が知らずに引き上げれば次に近づいた人間に憑依したはずです」
「じゃあ、僕は気をぶつける戦いをすればいいんですね」
「はい、あの化け物を逃がさない程度に戦いましょう。
遼真様の準備が出来るまでの時間稼ぎです」
「わかった。よくわからないけど、君も危ない真似はしないでね」
「優しいお言葉、ありがとうございます。でも心配なさらないで下さい。
私も遼真様と同様にこのような戦いには慣れておりますから」
「ナニ ヲ ゴチャゴチャ ワシ ノ エサ ニ ナレ」
魔物はこちらへ大きく跳ねて攻撃をしてくる。
二人は左右に離れると両側から攻撃を始めた。
翔は気を練り拳へ注入すると
筋肉隆々の身体になった老人、いや魔物、の肉体へ撃ちこんだ。
真美も同時に小刀で腕や足部分を切り裂いていく。
そのたびに魔物からは苦悶が聞こえてくる。
血液は一切出ていないにも関わらず魔物には衝撃が大きいようだ。
ただ小刀で打ち込みながら、何か呪文を唱えている。
「兄さん、真美、もう大丈夫です。二人とも離れてください」
遼真は地面に何か魔法陣のような絵柄を完成させていた。
魔物はそれを見て驚いている。
「?! キサマ ナゼ ソノ ジン ヲ
アノ ジダイ ノ ニンゲン ハ モウ イナイハズ」
「お前が出てきた降霊陣を見た時、この陣の事はお師匠様から聞いた。
大陸出身のお前をふたたびあの牢獄へ送る『送霊陣』らしいな」
「ナニ アノ ジゴク ロウゴク イヤダ ニドト モドラナイゾ」
「もうお前は逃げる事は出来ない。諦めろ。魂までは滅しはしない」
「ウルサイ オマエ モ コロス」
遼真は飛びかかってきた魔物の攻撃を避けると
一瞬、手を魔物の肩へ置いた。
『ギャア・・・ ナンダ コノ イタミ ハ』
「痛いだろ?
それはお前の魂が食らったその肉体から魂だけを外した痛みだ。
それが嫌なら、早くその魔法陣へ入りなさい」
「イヤダ セッカク ヨミガエッタ ノニ
コンド コソ コウテイ へ レイヤク ヲ」
「残念ながらお前達が望んだ、『不老不死の霊薬』はこの国にはない」
「ウソダ コイツラ ワ ワレ ニ ハナシタ」
「お前は騙されているんだ。それにお前に命じた皇帝はもういない」
「ウソダ コイツラ ワ コウテイ ノ ブカ ト・・・」
「お前に命じた皇帝の国は、もう700年も前に滅んでるよ」
「ウソダ シンジナイ」
「どうしても信じないなら、もう仕方ない。
じゃあ無理矢理に戻って貰います」
(つづく)