はっちゃんZのブログ小説

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90.遺族の恨みは晴れるのか16

その時、屋敷内から華田社長の声が響き渡った。

「早くそいつを殺せ。その後にお前達の願いは全て聞いてやる」

「さあ、いくよ」

「グワッ」

「・・・」

「ネコ、返事をしなよ」

「・・・」

「まあいいや、あんたはそこでこいつと私たちの戦いを見とけばいい。

 後で酷い目にあわせるよ。覚悟しときな」

 

二匹の獣人が同時に前方と上空から翔を襲った時、

『ネコ』と呼ばれた男は、翔の前に立ち二人の攻撃を受けた。

『ゴウ』『ガチッ』『ガキッ』と音が交差した。

片手でヒグマ男の拳を、もう片一方でフクロウ女の爪を受けた。

「ガウ」

「とうとう、私達を裏切るのかい。じゃあ死ね」

次の攻撃は直接、『ネコ男』に向けられた。

翔はその一瞬の機会を捉えて、

ベルトに仕込んでいた『薬注入君』を取り出して二人に投げつけた。

この『薬注入君』には「獣人化減弱薬」が入っている。

だが、勢いのある二匹の獣人の攻撃は、

『ネコ男』の腹部と首に加えられた。

ガリッ』

首の後ろ部分に埋め込まれた機械を狙っての攻撃だった。

フクロウ女の鋭い爪は、その鉄製部分をも切り裂き『ネコ男』は倒れた。

 

『ヒグマ男』『フクロウ女』は、

翔へ攻撃をかけようとし始めた途端、震え苦しみ始めた。

大量に注入された「獣人化減弱薬」の効果が見え始めたからだった。

二人の獣人の身体が急に小さくなり始めた。

その異変を感じた二匹の獣人が屋敷奥へ逃げようとした時、やっと警察隊が到着した。

その時、屋敷奥の土蔵の屋根が開き始めた。

社長の華田がヘリコプターで逃げようとしている。

それを阻むかのように土蔵の上空に警察のヘリコプターが到着して、

ホバリングで華田の高飛びを抑えた。

警察隊も今はもう既に人間に戻った二人の獣人を取り囲み逮捕した。

都倉警部は、急いで土蔵へ踏み込み華田を逮捕した。

(つづく)

89.遺族の恨みは晴れるのか15

そこから無言の戦いが始まった。

拳と筋肉が『ガツン』『バチン』と当たる音と

二人の呼吸音と裂帛の気合のみが庭に響いている。

全身筋肉のような獣、地上最大最強の獣、ヒグマに獣人化した人間だった。

敵はもう人間のような言葉は発せない。

太い幹をも折れ砕く前腕、噛み砕く牙、

翔の体重の乗った全力の蹴りをも軽く弾く身体、

翔も全力を持って闘った。

さすがに何度も受けることのできない打撃だった。

敵の払いを避けた一瞬の隙を見つけ、敵の側面へ移動し片目へ指を入れた。

これで片目は死んだ。

距離感が狂うので敵は体力を消耗するはずである。

 

「あれー、あんた。大丈夫なのかい?そんなことになっちゃって。手伝おうか」

『グオー、グオー』

「あんた、何、言ってるかわかんないよ。まあ、今回は貸しね」

今まで太い幹で高見の見物をしていた闇から女性のような声がした。

左右から殺気が押し寄せてくる。

枝に止まっていた獣はどうやら「フクロウ」のようで、鋭い爪が武器だった。

身軽い動きで一瞬の隙を付いて攻撃してくる。

また金色に光る目を見ていると、

なぜか身体が重くなるので視線も合わせることは出来なかった。

 

その時、新しい獣の気配が押し寄せてきた。

「へえ、猫が出てきたか。うまく説得できたのかねえ。社長も必死だね」

三方から囲まれて、ヒグマ・ネコ・フクロウの三位一体攻撃を食らっては

さすがの翔も苦戦することを覚悟した。

「くそー、こんな奴らに日本が好きにされるのか」と翔が呟いた。

その呟きを聞いた新しい獣から言葉が発せられた。

「お前、日本人なのか?ここは日本なのか?」

二人の獣人は、やや焦ったように

「グワッ、グワッ」

「ネコ、何をしてるんだね。そんなこと気にせずにこいつを殺せ。

そうじゃないとお前が殺されるよ」

翔は彼に急いで伝えた。

「ここは、日本です。そして私は日本人です」

(つづく)

41.函館港まつり5-ホテルの朝食-

花火が終わり、部屋へ戻って子供達をそっと和室の布団に寝かせると

コーヒーでも飲もうと言うことになった。

部屋のテーブルには豆のまま小分け包装されたコーヒーと

電動ミルとペーパーフィルターが備え付けられている。

人数分のコーヒー豆を電動ミルに入れて粉砕する。

そっとペーパーフィルターに入れると、

あたり一面がコーヒーの香りに満たされる。

湯をそっと少量注ぐとコーヒー粉がゆっくりと膨らんでいく。

十分に膨らむとお湯を入れる時間が訪れる。

コーヒーから出るエグ味をフィルターへ吸着させるように注いでいく。

出来上がった馥郁たる香りのコーヒーをカップに注いで静香と美波へ渡す。

慎一はブラック、

静香はミルク入り、

美波はミルク砂糖入りのコーヒーを楽しんだ。

 

朝食は2階にある『北の番屋』だった。

ここはバイキング日本一になったと同僚から聞いていたため楽しみだった。

近海でとれる新鮮な刺身や焼物などが並び、

ビュッフェスタイルで楽しめる和風レストランだった。

函館ならではの朝取れの魚やイカ、北海道の海産物の味覚が全て並んでいる。

慎一は、子供達用にお椀にご飯を入れてイクラ、ダシ巻玉子、焼き魚を盛り、アラ汁の汁だけを入れたものとミルクとデザートのフルーツ盛り合わせを二つ作った。

いったん席に戻って静香と美波へ渡すと、

子供達は待ちきれないように「マンマ、マンマ」と手を出してくる。

静香と美波は二人にミニ海鮮丼を頬張らせている。

慎一は、急いでどんぶりにイカ、ウニ、マグロ、タイ、ヒラメ、イクラ、ダシ巻玉子、焼き蟹を散らせたデラックス海鮮丼を作り、アラ汁を持って戻った。

そして、そのデラックス海鮮丼を味わいながらかきこんだ。

イカの歯ごたえと甘さ、

大間マグロの赤身の濃い味、

ヒラメのあっさりとしながらも深い味、

焼き蟹の香ばしさと特有の甘さ、

時折プチプチはじけるイクラの醤油漬が混じり合った中でも各々が主張している。

これは日本一と言われるのがわかる逸品であった。

イカに関しては、結構うるさい慎一は

山陰地方のシロイカの歯応えと甘みを好んでいたが、

函館の朝の獲れたてのイカの身の心地良い歯ごたえも最高だった。

ただ昨晩食べたイカは夕方まで熟成させておりその強い甘みの方が好みだった。

慎一が食べ終わると、次は静香と美波が朝ご飯を取りに行く。

慎一は子供達にフルーツを頬張らせて静かにさせている。

 

ふとバイキングコーナーを見ると、

二人は目を輝かせてどんぶりに海産物を盛っている。

どうやら二人は慎一と同じデラックス海鮮丼を作っているようだ。

美波は大好きなイクラをどんぶりから溢れるほどに入れている。

スプーンで食べる方が理にかなっているほどの盛り方だった。

相変わらずの双子母娘は

「これは絶対に太るわ」と笑い合いながらもりもり食べている。

(つづく)

88.遺族の恨みは晴れるのか14

京一郎の解析によるとこの男の後頭部の管は、脳の旧皮質へ連結されており、

薬剤は旧皮質の活動を選択的に高めるものだった。

旧皮質分野での個人的特性の高い素質を特化して強大化することにより

身体の筋肉及び骨格まで影響を及ぼせることがわかった。

ジャークと言う男は、人間性そのものが『ヘビ(爬虫類)』であった。

 

この薬剤はホルモン様物質で、「獣人化強化薬」であった。

体内に埋め込まれたポンプ状の機械から噴出するようにされており、

誰かが操作する手元のボタン一つで管を切ることができるようになっている。

薬剤投与が無くなればその人間は、効果は切れて元の姿に戻り死んでいく。

これらの解明と同時に「獣人化減弱薬」も開発された。

これを彼らに撃てば、その力を発揮することができない筈だった。

 

翔は青山の華田社長宅へ向かった。

翔の接近が敵に知られていることは、屋敷内から伝わってくる殺気でわかった。

翔はインターホンを押した。

「お前達、もう逃げられないぜ。国外脱出でもするつもりかい?

 お仲間の朴川専務には殺人罪で警察がマンションへ向かってるぜ」

『ブツン』とインターホンが切れて、正門が開かれた。

樹木の生い茂った屋敷内には灯りひとつ灯されていない。

庭の一角に一際深い小山のような大きな闇が凝固している。

その闇から常人ならば気絶しそうなくらい強い殺気が漂ってくる。

もうひとつ、樹木の太い枝に蹲る闇に気が付いたが殺気はなかった。

 

その庭の闇から突如殺気が消えた。

そろりと翔へ動いた。

呼吸するように自然な動きで翔は虚をつかれた。

身体の左側から風が吹いた。

翔は空手では一番固いと言われる十字防御で左を固めて受けた。

決して軽くはない翔の身体が一瞬で吹き飛ばされた。

前腕のプロテクターに亀裂が入るほどの衝撃だった。

 

野生動物のような体臭が流れてくる。

星明りの下では毛むくじゃらでわからない。

「ほう、受けることはできたのか。

 なかなかやるな。ヘビが負けたのもわかった。

 ただ俺には勝てないぞ。

 素直に俺達を脱出させたらどうなんだ?」

「残念ながらここは日本なんでね。

 外国人犯罪者が大手を振って脱出するのは許されないね」

「そうか、そうならばお前を倒して、

 この国の警察を壊滅させてから

 ゆっくりと脱出するとしよう。

 お前は知らないかもしれないが、

 昔からこの国日本の闇には我々の仲間が潜んでいる。

 彼らもそろそろ動き始めるだろう」

「その詳しい情報は、後でお前から聞くとしよう。そろそろ警察もここにくる」

「お前に後があればな」

(つづく)

40.函館港まつり4-花火大会-

夕食後部屋でゆっくりとしているとそろそろ花火大会開演時間が迫ってきた。

窓から会場方向をのぞくと、既に倉庫前の花火の上がる方向は席取りがされていて、

町のあちこちからぞろぞろと地元の浴衣姿のお年寄りや若い人も集まってきている。

慎一は一足先に車に乗せているシートを持って会場へ向かった。

ちょうど通路部分に空いているところがあったのでそこへシートを敷いて家族を待った。

 

夕日に照らされた空の端に夕闇が忍び寄ってきている。

多くの人達が通路以外の空いた部分へ思い思いに座っている。

風も強く、夏にもかかわらず肌に涼しいくらいだった。

しばらくしてから家族がシートへ座ってきた。

大花火大会開催のアナウンスが流れ、

メインスポンサーの北海道新聞函館支社長が挨拶を始めた。

さあいよいよ開演だった。

 

『ドーン』

最初の花火「大玉」が打ち上げられた。

見上げる視界全てに広がるその大きさは圧巻だった。

ふと米子の花火大会を思い出した慎一はそっと静香の手を握った。

静香は慎一を見つめると微笑み、そっと軽く握り返してきた。

慎一の膝では、

雄樹が背を父親の胸にもたれさせて驚いたように大口を開けて見上げている。

美波の膝では夏姫が大きな音に驚いたのか怖そうに美波の胸に顔をうずめている。

 

そこからは、

その花火を作成した職人の名前やテーマ、

そしてその思いがアナウンスされてから打ち上げられる。

その総数は1万発以上という話だった。

職人の強い思いがさまざまな形や色合いを生んでいるようで

街が、

夜空が、

海が、

人が、

極彩色の光に彩られ多くの色に染まっていく。

面白かったものとしては、函館の名産のイカの形の花火だった。

最初はあまりに唐突で想像もしていなかったので

一瞬何が打ち上げられたのかわからなかったが、

近くで「イカだ、イカだ」と叫ぶ声が聞こえたのでようやくわかった。

ここまで大掛かりな花火大会は、

みんな初めてで最後までワクワクした時間を過ごした。

しかし、そんな楽しい時間もとうとう終わりを迎える。

閉演時間の21時だった。

子供達は驚き疲れたのかスヤスヤと眠っている。

(つづく)

87.遺族の恨みは晴れるのか13

ヘビ男は、最初地上に横たわっていたが、

ハブのように上半身を立ち上げた。

そして風切音を発するスピードで、

一直線に翔へ向かってくる。

狙いは「眼」と見えた。

翔から鞭のようにしなった蹴りが繰り出された。

ヘビ男は、それを待っていたかのように蹴り足に絡みつき、

上半身は翔の背部へと回った。

このまま後ろに倒れ込むと敵の手が首に巻きつきチョークスリーパーになる。

首周りにはあのロープ上に変形した腕が巻きつけられてきた。

まだ身体の前に残っているヘビ男の鱗に守られた急所へ

鱗を突きぬいて指を根元まで突き立て、

そして指を曲げてグリグリと組織を破壊した。

ヘビ男の身体がこわばり、慄きの震えが走った。

「ギャア」

ヘビ男は叫び声を上げると翔の背部から離れた。

柔軟性に富み鱗に守られたヘビの身体はやっかいだった。

出来る事なら戦って捕まえたかったが仕方なかった。

 

『ポン』

木陰で待機していたアスカから目の細かい金網が発射された。

さすがのジャークもこの網だけは抜け出ることができない。

「それはお前専用で、伸縮自在の縄や網を用意している」

「くそっ、絶対に俺は捕まらないぞ」

ジャークが暴れれば暴れるほど、縄や網が身体に絡みついて締め付けていく。

やがて一切身動きが出来なくなった。

 

その時、『ピン』と小さな音がした。

男が急に胸を掻きむしって苦しみだした。

感情のないヘビのような黄色い目が見開かれ、苦しげに歪んでいる。

そして、こと切れた。

見る間に侵入者の身体が、普通の人間へ戻っていく。

そこには平凡なアジア系の顔つきの男が倒れているだけだった。

よく見ると首の後ろに細いホースらしきものがあり、

そのホースの途中が切れていた。

この不思議な侵入者の画像と共にその身体を京一郎の研究所へ送った。

(つづく)

39.函館港まつり3-ホテルにて-

「ラビスタ函館ベイホテル」は、

外装といい内装といい、

函館という街の醸し出す大正ロマンそのままに、

赤煉瓦の温かみや開拓時代の面影が漂っている。

早めのホテルのチェックインは正解だった。

港まつりが目的の家族客でフロントは長蛇の列だったからだった。

慎一以外はフロントのソファで休んで貰って時間を過ごした。

やっと部屋の鍵を貰いエレベーターに乗った。

部屋は簡単な玄関エリア付で

和室部分の窓は港に面しており夕日が部屋を照らしている。

 

『先ずは温泉を』と言うことで

慎一は一人で最上階にある大浴場「海峡の湯」へ向かった。

静香と美波は、女風呂へ向かう予定ということで子供達は二人に任せた。

温泉水としてはやや濁った掛け流しで

露天風呂やサウナ・スチームサウナも完備されている。

 

看板には以下記載がある。

泉質

ナトリウム-塩化物強塩泉(高張性中性高塩泉)

温泉の効能:

神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき他

 

身体の汚れを洗い流し、

少し硫黄の匂いが漂う浴槽へ身体を沈め手足をそっと伸ばす。

久々の長時間ドライブでやはり身体の芯には若干の疲れが感じられたが、

露天風呂から見える津軽海峡の美しい青さに流され、それらは消えてなくなった。

ちょうど目の前に花火大会会場があり、ちょうど花火が上がる高さだから、

いっそのこと、この露天風呂で湯に浸かりながら見えるのではないかと思ったが

湯に入るとプラスチック製の半透明の柵が邪魔して花火は見えないようだった。

それなば、と立ってじっとしていたが、

海峡からの強い浜風でしばらくすると寒くなってしまい。

残念ながら湯に浸かっての花火見物はできないことになる。

まあ、もしそれが可能なったら、

酒を飲みにながら花火を見て倒れるような不心得者が出ても困るので、

できないことが良いのかもしれないとも思いなおした。

 

風呂から部屋で戻ると子供達は戻っていた。

今回の宿泊予約では、大人は洋食セットが付いていたが、

子供達用に「魚介物のパイ生地蒸し」と「焼きたてパン」を頼んだ。

大人たちのメニューは

・ノルテ特製オードブルの盛り合わせ(イカ、タコ、ヒラメ、マグロ、イクラ添え)

・コーンクリームスープ

・夏野菜とアサリのパスタ トマト風味

・近海産魚介類とオマール海老のブイヤーベース

幌延産鴨モモ肉とコンフィ 粒マスタードソース

・焼きたてパン2種

・季節のフルーツ

・コーヒー

家族全員が堪能した夕食だった。

(つづく)

86.遺族の恨みは晴れるのか12

翌朝、朴川専務が必死にニュースを探すも

『女子高生による銀座タワーマンション飛び降り自殺事件』はなかった。

マンションの敷地を散歩するも一切痕跡はなかった。

試しに学校へ保護者を装い電話を掛けるも元気に登校しているらしい。

組織の掟として「失敗」=「死」である。

あの高さから飛び降りて助かるはずはないのだった。

しかし、なぜか彼女は助かった。

 

初めての失敗であった。

依頼主からは前金として半額の500万円が振り込まれており、

社長へは『処理済』の報告をしている。

このままでは自らの命が危ないと感じた朴川の脳裏に浮かんだのは、

いつも自分の身体を舐めるようにじっと見てくる『ヘビ男』の顔だった。

朴川は急いで『ヘビ男:邪悪(ジャーク)』をマンションに呼んだ。

口止めも含めてヘビ男へそのすばらしい肉体を提供して女子高生の殺害を依頼した。

 

『ジャーク』は、この前の事務所襲撃のミスでこっぴどく叱られており、

今度のミスは『死』だと社長の華田から厳命されていた。

ジャークが、白川邸付近へ身を潜めている。

どうやら白川邸の寝静まるのを待つつもりのようだ。

白川邸は、今夜も父親は帰ってこないため女二人である。

朴川から『娘も母親も一緒に首吊りにてあの世へ送れ』との指示を貰っている。

ジャークのずっとニタニタした顔からは、

朴川専務の作られたすばらしい身体を堪能した余韻に浸っていることがわかった。

『殺すのだから母娘は好きにしていい』と言われているようだ。

 

やがて白川邸の部屋の灯りが消えた。

ジャークは身体をヘビに変体させて広い庭を横切っていく。

「おい、もう良い子は寝ている時間だぜ」

「?!」

「俺の顔はもう忘れたのか?」

「お前は、あの探偵。なぜここがわかった」

「お前の身体にはGPS付きの針が身体深くに打ち込まれているのさ」

「なに?くそっ、こうなれば今度こそお前を殺す。組織の敵め」

「出来るものならね。おいでヘ、ビ、お、と、こ、君」

「その言葉が、お前の遺言ね」

(つづく)

85.遺族の恨みは晴れるのか11

翔は必死で彼女が落ちているベランダの真下部分へ急いだが間に合わない。

そして夜中なので彼女が見えない。

クモ助が腹部の光を強く発して場所を知らせた。

必死で目を凝らすと制服の白いスカーフを風にはためかせながら落ちている。

『あと少しなのに間に合わないのか』と心の声が脳裏へ響く。

脳裏に最近テレビ放送された飛び降り自殺の光景が浮かんだ。

真っ赤に染まった舗装された地面に横たわる蝋人形のような少女の瞳・・・

『何も罪のない彼女を殺させてはいけない。何とか近くへ行きたい』と叫んだ。

その時、『ふっ』と翔の視界がぼやける。

『この感触・・・どこかで・・・』と感じた瞬間、

翔の顔へ風が当たっている。

 

焦点が合うと

意識を無くして落ちていく彼女の横の空間へテレポーテーションしていた。

彼女をそっと抱きしめた。

とたんにRyokoから緊急連絡が入った。

「翔様、スパイダーネットでの救出が可能ですが、

 この加速度の衝撃を相殺できない可能性があります。ご注意ください」

『このままでは二人とも助からない。何とかしなければ・・・』

『こうなれば、もう一度試すのみ。一度あることは二度あるはず』

翔はバトルカーをじっと見つめた。

『ふっ』と視界がぼやける。

次の瞬間、翔はバトルカーの隣へ着地していた。

 

「うーん、・・・。えっ?あ、あなた、どなたですか?」

「はい、私はあなたのお母様から捜索を依頼された者です。良かったです。無事で」

「無事?・・・何の話ですか?」

「あなたが行方不明になったのは昨日の塾の時からですよ」

「えっ?そうなのですか?

 わたしは、今までどこにいたのでしょうか・・・

 塾の帰り道に女性に道を尋ねられ、その女性の光る目を見つめたとたん、

 知らないうちに知らないお部屋にいまして、身体が動きませんでした」

翔は、眉間の鈍痛と全身の筋肉が急に鉛に変わったかのような重みに耐えながら

心配している彼女の母親の元へ急いで送り届けた。

(つづく)

38.函館港まつり2-森駅-

地球岬公園を出発して、母恋中央通へ左折し母恋駅の方へ向かう。

突き当りの室蘭新道を左折し、

さる有名な地元政治家が作ったとされる白鳥新道(白鳥大橋)を越えて、

室蘭港口を横切って室蘭ICへ向かう。

白い雲を巻いた駒ヶ岳を背景に内浦湾(噴火湾)沿いに丸く道央道を走っていく。

やがて森町の標識が見えてきた。

ここにはかの有名な駅弁「森町のいかめし」の販売されている森駅がある。

どこのスーパーでも売られているが、

本物を食べるのは今回が初めてで楽しみにしている。

道央道の森ICを降りて森駅へと向かった。

 

慎一は森駅のロータリーに車を停めて、駅構内のキヨスクへ走る。

キヨスクでは出来立ての熱々を客へ渡せるように「保温用ボックス」から取り出してくれた。

手に持つと温もりがあって外側のラッピングが曇るほどの暖かさだった。

この弁当は作りたてに近く、

イカの身も柔らかく現地で買った甲斐があるというものだった。

1折2個入りとチラシが貼ってあったので2折買った。

森駅の近くの海岸線の見える場所で噴火湾の丸く蒼い水面を眺めながら賞味することにした。

どれどれと、一つ目の折の蓋を開けてびっくり、

やや小さめのイカが3個入っていた。

大きさ的に子供達用にちょうど良かった。

二人の口に近づけるとおそるおそる表面を少し舐めていたが、

甘辛くイカの味が美味しいと分かり両手に持って夢中でかじっている。

慎一は、噴火湾の美しい景色をおかずに

シンプルで素朴な味の「元祖森名物いかめし」を楽しんだ。

 

ここまでくれば函館市は目の前である。

左側に駒ケ岳の姿を見ながら大沼国道を南へ向かう。

やがて「大沼公園」の看板が見えてくる。

車窓にのどかな大きな大沼の湖面が広がってくる。

今晩は大沼公園でのキャンプを楽しむのか、

大沼沿いの道路脇を家族全員自転車で走っている姿も見える。

湖面にはカヌーに乗っている姿もx見える。

そこから大沼国道を走り、函館市中心部へ向かう。

向かう方向に函館市函館山が見えてくる。

本日の宿泊ホテルは「ラビスタ函館ベイ」だった。

もう夕方だったのでとりあえずチェックインし

花火が始まるまでゆっくりとすることにした。

大きめの和洋室を取っているので5人で寝るには十分だった。

(つづく)

84.遺族の恨みは晴れるのか10

Ryokoから新しい情報が入ってきた。

①朴川専務宅でどうやら「白川姫香」らしき女性が捕まっていること。

②殺し屋の一人が反抗しているため、華田社長宅土蔵部屋に監禁されていること。

③殺し屋の一人(女性)が朴川専務宅へ向かっていること。

④昨夜事務所へ侵入したヘビ男は、華田社長宅土蔵へ潜伏していること。

翔は、急いで銀座にある朴川専務宅の大きなタワーマンションへ向かった。

 

朴川専務のマンションから緊急情報が次々と送られてくる。

「白川姫香」らしき女性に危険が迫っているとの判断からだ。

現場にいるクモ助からの画像がヘルメットのフェイス部分へ映される。

現在、「白川姫香」らしき女性は、現在、マンションのベランダへ立っている。

目に膜がかかって意志のない様子でじっとしている。

殺し屋が彼女へ催眠術をかけている。

「あなたのお父様は殺人者の味方なので多くの人から恨まれています。

 あなたは娘としてその人たちへ謝罪しなければなりません」

「はい、私は謝罪しなければなりません。謝罪の手紙を書きます」

「では、ここへ私の話すように書いて下さい」

「はい、あなたの言うとおり書きます」

彼女は、殺し屋の言うとおりに謝罪の手紙を書いて、

封筒をスカートのポケットへ入れた。

 

「では、あなたは今から歩いてこの板を歩きます」

彼女は、ベランダへ斜めに立てかけられた幅広い板へ足をかけた。

両手を広げて板をそっと歩き始めた。

「そうそう、この道は幸せの国への道です。落ちないようにそっと歩いて」

彼女はゆっくりと板を歩いていく。

「Ryoko、彼女へ麻酔薬を打ち込め」

「翔様、クモ助にその機能はありません」

「何とか彼女を歩かせないようにできないか」

「翔様、現状では何もできません」

「わかった。クモ助を彼女の背に貼り付けろ。耳元でずっと話しかけさせろ」

「了解しました」

しかし、クモ助は移動に時間がかかり、なかなか彼女の耳元へ近づけなかった。

あっという間に彼女の足が何もない空間へ踏みだされた。

(つづく)

83.遺族の恨みは晴れるのか9

ある夜、事務所へ侵入者があった。

予期していたことなので

プードル型ロボット犬『ロビン』とアスカを待機させている。

鍵が音も無く開けられ、ドアも静かに開けられた。

気配を消して室内をうかがう侵入者、

寝息を立ててソファで眠っているふりをしているアスカへ近寄っていく。

アスカの首にロープが巻かれた。

『ギリギリ』

『?!』

普通の人間だったらきっと首の骨が折れたはずだった。

いつもの感触と異なることに気づいた侵入者は動きを止めた。

 

ロビンから多くの「麻酔針」が噴射された。

強力な麻酔効果のためすぐに倒れるはずの敵がまったく倒れない。

ロビンは、侵入者へライトを当てた。

侵入者の全身は蛇のような鱗に覆われていて、ヒモと思ったのは手だった。

アスカの首筋を狙って、細くした指先を突き刺してくる。

どうやら毒手の名手のようだった。

翔は急いで事務所から出てドアを締めた。

窓ガラスには割れないシートも貼ってあるし、ドアそのものは鉄製に変えている。

部屋の中ではアスカが背中部分から麻酔ガスを噴出している。

 

しばらくすると部屋の中が静かになった。

アスカからも侵入者が動かなくなったとの連絡が入った。

翔は侵入者を拘束しようとしたが、ヘビのような身体なので無理だった。

どうしようかと思っていると

今まで意識を失っていたはずのヘビ男が、

突然、翔の脇をすばやくすり抜けて事務所のドアを蹴破って脱出した。

ヘビ男の身体にはGPS装置の入った針が打ち込まれているし、

潜伏場所は青山の華田社長宅なので慌ててはいなかった。

 

すぐさま都倉警部へ連絡し敵の画像を見せる。

アスカが赤外線カメラで室内や敵を撮影している。

警部は侵入者のあまりに異様な姿に驚いている。

首を絞められたアスカの具合を心配していたが、

彼女を警部の隣へ座らせ、首元を確認させると

アンドロイド(OJO)である彼女のあまりの精巧さに目をパチクリさせている。

(つづく)

37.函館港まつりへ1ー地球岬-

子供達の足元もしっかりとしてきたので遠出をしてみることにした。

函館市では例年「港祭り」が8月1日から5日間にわたって開催されると聞いた。

荒天の場合を除いて初日の8月1日に「大花火大会」が催されるらしい。

銀行の福利厚生の一環で勤続年数の長い社員は、まとまって長期休暇を取るように言われており、慎一は一段落着いた頃を見計らって休暇を取ることとした。

 

ネットで調べていると、「函館港まつり」の大花火大会の翌日から

津軽海峡を越えたお隣の青森県でも「ねぶた祭り」が始まることに気がついた。

ここは一気に楽しもうと慎一は早速に予定を組み始めた。

全体的な流れとしては、

8月1日に函館、2日に青森市内観光とねぶた祭り、3日は午前中海底駅見学後、午後に函館市観光と湯の川温泉で宿泊、4日は帰り道の観光地に寄りながら札幌へ移動することとした。

美波に打診をすると『夏休みなので大丈夫』との返事で付いて来るようだ。

強行軍だが5日は日曜日なため身体を休めることができる。

それに青森は今後、春の桜のシーズンを予定しているので今回は1泊で十分だった。

 

8月1日朝に自宅を出て、札幌南ICを目指す。

道央道に乗り一路函館方面へ向かう。

道央道からは前方にのどかな太平洋を望む。

千歳辺りまで来ると右側に

山頂の形が特徴のある樽前山と風不死岳が顔を出してくる。

朝日に照らされているせいか以前支笏湖から眺めた山とは趣が異なっている。

そこから道路は右方向へ流れていく。

左側には太平洋の景色が続く。

やがて登別の標識を越える頃、天気が良ければ海の向こう岸に駒ケ岳が見えてくる。

ちょうどここら辺りが行程の半分くらいだった。

次の登別室蘭ICで降りて『地球岬』へ向かった。

海岸へ突き当たり、右折して室蘭街道を道なりに岬へ向かう。

室蘭街道沿い翔陽中学校を左折し、

道道919号線へ入り大和通を通過し曲がりくねった道を進んでいく。

トッカリショ海水浴場を越えて、地球岬観光道路へ入る。

夏休みのせいか多少混んでおり車列で駐車場の空きを待った。

 

子供達も目が覚めたようで窓から外を興味深そうに見ている。

やっと駐車場へ乗り入れてベビーカーに乗せて灯台まで出発した。

美波がベビーカーの担当を買って出てくれた。

この地球岬という観光名所は、高さ100mの断崖絶壁が14kmも連なる一角にあり、チキウ岬灯台は海抜約130mの先端に建っている。このチキウ岬灯台は日本の灯台50選にも選ばれた八角形の白亜の灯台で綺麗だった。

案内板を見ると1920年に点灯を開始したらしく、もう100年近くも活躍している。

そして、展望台は灯台より高い場所、海抜147m地点に設置され、2つの展望スペースと台が設置してあり、晴れた日には下北半島駒ヶ岳を望むことが出来るようだ。

「クジラやイルカが見えるかなあ」という子供の声が聞こえてくる。

どうやら運が良ければ、内浦湾を泳ぐクジラやイルカを目にすることもできるらしい。

 

展望台からの景色、

それはその名前の通り「地球」の丸さ、大きさを実感できる水平線、

視界の幅すべてに真っ青な「地球」が息づいている。

宇宙に浮かぶ地球の真っ青なイメージがそのままに目に入ってきた。

みんなが鳴らして喜んでいる「幸せの鐘」で水平線をバックに記念写真を撮って、

その光景を目に焼き付けながら駐車場へ戻る。

駐車場にある売店で地元の名産品の

カレーラーメン」「室蘭焼き鳥(実は豚串)」「ツブ貝の串焼き」

を買ってみんなで分け合って小腹を満たした。

(つづく)

82.遺族の恨みは晴れるのか8

華田邸は木造造りの立派な日本家屋で隣に白い大きな土蔵が建てられていた。

屋敷地下と土蔵地下は地下道で繋がっている。

大きな車庫が表と裏に二つあり、表はベンツやロールスロイスが駐車されているが、

裏は鉄板やコンクリートで壁が固められており中身が十分には見えなかった。

ただ屋根が開く構造となっておりヘリコプターではないかと推測できる。

土蔵の地下室には多くの部屋があり人間らしき姿が見える。

気になる映像があった。

人間が一人、小部屋に監禁されているようで動くことはなかった。

動いている人影は三人だけだった。

 

外部に待機するクモ大助からの情報しかない状況だった。

屋敷の窓ガラスは非常に分厚く防弾処理をされているためか、

ガラスを伝ってくる声も小さく直接の盗聴はあまりうまくいかなかった。

ただ微弱ではあってもRyokoへ解析させれば情報はとれるのだった。

そこから判明した情報としては

①社長、専務は大陸系組織の末端の人間である点

②川口組と関係があり、資金源を破壊した探偵を探している点

③朴川専務の情報を元に華田社長の指示でターゲットを殺害している点

④土蔵内には4人の殺し屋集団が生活している点

⑤殺し屋は、大陸系組織で特殊な処置をされて特異な風貌と戦闘能力を持っている点

⑥殺し屋同士は決して仲が良いわけではない点

⑦殺し屋の生殺与奪は社長が持っている点(ボタン一つで殺せるらしい)

 

少し危険だが、以前撮影された中年の顔の変装で探索をすることとした。

防弾スーツを着込み、その近辺を捜査中のような雰囲気で歩いた。

ちょうど屋敷内のカメラが、翔の風貌を捕らえた感触があった。

しばらくすると監視の目を感じるようになった。

にせの仮事務所を借りて敵の出方を待った。

夜は事務所内のソファで眠った。

(つづく)

36.子供達の誕生日

いよいよ子供達の1歳の誕生日が近づいてきた。

最近二人を抱っこするにもずっしりと重くなってきているようで

静香はもう二人を一緒には抱けなくなった。

慎一は何とか左右に抱っこしているが、

二人が動き出すと非常に危なくなってきている。

それでも二人を抱っこしなければいけない場合がある。

例えば一人を眠らせていて、もう一人も眠りかけている時に

静香が家事などの用事をしなければいけない場合、

そんな時、

慎一は、一人は胡坐をかいて膝に眠らせて、

もう一人は抱っこして眠らせるようにしている。

二人が起き掛けた場合などは、

胡坐を組んだ足をそっと細かく動かしながら

腕も同様にそっと動かせて眠らせている。

 

ただどんなに疲れていても二人の子供の寝顔を見ているだけで疲れがなくなるし

どんなに仕事でミスをして落ち込んでいても、

子供達の『アーアー、まんま、ブーブー』などの言葉を聞くと心が躍った。

子供達は常に二人でも話しあっているし、静香も二人へお話をしている。

笑うと小さな歯が見える。

そっとその真っ白い歯を指で触る。

しっかりとした感触の乳歯で慎一はなぜか感心している自分に気がついた。

静香が早くも歯磨きの準備をしている。

子供達にはゴム製歯ブラシを噛ませて習慣づけて

最後に虫歯にならないようにそっと子供用歯ブラシで丁寧に磨いている。

 

誕生日祝は、子供達の好きな料理を並べ、餅を使った伝統行事『一升餅』を行った。

なぜ一升餅というのかというと、人の一生と餅の一升をかけ、

『一生食べ物に困らないように』などの願いが込められているらしい。

二人には慎一の実家から送られてきた子供用リュックに餅を入れて背負わせた。

まだ小さい二人には「一升餅」が重いのか足元がふらついているがじっと立っている。

夫婦は神様に手を合わせて子供達の将来の幸せを祈った。

(つづく)