はっちゃんZのブログ小説

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37.函館港まつりへ1ー地球岬-

子供達の足元もしっかりとしてきたので遠出をしてみることにした。

函館市では例年「港祭り」が8月1日から5日間にわたって開催されると聞いた。

荒天の場合を除いて初日の8月1日に「大花火大会」が催されるらしい。

銀行の福利厚生の一環で勤続年数の長い社員は、まとまって長期休暇を取るように言われており、慎一は一段落着いた頃を見計らって休暇を取ることとした。

 

ネットで調べていると、「函館港まつり」の大花火大会の翌日から

津軽海峡を越えたお隣の青森県でも「ねぶた祭り」が始まることに気がついた。

ここは一気に楽しもうと慎一は早速に予定を組み始めた。

全体的な流れとしては、

8月1日に函館、2日に青森市内観光とねぶた祭り、3日は午前中海底駅見学後、午後に函館市観光と湯の川温泉で宿泊、4日は帰り道の観光地に寄りながら札幌へ移動することとした。

美波に打診をすると『夏休みなので大丈夫』との返事で付いて来るようだ。

強行軍だが5日は日曜日なため身体を休めることができる。

それに青森は今後、春の桜のシーズンを予定しているので今回は1泊で十分だった。

 

8月1日朝に自宅を出て、札幌南ICを目指す。

道央道に乗り一路函館方面へ向かう。

道央道からは前方にのどかな太平洋を望む。

千歳辺りまで来ると右側に

山頂の形が特徴のある樽前山と風不死岳が顔を出してくる。

朝日に照らされているせいか以前支笏湖から眺めた山とは趣が異なっている。

そこから道路は右方向へ流れていく。

左側には太平洋の景色が続く。

やがて登別の標識を越える頃、天気が良ければ海の向こう岸に駒ケ岳が見えてくる。

ちょうどここら辺りが行程の半分くらいだった。

次の登別室蘭ICで降りて『地球岬』へ向かった。

海岸へ突き当たり、右折して室蘭街道を道なりに岬へ向かう。

室蘭街道沿い翔陽中学校を左折し、

道道919号線へ入り大和通を通過し曲がりくねった道を進んでいく。

トッカリショ海水浴場を越えて、地球岬観光道路へ入る。

夏休みのせいか多少混んでおり車列で駐車場の空きを待った。

 

子供達も目が覚めたようで窓から外を興味深そうに見ている。

やっと駐車場へ乗り入れてベビーカーに乗せて灯台まで出発した。

美波がベビーカーの担当を買って出てくれた。

この地球岬という観光名所は、高さ100mの断崖絶壁が14kmも連なる一角にあり、チキウ岬灯台は海抜約130mの先端に建っている。このチキウ岬灯台は日本の灯台50選にも選ばれた八角形の白亜の灯台で綺麗だった。

案内板を見ると1920年に点灯を開始したらしく、もう100年近くも活躍している。

そして、展望台は灯台より高い場所、海抜147m地点に設置され、2つの展望スペースと台が設置してあり、晴れた日には下北半島駒ヶ岳を望むことが出来るようだ。

「クジラやイルカが見えるかなあ」という子供の声が聞こえてくる。

どうやら運が良ければ、内浦湾を泳ぐクジラやイルカを目にすることもできるらしい。

 

展望台からの景色、

それはその名前の通り「地球」の丸さ、大きさを実感できる水平線、

視界の幅すべてに真っ青な「地球」が息づいている。

宇宙に浮かぶ地球の真っ青なイメージがそのままに目に入ってきた。

みんなが鳴らして喜んでいる「幸せの鐘」で水平線をバックに記念写真を撮って、

その光景を目に焼き付けながら駐車場へ戻る。

駐車場にある売店で地元の名産品の

カレーラーメン」「室蘭焼き鳥(実は豚串)」「ツブ貝の串焼き」

を買ってみんなで分け合って小腹を満たした。

(つづく)

82.遺族の恨みは晴れるのか8

華田邸は木造造りの立派な日本家屋で隣に白い大きな土蔵が建てられていた。

屋敷地下と土蔵地下は地下道で繋がっている。

大きな車庫が表と裏に二つあり、表はベンツやロールスロイスが駐車されているが、

裏は鉄板やコンクリートで壁が固められており中身が十分には見えなかった。

ただ屋根が開く構造となっておりヘリコプターではないかと推測できる。

土蔵の地下室には多くの部屋があり人間らしき姿が見える。

気になる映像があった。

人間が一人、小部屋に監禁されているようで動くことはなかった。

動いている人影は三人だけだった。

 

外部に待機するクモ大助からの情報しかない状況だった。

屋敷の窓ガラスは非常に分厚く防弾処理をされているためか、

ガラスを伝ってくる声も小さく直接の盗聴はあまりうまくいかなかった。

ただ微弱ではあってもRyokoへ解析させれば情報はとれるのだった。

そこから判明した情報としては

①社長、専務は大陸系組織の末端の人間である点

②川口組と関係があり、資金源を破壊した探偵を探している点

③朴川専務の情報を元に華田社長の指示でターゲットを殺害している点

④土蔵内には4人の殺し屋集団が生活している点

⑤殺し屋は、大陸系組織で特殊な処置をされて特異な風貌と戦闘能力を持っている点

⑥殺し屋同士は決して仲が良いわけではない点

⑦殺し屋の生殺与奪は社長が持っている点(ボタン一つで殺せるらしい)

 

少し危険だが、以前撮影された中年の顔の変装で探索をすることとした。

防弾スーツを着込み、その近辺を捜査中のような雰囲気で歩いた。

ちょうど屋敷内のカメラが、翔の風貌を捕らえた感触があった。

しばらくすると監視の目を感じるようになった。

にせの仮事務所を借りて敵の出方を待った。

夜は事務所内のソファで眠った。

(つづく)

36.子供達の誕生日

いよいよ子供達の1歳の誕生日が近づいてきた。

最近二人を抱っこするにもずっしりと重くなってきているようで

静香はもう二人を一緒には抱けなくなった。

慎一は何とか左右に抱っこしているが、

二人が動き出すと非常に危なくなってきている。

それでも二人を抱っこしなければいけない場合がある。

例えば一人を眠らせていて、もう一人も眠りかけている時に

静香が家事などの用事をしなければいけない場合、

そんな時、

慎一は、一人は胡坐をかいて膝に眠らせて、

もう一人は抱っこして眠らせるようにしている。

二人が起き掛けた場合などは、

胡坐を組んだ足をそっと細かく動かしながら

腕も同様にそっと動かせて眠らせている。

 

ただどんなに疲れていても二人の子供の寝顔を見ているだけで疲れがなくなるし

どんなに仕事でミスをして落ち込んでいても、

子供達の『アーアー、まんま、ブーブー』などの言葉を聞くと心が躍った。

子供達は常に二人でも話しあっているし、静香も二人へお話をしている。

笑うと小さな歯が見える。

そっとその真っ白い歯を指で触る。

しっかりとした感触の乳歯で慎一はなぜか感心している自分に気がついた。

静香が早くも歯磨きの準備をしている。

子供達にはゴム製歯ブラシを噛ませて習慣づけて

最後に虫歯にならないようにそっと子供用歯ブラシで丁寧に磨いている。

 

誕生日祝は、子供達の好きな料理を並べ、餅を使った伝統行事『一升餅』を行った。

なぜ一升餅というのかというと、人の一生と餅の一升をかけ、

『一生食べ物に困らないように』などの願いが込められているらしい。

二人には慎一の実家から送られてきた子供用リュックに餅を入れて背負わせた。

まだ小さい二人には「一升餅」が重いのか足元がふらついているがじっと立っている。

夫婦は神様に手を合わせて子供達の将来の幸せを祈った。

(つづく)

81.遺族の恨みは晴れるのか7

ある夜、華田がお気に入り秘書を膝に乗せている頃、携帯の呼び出し音が鳴った。

画面を見た途端、弾かれたように立ち上がった。

膝に横座りした秘書はそのまま悲鳴を上げて床へ落ちた。

椅子から立ち上がって直立不動で電話に出ている。

「ええ、うちの事業は順調です。

 えっ?は、はい、急に今の倍にしろと言われても、

 は、はい、確かに外道組からのお金が減ったのはわかりますが、

 ええ、臓器売買、人身売買、詐欺、覚醒剤、銀行強盗とか軒並みですね。

 でもうちのルートの臓器売買、人身売買、覚醒剤は残っていますよ。

 ただうちもあまり世間にばれても困るものですから、そう派手には・・・

 えっ?はい、そりゃあ、ばれれば、

 顔を変えてすぐにそちらに帰ればいいだけですが・・・

 では、朴川に指示しあの青山の連中を使ってもっと稼ぎます」

 

「あ、はい、その件ですが、実はあの写真の男の行方はまだわかりません。

 噂の超人技の探偵かどうかもわかりませんが、たぶん同一人物と思います。

 はい、申し訳ありません。探偵事務所を片っ端から女に調べさせましたが

 全くみつかりません。あの体格ですからわかりそうな気もするのですが」

 

「それは本国と比べれば、猫の額ほどの狭い国でしょうが、

 住んでみると意外と人間も多くてですね、

 東京いや日本で一人の人間を探すのは砂漠で針を拾うより難しいので・・・

 いえ、無理とは言っていません。

 えっ?

 はい、あの探偵を何とか探します。

 どうか命だけは助けて下さい」

華田の額はみるみる汗でびっしょりとなった。

 

青山にある社長屋敷の調査は困難を極めた。

閑静な住宅街なので意外と音が響くのである。

屋敷へ車やバイクなどで近づこうにも、

屋敷からあらゆる角度を複数台のカメラで監視されている。

雨の降る夜に闇に紛れてステルスタイプのドローンを飛ばし屋敷内を撮影した。

またクモ大助をドローンから屋根へ降ろし待機させた。

室内へ侵入させてより深い情報をと考えたが、

ここで証拠を残して怪しまれたら全て元の木阿弥と考えて侵入させなかった。

(続く)

35.美波、YOSAKOIへ出場2

いよいよ当日となった。

一番星が見えてくると舞台の照明の明るさが街を圧倒し始める。

小樽商科大学 翔楽舞』チームは、大通8丁目会場での演舞のため待機している。

この大通公園南北パレード会場は、全長500mの南北の目抜き通りを使ったパレードで、圧倒的な迫力とパレードならではの動きのある踊りが堪能できる。

また、両親が座っている大通公園8丁目会場に特設されているのは、緑溢れる公園の雰囲気を最大限に活かした開放的なステージであり、青空の下さわやかな新緑に囲まれたステージは北海道を舞台にした『YOSAKOIソーラン祭り』の象徴だった。

そのほか市内にある大型スーパー・ホームセンターの駐車場、観光スポットとしても有名な北海道庁赤れんが前広場やサッポロファクトリー、地域の人々に愛される商店街やその地域のメインストリートなど他の会場もバラエティ豊かなチームが踊っている。

『街が舞台に』の名の通り、至るところがステージとなっている。

 

チームは大通公園の芝生で踊りの最終調整に入っている。

美波は踊り用に普段はしない派手な化粧、きらびやか衣装をつけている。

友達の芳賀さんと二人で踊りながらドキドキしているようだ。

 

アナウンスが聞こえてくる。

次の演舞は『小樽商科大学 翔楽舞』によるものです。皆さん、拍手をお願いします』

美波は芳賀さんと顔を合わせると舞台へ飛び出した。

その瞬間、強く真っ白い光が目に飛び込んできた。

心臓がドキンとなった。

両親や可愛い弟妹が全く見えなくなっている。

とりあえず座っているであろう方向へ笑顔を向けた。

 

やがて曲が始まった。

自然に身体が動き始める。

クラブの後に部屋に戻っても必死で練習してきた成果が出て来ている。

リズムに合わせて全身が動く。

部員全員が息を合わせ一つの世界を作り上げていく。

全身を貫く大音響の中から仲間の激しい呼吸音が聞こえてくる。

みんなの額から汗が飛び散り、その躍動する楽しさが笑顔を運んでいる。

美波は一心不乱に踊り、最後に「ヤー」と踊りを決めて終わっていた。

この強烈な初めての体験は一生忘れることはできないと感じた瞬間だった。

 

慎一と静香は、美波の踊りを大いに喜んだ。

美波の輝くばかりの笑顔に釘付けだった。

家のテレビ番組は、ビデオ録画しているので後で見直すのが楽しみだった。

ただ雄樹と夏姫も最初はじっと見ていたが、待ち疲れていつの間にか眠っている。

美波のチームの演舞が終わると夫婦はそっと子供達を抱きかかえて家路へ着いた。

美波達は、この後「大通公園南北パレード会場」で演舞をするらしく、まだまだ夜は始まったばかりとのことだった。若さの特権だった。

(つづく)

80.遺族の恨みは晴れるのか6

事務所へ高価なネックレスを付けた女性のクライアントが訪れた。

【依頼内容】

依頼人氏名:白川 沙后様。

依頼人状況:主婦(弁護士の妻)

種類:行方探し

経過:娘(姫香)が昨夜から塾に行ってから家に帰ってこない。

   警察に依頼しているが一晩では動いてもらえない。

   一晩でも親に何も言わないで他人の家で泊まるような娘ではない。

   夫からは、『家の事はお前に責任があるからお前がやりなさい』と

   言われている。

   夫の知り合いでもある都倉警部から内緒で紹介されたとのことだった。

   塾の講師の話では、誰かから電話がかかってきて、ふらっと出て行ったらしい。

 

翔はRyokoへクライアントを調査させた。

クライアントの夫の職業は弁護士で、テレビでも有名な『人権派』と呼ばれていた。

どんな殺人犯も死刑にはさせないと豪語し、現在の死刑制度反対派の第一人者の一人だった。

『どんな脅しにも屈しない。死刑は人類の罪である』と声高に叫んでいた。

百合には事務所へしばらく帰らないことを伝えた。

連絡は常に取れるので困らなかったが、

百合の可愛い笑顔に会えないことが残念だった。

事務所のドアへ「本日閉店、しばらく休業します」の札を吊った。

 

その塾は、超進学塾として日本でも屈指のレベルで、

毎年、多くの塾生を誰もが認める名門大学へ入学させていた。

塾近辺を見張るも特に怪しい人も車も見えなかった。

塾へ車で送迎されている生徒も多く、歩く生徒は非常に少なかった。

クモ大助を使って夜中まで塾講師を見張ったが何も怪しいところはなかった。

 

専務の調査と並行して華田社長の行動も調査していった。

カフェグループ本社は六本木ヒルズの一角にあり、

このビル一帯は不夜城に近い状況で人目も多く監視もされている。

新月の小雨の闇にまぎれて迷彩ドローンでクモ大助をビル最上階へ運び、

ビル外壁の窓際へ移動させ社長室での盗聴を開始した。

(つづく)

34.美波、YOSAKOIへ出場1

ライラックが綺麗に咲き誇っている5月中旬の大通り公園。

例年通り『さっぽろライラックまつり』が開催されている。

多くの市民がゆっくりと散策し可愛い薄紫色の花を見つめている。

子供たちを遊ばせる芝生から見上げると

本州が梅雨とは思えないほどの青い空がひろがっている。

そろそろYOSAKOIソーラン祭りの準備が始まるのか、

市の職員らしき人たちが大通り全体を下見している。

『今年は出場できるかも』と美波からの弾んだ声が思い出された。

 

美波の通っている小樽商科大学には、YOSAKOIソーラン祭りのチームがある。

小樽商科大学 翔楽舞』(おたるしょうかだいがくしょうがくぶ)というチーム名だった。

このチームは振り・衣装・曲・地方車・小道具を全て自分達で作っており、小樽に根ざした団体を目指し、ボランティアなど演舞披露の機会にはそのエネルギッシュな舞いを披露している。

美波もさっそくチームへ入り毎日忙しく準備をしている。この踊りは全身運動で普段使わない筋肉を動かすため、最初は筋肉痛の毎日だったが楽しかった。

 

YOSAKOIソーラン祭り公式サイトでは、以下のような記述がある。

YOSAKOIソーラン祭りは、高知県の「よさこい祭り」をルーツに1992年、

よさこい祭りの「鳴子」と北海道の民謡「ソーラン節」をミックスして誕生しました。色とりどりの衣装を身にまとい、鳴子を手にした踊り子たちが、ソーラン節の

メロディに合わせて躍動する派手な祭り。

その踊りの基本ルールはたったの2つ。

① 手に鳴子を持って踊ること

② 曲にソーラン節のフレーズを入れること

それ以外は、踊り・曲・衣装などはチームの自由である。

 

「鳴子」とは

もともとは田畑に吊るして音で鳥を追い払うために使用されていたもの。

高知よさこい祭りで踊りの中に取り入れられて以来、いまや全国のYOSAKOI関連の祭りでも欠かせない象徴的な道具になりました。

 

「ソーラン節」とは

北海道民謡の一つ。 北海道の漁師が昔ニシン漁の際に歌った労働歌。

『ヤーレンソーラン♪』の歌に合わせて、綱引きや網あげの力強さがあふれます。

 

「参加チーム」について

演舞の振り付けや曲のアレンジ、着飾った衣装やメイクはもちろん、

地方車(じかたしゃ)の装飾、マイクパフォーマンスなど

チーム毎の演出はさまざま。

またチームの構成も、子供が多い可愛らしいチーム、

若い男性ばかりの力強いチーム、

男性と女性がそれぞれのよさを活かして踊るチーム、

また最近では、道外はもとより海外からご参加いただくチームもあり

それぞれにとってもユニーク。

チーム毎によさがひきたつよう考えられた演出が、参加者をさらに輝かせています。

(つづく)

79.遺族の恨みは晴れるのか5

華田社長宅は、青山の一角にある

庭石が綺麗に配置された樹木に覆われた大きな屋敷だった。

ただし、大きな正門は常に閉まっており、監視カメラが配置されている。

武道の心得のある翔には、ランニングを装って敷地を1周した時に

漏れてくる独特の気配を察知することができた。

ただ路上駐車も目立つくらい閑静な住宅街であり監視は不可能だった。

まずは専務から調査を開始することとした。

 

朴川専務宅は、銀座にある大きなタワーマンションの最上階だった。

部外者は立ち入ることもできず、24時間監視カメラが回っている。

夜の闇にまぎれて迷彩されたドローンでマンション屋上へクモ大助を運んだ。

朴川専務の部屋の窓へクモ大助を操作していった。

最上階は2区画が1部屋に改築されており、小さな庭も備え付けられていた。

ガラス窓外面の室内レースのカーテンの陰に隠れる角へクモ大助を待機させた。

音声と画像は24時間体勢でRyokoへ送られてくる。

 

朴川 流麗、公表年齢は49歳となっている。

とてもその年齢とは思えないほどの

怪しく鈍い光を放つ、吸いつくような肌を備えた

バランスの取れた美しい裸身であった。

俗にいう美魔女である。

ホストがとても好きで、週に数回3人のホストを部屋へ呼んでは楽しんでいる。

美しい女が1人キングサイズのベッドに横たわり、

その女の周りに3人の男が群がって奉仕している。

一人が首筋から乳房へ、一人が足の指から上へ、一人が臍中心に愛撫され、

うつ伏せになっても同様な場所を愛撫され全身愛撫の状態で嬌声を上げている。

特に大切な部分は前も後ろも奪い合いで愛撫している。

その女の男達に命令する勝ち誇ったような目つきを見ると

まるで女王クモに仕える雄クモのようで

最後にこの男達は頭から食べられて殺されるかもしれないと感じる光景であった。

 

数日間の情報収集の結果として、

社長との電話での会話から推理するに

やはり闇サイトの運営責任者が朴川専務だった。

ある組織への上納金は月に数億円で、覚醒剤を除いては一番の組織のようだった。

その組織の全容は全く見えてこなかったが、

川口組とは別組織であることは明白だった。

先ず闇サイトへ入った人間のアドレスへメールを送り開封させる。

するとウィルス感染が起こり、そのコンピュータを支配下に置き、

備え付けのカメラアイから依頼人の生活状況を監視する。

その後、裏切りに備えて依頼人の弱み情報を収集し、

十分な調査後に朴川の指示で依頼人との待ち合わせメールを送信する。

(つづく)

78.遺族の恨みは晴れるのか4

翔はRyokoへ各闇サイトのヒット件数を調査させ、

よく使われている闇サイトを調べた。

殆どのサイトは活動していないが、2件のサイトのみ活動していることが判明した。

そのサイトは

「INOCHI その重さ、理解できますか」

「平成仕事人」

どちらのサイトも入口だけでその中には入れず中身は伺いしれなかった。

 

そのサイトへのアクセス元をたどっていくと

都内のネットカフェグループへ繋がっている。

都内に点在するカフェ内に設置されているパソコンからアクセスされている。

そのカフェグループを検索すると会社ホームページには

社長と上位職従業員の名前と顔写真が掲載されている。

社長名:華田 雄峰

専務名:朴川 流麗

さらに会社名や社長名、専務名でネット検索を始めると

社長専務共に日本に帰化した北東アジア人であることがわかった。

そして、アジア系犯罪組織とも関わりがあるとの話がまことしやかに噂されている。

二人のブログ写真から撮影日と撮影場所を割り出し、その経度緯度から自宅を特定した。

 

川口組の資金源の大きなものは壊滅したはずだが、まだまだ闇は深いはずと考えた。

この誘拐や殺人犯罪と川口組との関係は不明だが

今までの経過から考えて、不良アジア人との関係が深い川口組が

このたびの犯罪に無関係とは考えられなかった。

ただ敵組織の大きさも深さもわからないままではうかつには動けなかった。

(つづく)

 

 

33.すながわスウィーツロード2

夕食後、コーヒー又は紅茶と共に「イタリアンミラノシュー」を賞味した。

その俵型のシューの表面には真っ白のパウダーシュガーがかかっている。

油で揚げられた少しもっちりした薄い生地には、

カスタードクリームがたっぷりと詰められている。

そのドーナツのような感覚のシューに新鮮味を覚えた。

口の周りが真っ白になるくらいたっぷりのパウダーシュガーと

濃厚なカスタードクリームの甘すぎるコラボを薄い生地がうまくまとめている。

静香と美波は2個目に取り掛かっているが、慎一には1個で十分だった。

 

バウムクーヘン妖精の森』は翌日のおやつに切り分けた。

このバウムクーヘンは、フィギアスケートの高橋選手の結婚式の引き出物に使われたくらい知る人ぞ知るものだったが、北海道出身芸能人の番組での宣伝やお取り寄せ物番組などでも取り上げられて全国的に有名なものとなった。

早速に切り分けると子供達が目を輝かせて我先に掴んで食べ始めた。

表面の焼き目の入った部分にはたっぷりの蜂蜜が練りこまれており、

掴んだ部分からジワリと蜂蜜が滲み出てきている。

生地そのものは甘さが抑えられているが、

しっかりとした歯ごたえ、しっとりとした食感、

焼き目と一緒に食べた時の美味しさは、

今まで食べたバウムクーヘンとは次元の異なるものだった。

バウムクーヘンは非常にシンプルなものゆえに騙しのきかないものである。

厳選されたすべての食材を最高の配合で生地を作り、

ただひたすら職人が心を込めて焼き上げているものと感じた。

(つづく)

77.遺族の恨みは晴れるのか3

現在ネット上でまことしやかに囁かれているのは

「二人殺せば死刑になる。被害者の命は犯人の命の半分しかない」

「何人殺しても心神喪失者になれば死刑にならない」

「死刑を嫌う裁判官や弁護士の家族を殺しても死刑にならない」

「誰か殺してみたいなら死刑を嫌う裁判官や弁護士の家族だ」

という非常に非理性的な危険な論法もあった。

 

死刑の判断としては「永山基準」が有名だ。 

日本大百科全書』では以下と記載されている。

刑罰として死刑を適用する際の判断基準。いわゆる「永山事件」上告審判決において示された死刑選択の基準である。「永山事件」とは、1968年(昭和43)の犯行時19歳の少年であった被告人の永山則夫(のりお)が、米軍基地内で拳銃を窃取し、この拳銃を使用して、東京・京都・函館・名古屋で殺人、強盗殺人および同未遂を犯したという事案であった。第1審判決(東京地方裁判所判決、昭和54年7月10日)では死刑が、控訴審判決(東京高等裁判所判決、昭和56年8月21日)では無期懲役が言い渡された。そこで、この上告審判決(最高裁判所第二小法廷判決、昭和58年7月8日)において、最高裁判所が「永山基準」とよばれることになる死刑選択の基準を示すことになった。

 本判決では、「その罪責が誠に重大であって、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむを得ないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない」としており、(1)犯行の罪質、(2)動機、(3)態様、とくに殺害の手段方法の執拗(しつよう)性・残虐性、(4)結果の重大性、とくに殺害された被害者の数、(5)遺族の被害感情、(6)社会的影響、(7)犯人の年齢、(8)前科、(9)犯行後の情状等を総合的に考慮して判断すべきだとした。本判決において、最高裁判所は、こうした基準を適用したうえで、控訴審判決を破棄し、事件を東京高等裁判所に差し戻した(差戻控訴審判決(東京高等裁判所判決、昭和62年3月18日)では第1審判決が維持されることになり、差戻上告審判決(最高裁判所第三小法廷判決、平成2年4月17日)で死刑が確定した)。その後の死刑判決では、本判決が死刑選択の基準を示したものとしてたびたび引用されることになる。

なお、本判決では、上記9項目の判断要素を基本にして、被告人に不利な事情と有利な事情とを書き分け、両者について等価的に列挙して検討を加えている。そして、総合的に評価した結果として、被告人を死刑に処するのは重きに失するとした控訴審の判断に十分な理由があるとは認められないものと結論づけている。こうした判断枠組みでは、被告人に有利な事情にも十分重きが置かれており、死刑という科刑は限定的に許容されることにもなるとされる。ただし、永山基準の問題点として、裁判員制度の下で裁判員が合理的に判断できる明確な基準として機能し得ているのか、単に考慮すべき量刑事情の例示列挙にすぎないのではないのか、といった点があげられている。

 

また厚生労働省のホームページでは

心神喪失者等医療観察法』に関して以下記載があった。

医療観察法制度の概要について

心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)は、心神喪失又は心神耗弱の状態(精神障害のために善悪の区別がつかないなど、刑事責任を問えない状態)で、重大な他害行為(殺人、放火、強盗、強姦、強制わいせつ、傷害)を行った人に対して、適切な医療を提供し、社会復帰を促進することを目的とした制度です。

本制度では、心神喪失又は心神耗弱の状態で重大な他害行為を行い、不起訴処分となるか無罪等が確定した人に対して、検察官は、医療観察法による医療及び観察を受けさせるべきかどうかを地方裁判所に申立てを行います。

検察官からの申立てがなされると、鑑定を行う医療機関での入院等が行われるとともに、裁判官と精神保健審判員(必要な学識経験を有する医師)の各1名からなる合議体による審判で、本制度による処遇の要否と内容の決定が行われます。

審判の結果、医療観察法の入院による医療の決定を受けた人に対しては、厚生労働大臣が指定した医療機関(指定入院医療機関)において、手厚い専門的な医療の提供が行われるとともに、この入院期間中から、法務省所管の保護観察所に配置されている社会復帰調整官により、退院後の生活環境の調整が実施されます。また、医療観察法の通院による医療の決定(入院によらない医療を受けさせる旨の決定)を受けた人及び退院を許可された人については、保護観察所の社会復帰調整官が中心となって作成する処遇実施計画に基づいて、原則として3年間、地域において、厚生労働大臣が指定した医療機関(指定通院医療機関)による医療を受けることとなります。

なお、この通院期間中においては、保護観察所が中心となって、地域処遇に携わる関係機関と連携しながら、本制度による処遇の実施が進められます。

(つづく)

32.すながわスウィーツロード1

全国的には梅雨と言われているが、この季節の北海道はさらりとした毎日が続く。

たまに雨が降ってもそれほど湿気は強くなく、

降り注ぐ日差しもそれほど強くなく、吹きわたる風が頬にやさしい。

同僚から「砂川スウィーツロード」の噂を聞き、

静香へ話すと早速美波へ連絡がいく。

 

土曜日の午前中遅めにマンションを出発する。

北海道道230号線を東へ走り創成川に突き当たると左折し、道央自動車道に突き当たり、その場所にある札幌北ICから旭川市方向へ向かう。岩見沢市・三笠市美唄市を越えると砂川市に至る。奈井江砂川ICを下り砂川市へと進む。

砂川市を通る国道12号の両側に19軒のケーキ類、和菓子類、パン類、冷菓類などを作っている菓子店が店舗を出しており、お菓子屋さんが広がるこの街は「すながわスウィーツロードと呼ばれているらしい。なかには、創業100年を超える老舗や全国的な知名度を持つお店などさまざまなお菓子屋さんやカフェがあるとネットでは検索できる。

とりあえずは全部回ってみようと言う事となり、国道12号沿いを南側から攻めることとした。

そこから「おはぎ(吉川食品)」、「アップルパイ(ナカヤ)」、「マカロン(プチ・トリフ山屋)」を少しずつ賞味していった。しかし、他に「クリームパフェ(あまとう みに)」や「レアチーズケーキ(カフェくるみる)」、「林檎ロマン(ほんだ)」、「ジェラート(岩瀬牧場)」、多くのカフェなどまだまだ多くの店があり一日では食べながら回りきれなかったのでこれから何度も来ることとした。

最後に一番大きな店舗の「北菓楼」へ昼食がてら車を止めた。

この店は50台の駐車スペースと可愛い庭園、店内は販売エリアと喫茶エリアに分かれており多くの地元客や観光客で賑わっている。

お土産は、自宅用に日持ちのする「開拓オカキ」「イタリアンミラノシュー」「バウムクーヘン妖精の森(厚さ4センチ)」、職場用に「バウムクーヘン妖精の森(厚さ6センチ)」とした。美波の友達へのお土産用に「天使の鈴」を追加した。

喫茶エリアで皮製のソファにくつろぎ「特製オムライス」「野付のすごい帆立のスパゲティ」「畑のスパゲティ」を注文した。

『オムライス』

大きく広げられた卵の上にケチャップがかかる懐かしい見た目。スプーンで一口分を取ると卵の下からじっくり炒められた道産牛やきのこの姿が見える。噛めば噛むほど北海道の食材の味が湧き上がる。日本人が好む醤油風味のガッツリ系のオムライスだった。

『野付のすごい帆立のスパゲティ』

北海道でも有名な道東の野付産の大きな帆立が贅沢に盛り付けられ、オホーツクの栄養分をたっぷりと含んだ帆立の濃厚な旨味が凝縮したクリームソースがスパゲティにからまった絶品の一品だった。

『畑のスパゲティ』

トマトソースのあっさりとしたスパゲッティで多くの北海道産の野菜をじっくりと時間をかけて煮込まれている。

全員でシェアをして平らげてから、ケーキセットをコーヒーと共に頼んだ。

3種類のケーキを選び、待っていると1プレートにケーキ1個、シフォンケーキ、ソフトクリームが飾られている。それはあまりにボリュームたっぷりで、体重が1キロは増えるとこの時全員が実感した瞬間だった。子供達はそんな心配もせず美味しそうに食べて機嫌が良かった。その後、全員満腹なお腹をさすりながら道央自動車道を走り札幌へ帰った。

(つづく)

76.遺族の恨みは晴れるのか2

Ryokoにネット上で殺害事件の裁判への批判情報の収集を指示した。

夥しい数がヒットしたが、その中で何件かが気になった。

「INOCHI その重さ、理解できますか」

「平成仕事人」

「あなた、今の刑法で満足していますか?」など

数多くの闇サイトがネット空間に存在していた。

それらは海外サイト(主に中国・韓国のサイト)とも共有しており

それらの追跡には非常に時間がかかることがわかった。

 

昨今、死刑の賛否については多くの機会で論議されている。

死刑制度の廃止を訴える人間と必要性を訴える人間が討論しているテレビ番組もある。

実際の世界の傾向として、死刑制度は取りやめている国もあれば、復活させた国もあり、

国際情勢も混沌としている。少年でさえも死刑を執行される国家もある。

 

死刑の賛否に関しては、

仏教系のある宗教家の随筆から死刑の賛否理由を引用すると以下にまとめられる。

死刑賛成の理由として以下、

・悪いことをした報いを受けるべき

被害者感情、報復感情

・犯罪の抑止効果

・再犯防止

・世論が死刑制度を支持している

死刑反対の理由として以下、

・死刑は残酷な刑罰である

・国家でも命を奪うべきでない

・冤罪、誤判の可能性

・判決が不公平に適用される

・更生の可能性

・犯罪の抑止効果がない

・生きて償うべきである

・死刑執行に関わる刑務官の苦しみ

 

確かに死刑制度反対派の言うことにも納得するものがある。

死刑制度が文明的ではないという批判が多い言葉は別にして

例え犯人を殺しても被害者が生き返る訳ではないので

犯人を殺すよりも寿命を迎え死ぬまでの期間に改心させた方がいい。

死刑になっても被害者遺族の心が晴れることはない。

死刑制度によって犯罪率を減らすデータはない。

そして、それ以上の問題として冤罪の可能性への危惧もあるとの論法である。

 

しかし、死刑制度賛成派の言葉にも納得するものがある。

多くの国民(約半分以上)が制度を支持している点。

出所後、再犯によりまたまた新しい命が失われることもある点。

その中で一番ウェイトが大きいのは被害者の感情と思われた。

突然、途切れた被害者の人生や被害者遺族の心や生活はどうなるのか?

他人の突然の凶行により理不尽に人生が奪われた被害者の無念や悲しみ、

大切な家族が、友人が、無残に殺害され、被害者が生きていたら訪れたであろう

様々な幸せの光景を奪われた遺族の悲しみや喪失感を理解できるであろうか。

反対派は、犯人が死んでももう殺された人間は戻ってこないというが、

もう戻ってこないのだから、死にたくないのに殺されて悔しかったであろう

死んだ人間の気持ちは無視して良いのか。

そして長い期間で本当に犯人が改心するのであろうか。

改心したからといって殺された被害者やその遺族の心は救われるのだろうか。

 

昔は個人による復讐が許されていた時代もあった。

しかし、現在は国家が法により殺人犯を罰し、時には死刑を実行する。

個人による復讐の機会を奪われた被害者やその遺族の気持ちは理解できるであろうか。

死刑がなくなり時間が経てば、犯人が何気ない顔して社会に戻ってくるかもしれない不合理は理解できるであろうか。

死刑制度は「法律で個人の復讐を禁止した上での法による復讐の成就」の側面もある。

(つづく)

31.美瑛と富良野2

ポプラファームでの舌の幸せを反芻しながら次の目的地へ向かう。

『ファーム富田』

ここは早春から晩春まで季節の多くの花が咲き誇る有名な園である。

広い園内に「花人の畑」「倖の畑」「彩りの畑」「トラディショナルラベンダー畑」「春の彩りの畑」「秋の彩りの畑」「森の彩りの畑」「花人ガーデン」「グリーンハウス」「マザーズガーデン」と数多くの花畑が作られており、訪れる旅人の心を楽しませている。

車窓から見えるファームは様々な色に飾られた美しい丘であった。

とりあえずお昼過ぎのため、用意したおにぎりを駐車場で食べた。

関西出身の夫婦は、おにぎりの海苔は味付けされたものを好んでおり、

特に徳島県で発売されている大野のりが好きだった。

この海苔は徳島の知り合いから定期的に送って貰っている。

最初から巻かず食べる時にパリパリの海苔を巻いてかじる。

心地良い海苔をかじる音と口中で細かくほどける海苔の味と香りと甘辛さが米本来の甘さを引き出している。

 

園内では早春の花、アイスランドポピー、エゾヤマザクラハマナスビオラミヤコワスレが咲き誇っているが、初めて見たエゾヤマザクラの濃い赤紫色の花に目を奪われた。

母と娘は父に双子の世話を頼み、早速売店に入り、ラベンダーアイスを賞味している。

こういう微笑ましい光景を見ていると「双子母娘(ふたごおやこ)」という言葉が浮かんでくる。

 

3時が近づいて来たため、

今日最後の目的地の新富良野プリンスホテルに隣接した「ニングルテラス」というお土産屋エリアへ移動する。

この一角にはテレビドラマ「静かな時間」の舞台となった喫茶店『森の時計』がある。

扉を開けると「カランカラン」とカウベルが鳴った。

偶然、カウンターが開き座ることができた。

ドラマのようにお客自らコーヒー豆を手挽き出来るようで、

目の前に小さなミルとスコップに入った豆を差し出された。

客がザラッとミルに豆を入れて、ぐっと自分用ミルのハンドルを回す。

家で家族用スペシャルコーヒーを入れるときと同じようにガリガリガリと挽く。

それをネルドリップしてゆく。家ではドリップ方式なので入れ方が異なる。

 

さてコーヒーはと一口飲んだ。

さらりとした軽い味わいで、馥郁たる香りが広がりたちまちファンとなった。

しかし、普通はカウンターに座れないほどの混みようだとの事で何度も来ることは諦めた。

店の外に並ぶ客に急かされるように優しい味のコーヒーを味わい、

本日のドライブを締めくくった。

富良野には他にテレビドラマ「北の国から」関係の資料館や名所が点在している。そこへは次回の機会ということで帰ることとした。子供たち3人は疲れたのか深い眠りについている。

富良野駅まで戻り、空知川に沿って国道38号線を進み、芦別市を通過し滝川市まで移動し道央自動車道滝川ICへ入り札幌市へ向かった。

(つづく)

75.遺族の恨みは晴れるのか1

いつもながら目を覆うような事件やニュースが毎日のように報道されている。

一人ひとりがいつ我が身になるのかわからない時代だった。

この日本という国では、自殺者は年間3万人と言われており、

それに隠れるように毎年8万人以上の規模で行方不明の人間がいること。

その上毎年多くの人間が事故や犯罪で死亡している。

 

そんな中で最近特に目を引いた事件は、

被害者が裁判官や弁護士の関係者への殺人事件、行方不明事件や自死事件である。

裁判官や弁護士の関係者、特に妻や子供が行方を絶ち、

身代金の要求もなく死体になって発見されるか、今もなお行方不明のままとなっている。

もしかすると自死となっているが本当は異なるケースがあるのかもしれない。

被害者が殺害された時も目撃者は一切居らず、首吊り、身投げ、自動車での轢死などであった。

犯人は捕まっておらず迷宮入りの可能性が高い状況である。                         

たまに犯人が逮捕されているケースもあるが、

「誰でもいいから殺してみたかった。

   私の心の悪魔が囁いてきました」と発言している。

彼らは『心神喪失状態』として裁判を争っており、

最終的には死刑ではなく、

心神喪失者等医療観察法』に従い医療機関に入れられている。

 

そしてもう一つ気になる事実にも気がついた。

毎年発生する多くの行方不明者の中には、

凶悪な犯罪を起こしたが、明らかに本人が起こした犯罪にも関わらず

裁判において証拠不十分だったり、心神喪失状態だったとして

死刑を逃れた犯罪者、無事刑期を終えて出所してきた元犯罪者も含まれていることだった。

 

そんな時、都倉警部が事務所に顔を出して、内密にその事件への調査依頼があった。

『日本の治安維持ために何とかして欲しい』と依頼された。

まず現在被害者になっている裁判官や弁護士の過去の裁判について調査した。

共通点として、

裁判官の傾向として、

どのような残虐非道な殺人者であっても死刑を回避する傾向があった。

昨今、裁判員制度が始まり、裁判員の判断が死刑という結果になっても

その裁判官の判断は死刑とはならなかった。

弁護士においては、

過去から『人権派』と呼ばれ、

どのような猟奇殺人者であっても、『心神喪失状態』を理由に

無罪を主張し死刑にはさせなかった。

逆にそれが彼らのセールスポイントであることは会見内容からでも明らかであった。

(つづく)