はっちゃんZのブログ小説

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23.流氷観光2

先ずはこの旅一番の目的の『流氷観光』である。

ちょうど今、風の方向がちょうど陸地方向で流氷が沖合に来ているらしい。

二人は乗船券を購入し接岸している『流氷砕氷船ガリンコ号Ⅱ』に乗り込んだ。

乗船してすぐに二人の目に飛び込んできたのは

船舶前部に開かれて流氷を呼び込む空間に設置されている

船体の半分ほどの長さの巨大な二本の金属ドリルだった。

その鈍い光は流氷を今か今かと待っているように感じた。

やがて出航の船内アナウンスが流れ、より強くエンジン音が響き離岸した。

 

ゆったりとしたスピードで『オホーツクブルーの海』を進んでいく。

遥か遠くまで蒼い海面が広がっている。

風は強く波頭が船側を叩き、その振動が縦横に上下に船体を揺らす。

多くの観光客がデッキへ出て歓声を上げながら写真を撮っている。

白い帯が見え始めそこへ向かっていく。

流氷に鳥などの影が見える。

オジロワシとのアナウンスがあった。

近くの流氷に休んでいたゼニアザラシが、

ガリンコ号に驚いて海へ飛び込んでいる。

 

白く太い流氷の帯へ一直線に突入していく。

船の前面に設置されている2本のスクリューが回転し流氷を砕いて進んでいく。

船名そのままに『ガリガリッ』と

硬い氷を砕く音とその振動が身体へ伝わる。

目の前浮かぶ大きな流氷が大きなドリルで粉々に砕け散っていく。

その迫力たるや圧巻であった。

しかし、大きな氷に当たると船も大きく揺れるので船酔いに弱い人は注意すべきで

美波も芳賀さんもやはり酔ってしまった。

二人は暖かい船室へ戻り、窓から海と空を見て回復を待った。

船の揺れがなくなり氷を砕く音も一切なくなった。

船はもう港へ帰るのかと思っていたら湾内の海面上に浮く小さく薄い氷を砕き始めた。

『ハスの葉』のような形の氷が離れたり重なったりしながら海面に漂っている。

この形の氷が流氷の最初のできるもので

『これが成長してさきほどの大きな流氷に育っていく』

とアナウンスされて驚いた二人だった。

(つづく)

64.消された記憶3

百合は翔と会えない間、実は葉山館林邸に戻っていた。

そして、このたびの事件について、こと細かく話した。

祖父母はさすがに驚いた様子だったが、二人が無事だったことと

翔が無事 新宿事務所に引っ越したことを知り二人とも胸を撫で下ろした。

 

その夜、百合は祖母へ

『もしかしたら夢や勘違いかもしれませんが』と前置きして

事件の最中に幼い頃の記憶らしきものが蘇ったことを話した。

それを聞いた祖母は、

『しばらくここに待っているように』と言い置き、急いで祖父の元へ戻った。

しばらくして祖父の部屋へ来るように言われ部屋を訪れた。

 

祖父母は少し沈痛な顔つきで並んでいる。

「百合や、婆さんからお前の幼い頃の記憶が蘇った話を聞いた。

 翔君と付き合い始めたし、

 もしかしたら・・・そろそろか・・・と思っておった。

 確かにお前のその記憶は正しいと答えておこう。

 ただし、今はその理由を言えないし聞いて欲しくない。

 いずれお前に話す時がくると思うのでそれまで待って欲しい。

 これからもっと色々な記憶が蘇ってくるかもしれんが、

 我々一族全員がお前のためを思ってのことだったとわかって欲しい。

 決して悪意からではないことを・・・」

祖父母から頭を下げられるとこれ以上は聞けなかった。

 

「百合、お前に翔君とのことを伝えておこうと思う。

 翔君には翔君のご家族がいずれ伝えることとなろう。

 お前が思い出した『強く大きな眼の少年』は確かに翔君自身だった。

 そして、お前と翔君は許婚の間柄だった」

「えっ?許婚?」

「百合が驚くのも当たり前とは思う。過去に一度は切れた関係のはずだった」

「一度は切れた?」

「ああ、だが再び繋がったと言う事じゃな」

「百合は翔さんを見て、なぜか懐かしく思えたのはそのせいなのですね」

「そのようじゃ、わしにはそれが二人の運命かもしれないと感じておる」

「お爺様、お婆様、百合は翔さんのことが大好きです。

 ずっとずっと一緒にいたいと思っています。

 百合は翔さんのお嫁さんになってもいいですか?」

「ああ、翔君がそういう気持ちになれば、

 いずれお前にそう言うだろう。待っていなさい」

「はい、待ってます。百合は翔さんをとても愛しています。

 こんな気持ちは生まれて初めてのことです」

「そうか、わかったよ。その気持ちを大切にしなさい」

 

しばらくして、翔は突然実家へ呼び出されて百合とのことを聞かされた。

あまりの想像外のことに驚き、

そして混乱したが、

事務所で待っていた可愛い百合の笑顔を見るとすべて納得したのだった。

(つづく)

22.流氷観光1

家庭教師のアルバイトと

土日の友人とのたまの札幌でのショッピングやスイーツ探しや

実家に泊まった時は弟・妹と遊びながら毎日が過ぎていく。

高校受験生のため家庭教師の日数も1日増えて週3日となっている。

そして彼女のご両親から多目のアルバイト料を頂き臨時収入に大喜びした。

その収入で芳賀さんと初めて『流氷観光』に行った。

学生時代、あまり金は無いが時間は十分あるので、前日に実家に泊まり

札幌駅からバスで紋別市までの全行程6時間の雪道の長距離移動だった。

 

紋別バス停に着くと宿泊ホテルの紋別プリンスホテルまで歩いて移動した。

部屋に着くと窓からは雪の晴れ間に蒼いオホーツク海が広がっている。

このホテルは天然温泉が湧いている。

近隣に「天然温泉美人の湯 もんべつ温泉」があるくらいなので

二人は美人になろうとしっかりと浸かった。

泉質は、冷鉱泉アルカリ性低張性冷鉱泉)であり、

つるつるした湯当たりで、肌に優しくなめらかな感触の湯が特徴だった。

大型浴場にはその他バイブラ(気泡・超微細気泡)風呂、露天風呂、サウナルームも完備されており、温泉好きの二人はいつまでも満喫した。

『やはり北海道は温泉だ』という二人の持論が一致し、

今後も時間があれば温泉旅行をしようと約束しあった。

 

夜は和食レストランで海鮮料理に舌鼓を打った。

湯上りのビールは最高だった。

北海道はどこに行っても食材が豊富で美味しかった。

二人とも十分満足して部屋に戻るとテレビや本を見ながら過ごした。

翌朝はバイキング方式のモーニングを食べて出発した。

(つづく)

63.消された記憶2

その夜は百合の作った遅めの晩ご飯を食べてアパートへ帰った。

すでに警察の鑑識官の仕事も終わっている。

部屋の中は雑然としており、片付け終わったのはもう朝方だった。

少し仮眠を取っていると、百合からラインが入った。

『翔さん、疲れは取れましたか?』

『今日、アパートへ行っていいですか?』

昨日怖い事があったので百合は心細いのかもしれない。

翔は『もうこのアパートは引っ越すのでしばらく会えない』と伝えた。

もうこの危ないアパートへ百合を来させることは考えていなかった。

もし今回、相手が同じ方法を使った殺人鬼ならば

二人の命は今頃ミーアと一緒だったのかもしれなかったからだ。

そう考えると『どんなことがあっても百合を守る』と誓った言葉に賭けて、

このアパートは引き払う必要があった。

葉山館林家へ使用許可を貰っている新宿の探偵事務所の使用開始の連絡をし、

すぐさま引っ越すこととした。

百合から『わかりました。落ち着いたら連絡ください』と返答があった。

 

その日から引越が終わるまでは早かった。

新宿の事務所奥には自室とトレーニング室が併設されている。

荷物とは言っても、単身赴任と変らない程度の量なので一日もかからなかった。

引越業者は葉山不動産からの依頼の業者で驚くことに無料だった。

その夜は、百合が引越祝いの料理を作ってマンションで待っている。

 

「翔さん、無事引越ができておめでとう。精一杯作ったのでたっぷり召し上がれ」

「ああ、ありがとう」

「翔さん、実家に無理言って、私も合鍵貰いました。良かったですか?」

「ああ、もう貰ったのなら、駄目って言えないじゃん」

「ええっ?駄目って言います?もしそうなら・・・百合は悲しいです」

「言わないよ。ただし、危ない街だから注意してね。百合は可愛いから心配なんだ」

「はい、でも翔さんがいるから安心です」

「それが駄目、この前、危なかったよ」

「そうでした。でもあの時、百合は翔さんだけ見ていたし、ずっと安心していました」

「ありがとう。もっともっと、がんばるからね」

「はい、待ってます」

「???」

 

翔は久しぶりの百合の手料理に満足だった。

久しぶりに会って嬉しい百合がなかなか翔を帰そうとしなかったし、

翔も離れがたかったため、肩をくっつけて夜中までソファに座って、

テレビや本を読んで過ごした。

時々、二人はいつも間にいたミーアのことを

ふと思い出しては悲しい気持ちになった。

 

これからは卒業式を待つだけだが、

探偵業を始めるにあたり知識や準備が必要だった。

葉山不動産の紹介で探偵学校の塾へ短期入学をした。

ここでは尾行術および格闘術、クライアントの接客方法、報告書の作成方法など

探偵業のイロハを教えてもらった。

(つづく)

21.美波の憂鬱

最近、友人の香山さんがやたら美波へ意地悪をしてくるため気分がすぐれなかった。

美波が何か悪い事でもやっていれば謝ろうと理由を聞いてみても、

『別に』と答えるだけで理由がわからないままだった。

米子にいる時にも同じようなことを何度か経験していて慣れてはいるが

理由無くそのようにされることにただただ気持ちさを感じた。

授業内だけでなくサークルでも美波の居ないところでも同じようだった。

でも冬休みに香山さんが市内のマンションを引越すると聞いてほっとした美波だった。

 

冬休みになるとウインタースポーツ以外で彼女と顔を合わせることもないし、

できるだけ嫌な気持ちになることを避けられた。

そのうち彼女がサークルからも抜けると聞いて、不思議に思っていたが

家庭教師をしている中学生の進学準備に忙しくなり、

美波もかかりっきりとなって、あまり彼女のことは意識に上らなくなった。

特に家庭教師の中学生は、

いつでも携帯電話で聞いてくるので気が抜けなかった。

素直で勉強の良くできる女の子であり、

お姉さんとして色々と相談に乗りながらの関係が続いている。

家庭教師を始めて成績が順調に上がってきており、

模試結果から見ても受験日の体調に注意していれば

志望校には合格できると思っている。

 

しばらくして噂で香山さんが休学したと聞いた。

引っ越したばかりのマンションは早々に引き払われ、仙台の実家へ帰ったらしい。

授業も熱心で前田さんとも楽しそうに付き合っていたので不思議だった。

実家の家業がうまくいかなくなり香山さんもお手伝いが必要となったらしい。

 

のちに芳賀さんから、香山さんの友人から聞いた話として

香山さんは前田さんを都合の良い男性として利用していたこと

香山さんは1年生夏にはお見合いして婚約者がすでにいたこと

前田さんがそれに非常にショックを受けてサークルを辞めたことを聞かされた。

その後、美波は彼とたまにキャンパスですれ違うも目も合わせなくなった。

しかし、美波が社会人になってから一番驚いたことは

当時、前田さんが本当に好きだったのは、美波のことだったと聞いた時だった。

(つづく)

62.消された記憶1

現場で取調べを受けた二人は、早々に解放されるとミーアの容態を見た。

百合を助けようと男に向かっていったミーアは、ほとんど息をしていない。

急いで動物病院へ連れて行った。

医師からは『予断を許さない状況』と言われている。

内臓から出血しており長時間の大きな手術となった。

二人の必死の祈りの甲斐もなくミーアの命は天国へ上って行った。

ミーアは病院専用のお墓へ丁寧に埋葬された。

泣き崩れる百合をタクシーでマンションへ送っていく。

 

翔はすぐに帰ろうとしたが、赤く目をはらした百合が翔の治療を始めた。

真剣な眼差しで腕や顔の怪我へ薬を塗り、絆創膏をして包帯を巻いていく。

百合の表情が悲しげで苦しげだった。

怪我の手当てが終わり、コーヒーを入れてくれた。

 

「翔さん、お願いがあります。

 私を、ミーアの分まできつく抱きしめて下さい」

翔は百合をソファで強く抱きしめた。

再び百合の眼から溢れる涙が、服の胸を濡らしていく。

『ミーア、ごめんなさい。ありがとう』

翔の胸の中で百合の声がずっと響いている。

翔と百合は時間を忘れてじっと抱き合った。

いつの間にか二人は泣きながら熱い口づけを交わしていた。

 

しばらくして、百合から

「翔さん、実は、銃口が私を向いた時、

 小さな時の光景が一瞬よぎったのです。

 私は過去に一度は拳銃を突きつけられた経験があるようです。

 その時の光景はあたり一面が真っ赤でした。

 多くの男の人と女の人が真っ赤に染まって並んで眠っていました」

「えっ?誰なの?」

「はい、どなたか知りませんが、

 そのうちのお二人には、

 私にとってすごく懐かしく感じる優しい笑顔が思い出されます。

 それと近くに男の子の顔が見えました」

「男の子?」

「強く大きな眼をして私の前に立って守っていてくれていました」

「うーん、そういえば俺にも良く似た記憶がある。いや、夢かもしれないが」

「もしかしたら私も夢かもしれません。

 翔さんが私を守ってくれた時の記憶が混ざったのかも」

「俺の両親は俺が小さな時に死んだらしい。

 飛行機事故だったと爺さんから聞いている。

 その現場に行ったらしいのだが全く記憶にないのが不思議で仕方ないんだ」

「そんなことが・・・翔さん、寂しかったでしょうね」

「いやあ、親のいないことが普通だったから。

 それに爺さんが厳しくてそんなことを思う間もなかったよ」

「不思議なのは、その男の子の眼差しが翔さんととてもよく似てることなんです」

「そうなの?それは不思議だね」

「その男の子は、たしか・・・ああダメです。全く名前が出てこない。

 でも、どうしてこのことを今まで思い出さなかったのでしょう。不思議です」

(つづく)

61. 逆恨み3

もう一本ナイフを出した男に向かって、

百合を心配そうにじっと見ていたミーアが飛び掛かった。

「うわあ、なんだ?この汚いノラ猫が」

『ガリッ』

ミーアが男の顔に爪を立てた。

「てめえ、いてえな」

男の大きな手に掴まれた小さな身体は壁に思い切り打ちつけられた。

『ドン、ベチャ、ミギャー』

 

「ミーア」

百合が大声で叫んでもミーアは起きてこない。

「このクソ猫が爪を立てやがって、ほーらよ」

思い切りミーアを蹴り上げる男。

ボールのように壁に叩きつけられるミーアの小さな身体。

「おいおい、俺を助けてくれよ」

「これはやばいな。今回、俺は抜けさせてもらうぜ。じゃあな」

後から来た男が部屋から逃げて行ったため

急いで百合の縄を解いて隣の部屋へ避難させた。

 

翔は部屋の前に立ち、男達から百合を守っている。

悶絶している男がいつ目を覚ますかわからないし、

ボールペンを付きたてた男はまだ拳銃を取ろうと視線が向いている。

男はボールペンを抜いて腕を自由にすると

痛みと怒りに奮えながらもう一本ナイフを出そうとしている。

翔はすっと移動するとその手へ蹴りを入れた。

「うっ、痛ってえ」

男の胸にナイフが突き立っていた。

 

翔の意識が悶絶している男から逸れた一瞬

「くそー、こうなれば女を道連れにしてやる」

気絶したふりをしていた悶絶した男は、

その瞬間に百合のいる部屋に入った。

翔は一瞬、腕に突き立てているナイフをその男の太ももへ投げつけた。

ナイフは見事に太腿に深々と突き立った。

「ぎゃあ、痛ってえ」

男はその場に倒れるがとジリジリと百合へ向かって行く。

「くそ、くそ、絶対に許さねえ」

男の手が百合を襲おうとしたその時、

百合がその勢いを利用してその男を翔の方へ投げ飛ばした。

 

男はなぜ投げられたか理解できないように驚いた顔をしてよろよろ立ち上がった。

当然、翔は正面に立つと顎への上段蹴りを入れた。

吹っ飛び崩れ落ちた男を近くにあったコードで縛った。

次に

胸にナイフを突き立った痛みで転がって暴れている男に近寄ると

側頭部へ蹴りを入れて昏睡させた。

そして警部へ連絡して逃げた男の情報を伝え、男達を逮捕してもらった。

百合は急いで、倒れているミーアを抱きしめている。

警察の現場検証の結果、

隣の部屋から笑気ガスのホースが天井板を少しずらした穴につながれていた。

百合の両親が警備の厳重なマンションを借りている意味を知った。

こんな部屋にもう二度と百合を来させてはいけないと感じた翔だった。

(つづく)

60. 逆恨み2

『ベリッ』

口に貼られたガムテープを乱暴に剥がされた。

「お前は」

「あの時は世話になったな。

 警察なんて泣いて反省したふりをすればちょろいもんだぜ。

 俺たちは将来、医者になる人間だぜ。信用されて当たり前なんだよ。

 『もう彼女には近づくなよ。お前にもいい人が必ず現れるから』とか馬鹿だぜ。

 医学部に入っているくらいのこの頭には警察官なぞ、馬鹿にしか思えないさ」

「それで・・・」

「何も女を傷つけた訳でもないので楽勝さ。初犯は軽いからなあ。

 貴様、俺様に大変な苦痛を味合わせてくれたな。

 俺様は将来医者になってお前達貧乏人を救ってあげる偉い人間なんだぞ。

 お前達みたいな庶民は俺様達の言う事をきいておけばいいんだ」

「お前には、この前言ったはずだぞ、今度見かけたら殺すと」

「ははは、おい、こいつ馬鹿なのか?まだ状況を理解できていないみたいだな」

「本当だ。お前さあ、こんなに芋虫みたいになって何ができるの?」

「おい、まずは聞いておきたい。彼女には何もしていないな?」

「ああ、今はね。綺麗なお顔で、どんな顔でお相手してくれるのか、楽しみだ」

「お前達、二人だけなのか?」

「いや、もう一人呼んでいる。もうじきくるだろうな」

「おい、お前達、そんな犯罪は辞めた方がいい。

このまま帰れば今日は無い事にしてやるから」

「ははは、お前、今さっきから何言ってるのさ。少しわからせた方がいいな」

 

二人は、翔を囲んで殴る蹴るを繰り返す。

その時、その物音に百合が意識を取り戻した。

可愛い丸い眼が大きく見開かれて、痛めつけられている翔を見つけた。

アザだらけになった翔の顔をじっと辛そうに見つめている。

翔が目を瞑っているように目配せした。

百合は再び意識を無くしたふりをして目を瞑っている。

 

呼び寄せた一人がドアをノックした。

二人の意識が翔から一瞬離れた。

その瞬間、翔は肩の関節を外して手錠を前に回すと関節を入れなおし、

百合の方へ転がって行った。

次に手首の関節を外して手錠を外し、両手を自由にさせた。

片方の足首の関節も外し脚の手錠も外した。

二人は驚いて翔を殴ろうと向かってきたが

ブラジルの格闘技「カポエラ」の要領で二人を蹴り上げた。

一人は急所に決まり悶絶した。

 

「ふふふ、そんなこともあろうかとこれを用意していたのさ」

男は改造拳銃を懐から出した。

翔はニヤリと笑って

「おい、そのままでは弾は出ないぜ」

男は驚いたように拳銃を見た。

翔から視線が離れたその瞬間、翔は胸ポケットに差していたボールペンを投げつけた。

男の拳銃を持つ手の平に深く突き立った。

拳銃が床に転がった。

安全装置がかかっているため暴発しなかったが、翔は肝を冷やした。

拳銃は百合の目の前まで転がっていった。

男が拳銃を拾おうと跳びついた。

翔はすばやく動き、

その男の手に突き刺さったままになっているボールペンを

再び深く突き刺して畳へ縫い付け、

拳銃を部屋の隅に蹴り転がした。

「ぎゃあ、イテー」

その瞬間、新たに来た男はナイフを投げてきた。

百合が後ろにいるので避けることはできず腕をクロスして受けた。

翔は前腕にナイフを突き立てたまま百合を守った。

(つづく)

20.お食い初め

もうそろそろ雄樹と夏姫の100日のお食い初めが近づいてきている。

歯固めの儀式用に北海道神宮内で

誰も踏んでいないと思われる場所の白い小石を6個拾い綺麗に洗い乾燥させた。

スーパーマーケットで真鯛2匹を買い、お食い初めの準備をした。

静香が真鯛の塩焼き、お味噌汁、高野豆腐や大根の煮物、ダシ巻卵や赤飯を作り

塗り物の膳2つへ盛り付けていく。

ちょうど顔を出した美波へビデオ係をお願いし、雄樹と夏姫を抱っこして

『子供が将来、食に困らないように。また、健やかに育ちますように』と祈り、

慎一は二人へ交代で祝箸を使ってお食い初めの儀式を始めた。

静香が二人の近くで姿勢が崩れないように支えている。

二人とも興味津々で箸や食べ物をじっと見て口許に来ると舐めている。

初めての味のはずなのに変な顔もせずに舐めていく。

『どうやらお父さんに似て食べ物が大好きかも』と美波が笑っている。

膳の赤飯1粒を二人の口に入れて、最後の『歯固めの儀式』で終わった。

 

まだ生まれてほんの3ヶ月なのにこんなに多くの儀式があることに驚いた。

自分が父親になって初めてわかったことだった。

子供たちの一日一日大きくなる姿を見ていると本当に愛おしく思えるのだった。

夫婦とはこういう歴史を積み重ねていき、年をとっていくのだと感じたが、

新人パパの慎一にはまだまだその実感はなかった。

 

やがて12月に入り美波が冬休みとなり、

高校受験を目前に迎えた中学生の家庭教師に力が入り始め、

家へ帰る回数が減ってきている。

北海道神宮に参拝した時も、

合格祈願として絵馬奉納とお守りを買って、

家庭教師の女の子へ贈っている。

 

根雪となる雪が積もり始める頃には

早いものでもう子供たちの首が座りはじめている。

そっと座らせるとしばらくじっとしているし、

うつぶせにしても顔を上げたままにでき始めている。

ある時、雄樹が寝返りを打ちそうになっている。

慎一が『がんばれ、がんばれ』と励ましていると

夏姫も同じようにし始め、二人殆ど同時に寝返りをうった。

当然二人とも元には戻れず顔を布団に置いて泣き始める。

二人を一緒に抱き上げてあやしていると二人の機嫌が直る。

 

『二人とも大きくなってきているので母乳だけでは足りなくなってきているの』

と静香が喜んでいる。

最近は昼夜逆転していないので静香も少しは楽になったようで顔色もいい。

お腹を空く時間も時間差でやってくるのでまだましだった。

最近は紙おむつがあるので便利だが、

自分の時代が布おむつだったことを考えると

母親や父親に対して感謝する気持ちが芽生えてくる。

子育ては決して一人ではできないほど大変なことだった。

それを静香はずっとやってきたことを考えると頭が下がる思いだった。

(つづく)

59. 逆恨み1

ネコの捜索事件を解決した翔は、ふとミーアとの別れを思い出した。

胸の奥からフツフツとした怒りが湧き出してくる。

そして深い悲しみに包まれる。

 

もう暦では春とはいいながら肌に当たる風はまだ冷たい。

翔の卒業式を間近に控えた土曜日の午後、

二人とミーアは部屋でゆっくりとテレビをかけ流し、

百合が翔の背中へもたれながら、お互い好きな本を読んでくつろいでいた。

 

突然、視界がボーっとなり始めた。

何気に百合を見ると眠そうな目つきになっている。

やがて少し頭がふらつき始めた。

翔の脳裏に警戒警報が鳴り始めた。

すぐに呼吸を止めたが、少量の何かが身体に入ったことを感じた。

テレビの音が遠くなり、意識が無くなりそうになる。

痛点を刺激したが遅かった。

百合も翔の方へ倒れこんできた。

翔の意識が闇の世界に覆われた。

 

『ガツッ!』

脇腹への強烈な痛みで目を覚ました。

すでに全身に痛みが広がっている。

相当に暴力を振るわれたようだったが、時計を見ると時間がそれほど経っていなかった。

瞼を開けると部屋の隅で後ろ手に拘束された百合が眠っている。

服の乱れもなく翔は安心した。

翔の両手は後ろ手に手錠を掛けられ両足も手錠で繋がれている。

 

果たして

過去に見た顔が翔へ向けられた。

以前、百合にイタズラしようとして翔にこっぴどく痛めつけられた男だった。

翌日に隣の部屋から引っ越して最近は見ていなかったので安心していた。

その男の隣には、最近隣の部屋へ越してきた男の顔があった。

二人とも知り合いらしく、ニタニタと笑っている。

 

「さすがに笑気ガスは良く効くな。大学からかすめてきて正解だった。

 こいつはすごく強いから注意しないといけないと考えて用意したんだ」

「そうなの?まあ確かにいい身体はしているが・・・」

「こいつに痛めつけられた肋骨は今も痛みがあるんだ。

 寒くなるとズキズキと・・・」

「ひでえことされたものだねえ」

「そうなんだ。こいつ俺様に逆らうんだ。

 こんな可愛い彼女も持ちやがって」

「そうだねえ。この前の女みたいに皆で回すか?」

「それもいいねえ。

 こんな奴に惚れてる女なんてろくでもない女だからそれがお似合いさ」

「俺、結構、こんなお嬢様っぽい女が好きだな。

 どんな風に泣くんだろう。

 いや、以外と好き者で腰くらい振り始めるかもね」

「そうだな。今までの女は、最初は嫌がりながらも

 最後は腰を振り始めるんだからなあ。

 女なんて信用できないぜ。ふふふ。この女はどんな腰かな?」

「そうそう、どんな風に腰を振って喜ぶのか彼氏に聞いておこうか」

(つづく)

19.シシャモ祭りとラムジンギスカン

翌週、鵡川町で『シシャモ祭り』が開始されているため、

ドライブがてら鵡川港へ向かった。

鵡川町に入ると道中に多くのシシャモ販売店が並んでいるのでそこで買ってもいいが、

「『鵡川のシシャモ』は鵡川港で上がったものが本物」と同僚に言われたからだ。

鵡川港には、水産の店は1軒だけで船がたくさん停泊している。

もう肌寒いので母親と子供たちは車に残して慎一だけで買い物をした。

オス20匹3セット、メス20匹3セットを買って、1セットずつを

日下実家と仙台後藤家へ宅急便で送る手配をした。

残りの1セットずつは今週も美波が来るので一緒に食べることとした。

 

街の幹線道路には『シシャモ祭り』の幟がはためいている。

鵡川町内に設営されたシシャモ祭りの会場は観光客でごった返しており

多くのテーブルにはアルミホイルの置かれたホットプレートが設置され

今年上がったシシャモが焼かれており、

匂いだけでシシャモを腹一杯食べた気になってしまうくらい煙が上がっている。

 

鵡川のシシャモ祭りの帰り道に千歳市を通る国道36号線から右折して

苫小牧市にある『ノーザンホースパーク』へ立ち寄った。

広大な敷地のなかに多くの馬(約80頭)が生活していて、

かわいいポニーたちのショーや乗馬体験、

大自然のなかでの多彩なアトラクションを揃えている「馬のテーマパーク」だった。

駐車場で子供たちに母乳を飲ませながら、

子供たちが大きくなったら大喜びしそうだと夫婦で笑いあった。

 

その夜は美波が芳賀さんという友達を連れてお泊りにきた。

彼女達も鵡川町のシシャモは初めてらしく目を輝かせて食べている。

今まで食べていたシシャモは『カラフトシシャモ(キャペリン)』という魚で

鵡川町のものとは学術的、生態的に全く異なっていた。

店の人にはホットプレートにアルミホイルをひいてその上で焼くように言われたが

静香が持っていた七輪で焼くと魚から脂が真っ赤に熾る炭へと落ちて煙となる。

その煙がシシャモそのものに炭の香りをつけて生臭さを消していく。

オスは、大きさも厚さもメザシ並みで

頭から齧ると脂が乗っており、深い旨味が口中に広がる。

メスは、オスの半分くらいのサイズでお腹はキャペリンほど大きくない、

齧るとお腹の中にある卵が身と共に口中へほどけ出る。

その食感は大味なキャペリンとは異なり、

細かい卵は舌で潰れるくらい柔らかく、ほんのり優しい甘さが広がる。

『やはり本場物を一度は食べないとわからないもの』と皆納得した。

 

焼物の続きとして『ジンギスカン』にも挑戦した。

タレは市販だが、肉は『ラム肉』を用意した。

生後1年以上経つ羊の肉は昔から家庭で良く食べられており『マトン』と呼ばれる。

『ラム肉』とは、本来生後一年以内の子羊の肉を指すが、

羊肉の脂は人の体温では吸収されないため、

低脂肪高タンパク質で最近女性に人気の肉だった。

この肉はそのラムの中でも特に母乳しか飲んでいない仔羊のもので

柔らかくジューシーで特有の臭みが殆どなかった。

羊特有の匂いと言われているものは、元々草食動物特有で葉緑素由来のものらしい。

ただその成分の殆どが体脂肪に含まれている。

昨今の牛はダイズ、トウモロコシなどの穀物や干し草などを食べさせているので

牛肉にそのような匂いはしないだけで本来は同様の匂いがあるはずであった。

肉に含まれる脂分が鉄板部分から落ちるタイプのホットプレートで

ラム焼き肉パーティを開いた。

芳賀さんというお客さんを迎えて嬉しいのか雄樹と夏姫の始終機嫌が良かった。

(つづく)

58.新宿探偵事務所スタート4「偶然の大手柄」

【依頼内容】

依頼人氏名:篠原 由梨絵様。

依頼人状況:主婦

種類:ペット探し 猫

   (名前)ベン(種類)ベンガル(色)シルバー&スモーク・タビー

経過:昨日昼から戻ってこない。近くの公園を探したが見つからない。

   心配なので何とか早く見つけて欲しい。

金額:日当10,000円、救出料金50,000円

 

クライアントの邸宅は、市ヶ谷で納戸公園の近くだった。

翔は、クライアントの邸宅付近をネット検索し公園を中心に探すこととした。

いざ現場に行って周辺を見て回ったが皆目検討が付かなかった。

好奇心の旺盛なネコのようなので、事故にでも遭っていないかと注意しながら歩いた。

自宅から納戸公園の間をくまなく探すも一切手掛かりが無い。

道行く子供や大人一人一人に写真を見せて探した。

唯一の情報は、愛猫家からのもので、

やはり納戸公園内でよく似た柄のネコが歩いていたというものだった。

この付近には、なかなかいないネコちゃんだったので覚えていたらしい。

 

翔は最初の勘が外れていないことに自信を持ちながら公園に集中して捜索した。

ふとこの公園には昼間にもかかわらず中国人らしき人達が多いことに気がついた。

近くに中華料理屋も多いので何もおかしくないが、

その割には人数が多いし、ほとんど働いていない様子だった。

翔の勘が何かを囁いている。

とりあえず簡単な変装をして、彼らを見張る事とした。

彼らに不審に思われれば、ネコを探しているという理由付けが活きてくる。

夕方に彼らを尾行していくと小さな汚いビルへ入っていく。

 

「市ヶ谷Cビル」と看板が付いている。

少し離れてビル全体を観察すると屋上にやたらとアンテナの多いことに気がついた。

偶然ホームレスを見かけて、ネコの写真を見せると記憶にあるそうで、      

このビルに入って行ったらしい。

結構高そうなネコだったから捕まえて売ろうと思っていたようだ。

 

翔は、ビル1階の管理人室へ行き、ネコの写真を見せてみると

管理人は一瞬、口ごもり目が泳いでいる。

「いや、見たことがない。知らないよ」

「そうですか、残念です。このネコを見つけたら10万円貰えるんですけどねえ」

「10万円?そりゃあすごいなあ、あのネコ、いやすごいネコだなあ。

 まあ見つけたら連絡してあげるから俺にも少し分けてよ」

「もちろんそれはいいですよ。お願いしますね」

翔はそっと管理人の机の裏へ小さなマイクを貼り付けて退室した。

 

近くのカフェでゆっくりと盗聴に入った。

しばらくすると管理人に中国訛りの日本語が聞こえてくる。

「さきの日本人はなにようあるか?」

「迷いネコを探しているそうです」

「ネコ?どんなネコある?」

ベンガルという珍しいネコなようです」

「もしかして昨日捕まえたあのネコか?」

「今、どうされています?」

「捕まえて檻に入れている。あんなことしたたから折檻ね」

「あの高いアンテナの上に乗って折ったのだから仕方ないか。でもなあ」

「あのアンテナはすごく重要なアンテナ、ぽうえいしょのてんぱせんぷ傍受てきるね」

「ネコだから知らないでしょう。もう離してあげません?可哀想で」

「タメタメ、新しいアンテナ来たら、おかずにして食うあるね、

 ネコはぷた肉みたいで美味しいあるよ」

「ネコを食べるのですか?わかりました。でしたら私が肉にしてあげましょう」

「あなた日本人なのにネコ化けるの怖くないあるか?」

「いや、僕は犬が好きですから関係ありません」

「じゃあ、ばらして肉だけにしておきますから安心してください」

「お前、確か元肉屋たったね、任せたある。3階の部屋の檻に入れてるよ」

 

翔は場所がわかったので、夕方まで待ってビル裏の階段から3階へ昇った。

そっとノブを回すと幸運にも鍵がかかっていなかった。

そっと耳をすませば、微かに『ニャーニャー』と泣き声が聞こえる。

その部屋の電気は消えているので誰もいないと思い、そっと入ると男が一人寝ていた。

「お前、たれ、とろぼうか?」

翔は、すっと近寄ると水月に当身を喰らわせて失神させた。

檻に入った『ベン』を胸に抱いて、すぐさま部屋から出た。

廊下に二人の部下がいて翔へ殴りかかってくる。

翔は『ベン』を抱っこしながら、

二人の攻撃を避けて後頭部への一撃で眠らせた。

 

無事、『ベン』を保護して、都倉警部へ急いで連絡し、盗聴内容について知らせた。

警部は防衛省のメンバーとも打ち合わせ現場へ急行し一味を捕らえた。

本国からの指示で防衛省の情報聴取を目的としてこのビルを買っていたらしい。

目の前に駐屯所もあるのにも関わらず「スパイ天国の日本」の縮図を翔は知った。

クライアントにベンを渡しこの依頼は終了した。

後日、都倉警部から管理人室机の裏の盗聴装置を返してもらった翔だった。

これらの依頼をこなしていきながら翔の探偵事務所は、

警察にも協力し新宿で少しずつ名前が売れていくようになった。

(つづく)

18.銀杏の下で

冬が近づいてくると米子と違い、一気に札幌の街が染まり始める。

ニュースで北海道大学内の銀杏通りが紹介されている。

慎一は、家族で出かけた。

北海道大学』は、1876年本学の前身となる札幌農学校から開校され、

面積は1,776,24 9㎡(東京ドームで約38個分)と紹介されている。

大学病院の駐車場へ車を停めて、

双子用のベビーカーを出して家族で銀杏通りに向かった。

多くの市民が紅葉狩りに来ている。

みなが空や地面を見て笑顔で秋を満喫している。

 

雄樹と夏姫も陽に当たると金色に輝く銀杏が珍しいのかじっと見つめている。

慎一も静香もこんなに見事な銀杏通りを見るのは生まれて初めてだった。

大通公園も、赤系統の紅葉と黄色の銀杏のコントラストが美しかったが、

北海道大学の太陽光に照らされ金色に輝く銀杏が長い通り一面を染めており、

地面に落ちた葉も含めて上下の見える空間すべてが金色に染まっている。

秋は寂しさを感じるものと思っていたが、

それとは異なり目に迫ってくるほどの迫力があった。

そして、大学からの帰りに偶然もう一つの紅葉ポイントを見つけた。

北海道庁東門から駅前通りに向かう通りの銀杏の美しさも秀逸だった。

特に銀杏の間から見える歴史を感じさせる赤レンガの道庁が綺麗だった。

ここの通りは将来には「赤レンガ通り」として開発されるという噂もでている。

 

道庁の敷地内では、定期的に道内の多くの市町村からの名産品の店が集まり

名産品市(いち)が開かれている。

近くのパーキングに停めてベビーカーを押しながら4人で歩いた。

この市では北海道中から旬の物産が集まり、町の名前を掲げて販売している。

海の物は、花咲ガニ、イカの一夜干し、キンキ、北海シマエビなどが、

地の物は、ブドウ、リンゴ、サクランボ、カボチャ、ジャガイモなどが、

新米として『ななつぼし』『おぼろづき』『ゆめぴりか』『ふっくりんこ』が、

加工品としては、自家製ソーセージ、燻製製品など

その他、スイーツとしてはシュークリームやプリンなどが販売されている。

夜には美波も来るのでそれらを買い込んだ。

 

初めて食べた『花咲ガニ』

歯ごたえとして感じる肉質はみっしりと筋肉質でこれは蟹で一番だった。

味は脚やハサミだけでなく甲羅の中にある棘の身まで蟹として味が濃く

『これぞ蟹』というくらい本当に美味かった。

今までズワイガニやタラバガニを食べたが

それらとは異なる蟹であることがよくわかった。

しかし、慎一や静香にはじわっと味が沁みてくる松葉ガニも好きと感じた。

 

『北海シマエビ』は、道東地方の別海町野付湾で生息しており、北海道でもきれいな海にしか生息しないといわれる希少なエビで、茹で上がった綺麗な赤い色のため「海のルビー」とも呼ばれている。

北海シマエビ漁は、野付湾の風物詩となっている打瀬舟で行われているらしい。

この打瀬舟漁が、水深の浅い野付湾をシマエビの住処であるアマモを傷つけないようにエンジンを使わず帆を立てて風力で進むという明治時代から続く伝統漁法で、三角帆に風を受けて、ゆらりゆらりと漂うように漁を行う打瀬舟の情景は尾岱沼の風物詩になっており、北海道遺産に選ばれている。

漁期は、例年夏は6月中旬から、秋は10月中旬からのそれぞれ約2週間。 茹でたシマエビはもちろんのこと、年に2回の漁期の間だけ地元で食べられる踊り食いや刺身も人気とネットでは説明されている。

塩ゆでされたシマエビは身がキュッとしまってプリプリで、味も濃厚で絶品だった。

 

焼きあがったばかりの『キンキの一夜干し』は、

立ち上る海の香りと口中で広がる深海の旨みが日本酒を更に誘った。

最後に今回試しに買った『おぼろづき(新米)』のオムスビは、

十分に炊かれ蒸らされた米の表面はキラキラ光っている。

ほろりと口中でほどけ、独特の香りが鼻腔を通り、噛めば噛むほど甘みが増した。

以前北海道は寒冷地のため、米作には不向きと言われていたが、

品種改良のおかげもあって、非常に食感の良いお米が出来始めている。

(つづく)

57.新宿探偵事務所スタート3「情報網構築」

ある時、事務所近くの公園で高校生達に殴られているホームレスを見つけた。

高校生たちはにやにや笑いながら浮浪者を蹴りつけたり殴ったりしている。

翔は腹立たしくなり変装して急いで現場に急行した。

学生達は飛んで火にいる夏の虫と翔へ殴りつけてくるが

もちろん翔の身体には一切ふれることもできない。

そのうち疲れて全員座り込んでしまった。

「おい、もうこんなことは止めろよ、根性が腐るぞ」

彼らは恥ずかしいのかすごすごと逃げていった。

殴られていたホームレスを住むところまで連れて行こうとすると

彼の仲間が集まってきて、お礼の酒盛りが始まった。

彼らは自分達と一緒に飲み食いする翔を一目で気にいったようだった。

 

その経験から時間を見ては、翔独自の情報網を築くために、

変装してホームレスのナリをして毎日のように彼らと一緒に暮らした。

事務所に大した仕事はないので時間はいくらでもあった。

彼らはスマホも持っており、情報も早かった。

住んでいる場所には冷蔵庫などの家電やテレビのあるホームレスもいる。

毎日の仕事を手伝いながら彼らと仲良くなっていった。

 

彼らの情報網は結構広く、顔見知りが多いようで

ボス的な存在のホームレスは他のエリアのボスと連絡を取り合っている事がわかった。

社会的弱者と呼ばれる彼らだが、実態は決してそうではなく、

確かに体力はないが、向学心も高く博識でグルメであった。

翔はいつも何がしかのお酒やツマミを持って彼らの中に入って行った。

だんだんと打ち解けていき徐々に彼らの力を知り信頼される存在となっていった。

事務所近くのエリアのボスは、元が公務員だったようで翔は一番の仲良しになった。
(つづく)

56.新宿探偵事務所スタート2「初依頼」

『ピンポーン』と事務所のインターフォンが鳴った。

二人は飛び上がって一瞬固まった。

やがて気を取り直して、百合がドアへ向かう。

なんと桐生本家の華絵婆さんが顔を出した。

「おや?もう仕事を始めたのかね?」

「もう婆ちゃん、急に顔を出したから驚いたよ」

「お前の開業日に顔を出さないはずは無いだろうに」

「そんなことないよ。別にまだ開業してなかったつもりだったから」

「これは爺様からの餞別だって、当座の資金として大切に使いなさい」

「こんなに?ありがとう、遠慮なく貰うね。大切に使うよ」

「今日は一部だから、後はお前の口座に振り込んでおくからね」

「うん、いいの?」

「今日はお前の社会人のお祝いだから。

 でもこの資金だけです。 後はお前が何とかしなさい」

「はい、わかりました」

「じゃあ、私はもう帰るから」

「お婆様、早いのですね」

「百合さん、今日は少し立て込んでいましてね、また桐生へ翔と遊びに来なさい」

「はい、ありがとうございます。また教えてくださいね」

「私でよろしければいいですよ。でも百合さんは最初からお上手でしたよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。お婆様もお気をつけて」

「はい、翔、またね。今度はゆっくりと出来る時にくるから」

「ああ、わかった。婆ちゃん気をつけてね。爺様にもお礼を言っておいて下さい」

「ああ、仕事が落ち着いたら顔を出して、お前が直接言った方がいいと思うよ」

「そうだね、わかった、そうするよ。下まで送るよ」

「別にいいのに、じゃあお願いね」

翔はビルの外まで荷物を持って着いていき深々と礼をして婆さんを見送った。

百合が頼もしそうに翔を見つめている。

 

来客も一段落したのでゆっくりとしていると早速クライアントが来た。

ミンクの毛皮のコートを着た女性だった。

【依頼内容】

依頼人氏名:田中 怜子様。

依頼人状況:主婦

種類:屋敷内芝生の雑草刈り、害虫駆除。

経過:出入りの植木屋が体調不良で休職し芝生の雑草が目立ち始めた。

   明日、来客者があるので至急刈取りをして頂きたい。

   機械は家にあるので手ぶらできてくれればいい。

金額:作業料時給5000円、出張費5000円

 

翔は、急いでクライアントの屋敷までバイクで移動した。

都内にありながら信じられないくらい広い屋敷で長い塀がずっと続いている。

この屋敷の芝生面積は思ったより広く、

屋敷周辺のクモの巣などの駆除を行ったので終わったのは3時間後だった。

そして夕方になったため、

『ついでに大きな犬の散歩もお願い』と言われて出発。

犬はドーベルマンが2頭、ユキオとクルオだった。

ただ2頭共に運動不足なので、近くの公園で翔が目一杯走って散歩させた。

2頭とも最初は運動不足でハアハア言っていたが、

やがて走り慣れてくると翔よりも早くなった。

2頭とも久しぶりの本格的な散歩で大はしゃぎの様子で

散歩が終わって帰ろうとすると寂しがって翔のそばから離れなかった。

 

クライアントから

「とても丁寧な仕事で感心しました。今後もお願いしたいと考えています。

これからあなたの都合の良い時でいいから、週1回でいいからお願いしたい」

と継続的な契約を依頼された。

雑草刈り、クモの巣取り、2頭の散歩で月8万円と言われて喜んで契約した。

その後、独立して寄り付かない子供の代わりにずっとクライアントの話し相手となり

信頼関係を築いていき、1年後に契約金は月10万円へ変わった。

そして、このクライアントの知り合いにも紹介されて順調に依頼が増えて行った。

(つづく)