『ピンポーン』と事務所のインターフォンが鳴った。
二人は飛び上がって一瞬固まった。
やがて気を取り直して、百合がドアへ向かう。
なんと桐生本家の華絵婆さんが顔を出した。
「おや?もう仕事を始めたのかね?」
「もう婆ちゃん、急に顔を出したから驚いたよ」
「お前の開業日に顔を出さないはずは無いだろうに」
「そんなことないよ。別にまだ開業してなかったつもりだったから」
「これは爺様からの餞別だって、当座の資金として大切に使いなさい」
「こんなに?ありがとう、遠慮なく貰うね。大切に使うよ」
「今日は一部だから、後はお前の口座に振り込んでおくからね」
「うん、いいの?」
「今日はお前の社会人のお祝いだから。
でもこの資金だけです。 後はお前が何とかしなさい」
「はい、わかりました」
「じゃあ、私はもう帰るから」
「お婆様、早いのですね」
「百合さん、今日は少し立て込んでいましてね、また桐生へ翔と遊びに来なさい」
「はい、ありがとうございます。また教えてくださいね」
「私でよろしければいいですよ。でも百合さんは最初からお上手でしたよ」
「そう言っていただけると嬉しいです。お婆様もお気をつけて」
「はい、翔、またね。今度はゆっくりと出来る時にくるから」
「ああ、わかった。婆ちゃん気をつけてね。爺様にもお礼を言っておいて下さい」
「ああ、仕事が落ち着いたら顔を出して、お前が直接言った方がいいと思うよ」
「そうだね、わかった、そうするよ。下まで送るよ」
「別にいいのに、じゃあお願いね」
翔はビルの外まで荷物を持って着いていき深々と礼をして婆さんを見送った。
百合が頼もしそうに翔を見つめている。
来客も一段落したのでゆっくりとしていると早速クライアントが来た。
ミンクの毛皮のコートを着た女性だった。
【依頼内容】
依頼人氏名:田中 怜子様。
依頼人状況:主婦
種類:屋敷内芝生の雑草刈り、害虫駆除。
経過:出入りの植木屋が体調不良で休職し芝生の雑草が目立ち始めた。
明日、来客者があるので至急刈取りをして頂きたい。
機械は家にあるので手ぶらできてくれればいい。
金額:作業料時給5000円、出張費5000円
翔は、急いでクライアントの屋敷までバイクで移動した。
都内にありながら信じられないくらい広い屋敷で長い塀がずっと続いている。
この屋敷の芝生面積は思ったより広く、
屋敷周辺のクモの巣などの駆除を行ったので終わったのは3時間後だった。
そして夕方になったため、
『ついでに大きな犬の散歩もお願い』と言われて出発。
犬はドーベルマンが2頭、ユキオとクルオだった。
ただ2頭共に運動不足なので、近くの公園で翔が目一杯走って散歩させた。
2頭とも最初は運動不足でハアハア言っていたが、
やがて走り慣れてくると翔よりも早くなった。
2頭とも久しぶりの本格的な散歩で大はしゃぎの様子で
散歩が終わって帰ろうとすると寂しがって翔のそばから離れなかった。
クライアントから
「とても丁寧な仕事で感心しました。今後もお願いしたいと考えています。
これからあなたの都合の良い時でいいから、週1回でいいからお願いしたい」
と継続的な契約を依頼された。
雑草刈り、クモの巣取り、2頭の散歩で月8万円と言われて喜んで契約した。
その後、独立して寄り付かない子供の代わりにずっとクライアントの話し相手となり
信頼関係を築いていき、1年後に契約金は月10万円へ変わった。
そして、このクライアントの知り合いにも紹介されて順調に依頼が増えて行った。
(つづく)