翔は洋館の一角にある道場へ連れて行かれた。
壁を挟んで隣は女道場となっており、百合とお婆さんが入るようだ。
女道場からは百合の気合いか声らしきものが漏れてくる。
『これはきっとあんなことをしたから二人ともお仕置きされるんだ』と翔は覚悟した。
「翔君、どうした?
君の格闘術の腕前を見ておきたい。早く身体をほぐしなさい」
「???」
「君と百合の付き合いを許すか許さないかは、君の腕前を見てからと考えている」
「は、はい、でもだいぶ高齢ですし大丈夫ですか?」
「ははは、心配するな。わしの身体に触れることができれば相当の腕前ということだ」
「??? 触れる事?」
「そうだ、はっきり言って、君より私は強いということだ。全力出して結構だよ」
翔は半信半疑ながら柔軟体操を始め身体を暖めた。
本来桐生派の格闘術は柔軟体操を必要としないのですぐにでも可能だが、
怪我をさせてはいけないと思い悩みながら時間を稼いだが、
もう爺さんが正座して待っているのでこれ以上の時間稼ぎは出来なかった。
執事の藤原さんがじっと待っている。
戸惑いながら試合が始まった。
翔は先ずは軽くジャブから入ったが、早いはずの拳が全て当たらない。
次は蹴りも使い、先ずはローキックから入った。
「いつまで遊んでおるのか?ほれ」
ローキックが届くより先に
流れるような動きで懐へ入ってきて
腹部水月へ軽く掌底が入れられた。
『ズーン』と身体の芯へ響く打撃で脚が止まった。
「これは!!!・・・???」
「驚いたか?陳家太極拳じゃ、翔君は知っておるか?」
「は、はい、名前だけは」
陳家太極拳は中国河南省温県陳家溝在住の陳氏一族を中心に伝承されている中国武術で、現在分派した全ての太極拳の源流である。その武術の理想は剛柔相済、快慢兼備な動きであり、太極拳に特徴的な柔軟さや緩やかな動作だけではなく、跳躍動作や激しく剛猛な動作をも含んでいる。発勁は太極拳の得意とする暗勁だけではなく、明勁や纏絲勁によって全身の勁力を統一することが他派の太極拳に比べて異なる点だった。
「どうした、この前、プロレスラー崩れに勝ったのはまぐれか?」
「いえ、そんなことは」
「どうしても年寄りと思って気になるのなら、先ずはわしから行こう」
爺さんはそう言うやいなや、
こちらの呼吸を読んでいるかのように
早くも遅くもない速度ですっと近寄ってきた。
翔は何の準備も出来ないまま、目の前に爺さんの顔が寄せられ避けようとした。
今度は足元で『ドーン』と大きな音が鳴った瞬間、全身を壁板へ吹き飛ばされた。
翔は桐生本家の爺さんの顔を浮かべた。
『この爺さんは桐生の爺さんと変わらないくらい危険な生物である』と認識した。
翔は一瞬にうちに桐生流呼吸法で戦闘態勢を整え構えた。
(つづく)