はっちゃんZのブログ小説

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49.翔、久々に実家へ帰る 2

「それならば良い。今日お前を呼んだのは他でもない。将来の事じゃ。

 お前はどのような職業に就くつもりだ?あと1年で社会人になるが」

「それを今、考えています。会社に入るのも性に合わないし、

 仮に入っても役には立たないと思うし、

 都倉警部から警察はどうだと言われていますが、

 警部には申し訳ないのですが警察に魅力は感じないのです」

「お前は正義感の強過ぎるところがあるのでそうかもしれんなあ。

 かといって頭領には早すぎて話にならないし」

「話にならない?そうなのですか?」

「お前は今まで何を感じていたかは知らないが、

 今のお前では一族を守れないし

 それ以上に一族の者から頭領として受け入れて貰えないぞ」

「やはりそうなのですね。薄々わかってはいましたが・・・

 お父様が生きていればお父様がなっていたのですよね?」

「いや、たらればを言うつもりはないが、

 仮に生きていても鬼派にはなれなかったと思う。

 格闘技術は同じ年齢を考えるとお前の方が明らかに上だ」

「血筋でもないし、技術だけでもない・・・頭領とは難しいものなのですね」

「当然じゃ、わしもまだまだ先代にはかなわない。人間一生修行じゃ。

 もちろん我ら一族も過去においては、

 血筋だけ技術だけで頭領になったこともあったが、

 その時は必ず一族の運命が暗転しておる」

「それほどの重責を爺様は負うているように見えませんでした」

「それが頭領じゃ。ただし頭領には正義が絶対に必要な条件じゃ」

「爺様ってやはりすごかったのですね・・・私では駄目かもしれません」

「駄目だからと言って修行を止めるお前ではなかろう?」

「ええ、修行は一生続けます」

「ならそれでいい。

 頭領なぞならずとも一族に世の中に必要な人間になればいい。

 お前はお前の正義を貫けばいい」

「はい、今、気づきました。世の中の困った人を助ける仕事を考えます」

「それでいい、目一杯考えて見なさい。必ず道は見つかる」

 

「それはそうと館林百合さんだったか?お前好きなのか?」

「は?は・・・はい。とても好きです」

「お前も次期頭領候補の身、無責任なことはしていないな?」

「はい、それは気をつけています」

「ならばいい。でもキスくらいはしたのか?」

「えー?なんで・・・いや、そんなことはありません」

「隠さなくていい、いまどきキスくらいは何も大したことはない。

 婆さんからの話ではとても可愛いお嬢さんだそうだな」

「は、はい。笑顔を見ているだけで満足と言おうか・・・」

「今まで女には一切興味を示さなかったお前が

 好きになったお嬢さんなら大切にしろ」

「いいですか?このまま好きになっても」

「ただし、百合さんを泣かすことはまかりならん。

 どんな事があっても、たとえお前が死ぬようなことがあっても守れよ」

「???・・・はい、そのつもりでいますが」

「ならいい。今度は百合さんを連れておいで」

「えっ?爺様、よろしいのですか?桐生本家に連れてきて」

「もしかしたら次期頭領かもしれない

 お前の嫁になるかもしれないお嬢さんだぞ。

 わしもそのお嬢さんと一緒にご飯を食べたいじゃないか」

「爺様、ただ若い可愛い子とご飯食べたいだけじゃないのですか?」

「婆さんには内緒だぞ。これは約束だ」

「はいはい、わかりました。

 ちょうど彼女も来たがっていたので、今度連れてきます」

翔は、以前の婆さん同様爺さんの言葉にも腑に落ちないものを感じたが、

ただそのときは、百合との交際を認められて舞い上がって深くは考えなかった。

(つづく)

10.独立への一歩

大学1・2 年は基礎科目の授業ばかりで、

オリエンテーションでの説明では、「人間と文化」「社会と人間」「自然と環境」「知の基礎」「健康科学」の5つの系に分かれて、それに付随する形で、文学,哲学,心理学,歴史学社会学,社会思想史,化学,生物学,物理学,数学,健康科学といった分野を学ぶ。さらにこれらの分野をより専門的に勉強したい人にはゼミナールが設けられているようだ。

この科目を学ぶ理由としては、それらが現代を生きていく上で必要な教養を育み、経済学,商学,法学,情報学などの専門分野を勉強するには,人間の心理や行動,社会の歴史や仕組み,自然環境,異文化などに関する基本的な理解が必要とのことらしい。

特に「知の基礎」系は,新入生を対象に,大学で学ぶために必要な接続教育を行うための科目群で、専門を学ぶための基本的な知識,文献の調べ方や発表,議論の仕方,そして卒業後の進路に対する考え方を身につけるためのものだと説明された。

 

美波は入学後、すぐに家庭教師のアルバイトを探した。

生活費は貰っているが、

ファッションやクラブ用の資金を稼ぐつもりだった。

小学生高学年か中学生の女の子を対象に探した。

小樽商科大学ともなるとアルバイトの声も多く掛かってきていた。

小学生6年生(週2回各1時間)と中学2年生(週2回各2時間)で契約した。

いよいよ独立の第一歩だと心を弾ませた。

 

サークルでの新入生歓迎会が催され、

生まれて初めてアルコールを少しだけ飲んだ。

静香の血をひいているのでアルコールに弱い感じはなかったが

美波自身アルコールをあまり美味しく感じなかった。

あまり無理矢理飲ませようとする人もいないのでジュースを飲みながら

同級生の女の子と笑って楽しい時間を過ごした。

サークルで山陰地方鳥取県からきている学生は美波一人だった。

みんなが『鳥取?どっちが先?普通トリトリだよね?』

『右と左どっちが島根と鳥取だったっけ?』など冗談半分で聞いてくる。

「そうですね。確かにわかりづらいかも」と答えている。

(つづく)

48.翔、久々に実家へ帰る1

4年生の春休みに桐生本家の爺さんから『一度戻ってこい』と翔へ連絡があった。

本家の桐生家は江戸初期より続く武門の家柄である。

桐生一族は、徳川幕府北東(丑寅の方角)守護を任務とし、最強の一族として将軍家から信頼されていた。明治以降、市井に紛れその技術を伝承してきている。

この一族は子供が生まれると、その子の特性により得意領域を絞られ、最終的に『鬼派』と『霧派』に属することとなる。キリュウのキは『鬼』と『霧』へと読み替えられる。

表の顔は『鬼派』で武術専門、

裏の顔は『霧派』で探索・薬物・暗殺・武器開発等の専門となっている。

翔は『鬼派』に属し、幼少の頃から格闘術、剣術などを中心に武芸百般の祖父から手ほどきを受け、6歳のとき研究者だった両親を飛行機事故にて失い、現在まで質実剛健を旨とする厳しい祖父母に育てられている。

現在の桐生派頭首は、翔の祖父の麒一であり、別名は鬼一と呼ばれている。

妻は華絵で以前翔の部屋で百合と顔を合せている。

実は翔には桐生一族の歴史や使命も知らされていないし、

百合の実家の葉山館林家とは徳川時代から深い関係にあることも知らせていない。

 

久しぶりに群馬県桐生市にある本家の門の前に立っていた。

屋敷内の道場らしきあたりからはやや幼い気が漏れてきている。

誰か一族の若い者が修行をしているようだ。

意識を道場の方向へ逸らした瞬間、

門の上から槍が鋭く突き下ろされた。

翔はサッと身を最小限に避けると槍の穂先の根元を握り固定した。

「翔様、だいぶ修行されましたな、霧の穏形がわかるとは」

「重兵衛さん、少し前から道場の気に混じってきていたので予想していました」

「さすが、もう私ではかないませんなあ」

「いや、まだまだです。わざと少し気を漏らしてくれましたから察知できました」

「ふふふ、それもお見通しですか・・・お見事です」

 

屋敷奥の棟梁の部屋へ向かう。

「爺様、ただいま帰りました」

「翔よ、よく帰って来たな。修行は順調なようだな」

「爺様の言いつけ通り毎日鍛えています。

 まだまだ世の中には強い人間がいることがわかりました」

「そうだろうな。最近はプロ格闘家も多いが、彼らの中で格闘術だけで

 食べていける人間は一部のみでだいたいは違う仕事についている。

 その中で残念ながら暴力を生業とする組織に入ってしまうことも多い」

「そのようですね。この前、プロレスラーくずれの人間と戦いました」

「彼らに打撃は効きにくいから苦労しただろうな。

 ただ彼らは殺すことに慣れていない分、われらの方が有利だな」

「いや、普通の人間だったら内臓破裂で死んでいたと思われる衝撃でした」

「ほう、よく勝ったものだな」

「勝たなければならない状況だった故、抜き手を使わせていただきました」

「誰かを守るとはそういうことだ。負けることは守れないということだ」

「はい、肝に銘じております」

(つづく)

9.美波、学生生活スタート

ここで時間は1年前にさかのぼる。

美波は1999年4月に小樽商科大学に入学した。

大学の講堂では狭いため、

入学式は小樽市内の市民講堂を使っての大掛かりのものだった。

新入生には両親や祖父母まで一緒に来て

全員で大喜びしているのを見て、

少し羨ましくもなったが、

誰も知らない所で1人でもがんばると決めた心を思いだしていた。

小さい時からずっと母娘二人で寄り添って生きてきたが、

母が新しい道を選び歩き始めたことを知って

自分も独立することを決めたのだった。

 

美波のマンションは大学にも近く女性専用だった。

ただ社会人も入っているので男性客は禁止ではないが門限があった。

その約束が守れない場合、また風紀が守れない場合は、

学生の場合は両親へ連絡の上マンションを出る事となっている。

毎日の朝ご飯はきちんと用意されており夕食は予約制だった。

部屋で作ってもいいことにもなっている。

大家さんは品が良くキチンとした女性で、

朝ご飯は特に大切との考え方で、

キチンとした栄養のものを用意してくれている。

そしてこの綺麗で静かなマンションを経営することを誇りに思っている。

 

入学してからはテニスサークルへ入り、

結構強い美波はサークル上級者となった。

ただサークルなので楽しむだけの人も多く若干不満だった。

しばらくしてその理由がわかった。

雪が積もるとテニスはできないのだった。

テニスが休止となる代わりにスキーサークルへと変わるらしい。

スキーの経験のない美波はスキーが楽しみだった。

(つづく)

47.百合、実家で相談する

翔との初めてのキスの後、百合は葉山の実家に戻り

頭首の妻である悠香へ翔との付き合いを相談した。

さすがに百合も自らの家柄は知っているので

付き合う相手が誰でもいい訳ではないことを理解している。

 

悠香へ彼との出会いから今までをキス以外は全て話した。

悠香はにこやかに百合の話をじっと聞いている。

「それでお前は、彼をどう思うんだい?

 でもお前が男性に興味を持つのは初めてのことだねえ」

「はい、初めて見た時から、なぜか懐かしく頼もしく感じました。

 彼といるだけでなぜか楽しく、でもそれ以上に心が落ち着くのです。

 そして笑うことって楽しいことと初めて知りました。

 でも彼は正義心が強く、

 困っている人をそのままにできない性格で彼の身が心配です」

「お前が、楽しく、心が落ち着く相手ならばそれ以上のことはありません。

 でもよく相談してくれたね。彼はお前を全力で守れる男性のようだね。

 実は、お前はこの館林家の姫であるから独りの生活は心配でした。

 だから、お前の身辺には警護の者を就かせていました」

「でもあの変な人たちに囲まれた時は・・・」

「はい、あの時はお前が怖がっていないので

 警護の者も大丈夫と思っていたようです。

 お前が感情を出すことが少し苦手だと私が伝えていなかったからです」

「そうですか、彼がその時来てくれて良かったです。とても怖かったです」

「そんな風に感情を出すことができれば警護の者もわかったのです。

 なるべくお前に悟られないようにと、きつく言いつけていましたから」

「感情が出ない?」

「そう、お前は小さい時から感情が出ない、と言うより全くありませんでしたよ」

「そうなのですか?でも・・・」

「そう、彼と一緒にいるようになって違うようになりましたね。

 私はお前が感情を出せるようになったことが嬉しいのです」

「ではお婆様、私は彼、翔さんとお付き合いしていいのですね」

「ああ、いいよ。

 お前のその可愛い笑顔を取り戻してくれた彼とお付き合いしなさい」

「ありがとうございます」

百合は笑顔いっぱいで昼食を食べて帰って行った。

 

「あなた、あの子ももう大きくなりましたね」

「そうだな、あの子のあの笑顔はもう15年近く見ていなかったのう」

「ええ、本当に可愛い笑顔です。しかしまた彼と出会ってしまうなんて」

「やはり絆は切れなかったということか」

「そうですね。あのあと色々な一族の男と合わせましたが

 誰ひとりとしてあの可愛い笑顔を引き出すことは出来ませんでしたものねえ。

 記憶は消えても『思い』は残るものなのですねえ」

「もう二度とあのような術を使いたくないのでこのままにしておこう」

「ええ、あの子ももう大人ですから仮に記憶が戻っても大丈夫でしょう」

(つづく)

8.YOSAKOIソーラン祭り

梅雨のないカラリと晴れた6月上旬、北海道が熱くなる。

初夏の札幌を鮮やかに彩る『YOSAKOIソーラン祭り』が開催されるからだ。

慎一の本店の屋上からは祭り会場が見えるため

一部の社員が総務に内緒でビール片手に自家製ビアガーデンを開いている。

 

今でこそこの祭りは、札幌市の風物詩で観光資源となっているが、

発足は北海道大学生だった長谷川岳さんで、大学2年の時、母親の病気治療で高知県の病院へ入院し看病のために訪れた際に、本場のよさこい祭りを見て感動し、「こうした光景を北海道でも見られたら…」と思ったのが始まりだった。

1992年6月に「街は舞台だ! 日本は変わる」を合言葉に、道内16大学の実行委員会150名で第1回YOSAKOIソーラン祭りを開催した。当初は参加10チーム、参加者1,000人、3会場という規模だったが、第8回の昨年1999年が333チーム、34000人が踊り、200万人の観客数で、今年2000年第9回は、375チーム予定、38000人が踊る予定らしい。

 

ルールとしては、演舞する曲(曲調は自由)の全てあるいはどこかにソーラン節のフレーズを入れた曲に合わせて鳴子(使い方やデザインは自由)や扇子、大旗などを持って踊る。チーム編成は踊りを構成する人(踊り子・楽器演奏者・旗・幕などの持ち手、道具運搬スタッフのこと)の150人以内(U-40は39人以下)で、あいさつ、前口上、前準備などを含めて4分30秒以内で披露する(演舞曲の目安は4分以内)となっている。

踊る形式としてはステージ形式、パレード形式の2つの形式に分けられるようだ。

 

美波が大学のチームで出場すると聞いていたので大通会場の桟敷券をと考えていたが、

残念ながら選抜に漏れて出場できないから鑑賞組になったと連絡があった。

静香のお腹が臨月に近づいていることもあり、

大事をとってテレビ中継を夫婦で見ることとした。

若い人もそうじゃない人もところ狭しと元気一杯に踊りを披露している。

音楽性といい踊りといい現代風でありとても素人とは思えないショーだった。

 

明日がファイナルとなる6月10日(土)22時30分頃、その事件は起こった。

大通公園西八丁目会場での演舞が終わった直後に西6丁目公園内の仮設ごみ置き場付近で爆発が起きたのだ。祭り帰りの踊り子たちや観客で祭りの余韻が残っているさなかだった。灰皿付近に仕掛けられた爆発物(爆弾)は、ファストフード店の紙コップに入っていたと見られ、学生を意識不明の重体にさせ、10人ものスタッフに重軽傷を負わせるほどの殺傷力があるものだった。警察発表では、多数のクギが飛び散り、飛散物に火薬の痕跡が見つかったことなどから、何者かがクギと火薬を仕込んだ爆発物を、ごみに見せかけて祭り会場に置いた可能性が高いとのことだった。

 

美波に急いで連絡して無事だったことを確認してほっとした夫婦だった。

その夜に美波が家に戻ってきて、楽しかった祭りの話を聞いたが、

残念ながら事件の後では後味の悪い物を感じた。

でも来年こそは子供たちに姉ちゃんの勇姿を見せてあげるとはりきっている。

綺麗に化粧して大人っぽくなった娘を見て、

自分が娘を産んだ年齢を娘が通り過ぎてしまったことを今更ながらに感じた。

そして今、新しい命がここに宿っているとお腹をさすった。

親にはもちろん言わないが、

実は同じマンションの友達が前田さんと札幌のホテルに入るのを見て

同じ年頃の女の子がそんなことをすると考え、ショックを受けて帰ってきていた。

(つづく)

46.初めてのくちづけ

「お化けアパートの怪事件」解決後、

ふと学生時代の百合とのことを思い出した。

ある日の夕方、

翔がアパートへ向かって歩いているとミーアが走ってくる。

不思議に思い抱き上げるとミーアは何かを知らせるように鳴いている。

アパートの鍵を閉めているのに関わらず

ミーアが外出するのはおかしいことに気がついた。

部屋の合鍵を持っているのは百合だけだった。

翔は嫌な予感がして急いでアパートへ向かった。

翔の部屋のドアが閉められている。

急いでドアを開けると真っ青な顔の百合が

見たことのある若い男を後手に極めている。

最近、このアパートに越してきた男だった。

百合を見る眼が嫌な感じだったので覚えていた。

 

「ほう、もう戻ってきたのか、あと少しだったのに残念だったな。

 しかし、この女、合気道が出来るとは誤算だった。

 でももう少しでこの技を解くところだったんだけどねえ」

 男の左手がポケットへ入れられている。

「百合、手を離せ。後は俺がやる」

「警察に渡した方がいいのじゃないんですか?」

「いや、こいつはそんなことでは懲りないよ。おい、外に出ろ、

 百合は鍵を閉めてここにいて」

 

百合の方へ視線を投げた瞬間、

「そんな話、聞けるはずないだろう?今、お前をやってやるよ」

男は翔に向かってポケットのナイフを投げつけた。

翔は、サッと身体を開いてナイフを避けると

すっと近寄り隙の空いた男の右脇腹へ拳を入れた。

角度的に肝臓を直接揺さぶる体重の乗った拳で手首まで埋まっている。

『ウグッ』

吐かれると面倒なので男の襟をもって外に放り出した。

 

あばら骨の一番下にひびくらいは入ったかもしれない。

しかし、それ以上に痛く苦しい拳だった。

ボクシングでもこのパンチを貰うと

息が出来なくなって身体の力が抜けてくる。

そして抑えきれない痛みと苦しみが内臓からこみ上げてくる

男は地面で腹部を押さえて転がりながら涙を流して吐いている。

次に翔は腕と脚と背中の痛点を刺激するツボへ一本拳で入れていく。

男は新たに与えられた全身の激痛にのた打ち回った。

「止めてくれ、もう近づかないから、すぐに引っ越すから」

「もし今後近くで見かけたら、これくらいの痛みでは済まないからな」

「はい、わかりました。許してください」

翔は交番へ連絡して、

男の指紋のついたナイフと百合の証言もあり

翔の正当防衛となり男は逮捕された。

 

二人で部屋に戻ると百合が真っ青な顔をして座った。

翔はコーヒーを入れて、

百合の前へカップを、ミーアの前にはミルクを置いた。

カップへ伸ばす指が細かく震えている。

カップを落とさないように両手でコーヒーを飲んでいる。

ミーアが心配そうに見上げて膝に頬を擦り付けている。

翔が心配そうに隣に座る。

「翔さん、とても怖かった。

 人間ってあんな顔つきができるのですね。

 あの血走った目、

 あの吊りあがった舌なめずりしている口、

 思い出すだけで身体の中から震えが止まりません。

 私は不覚にも最初は全く動けませんでした。

 お願いです。百合の身体をしっかりと抱きしめてください」

 

翔はそっと抱きしめた。

百合は翔の胸に頬をつけてじっとしている。

まだ細かい震えが感じる。

お嬢様の百合にとって、

自らを獣欲の対象として見られた経験は無かったため

その衝撃は普通ではなかったと思われた。

「あのまま、翔さんが来るのが遅れていたら、

 私はきっとあのナイフで刺されたのですね」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 単に脅すつもりだったのかも」

「でも翔さんに投げつける時は何の躊躇もなかったです」

「ああ、だからあんな獣には警察引き渡す前に

 僕達の前に二度と現れないような痛みを与える必要があった」

「私は本当に怖くなりました。でも翔さんが駆けつけてくれて良かった」

「ああ、ミーアの様子があまりに変だったから、

 俺も心底ほっとしてる。

 今後は俺の部屋に来る時は連絡することにしよう」

「はい、翔さん、とても翔さんの胸って大きくて暖かいです。

 震えが止まるまでしばらくこうさせてください」

「いいよ、百合・・・・」

 

百合の目が閉じられて翔の方へ向けられた。

翔もまだ少し震えが残る細い身体を抱きしめて唇を重ねた。

二人とも初めてだったので唇をつけただけだった。

唇が離れた後、百合は頬を染めキラキラ光る瞳で翔を見つめていた。

(つづく)

7.美波の誕生日

美波の誕生日は5月19日の金曜日だったので

翌日の土曜日20日に20歳のお誕生会をすることとした。

まさか北海道で娘の20歳の誕生日を一緒に祝えるとは思ってもいなかったからだ。

場所はJRタワーホテルにある有名なフレンチレストランを予約した。

エレベーターの扉が開くと支配人が挨拶をしてくる。

そのフロア全てがレストランで北海道出身の有名なシェフの経営する店だった。

予約時に娘の誕生日祝いであることを伝えている。

 

コース名:『“極上の喜び』

アミューズブーシュ「口を楽しませるもの」

 北海道産蝦夷鮑とすっぽんのブイヨン

 きのこ、黄にら、銀杏和え オリエンタル風味

 北海道産毛蟹と雲丹のスフレ キャビア添え、

 オマール海老のロティ

 アーティチョーク、オリーブ、セミドライトマト添え タイムとローズマリー風味

・メイン

 白老町黒毛和牛“あべ牛”フィレ肉とフォアグラの“ロッシーニ

 パープルアスパラガスの付け合わせ ペリグーソース                          

・北海道とフランスからのフロマージュ

 ロマージュブランのソルベ、

 金柑のマリネとレモンのジュレ和え、

・誕生祝いのケーキ(花火付き)

・コーヒー・紅茶

 

美波は本格的フランス料理に感激し、初めて飲んだシャンパンを美味しいと笑った。

慎一はその笑顔にどことなく妻に似ている雰囲気を感じお酒への強さを予感した。

花火に照らされた顔が明るく輝いている。

夫婦は娘が大人になった証に『ティファニーのオープンハートネックレス』を贈った。

首元へつけると『これ可愛いから好き』と大はしゃぎだった。

母親の静香には

いつまでも子供いて欲しい気持ちと

大人になった娘をまぶしく見える気持ちがあった。

(つづく)

45.お化けアパートの怪 6

「・・・翔、お願い、目を開けて、翔・・・」

百合の必死の声が聞こえてくる・・・

頬に落ちる水滴にふと気づくと目の前に百合がいた。

翔はバトルカーの近くの路上へテレポートしていた。

全身がバラバラになりそうな痛みが襲ってきた。

警部へ急いで連絡を入れる。

警察隊も苦戦しているらしい。

まさかバズーカ砲や手榴弾まで用意されている相手とは思わなかった。

多くの警官が負傷している。

近寄ることも出来ないし、相手は死にも狂いだった。

組長の弔い合戦と考え、死んでもいいと思っている。

 

相手の武器を沈黙させる必要があった。

翔はバトルカーの武器庫から、

3D画像投影装置『朧(おぼろ)式タマゴ』をクモママに搭載し、

麻酔薬の入った痛みの感じない細い針を飛ばすことのできるクモパパを出動させた。

警部へ作戦を伝え、敵が寝静まるまで待つように依頼した。

クモ夫婦を現場へ直行させた。

現場は薄暗い上にクモ夫婦は体色背景同化機能があるため

見つからないまま敵の近くへ移動していく。

ただ敵は瓦礫などに身を隠していて

その場所がわからないので場所を確認する必要があった。

クモママ搭載の3D画像投影装置を使い、何もない空間へ警官を出現させ、

そこへ敵の射線を集中させる。

場所の判明した敵に向かって、天井部分からクモパパが麻酔針を飛ばしていく。

やがて銃声がしなくなった。

クモパパからの情報で全員睡眠状態に入ったことが判明し警部へ連絡した。

警察はスヤスヤと眠っている泥棒夫婦と組員らを逮捕できた。

 

クライアントのアパートへ救急車が停まった。

そしてクライアントの部屋へ救急隊員が向かっていく。

クライアントは真っ青な顔をして狂ったように叫んでいる。

「婆さん、わしを許してくれ。金のためにお前を埋めたことを許してくれ。

 ナンマンダブ、ナンマンダブ」

病院へ警察が急行し事情聴収された。

クライアントの爺さんは、何年も前に死んだ婆さんを生きていることにして、

婆さんを床下に深く埋めて、ずっと年金を騙し盗っていたらしい。

このたびの戦いでの地下道の爆風で

地下に埋まっているはずの半分白骨化した婆さんが畳を吹き飛ばし、

地中から飛び上がり、寝ている爺さんの上に転がってきた。

爺さんは、突然婆さんが襲ってきたものと勘違いしたらしい。

(つづく)

6.二人でコーヒー

ある土曜日に札幌市を一望に見渡せる藻岩山をロープウェイで登った。

展望台からは日本海や札幌市の街並みの全景が綺麗に見えている。

夜景だったらどんなに綺麗だろうかと感じた。

下山してきた場所に喫茶店があった。

『ろいず珈琲 旧小熊邸』

外側にはテラスもありそこでもコーヒーが飲める。

今回は邸内で飲むこととした。

歴史を感じさせる建物でテーブルについて小熊邸の説明を読んだ。

北海道帝国大学農学部で教鞭をとった小熊博士の自宅だったらしい。

二人は店の名前の付くコーヒー『ロイズコーヒー』を頼んだ。

少し小腹が空いたのでハムチーズトーストも追加した。

 

『ロイズコーヒー』

一口飲むだけでその旨さに目を見張った。

挽きたての香りが鼻をくすぐり

変な苦味は一切なく酸味も適度ですっきりとして非常に飲みやすかった。

コーヒーの苦みが苦手な静香でさえも『おいしい』と目を見張った。

『ハムチーズトースト』

ハムとチーズが各々2個ずつフランスパンに乗せられ焼かれていた。

トロトロに溶けたチーズはフランスパンとの相性が良かった。

適度に焼けた塩味のハムはフランスパンにより甘味を与えた。

コーヒーとも絶妙に合うその味は秀逸だった。

この日を境に二人は時間が出来ればこの喫茶店に行くようになった。

 

静香は夫の仕事に打ち込む姿を見て、

家庭もないがしろにせず仕事もこなす夫を今更ながら好きになった。

やはり男は仕事である。

たまに夫に時間が出来た時には、夫の疲れが取れるよう常に心掛けた。

毎日へとへとで帰ってくる夫へ地元のものを使った元気の出るご飯を作った。

北海道は食材の宝庫で、静香には料理の研究もできて非常に楽しみだった。

二人の赤ちゃんも元気で1日1日とお腹が大きくなってきている。

マンション近くにある病院の産科婦人科へ受診し準備している。

昼間は二人の赤ちゃん用の下着や手袋や靴下を縫って過ごした。

夫は帰宅後それを見て触って、目を細めて喜んでいる。

夫にとっての癒しの時間は、静香とお腹の赤ちゃんと過ごす時間だった。

(つづく)

44.お化けアパートの怪5

翔は屋敷の庭から入って行った。

泥棒夫婦にわからないようにそっとつけていく。

泥棒夫婦は、下水道への道のレンガ積みをゆっくりと剥がしていく。

外道組の残党と合流するまで彼らは地下通路で待っている。

やがて残党組の10人が夫婦に近づいてきた。

翔は警部へ連絡した。

警部からも包囲網完成の連絡が入った。

 

彼らは、地下金庫の外側の空間に入っていく。

そして、下水道側の5名、金庫側に5名を配置した。

夫婦が壁の金属へバーナーを当てたところで翔が声を掛けた。

「そこまでだ。ここはもう警察に包囲されている。神妙にしろ」

男たちは半分慌てたが、あと半分は冷静に翔へ銃を撃ってくる。

マシンガンまで持っている。

「あいつ、組が潰れた時にいた奴だ。噂では超人らしいぜ」

「じゃあこれでどうだ」

翔に小型銃が効かないとわかると

対戦車ライフルやバズーカ砲まで出し始めた。

 

『これでは警察隊に死亡者出てしまう』と思い、

急いで一味へ向かった時、翔へ対戦車ライフルが発射された。

通常の弾丸は貫通させないバトルスーツではあるが、

対戦車ライフルは試していない。

果たして胸のプレート部分に強烈な衝撃があり

翔は大きく吹き飛ばされた。

胸部から全身へ衝撃と痺れが広がっていく。

「おう?これは効くぞ。もっと撃て、親分の敵じゃ」

体中に何発も対戦車ライフルの弾丸が当たって吹き飛ばされていく。

翔は、泥棒夫婦の作った地下道へ飛ばされた。

そこへバズーカ砲の弾丸が飛び込み爆発した。

「これがとどめじゃ。カチッ、カチッ、ゴロ、ゴロ・・・」

土煙の中へ手榴弾が複数個投げ込まれる。

翔は必死で屋敷から来た道へ這って逃げていく。

後ろから手榴弾の爆発の衝撃が襲ってきた。

『ひえー、婆さん、わしが悪かった許してくれー』と悲鳴が聞こえたが

通路が上下左右から崩れていく。

身体の上へ土が覆いかぶさってきて地下道がふさがって行く。

榴弾の衝撃でヘルメットにある酸素供給機能が破壊された。

最後の手榴弾が間近で爆発し吹き飛ばされた。                   

翔からふっと意識が消えた。

(つづく)

5.初出勤

月曜朝早く目覚めた。

新聞を読み、朝ご飯を食べて、手作りのネクタイをきゅっと締めて部屋を出た。

妻の『いってらっしゃい』の声を背中に受けての気合いの朝だった。

新たに発足する新銀行『六花銀行本店』は大通公園に面する北側の通りにある。

銀行に着くと早速に会議があって二つの銀行の現場業務の調整が始まった。

二つの組織が一緒になるのは簡単なことではなく当然色々と軋轢も反発もある。

それは当然のことなので見ないふりをして、

ビジネスライクに物事を切り分けながら

課員をまとめてやっていかなければならないことを理解した。

そんな毎日で朝早く出て、遅く帰る日々が続く。

 

3月末に札幌へ来た時には、山にはまだ白く雪らしきものは見えており、

マンションの周りの道路でさえも日陰には氷が残っていた。

妊婦の静香には危なくて歩くことも怖かった。

しかし、4月中旬になりその氷がなくなると一気に街並みが鮮やかな彩りに変わって行く。

北海道の春は、街中も山もそこもかしこも一気に花が咲き誇る季節だった。

色とりどりの花々が急ぎ足の人の足を止める。

 

北海道神宮へ安産祈願でお参りした。

おみくじをひくと『大吉』、出産は安産で子、母体とも安心とあった。

二人はほっとして神様へお礼でもう一度参拝した。

神宮内は桜が満開で目に優しかった。

ふと目を移すと桜だけでなく梅も咲いていることに気がついた。

多くの人が花見のために集まって、

そこら中からジンギスカンの香りが漂ってくる。

道産子の花見はジンギスカンで決まりだと感じた二人だった。

 

春の大通公園は花好きの人達が創作した多くの花壇に彩られている。

暖かい日差しの中で春の小箱の蓋が開けられたように散りばめられている。

静香はお腹の赤ちゃんにもこの風景を見せようとよく散策した。

梅雨らしい梅雨もなくカラリとした風が頬に気持ちいい。

ライラックが綺麗に咲き誇っている5月中旬の大通り公園は

『さっぽろライラックまつり』が開催されている。

多くの市民がゆっくりと散策し可愛い薄紫色の花を見つめている。

大通公園は季節毎になにがしかの催しものがあり、

芝生もあるため子供たちを遊ばせるには最適の場所と感じられた。

(つづく)

43.お化けアパートの怪4

翔は、泥棒二人が寝静まった頃、そっと地下道へ降りて行った。

ゴーグルには赤外線や紫外線感応画像が流れていく。

こんな大きな地下道をよく二人で掘り進んだものと感心した。

ちょうど爺さんの部屋の下辺りに来ているが、

柔らかい土が落ちてきている。

泥棒男がその部分を厚い板と太い柱で補強している。

 

下水道まで進み、

家の通路から下水道への出口を撮影し、再度組み直した。

そして銀行の地下金庫付近を調査した。

暗い下水道ではパッと見た目にはわからないくらい自然なレンガ積みとなっている。

それを写真で撮って、

レンガを剥がしていくと地下金庫の壁材が見えている空間に着いた。

これはすごい技術だった。

この壁1枚の向こうにはお金がうなっているのだ。

足元にはセメントを砕く機械や金属を溶かすバーナーを用意されている。

来週が月末の金曜日なので多くのお金や貴金属が運び込まれる筈だった。

翔は、画像を調べてレンガを元の状態に組み直して下水道から歩いて地上へ出た。

 

都倉警部に連絡し現行犯逮捕するため待機した。

いよいよ金曜日の銀行業務が終了し深夜が訪れた。

警部たちは、川口組がどこから来るかがわからないので

とりあえず地上で待機している。

地下道の反対側にも警官を配備予定で、

1人も逃がさない布陣を考えている。

 

泥棒夫婦は寝静まった近所を確認して、

大きな鞄を持って庭から地下道へ入っていった。

もちろん男の背中にはクモ助が下りており『聞き耳タマゴ』は設置されている。

男は携帯電話で川口組へ連絡をしている。

有料駐車場にバトルカーを停めて川口組を見張っている百合とアスカから連絡が入った。

10名ほどの組員が事務所から出てきた。

1人の組員の背中にクモ助を下ろして『聞き耳タマゴ』の設置に成功した。

彼らはゴルフバッグのようなものを多く担いでおり中身は武器と思われた。

アスカがクモ助を回収して車に戻ってくる。

翔のゴーグルへ彼らの移動地点が送られてくる。

警部へそのデータを送信し、彼らの移動場所を知らせ

彼らに見つからないように周りから包囲し逃げ道を塞いでいった。

(つづく)

4.慎一の自覚と不安

慎一は妻から妊娠の事実を告げられた時、

いつかそうなるとわかっていたが、

その瞬間はどう考えていいのかわからなかった。

自分とは異なる人間の中に自分の半分と同じ人間がいるという不思議な感覚だった。

 

『あなたの赤ちゃんが欲しい』と言っていたので避妊はしなかった。

日々喜びを知って『こんなこと初めて』と恥ずかしそうな素振りの妻、

素敵に変わっていく妻を見ているだけで嬉しかった。

もちろん子供はできた方が嬉しいが、それほど切実には考えていなかった。

長男ではあるが分家である実家は跡取りを考える必要はなかったからだった。

長い間1人だった妻がそんなに早く妊娠するものとも考えていなかったし、

娘は美波がいるので神様にお任せしていた。

でも時間が経ち子供のいることを理解してくるとじわじわと喜びが湧きあがってきた。

 

父親になるってこんな気持ちなんや』と初めて理解した。

そして、父親として家族のため仕事や生活への責任も痛感した。

今は、まだ働いているから心配は無いが子供たちが成人する時に自分は定年となる。

それにも増して銀行再編の嵐の中で生き残っていくのも大変な時代だった。

娘との約束『絶対にお母さんのそばにいて欲しい』を守るために

念のための次の人生も考えておく必要がある事に気が付いた。

 

最近、娘から金融や経営関係の授業の質問があって、妻も興味津々で聞いている。

もともと小料理屋を長年に渡って経営してきたのだから経営者の視点は的確であった。

特に資金活用の視点は非常に優れていた。

冒険や無理をせず安全を優先する。

儲ける時期は外さない。

常に資金に余裕を持たせる運営方針を維持する。

妻と相談してみようと考えたが、

先ずは子供が生まれて落ち着いてからと考え直した。

 

現在の不動産状況として、

角盤町の良い場所にあった店はすぐに売れて資金は銀行に確保している。

米子の実家は不動産会社を通じて貸し出している。

田畑も企業へ貸し出しているので当座は資金的な問題は無い。

 

現在の銀行金利はバブル時代の名残も一切無くなり、

今後も1%を越えることは期待できないと思われた。

バブル時代はお金を銀行や郵便局に定期で寝かせておけば勝手に金利がついて、

1億円あれば利子で暮らせると言われていたのにえらく様変わりしてしまっている。

いずれ金利は0円になる時代が来るかもしれない。

それを考えた時、将来の子供との定年後の生活に一抹の不安を覚えた。

まあそうなれば妻が『また店をする』と言い出すかもしれないが

それは最後の手段としてとっておきたかった。

(つづく)

42.お化けアパートの怪3

「ねえ、あんた、まだなの?もう1ヶ月以上も掘ってるのよ」

「周りに気付かれないように掘り進んでいるから待て、あと少しのはずだ」

男は地図を広げて説明している。

地図には銀行の地下金庫への通路が描かれている。

「あんたが、地下道が崩れないようにセメントや板で補強しているからいいけど、

あまり気持ちの良いものじゃなかった。でも下水道へ繋がればもう心配ないね」

「そうだ、仮に警察が来てもこの通路に隠れていればわからないから安心だ」

「あんたは、天才だね」

「ああ、来週には地下金庫の壁に着くから、仕事終わったら高飛びだな」

「楽しみね、私はヨーロッパがいいわ」

「どこでも行きたい放題さ、地下金庫は電子錠だから銀行側は安心しているはず。

 それに金曜日の夜に地下金庫に入って盗めば、

 発覚するのは月曜日だからその時には俺達はもう日本にはいないのさ。

 それにあいつらも来るから荒事も大丈夫だしな」

「でも、大丈夫?あいつら信用できるの?」

「まあ、いざという時のための保険だから、

 それに仲間にしなかったら殺されてたし」

「そうだけど、あの組はこの前解散みたいなものってニュースにでてたよね?」

「残党はたくさんいるから仕方ない。早く終わらせて高飛びしようよ」

「そうね、こんな嫌な日本とはおさらばよ」

「でも、今回はお前の銀行の情報が正確だったから助かったよ」

「ああ、あの銀行、酷いところだから。特に支店長、最低」

「確か、セクハラというか強姦というか酷い話だよなあ。こんなに可愛いお前を」

「あんたって、天才ね。好き、もっと私を喜ばせて・・・」

 

前回のオレオレ詐欺事件の実行犯の川口組の残党が絡んでいると知って緊張した。

川口組はチャイニーズマフィアとも関係があり、武器も潤沢な暴力団だからだ。

この前の事件以来、縄張りを他の組に取られて肩身の狭い思いをしているので

残された子分達はここらで一発派手にやって

親分や幹部へ元気にやってる証を残したいと考えているのかもしれない。

翔はこの戦いには双方で死人が出るかもしれないと思い戦慄した。

(つづく)