はっちゃんZのブログ小説

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47.百合、実家で相談する

翔との初めてのキスの後、百合は葉山の実家に戻り

頭首の妻である悠香へ翔との付き合いを相談した。

さすがに百合も自らの家柄は知っているので

付き合う相手が誰でもいい訳ではないことを理解している。

 

悠香へ彼との出会いから今までをキス以外は全て話した。

悠香はにこやかに百合の話をじっと聞いている。

「それでお前は、彼をどう思うんだい?

 でもお前が男性に興味を持つのは初めてのことだねえ」

「はい、初めて見た時から、なぜか懐かしく頼もしく感じました。

 彼といるだけでなぜか楽しく、でもそれ以上に心が落ち着くのです。

 そして笑うことって楽しいことと初めて知りました。

 でも彼は正義心が強く、

 困っている人をそのままにできない性格で彼の身が心配です」

「お前が、楽しく、心が落ち着く相手ならばそれ以上のことはありません。

 でもよく相談してくれたね。彼はお前を全力で守れる男性のようだね。

 実は、お前はこの館林家の姫であるから独りの生活は心配でした。

 だから、お前の身辺には警護の者を就かせていました」

「でもあの変な人たちに囲まれた時は・・・」

「はい、あの時はお前が怖がっていないので

 警護の者も大丈夫と思っていたようです。

 お前が感情を出すことが少し苦手だと私が伝えていなかったからです」

「そうですか、彼がその時来てくれて良かったです。とても怖かったです」

「そんな風に感情を出すことができれば警護の者もわかったのです。

 なるべくお前に悟られないようにと、きつく言いつけていましたから」

「感情が出ない?」

「そう、お前は小さい時から感情が出ない、と言うより全くありませんでしたよ」

「そうなのですか?でも・・・」

「そう、彼と一緒にいるようになって違うようになりましたね。

 私はお前が感情を出せるようになったことが嬉しいのです」

「ではお婆様、私は彼、翔さんとお付き合いしていいのですね」

「ああ、いいよ。

 お前のその可愛い笑顔を取り戻してくれた彼とお付き合いしなさい」

「ありがとうございます」

百合は笑顔いっぱいで昼食を食べて帰って行った。

 

「あなた、あの子ももう大きくなりましたね」

「そうだな、あの子のあの笑顔はもう15年近く見ていなかったのう」

「ええ、本当に可愛い笑顔です。しかしまた彼と出会ってしまうなんて」

「やはり絆は切れなかったということか」

「そうですね。あのあと色々な一族の男と合わせましたが

 誰ひとりとしてあの可愛い笑顔を引き出すことは出来ませんでしたものねえ。

 記憶は消えても『思い』は残るものなのですねえ」

「もう二度とあのような術を使いたくないのでこのままにしておこう」

「ええ、あの子ももう大人ですから仮に記憶が戻っても大丈夫でしょう」

(つづく)

8.YOSAKOIソーラン祭り

梅雨のないカラリと晴れた6月上旬、北海道が熱くなる。

初夏の札幌を鮮やかに彩る『YOSAKOIソーラン祭り』が開催されるからだ。

慎一の本店の屋上からは祭り会場が見えるため

一部の社員が総務に内緒でビール片手に自家製ビアガーデンを開いている。

 

今でこそこの祭りは、札幌市の風物詩で観光資源となっているが、

発足は北海道大学生だった長谷川岳さんで、大学2年の時、母親の病気治療で高知県の病院へ入院し看病のために訪れた際に、本場のよさこい祭りを見て感動し、「こうした光景を北海道でも見られたら…」と思ったのが始まりだった。

1992年6月に「街は舞台だ! 日本は変わる」を合言葉に、道内16大学の実行委員会150名で第1回YOSAKOIソーラン祭りを開催した。当初は参加10チーム、参加者1,000人、3会場という規模だったが、第8回の昨年1999年が333チーム、34000人が踊り、200万人の観客数で、今年2000年第9回は、375チーム予定、38000人が踊る予定らしい。

 

ルールとしては、演舞する曲(曲調は自由)の全てあるいはどこかにソーラン節のフレーズを入れた曲に合わせて鳴子(使い方やデザインは自由)や扇子、大旗などを持って踊る。チーム編成は踊りを構成する人(踊り子・楽器演奏者・旗・幕などの持ち手、道具運搬スタッフのこと)の150人以内(U-40は39人以下)で、あいさつ、前口上、前準備などを含めて4分30秒以内で披露する(演舞曲の目安は4分以内)となっている。

踊る形式としてはステージ形式、パレード形式の2つの形式に分けられるようだ。

 

美波が大学のチームで出場すると聞いていたので大通会場の桟敷券をと考えていたが、

残念ながら選抜に漏れて出場できないから鑑賞組になったと連絡があった。

静香のお腹が臨月に近づいていることもあり、

大事をとってテレビ中継を夫婦で見ることとした。

若い人もそうじゃない人もところ狭しと元気一杯に踊りを披露している。

音楽性といい踊りといい現代風でありとても素人とは思えないショーだった。

 

明日がファイナルとなる6月10日(土)22時30分頃、その事件は起こった。

大通公園西八丁目会場での演舞が終わった直後に西6丁目公園内の仮設ごみ置き場付近で爆発が起きたのだ。祭り帰りの踊り子たちや観客で祭りの余韻が残っているさなかだった。灰皿付近に仕掛けられた爆発物(爆弾)は、ファストフード店の紙コップに入っていたと見られ、学生を意識不明の重体にさせ、10人ものスタッフに重軽傷を負わせるほどの殺傷力があるものだった。警察発表では、多数のクギが飛び散り、飛散物に火薬の痕跡が見つかったことなどから、何者かがクギと火薬を仕込んだ爆発物を、ごみに見せかけて祭り会場に置いた可能性が高いとのことだった。

 

美波に急いで連絡して無事だったことを確認してほっとした夫婦だった。

その夜に美波が家に戻ってきて、楽しかった祭りの話を聞いたが、

残念ながら事件の後では後味の悪い物を感じた。

でも来年こそは子供たちに姉ちゃんの勇姿を見せてあげるとはりきっている。

綺麗に化粧して大人っぽくなった娘を見て、

自分が娘を産んだ年齢を娘が通り過ぎてしまったことを今更ながらに感じた。

そして今、新しい命がここに宿っているとお腹をさすった。

親にはもちろん言わないが、

実は同じマンションの友達が前田さんと札幌のホテルに入るのを見て

同じ年頃の女の子がそんなことをすると考え、ショックを受けて帰ってきていた。

(つづく)

46.初めてのくちづけ

「お化けアパートの怪事件」解決後、

ふと学生時代の百合とのことを思い出した。

ある日の夕方、

翔がアパートへ向かって歩いているとミーアが走ってくる。

不思議に思い抱き上げるとミーアは何かを知らせるように鳴いている。

アパートの鍵を閉めているのに関わらず

ミーアが外出するのはおかしいことに気がついた。

部屋の合鍵を持っているのは百合だけだった。

翔は嫌な予感がして急いでアパートへ向かった。

翔の部屋のドアが閉められている。

急いでドアを開けると真っ青な顔の百合が

見たことのある若い男を後手に極めている。

最近、このアパートに越してきた男だった。

百合を見る眼が嫌な感じだったので覚えていた。

 

「ほう、もう戻ってきたのか、あと少しだったのに残念だったな。

 しかし、この女、合気道が出来るとは誤算だった。

 でももう少しでこの技を解くところだったんだけどねえ」

 男の左手がポケットへ入れられている。

「百合、手を離せ。後は俺がやる」

「警察に渡した方がいいのじゃないんですか?」

「いや、こいつはそんなことでは懲りないよ。おい、外に出ろ、

 百合は鍵を閉めてここにいて」

 

百合の方へ視線を投げた瞬間、

「そんな話、聞けるはずないだろう?今、お前をやってやるよ」

男は翔に向かってポケットのナイフを投げつけた。

翔は、サッと身体を開いてナイフを避けると

すっと近寄り隙の空いた男の右脇腹へ拳を入れた。

角度的に肝臓を直接揺さぶる体重の乗った拳で手首まで埋まっている。

『ウグッ』

吐かれると面倒なので男の襟をもって外に放り出した。

 

あばら骨の一番下にひびくらいは入ったかもしれない。

しかし、それ以上に痛く苦しい拳だった。

ボクシングでもこのパンチを貰うと

息が出来なくなって身体の力が抜けてくる。

そして抑えきれない痛みと苦しみが内臓からこみ上げてくる

男は地面で腹部を押さえて転がりながら涙を流して吐いている。

次に翔は腕と脚と背中の痛点を刺激するツボへ一本拳で入れていく。

男は新たに与えられた全身の激痛にのた打ち回った。

「止めてくれ、もう近づかないから、すぐに引っ越すから」

「もし今後近くで見かけたら、これくらいの痛みでは済まないからな」

「はい、わかりました。許してください」

翔は交番へ連絡して、

男の指紋のついたナイフと百合の証言もあり

翔の正当防衛となり男は逮捕された。

 

二人で部屋に戻ると百合が真っ青な顔をして座った。

翔はコーヒーを入れて、

百合の前へカップを、ミーアの前にはミルクを置いた。

カップへ伸ばす指が細かく震えている。

カップを落とさないように両手でコーヒーを飲んでいる。

ミーアが心配そうに見上げて膝に頬を擦り付けている。

翔が心配そうに隣に座る。

「翔さん、とても怖かった。

 人間ってあんな顔つきができるのですね。

 あの血走った目、

 あの吊りあがった舌なめずりしている口、

 思い出すだけで身体の中から震えが止まりません。

 私は不覚にも最初は全く動けませんでした。

 お願いです。百合の身体をしっかりと抱きしめてください」

 

翔はそっと抱きしめた。

百合は翔の胸に頬をつけてじっとしている。

まだ細かい震えが感じる。

お嬢様の百合にとって、

自らを獣欲の対象として見られた経験は無かったため

その衝撃は普通ではなかったと思われた。

「あのまま、翔さんが来るのが遅れていたら、

 私はきっとあのナイフで刺されたのですね」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 単に脅すつもりだったのかも」

「でも翔さんに投げつける時は何の躊躇もなかったです」

「ああ、だからあんな獣には警察引き渡す前に

 僕達の前に二度と現れないような痛みを与える必要があった」

「私は本当に怖くなりました。でも翔さんが駆けつけてくれて良かった」

「ああ、ミーアの様子があまりに変だったから、

 俺も心底ほっとしてる。

 今後は俺の部屋に来る時は連絡することにしよう」

「はい、翔さん、とても翔さんの胸って大きくて暖かいです。

 震えが止まるまでしばらくこうさせてください」

「いいよ、百合・・・・」

 

百合の目が閉じられて翔の方へ向けられた。

翔もまだ少し震えが残る細い身体を抱きしめて唇を重ねた。

二人とも初めてだったので唇をつけただけだった。

唇が離れた後、百合は頬を染めキラキラ光る瞳で翔を見つめていた。

(つづく)

7.美波の誕生日

美波の誕生日は5月19日の金曜日だったので

翌日の土曜日20日に20歳のお誕生会をすることとした。

まさか北海道で娘の20歳の誕生日を一緒に祝えるとは思ってもいなかったからだ。

場所はJRタワーホテルにある有名なフレンチレストランを予約した。

エレベーターの扉が開くと支配人が挨拶をしてくる。

そのフロア全てがレストランで北海道出身の有名なシェフの経営する店だった。

予約時に娘の誕生日祝いであることを伝えている。

 

コース名:『“極上の喜び』

アミューズブーシュ「口を楽しませるもの」

 北海道産蝦夷鮑とすっぽんのブイヨン

 きのこ、黄にら、銀杏和え オリエンタル風味

 北海道産毛蟹と雲丹のスフレ キャビア添え、

 オマール海老のロティ

 アーティチョーク、オリーブ、セミドライトマト添え タイムとローズマリー風味

・メイン

 白老町黒毛和牛“あべ牛”フィレ肉とフォアグラの“ロッシーニ

 パープルアスパラガスの付け合わせ ペリグーソース                          

・北海道とフランスからのフロマージュ

 ロマージュブランのソルベ、

 金柑のマリネとレモンのジュレ和え、

・誕生祝いのケーキ(花火付き)

・コーヒー・紅茶

 

美波は本格的フランス料理に感激し、初めて飲んだシャンパンを美味しいと笑った。

慎一はその笑顔にどことなく妻に似ている雰囲気を感じお酒への強さを予感した。

花火に照らされた顔が明るく輝いている。

夫婦は娘が大人になった証に『ティファニーのオープンハートネックレス』を贈った。

首元へつけると『これ可愛いから好き』と大はしゃぎだった。

母親の静香には

いつまでも子供いて欲しい気持ちと

大人になった娘をまぶしく見える気持ちがあった。

(つづく)

45.お化けアパートの怪 6

「・・・翔、お願い、目を開けて、翔・・・」

百合の必死の声が聞こえてくる・・・

頬に落ちる水滴にふと気づくと目の前に百合がいた。

翔はバトルカーの近くの路上へテレポートしていた。

全身がバラバラになりそうな痛みが襲ってきた。

警部へ急いで連絡を入れる。

警察隊も苦戦しているらしい。

まさかバズーカ砲や手榴弾まで用意されている相手とは思わなかった。

多くの警官が負傷している。

近寄ることも出来ないし、相手は死にも狂いだった。

組長の弔い合戦と考え、死んでもいいと思っている。

 

相手の武器を沈黙させる必要があった。

翔はバトルカーの武器庫から、

3D画像投影装置『朧(おぼろ)式タマゴ』をクモママに搭載し、

麻酔薬の入った痛みの感じない細い針を飛ばすことのできるクモパパを出動させた。

警部へ作戦を伝え、敵が寝静まるまで待つように依頼した。

クモ夫婦を現場へ直行させた。

現場は薄暗い上にクモ夫婦は体色背景同化機能があるため

見つからないまま敵の近くへ移動していく。

ただ敵は瓦礫などに身を隠していて

その場所がわからないので場所を確認する必要があった。

クモママ搭載の3D画像投影装置を使い、何もない空間へ警官を出現させ、

そこへ敵の射線を集中させる。

場所の判明した敵に向かって、天井部分からクモパパが麻酔針を飛ばしていく。

やがて銃声がしなくなった。

クモパパからの情報で全員睡眠状態に入ったことが判明し警部へ連絡した。

警察はスヤスヤと眠っている泥棒夫婦と組員らを逮捕できた。

 

クライアントのアパートへ救急車が停まった。

そしてクライアントの部屋へ救急隊員が向かっていく。

クライアントは真っ青な顔をして狂ったように叫んでいる。

「婆さん、わしを許してくれ。金のためにお前を埋めたことを許してくれ。

 ナンマンダブ、ナンマンダブ」

病院へ警察が急行し事情聴収された。

クライアントの爺さんは、何年も前に死んだ婆さんを生きていることにして、

婆さんを床下に深く埋めて、ずっと年金を騙し盗っていたらしい。

このたびの戦いでの地下道の爆風で

地下に埋まっているはずの半分白骨化した婆さんが畳を吹き飛ばし、

地中から飛び上がり、寝ている爺さんの上に転がってきた。

爺さんは、突然婆さんが襲ってきたものと勘違いしたらしい。

(つづく)

6.二人でコーヒー

ある土曜日に札幌市を一望に見渡せる藻岩山をロープウェイで登った。

展望台からは日本海や札幌市の街並みの全景が綺麗に見えている。

夜景だったらどんなに綺麗だろうかと感じた。

下山してきた場所に喫茶店があった。

『ろいず珈琲 旧小熊邸』

外側にはテラスもありそこでもコーヒーが飲める。

今回は邸内で飲むこととした。

歴史を感じさせる建物でテーブルについて小熊邸の説明を読んだ。

北海道帝国大学農学部で教鞭をとった小熊博士の自宅だったらしい。

二人は店の名前の付くコーヒー『ロイズコーヒー』を頼んだ。

少し小腹が空いたのでハムチーズトーストも追加した。

 

『ロイズコーヒー』

一口飲むだけでその旨さに目を見張った。

挽きたての香りが鼻をくすぐり

変な苦味は一切なく酸味も適度ですっきりとして非常に飲みやすかった。

コーヒーの苦みが苦手な静香でさえも『おいしい』と目を見張った。

『ハムチーズトースト』

ハムとチーズが各々2個ずつフランスパンに乗せられ焼かれていた。

トロトロに溶けたチーズはフランスパンとの相性が良かった。

適度に焼けた塩味のハムはフランスパンにより甘味を与えた。

コーヒーとも絶妙に合うその味は秀逸だった。

この日を境に二人は時間が出来ればこの喫茶店に行くようになった。

 

静香は夫の仕事に打ち込む姿を見て、

家庭もないがしろにせず仕事もこなす夫を今更ながら好きになった。

やはり男は仕事である。

たまに夫に時間が出来た時には、夫の疲れが取れるよう常に心掛けた。

毎日へとへとで帰ってくる夫へ地元のものを使った元気の出るご飯を作った。

北海道は食材の宝庫で、静香には料理の研究もできて非常に楽しみだった。

二人の赤ちゃんも元気で1日1日とお腹が大きくなってきている。

マンション近くにある病院の産科婦人科へ受診し準備している。

昼間は二人の赤ちゃん用の下着や手袋や靴下を縫って過ごした。

夫は帰宅後それを見て触って、目を細めて喜んでいる。

夫にとっての癒しの時間は、静香とお腹の赤ちゃんと過ごす時間だった。

(つづく)

44.お化けアパートの怪5

翔は屋敷の庭から入って行った。

泥棒夫婦にわからないようにそっとつけていく。

泥棒夫婦は、下水道への道のレンガ積みをゆっくりと剥がしていく。

外道組の残党と合流するまで彼らは地下通路で待っている。

やがて残党組の10人が夫婦に近づいてきた。

翔は警部へ連絡した。

警部からも包囲網完成の連絡が入った。

 

彼らは、地下金庫の外側の空間に入っていく。

そして、下水道側の5名、金庫側に5名を配置した。

夫婦が壁の金属へバーナーを当てたところで翔が声を掛けた。

「そこまでだ。ここはもう警察に包囲されている。神妙にしろ」

男たちは半分慌てたが、あと半分は冷静に翔へ銃を撃ってくる。

マシンガンまで持っている。

「あいつ、組が潰れた時にいた奴だ。噂では超人らしいぜ」

「じゃあこれでどうだ」

翔に小型銃が効かないとわかると

対戦車ライフルやバズーカ砲まで出し始めた。

 

『これでは警察隊に死亡者出てしまう』と思い、

急いで一味へ向かった時、翔へ対戦車ライフルが発射された。

通常の弾丸は貫通させないバトルスーツではあるが、

対戦車ライフルは試していない。

果たして胸のプレート部分に強烈な衝撃があり

翔は大きく吹き飛ばされた。

胸部から全身へ衝撃と痺れが広がっていく。

「おう?これは効くぞ。もっと撃て、親分の敵じゃ」

体中に何発も対戦車ライフルの弾丸が当たって吹き飛ばされていく。

翔は、泥棒夫婦の作った地下道へ飛ばされた。

そこへバズーカ砲の弾丸が飛び込み爆発した。

「これがとどめじゃ。カチッ、カチッ、ゴロ、ゴロ・・・」

土煙の中へ手榴弾が複数個投げ込まれる。

翔は必死で屋敷から来た道へ這って逃げていく。

後ろから手榴弾の爆発の衝撃が襲ってきた。

『ひえー、婆さん、わしが悪かった許してくれー』と悲鳴が聞こえたが

通路が上下左右から崩れていく。

身体の上へ土が覆いかぶさってきて地下道がふさがって行く。

榴弾の衝撃でヘルメットにある酸素供給機能が破壊された。

最後の手榴弾が間近で爆発し吹き飛ばされた。                   

翔からふっと意識が消えた。

(つづく)

5.初出勤

月曜朝早く目覚めた。

新聞を読み、朝ご飯を食べて、手作りのネクタイをきゅっと締めて部屋を出た。

妻の『いってらっしゃい』の声を背中に受けての気合いの朝だった。

新たに発足する新銀行『六花銀行本店』は大通公園に面する北側の通りにある。

銀行に着くと早速に会議があって二つの銀行の現場業務の調整が始まった。

二つの組織が一緒になるのは簡単なことではなく当然色々と軋轢も反発もある。

それは当然のことなので見ないふりをして、

ビジネスライクに物事を切り分けながら

課員をまとめてやっていかなければならないことを理解した。

そんな毎日で朝早く出て、遅く帰る日々が続く。

 

3月末に札幌へ来た時には、山にはまだ白く雪らしきものは見えており、

マンションの周りの道路でさえも日陰には氷が残っていた。

妊婦の静香には危なくて歩くことも怖かった。

しかし、4月中旬になりその氷がなくなると一気に街並みが鮮やかな彩りに変わって行く。

北海道の春は、街中も山もそこもかしこも一気に花が咲き誇る季節だった。

色とりどりの花々が急ぎ足の人の足を止める。

 

北海道神宮へ安産祈願でお参りした。

おみくじをひくと『大吉』、出産は安産で子、母体とも安心とあった。

二人はほっとして神様へお礼でもう一度参拝した。

神宮内は桜が満開で目に優しかった。

ふと目を移すと桜だけでなく梅も咲いていることに気がついた。

多くの人が花見のために集まって、

そこら中からジンギスカンの香りが漂ってくる。

道産子の花見はジンギスカンで決まりだと感じた二人だった。

 

春の大通公園は花好きの人達が創作した多くの花壇に彩られている。

暖かい日差しの中で春の小箱の蓋が開けられたように散りばめられている。

静香はお腹の赤ちゃんにもこの風景を見せようとよく散策した。

梅雨らしい梅雨もなくカラリとした風が頬に気持ちいい。

ライラックが綺麗に咲き誇っている5月中旬の大通り公園は

『さっぽろライラックまつり』が開催されている。

多くの市民がゆっくりと散策し可愛い薄紫色の花を見つめている。

大通公園は季節毎になにがしかの催しものがあり、

芝生もあるため子供たちを遊ばせるには最適の場所と感じられた。

(つづく)

43.お化けアパートの怪4

翔は、泥棒二人が寝静まった頃、そっと地下道へ降りて行った。

ゴーグルには赤外線や紫外線感応画像が流れていく。

こんな大きな地下道をよく二人で掘り進んだものと感心した。

ちょうど爺さんの部屋の下辺りに来ているが、

柔らかい土が落ちてきている。

泥棒男がその部分を厚い板と太い柱で補強している。

 

下水道まで進み、

家の通路から下水道への出口を撮影し、再度組み直した。

そして銀行の地下金庫付近を調査した。

暗い下水道ではパッと見た目にはわからないくらい自然なレンガ積みとなっている。

それを写真で撮って、

レンガを剥がしていくと地下金庫の壁材が見えている空間に着いた。

これはすごい技術だった。

この壁1枚の向こうにはお金がうなっているのだ。

足元にはセメントを砕く機械や金属を溶かすバーナーを用意されている。

来週が月末の金曜日なので多くのお金や貴金属が運び込まれる筈だった。

翔は、画像を調べてレンガを元の状態に組み直して下水道から歩いて地上へ出た。

 

都倉警部に連絡し現行犯逮捕するため待機した。

いよいよ金曜日の銀行業務が終了し深夜が訪れた。

警部たちは、川口組がどこから来るかがわからないので

とりあえず地上で待機している。

地下道の反対側にも警官を配備予定で、

1人も逃がさない布陣を考えている。

 

泥棒夫婦は寝静まった近所を確認して、

大きな鞄を持って庭から地下道へ入っていった。

もちろん男の背中にはクモ助が下りており『聞き耳タマゴ』は設置されている。

男は携帯電話で川口組へ連絡をしている。

有料駐車場にバトルカーを停めて川口組を見張っている百合とアスカから連絡が入った。

10名ほどの組員が事務所から出てきた。

1人の組員の背中にクモ助を下ろして『聞き耳タマゴ』の設置に成功した。

彼らはゴルフバッグのようなものを多く担いでおり中身は武器と思われた。

アスカがクモ助を回収して車に戻ってくる。

翔のゴーグルへ彼らの移動地点が送られてくる。

警部へそのデータを送信し、彼らの移動場所を知らせ

彼らに見つからないように周りから包囲し逃げ道を塞いでいった。

(つづく)

4.慎一の自覚と不安

慎一は妻から妊娠の事実を告げられた時、

いつかそうなるとわかっていたが、

その瞬間はどう考えていいのかわからなかった。

自分とは異なる人間の中に自分の半分と同じ人間がいるという不思議な感覚だった。

 

『あなたの赤ちゃんが欲しい』と言っていたので避妊はしなかった。

日々喜びを知って『こんなこと初めて』と恥ずかしそうな素振りの妻、

素敵に変わっていく妻を見ているだけで嬉しかった。

もちろん子供はできた方が嬉しいが、それほど切実には考えていなかった。

長男ではあるが分家である実家は跡取りを考える必要はなかったからだった。

長い間1人だった妻がそんなに早く妊娠するものとも考えていなかったし、

娘は美波がいるので神様にお任せしていた。

でも時間が経ち子供のいることを理解してくるとじわじわと喜びが湧きあがってきた。

 

父親になるってこんな気持ちなんや』と初めて理解した。

そして、父親として家族のため仕事や生活への責任も痛感した。

今は、まだ働いているから心配は無いが子供たちが成人する時に自分は定年となる。

それにも増して銀行再編の嵐の中で生き残っていくのも大変な時代だった。

娘との約束『絶対にお母さんのそばにいて欲しい』を守るために

念のための次の人生も考えておく必要がある事に気が付いた。

 

最近、娘から金融や経営関係の授業の質問があって、妻も興味津々で聞いている。

もともと小料理屋を長年に渡って経営してきたのだから経営者の視点は的確であった。

特に資金活用の視点は非常に優れていた。

冒険や無理をせず安全を優先する。

儲ける時期は外さない。

常に資金に余裕を持たせる運営方針を維持する。

妻と相談してみようと考えたが、

先ずは子供が生まれて落ち着いてからと考え直した。

 

現在の不動産状況として、

角盤町の良い場所にあった店はすぐに売れて資金は銀行に確保している。

米子の実家は不動産会社を通じて貸し出している。

田畑も企業へ貸し出しているので当座は資金的な問題は無い。

 

現在の銀行金利はバブル時代の名残も一切無くなり、

今後も1%を越えることは期待できないと思われた。

バブル時代はお金を銀行や郵便局に定期で寝かせておけば勝手に金利がついて、

1億円あれば利子で暮らせると言われていたのにえらく様変わりしてしまっている。

いずれ金利は0円になる時代が来るかもしれない。

それを考えた時、将来の子供との定年後の生活に一抹の不安を覚えた。

まあそうなれば妻が『また店をする』と言い出すかもしれないが

それは最後の手段としてとっておきたかった。

(つづく)

42.お化けアパートの怪3

「ねえ、あんた、まだなの?もう1ヶ月以上も掘ってるのよ」

「周りに気付かれないように掘り進んでいるから待て、あと少しのはずだ」

男は地図を広げて説明している。

地図には銀行の地下金庫への通路が描かれている。

「あんたが、地下道が崩れないようにセメントや板で補強しているからいいけど、

あまり気持ちの良いものじゃなかった。でも下水道へ繋がればもう心配ないね」

「そうだ、仮に警察が来てもこの通路に隠れていればわからないから安心だ」

「あんたは、天才だね」

「ああ、来週には地下金庫の壁に着くから、仕事終わったら高飛びだな」

「楽しみね、私はヨーロッパがいいわ」

「どこでも行きたい放題さ、地下金庫は電子錠だから銀行側は安心しているはず。

 それに金曜日の夜に地下金庫に入って盗めば、

 発覚するのは月曜日だからその時には俺達はもう日本にはいないのさ。

 それにあいつらも来るから荒事も大丈夫だしな」

「でも、大丈夫?あいつら信用できるの?」

「まあ、いざという時のための保険だから、

 それに仲間にしなかったら殺されてたし」

「そうだけど、あの組はこの前解散みたいなものってニュースにでてたよね?」

「残党はたくさんいるから仕方ない。早く終わらせて高飛びしようよ」

「そうね、こんな嫌な日本とはおさらばよ」

「でも、今回はお前の銀行の情報が正確だったから助かったよ」

「ああ、あの銀行、酷いところだから。特に支店長、最低」

「確か、セクハラというか強姦というか酷い話だよなあ。こんなに可愛いお前を」

「あんたって、天才ね。好き、もっと私を喜ばせて・・・」

 

前回のオレオレ詐欺事件の実行犯の川口組の残党が絡んでいると知って緊張した。

川口組はチャイニーズマフィアとも関係があり、武器も潤沢な暴力団だからだ。

この前の事件以来、縄張りを他の組に取られて肩身の狭い思いをしているので

残された子分達はここらで一発派手にやって

親分や幹部へ元気にやってる証を残したいと考えているのかもしれない。

翔はこの戦いには双方で死人が出るかもしれないと思い戦慄した。

(つづく)

3.美波の戸惑い

美波は部屋を大体片付け終わったので昼前に小樽へ帰った。

電車の中で昨夜の双子ちゃんのことを思い出し、

お母さんが今の私と同じ年齢で身ごもったことを思い出した。

私が生まれて数年暮らしてお父さんが亡くなり美波を一人で育てた。

それは今の自分には想像もつかないくらいの長い時間だった。

 

今でこそ娘の私が『お母さんが可愛い』と感じるくらい変わったが、

小さい時から強い母しか見ていない美波は戸惑いを感じている。

それほど母にとっては厳しい世の中だったということと理解した。

お父さんにしても、母と結婚してくれてすごく嬉しいが

死別した相手を持つ女性を妻として迎えることのできる心の強さにも驚いた。

そして、今も仏壇を持ってきている。

美波もお父さんみたいな心の強い男性を見つけて、

母のように強くなりたいと思っているが、

実際に母と同じ経験をして同じことができるとは思えなかった。

 

二人の長い間夫婦として暮らしたような溶け込んだ雰囲気を感じて、

ジェラシーに近い感覚を感じる自分もいることに気がついて驚いている。

赤ちゃんたちも生まれることだし、

私にある母との双子感覚を捨てる必要があると感じた。

私を見送る時に涙を浮かべる母を見て、こちらも強がって笑っている。

しかし、本当のところは二人が札幌へ来て、ほっとしている自分もいる。

(つづく)

41.お化けアパートの怪 2

何日間か待ったが一向にその怪現象は起こらなかった。

3日も経った金曜日の夜中、爺さんの部屋でじっと待つ。

爺さんは亡くなった奥さんの写真に向かって手を合わせて拝んでいる。

ふと郵便受けに奥さん名の年金振込書が入っていたことを思い出して

「奥さんは亡くなったのですよね?」

「いや、あいつは生きてる。今はいないだけ、もうじき帰って来るはず」

翔は奥さんに逃げられた爺さんを可哀想に感じ、

それ以上は聞かなかった。

 

遠くから車のクラクションや人の話し声が聞こえてくる。

しばらくして、部屋に振動が出始めて奥さんの写真が倒れた

『ミシ、ミシ、ミシ・・・ザクザク、ザッザッ・・・ミシミシ』

『・・・いつまでこんな・・・まだ・・・。そん・・・もうじ・・・がんば・・・』

「だろ?聞こえるだろ?俺、怖いんだ。

 きっとカ・・いや化けて出てくるつもりかも」

「しっ、静かにして」

翔は、地中から漏れて来るように聞こえてくる音声を録音している。

1時間もそんな様子が続き、やがて静かな夜が続いた。

爺さんは音と振動が無くなって安心したのか眠り始めている。

 

翔は、部屋に戻るとドローンを窓から飛び立たせた。

このアパート300メートル四方を探査し始めた。

X線、赤外線撮影も同様に行った。

そしてRyokoにここら一帯の地下道や下水道の走行を検索させた。

そして、これらの画像を3D処理してアパートを中心とした画像を作成した。

そこでわかったことは、

ある大きな一軒家の庭にあるプレハブの納屋から

地下道が掘られていて下水道に繋がっていた。

深さも5メートルととても深いものだった。

方向としては、このアパートの地下を突き進んでいる。

 

翌日から一軒家の監視をすることとなった。

もちろんクモママ、クモ助を出動させてのもので

すべて録音録画されている。

この家の夫婦は、大きな屋敷に住んでいる割には貧乏そうな服装で暮らしている。

そしてなせか庭にはフォークリフトが置かれている。

庭を良く見ると、大きな袋がいくつも置かれており中身は土だった。

たまに主人らしき男が庭にトラックをつけて

フォークリフトで荷台にその袋を積んでどこかへ出かけていく。

(つづく)

2.初めての胎動

ホテルでの夕食後美波が部屋で片づけをしている。

慎一はテレビを見ながら静香と二人でゆったりとお茶を飲んでいる。

美波は明日の昼には小樽へ戻るそうだ。

慎一はしみじみと妻を見た。

最近の静香は新婚旅行当時と違って、

さすがにお腹もふっくらとしてきている。

しかし、新婚当初の初々しさと可愛さは変わっていない。

と言うより、どんどん若返って見えると言うのが正解かもしれない。

同僚・同期からは2歳違いには見えなくて、

5歳から10歳違うように見えるらしい。

静香は自分を見つめている夫に気がついた。

 

「あっ、あなた来て、手を持ってきて」

「???」

「早く、今、動くわよ」

「えっ?そうなん?どれどれ・・・」

『モゾモゾ』

「あなた、この子たちがお父さんこんにちはって」

「そうなん?うーん」

『モゾモゾ』

「あっ、ほんと」

「そう、この子たちが、ごちそうさまだって」

「そうか、もう僕がわかるんだ。こんにちは」

「ふふふ、きっとあなたの声が聞こえたのよ」

 

何かを察知して部屋から美波が出てきた。

「お母さん、もしかして赤ちゃんたちが動いたの?」

「そうみたい、お姉ちゃんよろしくって」

『モゾモゾ』

「本当感じるわ、こんにちは。お父さん本当におめでとう」

「ありがとう美波、お姉ちゃん、よろしくな」

「うん、私も赤ちゃんたちに会うの楽しみ」

慎一は嬉しくなって、

久しぶりに『静香スペシャル』と『美波スペシャル』を作った。

3人と2人はコーヒーを堪能した。

 

夫婦二人で子供の名前を話し合った。

男の子は、この雄大な大地で育つ大樹のような男になって欲しいと考えて『雄樹』、

女の子は、夏のように明るく美しい子になって欲しいと考えて『夏姫』と決めた。

翌朝、美波に話すとそれはいいと大賛成だった。

(つづく)

40.お化けアパートの怪 1

ある日、小汚い爺さんが、新商売「オールジョブ」へ現れた。

事務所の中を見回しながら、

「探偵事務所と聞いたのに違ってるね・・・」

「は?はい、以前ここにありました事務所は閉められたようです。

 もし私どもに何かできることがあれば・・・」

「うーん、何でも屋だから同じようなものかなあ。

 わしの住んでるアパートに幽霊みたいなものがいるので困っている。

 夜中に部屋がガタガタして、人のような声が聞こえてくるじゃ」

「幽霊なら祈祷師がいいのでは?」

「頼んでも駄目だから来ているのじゃ」

「わかりました。まあとりあえず調べて見ます。

 少し準備するので先にアパートへ戻っていて下さい」

「わかった。楽しみにしておるぞ」

「了解しました。ただあまり期待しないで下さいね。

 ただ調査するだけですから。

 もし本当に幽霊しかいないとわかればお手上げですからね」

「そうか、でも何とかしてほしい」

老人のアパートの場所は奇遇なことに翔が大学時代住んでいたアパートの近くだった。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:宮本顕一郎様。80歳。

依頼人状況:無職、年金暮らし。

種類:お化け被害

経過:夜中になると部屋で男性や女性の声が聞こえて、細かい振動で部屋がゆれる。

調査方針:現場の状況調査。犯人の特定。

 

翔は偵察用具及び調査道具一式を詰めて、バトルバイクで出発した。

クライアントの部屋の隣が空いていたのでそこに一時入居した。

窓からは翔が学生時代住んでいたアパートとその向こうに銀行や証券会社が見える

早速クライアントの部屋を訪れた。

6畳ひと間に簡単なキッチンが備え付けられている。

部屋の片隅にある箪笥の上に亡くなった奥さんの写真が立てかけられている。

部屋の中を撮影し、壁などを調査するも特に怪しいところはない。

部屋の隅の畳がポコポコとして歩きづらいが

クライアントがそこに座布団を引いて座っている。

とりあえず夜にまた訪問することを伝えて、事務所へ戻った。

Ryokoにクライアント近辺でのお化け騒動の情報を検索した。

隣のアパートの学生が2チャンネルで、

クライアントの爺さんが祈祷師を呼んだ話をつぶやいている。

彼女といる時でも細かく揺れることもあり

集中できなくて困っているともつぶやいている。

何かが起こっていることは確かなようだった。

(つづく)