はっちゃんZのブログ小説

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37.オレオレ詐欺団を壊滅せよ 3

弁護士役の男はアパートへと帰って行く。

部屋には彼女がいるらしく。愚痴を言っている。

「しょうがないじゃない、あなたが浮気したんだから」

「俺は、嵌められたの」

「はいはい、わかったわ、でもしたことは確かよね?」

「う、うん、そうだけど」

「だから慰謝料がいるのも仕方ないんじゃない?」

「そうなんだけど・・・」

「ああ、こんなバカな男と付き合うんじゃなかった。

 今、声がかかってるの」

「誰だ」

「さあ、あなたも知ってるわ。一緒に外国に行こうって」

あいつだな、許さないぞ。なあ、俺を捨てないでくれよ」

「はあ、本当に情けない男。弁護士の癖にあんなヤクザを怖がって」

「こわいんだぞ。あいつらは、倉持組はここら一帯を治めているんだぜ」

その道の人の正体がわかったので急いで調査に入った。

 

倉持組は代々木で事務所を構えている。

正式な構成員数は約500名。若頭は鬼熊と鮫川、本部長は金賀。

資金源は、何か不明だが噂では覚醒剤や売春をしているとの情報がある。

木村という男がビルから出るのを待った。

その時、部屋の電気が消えて木村らしき男が出てきた。

大きなアタッシュケースを持って急いでいる。

翔はいつものように年寄の浮浪者の変装をして

ヨロヨロとふらつきぶつかりながらクモ助を背中に貼りつけた。

「馬鹿野郎、気をつけやがれ」と怒声を投げつけられた。

クモ助はいつものように襟の中に入り込み

『聞き耳タマゴ』を埋め込んだ。

木村がタクシーを待つ間に

クモ助は地上へと落ちて物陰で翔の回収を待っている。

 

木村がタクシーを拾った。どうやら川口組へ行くようだ。

翔はバイクで後を付けた。

倉持組ビルの斜め前にある24時間喫茶に入り

『聞き耳タマゴ』からの情報を取る。

「おい、最近サボってねえか?こんなはした金じゃ、組長が喜ばねえよ」

「結構がんばっているんです。またがんばりますから」

「がんばるのは皆がんばってるんだよなあ。結果がどうかが大事なのさ」

「はい、金我さん、わかりました。皆にもっと気合いを入れさせます」

「最近、弟がサツに捕まって、稼ぎが減って組長の機嫌が悪いのさ」

「そうでしたね。確か来光(らいこう)財団で経理されてましたよね」

「そうさ、噂では若い探偵が警察の犬になって教団を壊滅させたらしい」

「どこの探偵ですか?」

「さあ、それがわからない。東京のどこかにいるんだろうなあ」

「そいつを見つけたらどうします?」

「もちろん、殺すさ」

「それとうちの覚醒剤ルートを潰したのもそいつらしいという噂だ」

「じゃあ、組長と兄弟分の趙さんを捕まえたのも」

「そうさ」

「じゃあ、資金源は・・・」

「そう、だから組長はおかんむりなのさ。困ってる。

 俺が株と為替で不足分はなんとかしのいでいるが

 いつまでもまぐれは続かない」

「そうですか、わかりました。もっとうちの若いのに発破かけさせます」

「頼むぞ、期待してる」

(つづく)

46.新婚旅行、娘と、2

翌日、小樽観光を満喫した。

小樽運河クルーズ」や「北一硝子」などを回り

休憩では「ルタオ本店」を目指した。

有名なこの店の人気商品『ドゥーブルフロマージュ』を食べるためだった。

慎一はコーヒー、静香と美波は紅茶を頼み、ケーキセットを頼んだ。

美波は『奇跡の口どけセット

(生ドゥーブルフロマージュと生ヴェネチア・ランデヴーのセット)』

静香は『ショコラドゥーブル』を頼んだ。

 

・生ドゥーブルフロマージュ

噂通りの美味しさで女子二人は

『美味しいわ、これは太るわ、でもやめられない』と大騒ぎだった。

ふんわり雪のようにとろけるレアチーズケーキ、

しっとり濃厚なベイクドチーズケーキの2層仕立てで

口の中では2層が溶け合い、ふわふわっトロトロの食感が広がった。

・パフェ ドゥ フロマージュ

クリームチーズとカマンベールチーズ、マスカルポーネチーズの3種を

低温のスチームオーブンでじっくりと蒸し焼きにしたもので

見事に3種のチーズが一つになっている。

これも女子二人は『これも好き』などと大騒ぎ。

・ショコラドゥーブル

ドゥーブルフロマージュクーベルチュールチョコを加えたものらしく、

カカオのまろやかなほろ苦さと、チーズの酸味が調和していた。

下層はクリームチーズとスイートチョコを使って焼き上げたベイクドタイプ。

上層はマスカルポーネチーズと北海道産の生クリームを使った

レアタイプの2層仕立てで

これも女子二人はきゃあきゃあ言いながら食べている。

結局、最初から最後まで騒ぎ通しでよく疲れないものだと感心しながら、

本当にうらやましいくらい仲の良い親子だなと感じた。

 

もう夕方が近づいて来ている。

今晩は札幌市内のホテルで泊まり明日に米子へ帰る予定だった。

静香は離れがたいのか美波に札幌にも泊まりにこないかと誘っている。

美波は『新婚旅行なのだから二人で楽しみなさい』と答えている。

『それにこれから毎年北海道に来るつもりなんでしょ?』とも答えている。

どちらが年上かわからないくらいだった。

子供とはほんの少し離れただけで

こんなに大人になるスピードが速いのかと驚きもした。

 

静香が少し席を外している間に、美波が

「お父さん、お母さんすごく綺麗になってて驚いた。

 あんなに笑うお母さんは初めて、きっと今がすごく幸せなんだなって思った。

 お願いがあるの、絶対にずっとお母さんのそばにいてあげてね。

 美波もお父さんみたいに優しい人を探すからね。

 ・・・それと早く妹が欲しいなあ」

そこに静香が帰ってきた。

「美波、本当に帰っていいの?ねえ、あなた」

「お母さん、いいの、お父さんとお母さんは今夜こそ札幌でゆっくりとしてね」

「そう?そうなのね。わかったわ。でも休みになったらいつでもかえってきなさいよ。

 美波の部屋はそのままでマンションに置いているから」

「はーい、ありがとうね。では美波はここで、友達が向こうで待ってるの、じゃあね」

「気をつけてね、美波」

美波が足早に店を出て行く。

少し目が赤いところを見ると泣くのを見られたくなかったようだ。

静香はもう涙してる。

「静香、あの子ももう大人やから、今度は我々が子離れせんといかんのだろうな」

「そうですねえ。でもあの子、元気そうで安心しました」

「そうそう、もしかしたら札幌に転勤あるかもよ」

「そうなの?」

「そう、今、札幌の銀行と提携を進めていて、

 来年春には新たに支店を立ち上げるって。

 日本のどこかから社員が集められるらしいよ」

「じゃあ、来ることになるかもしれないわねえ」

「またまた、子離れ・・・っていったのに」

「ごめんなさい、そうだったわ。

 もしそうならいいなと思ったの。

 札幌に来てあの子の言ってたことがわかったの。

 確かに住んでみないことにはわからないけど、第一印象として札幌は最高ね」

「そうやね、こっちには同期もいるし知り合いもいるし」

「わたし、なにか美波がうらやましくなってきちゃった」

「心配したり、うらやましがったり忙しいねえ、まあ仕方ないけど」

「そういえばそうね。これも神様任せにします」

「そうそう、神様に任せるのが一番」

「きっと、いい方向に行くわ。うん、そう決めた」

「そうそう、美波が妹はまだかって言ってたよ」

「えっ?もう?美波ったら・・・気が早いんだから・・・」

耳まで真っ赤になった静香がうつむいている。

(つづく)

36.オレオレ詐欺団を壊滅せよ 2

聞き耳タマゴからは事務所内の声が聞こえてくる。

「お疲れ様、佐藤、今日の金をここに出せ」

「はい、木村さん、今日は300万です」

「婆さん、どうだった?もう1回くらい引っ張れそうか?」

「はい、そうですね。まだまだ大丈夫でしょう。大きな屋敷だし」

「そうか、今度はその道の人の声で脅せば1000万くらいは大丈夫かもね」

「どうやら、婆さんは1人で住んでるみたいだし、

 土地も家も根こそぎ取れるかもしれませんよ」

「それはいい話だ。婆さんもあと少しの寿命だろうし、

 お金は我々が有意義に使ってやろうぜ」

「そうですね。それがお金を貯めた婆さんへの孝行ですね」

「おう、まだまだがんばれよ。

 おめえの借金はこんなものでは足りねえぜ」

典型的な『オレオレ詐欺』だった。

 

部屋の中からは、多くの若者の電話の声が響いてくる。

毎日のようにお年寄りが餌食になっていることがわかった。

確かに婆さんのようにお金がある人間の考え方で

『ほんの少しのお金で片がつくなら安いもの』

という意識が詐欺の温床となっている。

孫可愛さに孫の言う事を聞く事で

『年寄りの寂しさを紛らわせている』のかもしれない。

これは今の世の悲しき一面を現わす犯罪でもあった。

夜8時になるとグループ員は

『お疲れ様です。ではまた明日』と帰っている。

ボスらしき男木村と弁護士と名乗った男佐藤はまだ残っている。

 

「お前が本当に弁護士だから相手も騙される。

 お前を引っ張って良かったぜ」

「まあ本名は出さないからいいけど、

 ある程度集金したら開放してくださいよ」

「お前さ、誰の女に手を出したかわかってるのか?」

「わかっています。ただあれはあの女が勝手に来ただけで・・・」

「そんなことをあの人が信じればいいけどね。

 すごく愛しているぜ、あの女を」

「あんなスベタをねえ。自分からホテルへ引っ張っていって、

 自分で俺の上に乗って腰を振ってきて、

 レイプされたの・・・だってありえないでしょう!」

「でも、嬉しそうに下から腰を突き上げてたのもお前だよね」

「まあ、確かに」

「あの人達は、自分の面子を大事にするから、女を悪くできないだろ?

 お前はあの女の趣味にあったから運が悪かったのさ。

 でも気持ち良かっただろ?あの女は具合が良いって評判だぜ」

「それはすごく良かったけど・・・」

「なら我慢するこった。

 それにお前は自分のお金を出しているわけじゃないから」

「そうだな、しかし馬鹿な年寄りが多いよなあ。

 どんだけ金持ってんだか」

「そうそう、死んでもあの世にお金は持っていけないのになあ。

 まあ、われわれにはありがたいこった」

「それとここにいる若い奴も馬鹿だよなあ。

 警察にばれれば俺達は高飛びするから

 あいつらが捕まることになるのになあ」

「しょせん、勉強もしていない馬鹿は仕方ない。無知は罪なのさ」

「あんたもひでえなあ。

 まあお互いこのハリウッド並みの仮面をかぶっているから

 脱いで逃げれば誰もわからないだろうけどねえ」

「しっ、それは黙っておきな。

 お互い顔を知らない同士だからうまく行くのさ」

「しかし、僕は奴らに顔がばれてるから逃げられないよなあ」

「いつか顔を変えればいいさ。どうせ弁護士なんざ儲からないんだろ?」

「そうなんだ、あんなに必死で勉強して

 こんな生活なんて想像もできなかったよ」

「俺も奴らには顔を押さえられてるから同じだぜ」

「まあ、お互い早く足を洗えるように年寄りを騙そうよ。

 じゃあまた明日」

(つづく)

45.新婚旅行、娘と、1

新婚旅行は美波もいる北海道と決めて6月に出発した。

北海道は梅雨のないカラリとした気候で、

確かに冬は寒いかもしれないが

その過ごしやすさに夫婦は大変気に入った。

そして今後、定期的に娘と会いがてら観光に来ようと決めたのだった。

千歳空港からはレンタカーを運転しても良かったが、

今回は電車で小樽へいくこととした。

小樽駅では慎一が贈ったバッグを肩にかけた

少し大人びた美波が待っていた。

ほんの1か月前に会ったばかりなのに、

娘の顔を見ると静香はまた涙している。

 

今晩は「ホテルノルド小樽」の和洋室に3人で予約を取っている。

このホテルの外観は大理石で出来ており、

小樽の石造りの街並みに溶け込んでいる。

1階は木を基調にした暖かくそして優しさ内装で、

大理石に囲まれた空間に噴水と花が飾られている。

部屋の窓からは、歴史的にも有名な小樽運河と倉庫群、

そして日本海を望む小樽湾が広がっている。

慎一と静香は親子3人でゆっくりとホテルライフを楽しもうと考えている。

美波はすでに地元の人間になっているが

それほど小樽の街を知っている訳ではないので喜んでいる。

 

先ずは大学と美波の女子学生専用のマンションへ

行って見ようということになりタクシーに乗って大学まで直行した。

小高い山の上に小樽商科大学はあった。

運河と同じレンガ色の校門が3人を迎えた。

単科大学なのでこじんまりとしているが

日本でも有数の古い歴史を誇るプライドが現れているように見えた。

慎一は大学時代のことを思い出し、娘の青春が始まったことを感じた。

大学を色々と散策し、正門を出て坂道を下りていくと

マンションは垢抜けした感じで小樽の街並みに溶け込んでいた。

冬にはこの坂道は雪の壁が出来るくらい降り積もるらしい。

美波が入試の時、

積もった雪が舞い上がり吹雪になって目の前が真っ白になって、

ついつい足元から注意を逸らしてしまい坂道で滑って転んだ話をした。

一瞬、縁起が悪いと思ったが無事合格してほっとしたと笑っている。

 

3人は小樽の街並み観光を人力車に乗って楽しんだ。

夕陽に染まる運河が美しかった。

ホテルで親子3人水入らずで部屋食をゆっくりと食べた。

北海道は食材王国で海の物、山の物全てが美味しかった。

「刺身(スルメイカ、ウニ、甘エビ、ボタンエビ、ヒラメ、サーモン)」

「シャコエビ、ミズタコ酢の物

「蟹三昧(ケガニ、タラバガニ、ズワイガニの蒸物)」

「白老牛のステーキ」

「鮭とキノコのホイル焼き」などテーブル一杯に広げられている。

慎一は、北海道限定の

サッポロビールクラシック』の生ビールを頼んだ。

このビールはコクがあるのに

スッキリとした飲み心地でいくらでも飲めた。

静香は飲み過ぎないようにと慎一のビールを少しだけ貰って飲んでいる。

でもついつい半分くらい一気に飲んでしまい、

それを見て美波が大笑いしている。

静香は真っ赤になって恥ずかしがった。

 

美波と静香は仲良く二人でかけ流しの温泉のある大浴場へ行った。

慎一もゆっくりと大浴場に入り、

広い窓からイカ釣り船らしき灯りを映す日本海を見ていた。

日本海には色々な顔があることを知った。

今日の日本海は優しく静香、美波親子を見守っている。

(つづく)

35.オレオレ詐欺団を壊滅せよ1

朝早く事務所の電話が鳴った。

翔が急いで出るといつものお婆さんからだった。

事務所へ直接出向いて話を聞いてもらいたいとの依頼だった。

お婆さんの家は大きな屋敷だが、翔と話をするのが楽しみみたいで

いつも電気修理や棚の取り付けなど他愛もない用事で電話があるので驚いた。

少しするとインターフォンが鳴った。

百合がお茶を出すと、お婆さんは首を傾げながら話し始めた。

 

昨夜、田舎に住む孫から電話が掛かってきて、

『事故に遭って示談をしたいのでお金を貸してくれ』と言ってきている。

『実の親には怒られるので怖いから言えない

 相手がその道の人で家族に迷惑をかけるのが怖い

 このままでは俺自身がどうなるかわからない』と不安を伝えてきている。

警察へ言うように言ったが、『警察は民事には介入しないので無理』との返事。

弁護士だと名乗る男が電話口に出て、

「お孫さんのためにも用意して欲しい。

 警察は何か事件が起こってからでないと動けないし、

 お孫さんや家族に何かあってからでは遅いのでお願いしたい。

 300万円あればその道の人を何とか説得することができる』と言われている。

「夜なのでお金は用意できないから明日朝でいいか」と聞くと、

「朝10時に自宅に伺うので銀行で9時にお金を下ろして用意して欲しい」

と言われたらしい。

 

地元は仙台でそこから来るには何かおかしいと感じていた。

これがもし本当の話だったら300万円くらいは安い物だし、

家に連絡したいが孫のたってのお願いなので確認出来ないし

今はやりの詐欺だったら困ると思っているところ

ふと私立探偵だった翔のことが浮かんだとの事だった。

 

【依頼内容】

依頼人氏名:黒鳥麗子様、年齢(非公表、70歳くらい?)

依頼人状況:無職

種類:オレオレ詐欺

経過:孫からの電話があり、その筋の人の車と事故となり示談金を貸して欲しい。

   両親には怒られるから嫌なので婆ちゃんしか頼れないと言われている。

   ただ不審なことも多いので至急調査して欲しい。

調査方針:先ず、偽札を渡して相手の場所を調査開始。

詐欺か詐欺でないかを判断し、もし詐欺ならば警察へ通報する。

 

翔は、一万円札の精巧なコピーで作った札束を3つ用意した。

そして、お婆さんの家の玄関の屋根にクモ助を配置し時間を待った。

時間が来て、玄関へ弁護士らしきスーツを着た男が来た。

インターフォンを鳴らしている間にクモ助を降下させて背中に張り付かせて

いつものように『聞き耳タマゴ』を埋め込んだ。

お婆さんは翔の用意したお金を渡している。

その男は、封筒を開けて中身を見て鞄へ入れて立ち去った。

 

そこからはバイクで追跡していく。

男は電車に乗って代々木駅で下りた。

ゴーグル部分へ都内地図とタマゴの発信箇所が点滅して映っている。

代々木の古いビルへ入っていく。

翔は向かいのビルにあるファストフード店に入り、

2階席の窓際で詐欺グループ事務所の情報収集に入った。

(つづく)

44.相性

二人は早々にマンションを借りて引っ越した。

今度のマンションも家具付きの部屋なので箪笥などは少なくて済んだ。

最上階3LDKで大山が綺麗に見える部屋だった。

4月になり慎一はまたもや多忙な日々が続くが、

家へ帰るのが楽しみだった。

 

仕事を終えて帰ると

「あなた、おかえりなさい。お風呂湧いてますからどうぞ」

「今日はお酒にします?ビールにします?はい、一日お疲れ様でした」

「あなた、今日はこんなことがあったんですよ」

「美波がこんなことをいってきましたよ」

慎一には本当に信じられないほど楽しい日々だった。

 

仕事を残して部屋で残業している時、

ソファでの読書やテレビを見ている時は、そっとお茶を出してくれる。

静香自身も本を読んだりテレビを見てゆったりとしている。

何も話さなくてもお互いがお互いを認識できる気配がある。

それにお互い一人の時間があるので、

長い間独身だった慎一には過ごしやすかった。

 

『夫婦は長い時間、

 一緒にいると自然とタイミングや間が似てくるもので、

 二人でしかわからない時間感覚を持つようになる』

と聞いたことがある。

慎一と静香は初めて一緒に暮らしているにも関わらず

二人には自然な時間が流れている。

 

静香が昼間1人でいるとき、ふと彼とのことを思い出すことがある。

そんな時は頬が熱くなるのがわかった。

今まで夫しか知らない静香、

そして15年も前から経験のない静香にとっては、

若い時は夫にすべてをゆだねていただけの経験しかなかった。

しかし、今の年齢となって

どのように彼に抱かれていいのかがわからなかった。

 

彼の布団に誘われた時はとても勇気がいった。

何も知らないと女だと嫌われたらどうしよう・・・

本当に私のことを気に入ってくれるかな・・・

そんな不安を彼の優しさが溶かしていってくれた。

彼のリードで知らない間にすべてをさらけ出している静香がいた。

 

彼を初めて受け入れた時

やはり最初は少し痛かったが、すぐに彼で一杯になった。

私の痛みを察してくれた彼が優しく待ってくれていたのでうれしかった。

この人を好きになって良かったと心から感じた一瞬だった。

そのうち身体の奥から生まれてくる大きな波にさらわれ、

いつしか目の前が真っ白になり彼に必死でしがみついていた。

やがて身体の奥が彼の熱さで一杯になった。

しばらくするとその大きな波がさざなみとなりおだやかになった。

こんなことは静香にとっては初めての経験だった。

今までこんなに満ち足りたことはなかった。

 

もちろんその夜だけでなく、その後何度も彼に導かれ、

少しずつ敏感になり、

より深い喜びを感じるようになった自分に気づいた。

どんどん変わっていく私を彼は優しく見守ってくれている。

これが『身体の相性』なのだろうと思った。

普段の二人だけの何気ない会話や触れ合いに

『心の相性』の良さを感じた。

心身共に『相性』が合うということがこういうこと、

結婚生活っておだやかでこんなにすばらしいものだったと

初めてわかった静香だった。

二人は5月の連休に勝田神社で

身内だけの神前結婚を行い正式な夫婦となった。

その翌日にお礼のため出雲大社へ参拝した。

(つづく)

34.桐生事務所ビル改築

ある日、ビル所有者の葉山不動産からビルを改築・改装する連絡がきた。

もちろん探偵事務所は開いたままでいいと言われており突貫工事で一気にするらしい。

百合から聞かされた話によると、

現在の百合のマンションの部屋は

このビルの最上階へ引っ越すことになるとのことだった。

翔にすれば、完成後は行き帰りの時間は短縮されるし

百合も守れるので一挙両得だった。

事務所にはいつもアスカさんがいるので心配はしていないが

想定外のことで何があるかわからないからだ。

 

改装改築の作業員全員が

館林一族の関係者で占められており秘密は保たれている。

ビルの玄関以外は屋上も含めて厚い覆いで固められており、

数名の警備員も常駐し24時間体制で工事が行われている。

ビルの正面玄関は厚い強化ガラスのドアで外界から仕切られ、

エントランスルームの壁や装飾品には

見た目からはわからないが

監視・撃退など色々な装置が埋め込まれている。

壁は厚い鉄板と強化セメントで固められ、

透視不可能な素材が使われている。

全ての窓ガラスは銃弾を通過させない強化ガラスに替えられた。

1階は不動産会社が入り、

2階は探偵事務所、3階は貸し倉庫、4階が自室だった。

事務所奥のトレーニングルームと武器庫はそのままだが、

事務所内の隠し扉から4階自室へ直行できるようになっている。

部屋は現在の百合の部屋そのままが移動されている。

地下の駐車場への外部からの通路は埋められ、

車、バイクは1階の奥に格納された。

地下道への通路も整備されており、屋上もヘリポートができた。

施設全てがRyokoのコントロール下にあった。

翔に改装改築の理由はわからないが、何かが動き出していた。

(つづく)

43.最初の夜

お風呂からでてスキンケアをした静香が和室に入ってきた。

慎一は部屋を暗くして布団を持ち上げて誘った。

彼女が布団へそっと入ってくる。

慎一が抱きしめると

慎一の胸の中で胸の前で両手を組み合わせ身体を固くしている。

「静香、怖くないよ、僕にまかせておけばいいよ」

『コクリ』とうなずき身を寄せてくる

「最初はこんな風に抱いて眠るだけでもいいよ」

『イヤイヤ』と顔を横に振っている。

慎一は最初優しく、次に強い口づけをした。

彼女からも応えるかのように口づけを返してくる。

慎一の背中に回された彼女の手が強く抱きしめてくる。

まだ身体からは弱い震えが伝わってくる。

 

カーテンの隙間から差し込む弱い光が壁に当たり、

それに反射し照らされた顔は上気している。

いい香りのする髪へ口づけをして耳元から襟足へ唇を移していく。

『ピクリ』と反応する。

身体から細かい震えは消えて、その反応が増えてきている。

慎一は焦らないで宝物を扱うように優しくそっと愛していった。

彼女の身体から余計な力が抜けてきている。

耳元でささやいた。

「静香、可愛い、愛してる」

『ピクリ』と反応し、

その言葉に応えるかのように抱きしめる力が強くなる。

 

彼女へ長い間経験したことのなかった感覚が訪れていることはわかった。

慎一はその長い時間を埋めるかのように優しくゆっくりと愛していった。

彼女の呼吸が少し荒くなってきている。

静香の抱きしめる力が弱くなり、手足から力が抜けてきている。

そっと背中から胸に手を回す。

一瞬、胸を隠そうと

手を持ってきそうになったがその手に力は入っていない。

パジャマのボタンをそっとはずしていく。

手の平にあまるくらいのしっとりとした乳房が揺れている。

そっと唇を近づけていく。

小さな乳首を含むと小さな声で『あっ』と震えた。

 

慎一が優しくパジャマを脱がしながら、

そのか細い背中や肩、首筋へ口づけをしていく。

唇が触れるたびに身体が反応していく。

パジャマが脱がされると彼女の顔を慎一の方へ向かせる。

ふたたび胸へ優しく口付けしていく。

慎一の手が胸から下へと移っていく。

彼女の手が慎一の手をそっと掴んだ。

「怖がらなくてもいいよ。すごく綺麗」

「でも、恥ずかしい・・・」

「大丈夫、僕に任せて、力を抜いてごらん」

『コクリ』と彼女がうなずいた。

 

彼女の身体から完全に力が抜けて慎一にすべてを委ねている。

自然と開かれた両足は慎一の手の動きに合わせて揺れている。

やがて二人は一つになった。

慎一を初めて受け入れた彼女から小さな声が漏れてくる。

ほんの少し抵抗があり、身体に少し力が入ったようなので気になった。

痛みのためなのか、気持ちの高ぶりのためなのかはわからなかった。

そのどちらとも思える。

少し寄せた眉、

閉じられた瞼の涙の跡に気がついた。

慎一はそっと口づけでその涙を拭きとった。

そのまま動かずにじっとして抱きしめていた。

やがて彼女から徐々に力が抜けてきて、慎一へ口づけをしてくる。

慎一はほっとしてゆっくりと動かし始めた。

そこからはとぎれることのない二人の時間だけが流れた。

 

優しく激しい愛の行為のあと

二人は額をつけたままじっとして口づけをして見つめ合った。

「静香、すごく好き、いつまでもこうしていたい」

「あなた、わたしも・・・あなたと一緒になれて本当に良かった」

「それは僕も一緒や、ずっとずっと二人で一緒にね」

「うん、ずっとずっと、約束よ」

「うん」

(つづく)

33.未知の物質は?

「局アナ盗撮事件を解明せよ」が解決してしばらくすると、

京一郎から連絡があり、目黒研究所へ急行した。

以前、翔の脊椎液から抽出された未知の物質に関して

知らせると言われたからだ。

天才科学者、京一郎は悔しそうな顔をして話し始めた。

当然のことながら未知の物質なので物質名はなかった。

ただ世界中の隕石を調査したが同じものはなかったそうだ。

今後、新物質として論文を発表予定となっている。

物質名『ショユリウム(翔と百合を足した名前)』

として申請するらしい。

何かわからないがその性質は、

松果体への石灰化を防ぐ事はわかっただけだった。

超能力の原因もわからなかったし、

相変わらず翔の松果体は少年のままだった。

再度、脊椎液を採取された。

 

ヨーガにおいて松果体は、6番目のチャクラ(アージュニャー)で第3の目と言われているし、7番目のチャクラ(サハスラーラ)と結び付けられることもあるらしい。また天才と呼ばれる人や超能力者は、一般の人間より松果体が大きく発達し活性化していると言われているらしい。松果体が目覚めるとテレパシーが使えるようになると信じる人もいる。

翔はあまり科学的ではないことに気がついたが、超能力自体がきっと科学的ではないのだろうと思い直した。

 

百合はじっと聞いていたが

翔の身体に心配がないようで安心したみたいだった。

実は、兄には話していないが

以前、一緒に眠っていた時、翔の声で起こされた。

嫌な夢でも見ているのか

「百合、こっちに来ちゃだめ。危ない、逃げて百合」

その時、翔の身体が一瞬ぼやけて

頭の下に回された腕の厚みが無くなったことがあった。

でもすぐに身体がはっきりと見え始め翔が目を覚ました。

「ああ、ふう、夢か、良かった」

「悪い夢? 翔、私はここにいるわよ。安心して」

「うん、ふう・・・良かったあ・・・百合・・・いい匂い」

「ふふふ、もう、翔ったら・・・あん・・・

 眠る前にも・・・あん・・・好き」

と夜中にまたもや抱きあったことがあったのだ。

そして、そんなことは数度あった。

こんなことを言うと兄がまたもや変なことをし始めるので黙っていた。

 

しばらく兄の残念報告を聞きながらコーヒーを飲んでいた時

紅柳瑠璃博士が部屋へ入ってきて、

翔と百合の前に披露宴の招待状が置かれた。

なんと百合の兄の京一郎と紅柳瑠璃博士が結婚するというのだ。

結婚式そのものは

館林一族と紅柳一族が集まるそうで百合は列席することになる。

その後の新郎新婦のお披露目パーティだった。

以前の事件で紅柳博士が副所長となってから

やたら仲がいいなと思っていたら案の定だった。

表立っては京一郎さんと新婦瑠璃さんの友人ばかりの披露宴となっている。

(つづく)

42.広すぎる家

弓ヶ浜から家に戻り二人でゆっくりとお茶を飲んだ。

慎一は部屋をゆっくりと見まわして一人で住むには広すぎる家と感じた。

静香もそれを感じるようで、何かそわそわしながら見まわしている。

「美波一人がいなくなるだけでこんなに静かで広くなるのねえ」

「そうやねえ。いっそのこと、狭い所に引っ越したら?」

「そうねえ。それがいいかも、確かに不用心よね?夜遅いし」

「美波ちゃんが帰ってきてもお母さんが帰ってきても

 寝るところあるように3LDKくらいの物件ならいいよね。

 それもきちんとロックされてるマンションで」

「そうよねえ・・・

 ねえ慎一さん、しばらくお店休もうかと思ってるの」

「それはいいけど、どこか身体がおかしいの?」

「何か気が抜けちゃって、あまり店を開く気が起きないの」

「まあ、長い間、働き詰めだったしちょうどいい時期かも

 そうだ、今度の土曜日に日帰り温泉にでも行ってゆっくりとする?」

「それはいいわね。楽しみ。でもあの子きっと怒るわね。

 私がいなくなったとたんに二人してどこかへ行ってって」

「まあ、この一年間、

 受験生と記憶喪失のオッサンを相手にしてたんやから

 疲れて当たり前やで、そのご褒美ということで」

お互い顔を見合わせて笑った。

そして、どちらからともなく静かな時間が訪れた。

 

慎一は静香をじっと見つめて

「静香さんが弱ってる、

 こんな時に言うのは卑怯かもしれんけど言わしてもらう。

 静香さん、前にも言ったように僕は静香さんと結婚したいと思ってる。

 美波ちゃんも無事一人立ちしたし、そろそろ真剣に考えて欲しい。

 君の御主人を想う気持ちは痛いほどわかるけど、

 その気持ちごと、僕に飛び込んできて欲しい。結婚して欲しい」

 

静香は一瞬躊躇したが何も言わずに慎一の胸に頬を寄せた。

「はい、こんな私でいいの?」

「こんなって、今の静香さんやから好きなんや。僕でいいんやな?」

胸に静香のうなずきが響いてくる。

「やはり神様はいたのね」

「そうやな、美波っていう神様だったかな」

「まあ、あの子ったら私達の神様にまでなったのね」

「静香さん、好きや」

「はい、私も好きです」

そっと目を閉じる静香の唇に唇を長い間重ねた。

その日から静香は慎一の事を『あなた』と呼ぶようになった。

(つづく)

41.旅立ちの日

慎一が美波ちゃんを車で迎えにいく。

美波ちゃんが二階から手を振って、上がってきてほしい仕草をしている。

二階へ上がっていくと美波ちゃんが部屋で正座して慎一を待っている。

「おじさん、この3年間ありがとうございました。

 これから小樽へ行きますが、美波はしっかり者だから安心して下さい」

「わかってるって、

 美波ちゃんみたいなしっかりした女の子はそんなにみたことないよ。

 でも変な男には気をつけてな」

「うん、美波はファザコンだから心配しないで」

「うーん、それはそれで心配やなあ」

「ふふふ、冗談。おじさん、お母さんのことよろしくお願いします」

「えっ?」

「お母さんのこと、嫌い?」

「いや、そんなことないけど、美波ちゃん・・」

「私はおじさんがお父さんならいいなと思ってるの。

 美波も応援するからお母さんを幸せにしてあげて欲しいんだ。

 今まで自分のことより私の事を真っ先に考えてきた人だから・・・」

「うん、わかった。

 お母さんの踏ん切りが着くまでは待とうと思ってたけど」

「良かった。お母さんもおじさんのこと好きみたい。

 神様に任せてるんだって、だったら私が神様になっちゃう。

 二人とも優しいから私を大切に考えてくれてありがとう。

 これが美波の本当の気持ち。こんなこと今しか言えないからね。

 じゃあ、お父さん、いってきます」

「ああ、美波ちゃん」

「お父さんなのに、ちゃん付けはないでしょ?美波でいいよ」

「美波、いってらっしゃい。がんばるんやで」

「うん、がんばる。新婚旅行は北海道にしたら?」

「わかった。そうする」

「やったあ、これですっきりした」

ふと静香は階段を上がろうとして二人の会話が聞こえてきた。

あの子もこんなにも大人になったんだなあとしみじみ感じた静香だった。

 

美波を米子空港から見送ると、

静香は何か心に大きな穴が空いた気がして寂しくなった。

今更のように『あの子がいたからこそ頑張れたし寂しくなかった』

とわかったからだった。

慎一は静香の背中が寂しそうだったので、

空港の帰り道に弓ヶ浜に停め砂浜に座った。

静香は海をじっと見ながら慎一の肩へそっと頭を寄せてくる。

慎一も両手をついて静香に身を寄せながらじっと海を見ている。

 

「慎一さん、美波を可愛がってくれてありがとうございました。

 でもあの子も大人になりました。

 あんなに小さい子供だったのに・・・」

「静香さん、一人だけでよくあんなにいい娘を育て上げたね。

 旦那さんも感謝してると思うよ。長い間、本当に大変だったね・・・」

「すみません。しばらくあなたの胸を貸してください」

静香は慎一の胸に顔をうずめると泣き始めた。

まるで15年間分の涙を一気に流すように・・・

それは喜びの涙でもあることはわかった。

慎一はいつまでも抱きしめていた。

(つづく)

32.局アナ盗撮事件を解明せよ 5

翌日、都倉警部に事務所へ来てもらい事情を話した。

都倉警部は騙されたことに驚いた様子で気分を害している。

そこで警部の知っている週刊誌を使うように指示される。

一応変装した翔は『週刊GATSUGATSU』の三枝編集長を紹介され打ち合わせた。

三枝編集長もあの写真を追っていたようで、

染谷専務と山谷副社長の確執、

山本アナの移籍の噂、

山本アナと副社長の関係、

白川アナと染谷専務の関係の写真を撮影していた。

編集長は、佐々木アナとの関係がわからなかったので記事にできなかったらしい。

翔は情報元を伏せる約束で、画像情報を渡した。

 

『週刊GATSUGATSU』の発売日は大反響だった。

暴露写真は山本アナが

佐々木アナと白川アナの人気を下げるために流されたこと。

山本アナとヤエスハッピーテレビ山谷副社長との爛れた関係。

ヤエスハッピーテレビの白川アナと染谷専務の爛れた関係。

佐々木アナと男の写真は、

山本アナとディレクターとの合成写真であること。

白川アナと男の写真は、

専務と銀座の女との写真であったことが暴露された。

 

それによりヤエスハッピーテレビと東京スーパーテレビの玄関前は

他社のマスコミで一杯になりその対応に追われた。

ヤエスハッピーテレビは副社長と専務を子会社へ出向させ

山本アナの移籍は不可能となり、

朝の顔は丸つぶれとなり、恋人のディレクターも異動となった。

とばっちりの白川アナはこのスキャンダルで

一線から身を引いて事態は収まった。

結果的に局は佐々木アナを朝の顔としメンバーを刷新させた。

その後『お嬢様の着替えシーン』として話題になっているが

佐々木アナのスタイルの良さが逆に宣伝になっている。

『天網恢恢疎にして漏らさず』という事件だった。

(つづく)

40.美波の言葉

小樽へ旅立つ前夜、美波が二階から降りてきた。

「お母さん、長い間、色々とありがとう。

 美波はもう大学生だから一人でも大丈夫、だから安心してね」

「あらあら、そんなお嫁に行くようなことを言って・・・

 少し遠いかもしれないけれど心配してませんよ。

 でも無事第一志望に受かって本当に良かったね。

 これで亡くなったお父さんに喜んで貰えるわ」

「そうだね、お父さんも喜んでると思ってる」

「きっとそうよ。よくがんばったって」

「お母さん、もう1つ言いたいことがあるの。おじさんのこと」

「・・・日下さんのこと?・・・」

「うん、これはずっと前から思っていたことなんだけど、

 もしおじさんがお母さんと結婚したいと思ってて

 お母さんが結婚したいと思っているなら

 私のことは気にしないで欲しいんだ。

 私のことを考えて二人とも気持ちを抑えているのはわかってるんだ」

「美波・・・そんなことは・・・」

「お母さん、お父さんが亡くなってもう15年だよ。

 いつまでも死んだ人に縛られるのは、

 お父さんも望んでないと思ってるの。

 それにお母さんは今もこんなにきれいんだし、

 きっとお父さんもこんなに長い間、

 一人でいるって思っていなかったかもよ。

 おじさんも家に来るたび、

 たくさんお父さんともお話しているみたいだし

 何よりずっとおじさんがお父さんだったらいいなと思っていたの。

 この話をするのは

 私がこの家を出て行く今がちょうどいいと思っていたの」

「まあ、いつの間にこんなことを言うようになったのかしら・・・

 ありがとう。その気持ちだけを貰っておくわ。

 日下さんとのことは神様にお任せしているの、

 彼の気持ちが固まったらね。

 私は死別だし、彼は初婚だから簡単にはいかないと思ってるわ。

 でも心配しないで、お母さんは強いから大丈夫」

「このことは言ったからね。

 あんないい人、そんなにいるもんじゃないよ。

 美波がお母さんだったら、

 自分から結婚してって言うと思うよ。ははは」

「もうどこまで本気かわからないわねえ。

 お前はそんなこと心配しなくていいの」

「お母さん、美波は妹が欲しいなあ」

「もうそんなこと言って、早く寝なさい。明日は早いんだから」

「はーい。おやすみなさい」

(つづく)

31.局アナ盗撮事件を解明せよ 4

副社長とのことが終わり山本アナはホテルを出て、

隣のホテルへ入っていく。

隣のホテルではディレクターが待っていた。

「ねえ、シャワー浴びていいでしょ?ジジイが嘗め回して汚いの。

 役に立たない癖に欲望は一人前なのよね。口直しにお願いね」

「ああ、早く移籍して俺を引っ張ってくれよ。

 もう同期は近々出世するみたいだから、

 あの佐々木の起用で出世しやがった。くそっ!

 今頃、きっと抱いて喜んでいるんだろうなあ」

「大丈夫、あのネンネはもう立ち直れないわ。

 これ以上傷つくのが耐えられなくて家族も辞めろというはず。

 そうなればあなたの同期への責任問題が出るから

 出世は取りやめになる筈よ」

「怖い女だなあ、ベッドではすごく可愛いのに」

「ふふふ、女には色々な顔があるものよ。

 私を裏切らないでね、わかってる?」

「おうおう怖い怖い、わかってるよ、

 俺もここまでやったら後には引けない」

「その意気よ、時期を見てあなたが嫌いな佐々木を抱かしてあげるわ」

「そうか?それは楽しみ、待ってるぜ、ひいひい言わしてやる」

「待っててね。もうじき白川が失脚して後釜に私が移籍すれば

 あなたを引っ張っるように副社長には頼んでいるから」

 そこからはまたもやよく似た展開で始終した。

 

しばらくして

「ねえ、佐々木のあの写真は誰とのものなの?

 あの首元の痣はあなたよねえ」

「ああ、あれは俺と君の写真だよ」

「えっ?いつ撮ったの?あなたの相手が気になって仕方なかったわ」

「ああ、焼餅か?あれは君だよ。

 たまに君を鑑賞するために撮り貯めているんだ。すごく綺麗だよ」

「もしどこかに漏れたら困るからすぐに消してよ」

「君が約束を守ったらね。君の前で消去ボタンを押させてあげるよ」

「でも私の身体を使ってまで佐々木としたいなんて相当なご執心ね」

「いや、あんな人形みたいな女には興味は無い。

 俺様を無視したから憎いだけだ」

「相当に怒っているわねえ。ねえ、私はどう?気持ちいい?」

「そりゃあ言わずもがなだ。いい泣き声で最高だよ、奈々は」

「こんな風にしたのはあなたでしょ?責任とってよね」

「わかってる。もう俺無しではこの身体は駄目だろう」

「あっ、また、眠れなくなっちゃう、

 やめて、・・・いや、もっと・・・」

また始まったので盗聴は中止した。

 

白川アナは、毎日スポーツジムへ通っている。

そのジムに専務が毎週水曜日に来ている。

二人で示し合わせて隣のホテルで一戦を交えるようだ。

専務がジムを出てきた時、

浮浪者に変装してぶつかってクモ助を背中に配置した。

ぶつかったところを汚そうに振り払いながらホテルへ歩いていく。

クモ助はいつものように背広の襟足から入り、

『聞き耳タマゴ』を埋め込み、路上へ落ちて翔の回収を待った。

 

「ねえ、専務、あの画像は私じゃないけど誰と寝て写真を撮られたの?

 あんな体格していないし、私はあんな顔しないしすごく不思議」

「いや、よく似た顔の時があるぞ。最後はいつもあんなだぞ」

「えー、やだー、そんなこと言わないで、

 だってあなたがこんな風にしたのよ」

「そうだったな。お前はわしとの時が初めてだったからなあ、

 あんなに何も知らなかったお前がよく感じるようになったものだ。

 しかし、あの画像はいつ撮られたのか、

 副社長の山谷があの写真の男がわしだと

 いつ気が付くか気が気でないぞ。何とかならないか・・・」

「今、山本アナが警察の紹介で探偵を紹介されたけど

 なかなか犯人がわからないみたい」

「このまま行けば、わしが失脚することになる。まいった」

「えーそうなの?だったら私どうしよう。せっかくトップアナなのに」

「まあ、何かあれば、

 ちょっと怖いのが知り合いにいるから手伝って貰うか」

「でもきっともうすぐ皆が忘れ始めるわよ。日本人はすぐに忘れるから」

「そうだな、あの写真から探ってもらうか」

「頼んだわよ、ねえ早く早く、

 いつものね・・・早く・・・舐め・・・あっ」

そこからは乱痴気騒ぎが始まったので盗聴は一時休止。

 

佐々木アナは自宅にこもって出てこない。

家族だけが出入りしている。

クモ大助を使って盗聴を開始した。

「麗子、そろそろ何か口に入れないと身体を壊すわよ」

「はい、でも食欲がないの。もし復帰したら、

 きっとあの写真と重ね合わされて見られるんだ

 と思うと耐えられないの」

「そんなに思いつめるものじゃありません。

 もう世間は覚えていないわよ」

「そんなはずないわ、私は東京スーパーテレビの朝の顔なのよ。

 もう外を歩くのも嫌」

「まあ、世間が忘れるまで待つしかないでしょうね。

 いっそのこともう辞めて家に戻りなさいよ」

「そのことも考えてるの。

 着替えはまだ我慢できるけど・・・もう一つは絶対嫌。

 私は本当に彼もいないし、まだ綺麗な身体なのに・・・」

「探偵さんはどういってる?」

「なかなかむつかしいって」

「そうだろうねえ。どうしたらいいものかねえ」

「会社には長期休暇を申請したわ。別にこのまま消えてもいいし」

「それならしばらくこのままいましょう、ね?麗子」

「はい、お母様、しばらくお世話になります」

(つづく)

39.美波の受験

慎一が米子へ戻り、去年と同じように時間が流れていく。

ただ今年は美波ちゃんの進学を決める大事な1年なので

今までのようにはいかない。

美波ちゃんのテニスは春の県大会でベスト8まで行った。

本人としては最後までベストを尽くしたので満足だったようだ。

そこから受験まで勉強一色となり、

塾へ力が入り予習復習に余念がない毎日が続く。

 

そんな時、美波ちゃんから思いがけない話があった。

北海道の雄大な自然に触れてみたい。

北海道の富良野や知床などの写真集を見る機会があり、

北の雄大な地でしばらく暮らしてみたいと思ったらしい。

全く知らない人ばかりの中で生活をして自分を試してみたいと考えた。

『それに仙台にはお婆ちゃんもいるし、

 たまに遊びに行けるから安心して』と笑っている。

 

将来の進路に関しては、

仕事はおじさんと同じの金融関係を考えていること。

就職率100%という驚異的な大学『小樽商科大学』を第一希望とした。

小樽は北海道でも通商、金融関係では非常に古い歴史のある街だった。

写真では運河や煉瓦造りの倉庫などのある街並みで観光地としても有名である。

 

静香も慎一も美波の受験生活のバックアップを第一として暮らした。

その結果、無事第一望の『小樽商科大学』に合格した。

静香は本やテレビでしか見たことのない北海道という土地へ行く娘を心配したが、しっかりした考え方を持っていることに今更ながら驚きそして見送ることとなった。

美波が独り暮らしになるため、静香は一度部屋を見たいと言ったが

『大丈夫、女性専用のマンションだから安心して』

と言うので任せるしかなかった。

一人になって良く考えてみれば

美波を身ごもった自分の年齢と変わらないことに気がつき

時間の流れの早さを感じた。

美波を無事育て上げたことに喜びもあるが、

母親としての役目がなくなったことへの寂しさも感じた。

 

3月は美波の生活用品や北国専用の服などの購入に時間を使った。

そんな慌ただしい毎日も、

いよいよ米子空港を飛び立つという日が近づいてきた。

『入学式は交通費が勿体ないから出なくていい』

と大人びたことを言ってくる。

『それに帰りが羽田空港乗継なのでドジな母さんが心配』と言ってくる。

せめて写真をという事で、前日に入学式のスーツ姿を写真屋で撮影した。

慎一は運転手だったが、

最後に3人で撮ろうという美波ちゃんの言葉で一緒に撮った。

慎一から美波ちゃんへ

通学用にも使える『COACHレザートートバッグ』を贈った。

(つづく)